アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

練習会の中身

2019年06月16日 | ピアノ
それで、昨日の練習会では、みんなに曲名メモしてもらい損ねた間抜け主催者でしたが…

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あとからmixiにコメントお願いして揃いました!!
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チャイコフスキー 子供のためのアルバムより「朝の祈り」
チャイコフスキー 四季より「六月 舟歌」

バーバー ノクターン
ガーシュウイン 三つの前奏曲より第一曲
バッハ イタリア協奏曲第三楽章(途中まで)
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モーツァルト/ピアノソナタKV331より第1楽章

フォーレ/夜想曲 第4番
シューマン/ユーゲントアルバムより第30番(途中まで)
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リスト 泉のほとりで
ベートーベン 変奏曲Op.34(第4変奏まで)
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バッハ/半音階的幻想曲とフーガ
バッハ/平均律 2-5 より プレリュード(途中まで)
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ドビュッシー/月の光
ショパン/エチュードOp.10-3

リスト/ため息
ブラームス/Op.117-3
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ブラームス ソナタ第3番第2楽章
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練習会なので、練習中でも、同じ曲を二回弾いても、曲の一部を弾いてもなんでもアリということで…

六人、と小ぶりな練習会ですが、なかなか聞きごたえがありました。弾いたことある曲もけっこうあった(フォーレ、シューマン、ドビュッシー、ブラームス)。前に弾いたことある曲をほかの人が弾くの聞くと、あぁそうそう、あぁなるほど、あぁまた弾きたい!! ってなりません? で、弾いたことない曲を聞くと、あぁいい曲だな弾いてみたい!! って。まぁ結局のところ練習会いくとあれこれ弾きたくなっちゃうんですよね。

私も、来週末本番のチャイコ二曲はまぁまぁ安定して弾きましたが
タイマーが途中で鳴るハプニングから調子を崩し(と、日記には書いておこう)
バーバーのノクターンはちょっとヨレ、
ガーシュウインはヨレヨレヨレでした。

バーバーのノクターンは聞いたことない人も多いだろうけど
なかなか面白い曲(そしてきれいな曲)だということは伝わったかな、と思います。

一番心配してた曲だけど、なんとか七月の本番には間に合いそうな、気が、する。たぶん。

一方、ガーシュウインは…
これ、ちょっと弾かないとほんとすぐ忘れて、ちょっと忘れるとめっちゃ弾けないわ。

本番の前日にピアノ触れないとほんと詰むかも。要注意。

今日、バーバーとガーシュウインのおさらいしてみて、
練習会前よりだいぶ弾きやすくなった。
冷や汗かきながら弾くとなんか効くんですよね。

というわけで、練習会やった甲斐があった…ピザおいしかったし…

またやろっと
昨日ポチッたタイマー、もう届いた。練習会用にばっちり
(カウントアップと、カウントダウンができて、簡単操作で、音は大きくも小さくもできて、
予鈴なし)
であることは実験しました。よし次は!!


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練習会の開き方(初級編)

2019年06月15日 | ピアノ
ピアノの練習会というと、どこか会場(ホールとかスタジオとか)を借りて参加者募集して時間と会場費を頭割り。というのがスタンダードですが…

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この、シンプルスタイルの練習会、これまでにいくつ参加したかわからないくらいですが、実はほとんど自分で企画したことはなくて、それで今日がデビュー戦でございました。

ファツィオリのある小さなホール予約して
参加者募集して(自分入れて六人)
モチロンだけど二次会の予約して

よし、こんなもんでいいかなと

時間を測るからキッチンタイマー持参ね。
これは、キッチンタイマーといっても、いつもピアノのそばに置いてあるもので、「三分」とかセットして測るだけじゃなくて、カウントアップで時間が測れるんですよ。つまり、「この曲は何分かかるか?」ってときにいつも使ってるやつ(このタイプ)。

で、よし! タイマー忘れなかった自分エライ、と家を出て、
あ、演奏順を決める「くじ」を準備してくるの忘れた、と思ってコンビニに寄ってキットカットを買い(笑)
(なんか、「くじ」っていうとお菓子に番号書いてあるイメージ)

せっかくキットカットにはコメント記入欄があるのにマジックを忘れたことに気が付き
ポストイットに番号書いて貼る。ふぅ。。

鍵を受け取りホールを開け
明かりをつけるスイッチの場所がわからなくて手間取る(わかってる人がいて助けてくれた)。

一巡目の時間を測りながら進行するところはよかった(カウントアップだから)。

ところが、二巡目は残り時間を設定してカウントダウンする使い方になるので
残り10分でまず派手に鳴り
残り5分でまた鳴り(o_O)
…そうかキッチンタイマーってそういうものなのかもね(実はカウントダウンで使ったことがなかったから気づいてなかった)

二巡目トップで弾いたのが自分でよかった(^^;;

次からはスマホのタイマーに乗り換えた(でもこれ使いにくい)

どのくらいの時間を残しておけば片づけが間に合うかとかもいまいちわかってなくてどきどき

退出のとき、またスイッチを探して右往左往する(なんでここ消えないんだ!?)

というわけで、細かいところであれこれ躓きましたが、演奏は皆様滞りなく(^^)

あ、これいい曲。なんだろう??

…そうだ、演奏曲を記入してもらうノートかなんか持ってくればよかった。

次はもっとスムーズにやる(野望)

二次会はおいしいピザとサングリアとおしゃべり♪満足。

予鈴が鳴らないっぽいタイマー注文してみた→これ