アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

本当は怖いシューベルト

2018年05月20日 | ピアノ
今日はおゆき先生&海実さんのコンサートを聞きに行きました。記事タイトルにした「本当は怖いシューベルト」は『裏』タイトルというか当初案、正式なコンサートタイトルは「心を奏でる声、詩(うた)を紡ぐ弦(いと)」といいます。

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使用ピアノはうづらさんちのプレイエル、ここでショパンのコンサートをするならばまさに「作曲時に使われていたようなピアノ」という位置づけになりますが、今日はシューベルトですからちょっと違います。年代的には、シューベルトが亡くなって20年後くらいにできたピアノ…20年といえば「ちょびっと」な感じもしますし、仮にシューベルトさんがまともに長生きしてたら弾けたはずですけど、この20年というのはピアノの発展の歴史の中ではけっこう大きくて、ハンマー材質が違うそうです。

今日のプログラムの軸は作品番号90の即興曲四曲セット。間に歌曲を挟みながら…

シューベルトといえば美しいメロディーの作り手として比類ない地位にあります。
「美しく自然な旋律と情景や心情を映しだすピアノ。
歌はとても幸せです。」(海実)

しかしこのピアノのほうはかなりの曲者で、シューベルトの曲というとなんというか無駄な(納得いかない)弾きにくさ。
「楽譜の中で整然と美しく整って見える同音連打や分散和音はピアノの都合にも手の都合にも合わず」その一方で「少しでも動きが乱れたりミスタッチがあれば素人でも気づく。まさに苦労の報われない地味な難行苦行なのだ。」(おゆき)

まぁそんなこと言いつつ、わざわざ企画コンサートで弾こうってんだからおゆき先生は物好きです。

それを聞きに集まる我々も物好きかっていうと、
いやいや弾くほうは苦労してるかもしれないけど聞くほうからいえば魅力ある曲のオンパレードだから何も困りはしないんだけれど…

ただ、聞いててもシューベルトってただのきれいなかわいらしい曲ではない。

ということがよくわかるコンサートでした。

今日の解説役としてshigさんがしゃべっていたんですけど、まぁ彼はシューベルトどうもいまいち萌えないらしくて、いつもほどの活舌ではなかったです。その中でおぉなるほどと思ったのが「即興曲op90はそれぞれ女性のポートレートのようだ」

たとえば一番有名なop90-2ですけど、「私、かわいいでしょ?」みたいなコロコロ明るい調子がしつこくしつこく続いたかと思うと突然ブチ切れたり(o_o)

次に有名なop90-4ですけど、最初のところタカタカ下がっていって「ふと」上がる語尾が何か質問をしているようで、「私のこと好き?」みたいな問いかけがしつこくしつこく来て、あぁもうなんと答えたらいいんだろう地雷踏みそうで怖い。。

結局のところ「しつこい繰り返し」ってけっこうシンプルに怖さを生むもので、
同じようなフレーズが少しずつ様子を変えて何度も出てくるとか、
突然の変化とか、ゆがんだ感じとか、
「きれい」と「不気味」の同居がまた怖さを増幅する。

即興曲のほかには楽興の時の第四番が弾かれたんだけど、これがもう、とぼとぼうねうね歩いていくような進行…短い曲のわりに終わりが見えない感じ…そして終わり方が「やっぱり解決してない(o_o)」みたいな怖い締めくくりで。

歌曲は文句なく美しいものも多いのだけど(「音楽に寄せて」とか)、今日聞いた中では「糸を紡ぐグレートヒェン」がもぅもぅ…

対訳の歌詞を見ながら聞いていくと、いやここまで恐ろしい歌だとは知らなかった!!

あの方の気高い歩み、
あの方の立派なお姿、
あの方の口のほほえみ、
あの方の目の力、

そしてあの方の言葉の魔法の流れ、
あの方の手の握り方、
そしてああ、あの方の口づけ!


「口づけ」という言葉が怖い、そしてそこの旋律が怖い。

そんな口づけで心を奪っていった人がもう帰ってこない、

私の胸はあの方を求めて
飛び出していく。
ああ、あの方を捕まえ、
あの方を抱き、

口づけすることが出来たなら、
私の思う存分に、
あの方の口づけで
私の息の絶えるほどに!


言葉の怖さはゲーテのお仕事だけど、それを十二分に生かしたシューベルト、このとき弱冠17歳(高校生かよ!!)

ということで、本当は怖いシューベルトを、おゆき先生のピアノ演奏、海実さんの歌、平行弦のプレイエルでこってりたっぷり味わえるコンサートでした。

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ハノン、ツェルニーをやらないとどうなるかというと, part2

2018年05月19日 | ピアノ
トニカさんにもらったコメントきっかけで、いろんな人が弾くショパンワルツをYouTubeで次々聞いていました。

    にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←なんにせよ、人は人、自分は自分です。

ルービンシュタインもいいですけど、サンソン・フランソワとかカツァリスとか聞いてて、みんなそれぞれけっこう違うもんだけど、それぞれいいなぁ、どれが好きとはなかなか決めにくいくらい、良いです。

ま、とにかく、ワルツがかっこよく鮮やかに弾けたらいいですね!! 憧れます。

あるいは、今練習中のトロイメライとか、あぁいうのをほんとに素敵に弾けたら、いいよねそりゃ。

向上心に乏しい(意識低い系の)私は、明日うまくなるための練習より今日楽しいピアノというのがモットーではありますが、こういうのいいよね的な、求める方向性というのはわりとはっきり持っています。

持ってはいるけど、そのために今この曲を練習したらよい、というようなことにはあまり関心がなく、今いちばん弾きたい曲を弾いているという状態です。


ブログ記事の下のほうに、「このブログの人気記事」というのが表示されます。人気あるなしといってもふつうは直近の記事が上位ランクインします。新しい記事を読みに来るわけですから当然です。しかし長い間このランキングに入っている記事というのがいくつかあって、そのひとつが

ハノン、ツェルニーをやらないとどうなるかというと

というものです。この記事の内容自体、たいしたことないというか「内容がないよう」な記事なんですけど(^^;;
人気記事というのは、中身がおもしろい記事のことではなくて、タイトルがキャッチーであってつい開きたくなってしまう人が多いということを指しているわけです。多くの人が気になるワードなんですね。

自分では長らくこの記事のことを忘れていましたが、さきほど読み返してみました…

もう6年近く前の記事なんですねコレ。

で、このころと今を比べてみますと、結局ハノンとかツェルニーとかやってないってことで、その点については変わらないんですが、
変わったこともいくつかあります。

変わったことの一つは、なんだかんだいってハノンやツェルニーをやらなくても音階とか装飾音とかだいぶ困らなくなったということです。つまり、それらに取り組まなくても、「指が動くかどうか」についての向上はする…ある程度。特に、モーツァルト(←音階だらけ)に抵抗なくなったよね…

変わったことのもう一つは、自分にとっての求める方向性というのがはっきりしてきて、それについては別にハノンやツェルニーが必須でもなければ近道ではないとわかった、ということです。

ワルツをかっこよく弾く…とか
トロイメライを素敵に弾く…とか

そういうための練習曲ではないですよね。

つまり、これからのピアノ人生、楽しみを最大化することを考える中で、ハノン・ツェルニーが視界に入らなくなったということです。


もちろん、「求める方向」が違えば結論が違ってくるはずで…たとえばベトソナが弾きたい曲の中心にある場合とか…
今の楽しみを最大化することよりも、上達の効率をアップすることを考えるというのはごく真っ当な話ですし。

逆にいうと、六年前の私が真面目にハノン・ツェルニーをやっていたとすれば(←仮定にしてもかなり無理があるが)
楽しみの方向や求める方向が今と違うものになっていたのかなという気もします。



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人前演奏の自己評価をポジティブに

2018年05月18日 | ピアノ
人前でピアノを弾いているとき…そのリアルタイムの主観としては、ちょっと鳴りそこなった音、隣を触ってしまった音など、ミスがいちいち気になったりするものだけど、

    にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←とりあえずまずは自分で自分をほめとく(笑)

いやーミスだらけだった。。と落ち込んでいると、案外ほかの人からは「今日の演奏よかったよ!!」とほめてもらったり、ということはありませんか?

考えてみると、それは当たり前の話で、立場を入れ替えて考えればわかると思うんですけど、ほかの人の演奏を聞くときに、ミスを指折り数えていたりしませんよねぇ、某番組じゃあるまいし…

というか、素人が演奏するのに(というか、私が演奏するのに)、ハナっからノーミスは期待されてなし。。

全体としてノリがよければ聞いてて楽しいし、
ハッとする素敵な瞬間があればうれしいし、
いい音、いい響きの時間があれば幸せ。
そして、この曲ほんとに好きなんだなぁ、ってのが伝われば、あ、いい曲だな、弾いてみようかな、とか。

自分が聞いてるときはそうなんだし、たぶんほかの人が私の演奏聞くときだってそんなもんだろう(たぶん)。

とすれば、ダメだったところをマイナス評価していくんでなしに、部分的によかったところがあれば
「よっしゃ♪」
ってプラス評価していくんでよくない?? 弾きながら。

まぁそうはいっても、頭でそう思いついたからって、そういう気分で実際に弾けるってもんでもないんだけれど。

なんか数年前から、すこーしずつすこしずつ、ポジティブシンキング(?)になってきた気がする…

弾くときに、「ミスしませんよーに!!」しか念じないで弾くってのも不毛というか
がちがちに緊張して余計悪い結果を招いたりするので
萌えポイントがココとココ!!
と思いながら弾いて、弾いてるときに

おーこんな感じ

と感じればとりあえず成功。

さらに、聞いてる人の反応があって「伝わった!!」ってわかったらそりゃ最高(^-^)

弾いている最中に、なんとなく客席から「ハッ」とする気配が伝わってくることがあります。
錯覚かもしれないけど(笑)

あとから、どんぴしゃりのことを言ってもらえたりすることもたまにはあるし(そりゃうれしい)

まぁそんなに具体的に感想を言ってもらえることは少ないけど、
レッスンのときは「いいですね」「きれいです」みたいなことをすかさず言ってくれたりするでしょ。

そういう体験の積み重ねで、いいトコ増やそう!! と思って弾くようになってきたかなと思います。

いいことかどうかわかりませんが
ミスをしても心折れずにその先へ進めますし、
弾いたあと気分よく飲めますし(←ココ重要!!)

まぁこれはこれでいいかと思っています。


ただし、いざ家に帰ってから録音を聞く場合はまた別で、
やっぱり客観的に聞いちゃうというか、
なんぼなんでもミスが多すぎるわ…と冷静になることも(o_o) あるのですけど。


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旋律を「歌う」ことと楽器の特性

2018年05月17日 | バイオリン
ピアノを弾くことというのは…これはもう、素敵に弾く以前に、音を並べるだけでも難しいんだけれども、その難しさは主に「音がやたらと重なっている」ところに起因していて…

    にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←ピアノにかまけすぎで滅多にバイオリン弾かないけど弾いてみると

単旋律の音の列をただ並べるだけだったら、いろんな演奏手段(声楽/楽器)の中で一番簡単なくらいじゃないか?? と思う。

それだけに、パタパタと無味乾燥に並べることだってできちゃって「旋律が歌っていない」なんてわけわかんないとがめだてをされることがあるんだけれども。

Shig式譜読みメソッドテキスト(草稿)において「Step 2. メロディを読む」というのが出てくるが、つまり人の声の模倣ということを考えると、そりゃずっと息を吐き続けることはできないんでブレスが必要だし…という具合にフレーズとアーティキュレーションの話が始まる。さらに

「高い音ほど、大きなエネルギーを持つ」

ということが強調されている。パタッと手を動かすだけで上の音が出せちゃうピアノだけれども、音の上がり下がりに沿ってちゃんとエネルギーが感じられるような「歌い方」であれば自然に聞こえるし、機械的に弾くと物理法則無視みたいな違和感がそこに残る(^^;;

ところで昨日はバイオリンのレッスンでした。バイオリンてのは、ピアノと違って、「機械的にパタパタと」無味乾燥に弾くってことがそもそも難しい(特に初心者にとっては)なのですが、昨日、「タイスの瞑想曲」を見てもらっていてこんなことを言われました。

「長い音を伸ばしているときは、その音のことだけ考えて美しく響かせて。次のことはそのあと考えて間に合うから」
「正しい音の準備ができていなくても弓は止めないで動かしちゃって。途中の音が聞こえてもいいから」
(注: いつもこの心得でいいっていう意味じゃなくて、ソコではということらしいが)

つまり、バイオリンで旋律を弾く場合、
・移弦
・ポジション移動
・弓の返し

などの動きが必要で、それで(初心者の場合、特に)音と音の間で時間がかかっちゃうことがあるんだけど、それが生きてちょうどいいタメになったり、ちょうどいいポルタメントになったりすることがあるんです。

というか、よい指使い(と弓の上げ下げ)というのは、単に弾きやすいということだけではなくて、弾いたときに曲をよく表現するニュアンスがつき、合った音色が出るような指使いということなんですね。

人の声の、物理的な制約と歌う表現が密接に関係しているように…
まぁそこまでではないのかもしれないけれど、かなり、
バイオリンの場合も、物理的な制約と歌う表現というのは関係しているということなのかもしれません。

ポジション移動と移弦が頻繁すぎて私には相当やっかいな曲ですが、この曲、弾いてみるとおもしろいんですよ…
この経験が、ピアノで「歌う」役にも立つといいね!!


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拍子の謎(子供の情景)

2018年05月16日 | ピアノ
「子供の情景」の始まり、第一曲の「異国から」は穏やかで魅力的で、なんてことはない短いものですが、とても好きな曲です。

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この曲の拍子は四分の二拍子ですが、左手がずっと三連符になっているため、聞いた感じは八分の六拍子っぽいと思います。

左手…というか、三連符の三つ目は右手のしかも親指で弾くのでついうるさく「どしん」となりがちですがそれでは台無しなので気をつけたいと思います。この音が軽くなるべき理由は、「メロディーではないから」というのもあるけど、「shig式譜読みテキスト」の説明から持ってくるならば
・三拍子系の三つ目だから(重・軽・「軽」)
・音価が相対的に小さいから(右手の四分音符に対して、三連符)
ということで、この音符が重くなってよい理由はとにかく見当たらない。



中間部以降は楽譜の見た目が変わります。左手の三連符のうち一つ目には、重ねて四分音符としての表記があります。四分音符ということは三連符よりは重くなるべき(音価が大きい)、しかもスラーでつながれていて、これはもうひとつのメロディーとして強調されることがわかります。

ともかく最後まで「三連符」が貫かれていて、これなら八分の六拍子で書けばよかったのでは? とちょっと謎です。シューマンさんはよくよーく考えてこの曲集を作ったので、「わけもなく」というのは考えにくいことです。

この曲集の拍子再掲:
1: 四分の二
2: 四分の三
3: 四分の二
4: 四分の二
5: 四分の二
6: 四分の三
7: 四分の四
8: 四分の二
9: 四分の三
10: 八分の二
11: 四分の二
12: 四分の二
13: 四分の四

この曲集の基本の拍子(?)が四分の二みたいだから、この曲集の開始にあたってはソレを選びたかったのかしらん?

あるいは、メロディーの発想が先で(四分音符を基本に進行していくものとして)それに合う伴奏を考えたらたまたま「三連符」だったとか…

仮に、この曲を八分の六拍子で書き直すことを考えると、ちょっと迷う(困る)ところが付点リズム(タッカ)の扱いです。「シーソー『ファ#ーミ』レー」のところ、音符そのままの意味でいえば『ファ#』は『ミ』の3つ分です。これを保ったまま八分の六拍子で書くのってやりにくいね。

もっとも、実際の演奏でいえば、3:1で弾いてる人はいないような気がします。三連符の三つ目の音符のちょうど真ん中に来るような感じで、つまり1/6拍として弾いていることが多いのではないでしょうか。

しかしウィーン原典版に載っている資料によりますとクララさんはあくまで3:1で(を基本に)弾くべきと考えていたようで、もしクララさんが正しいのならばやっぱりこの曲は八分の六拍子で書くより四分の二で書くのがよいってことになるのかな。


そして、この曲集が四分の四でなく四分の二が中心に作られている理由は、やっぱり四分の四はゆったり落ち着いてしまうというか、こっちにおいで(いっしょに幸せになろう)と誘っている大人の詩人の側であって、子供はひとっところに落ち着いていないというか、体重も軽くすすすすっと動いていく感じ(四分音符よりは八分音符)が中心だからかなというふうに感じています。

(注: 今回の内容は個人的な感想であり、artomr先生レクチャーでされた話ではありません)

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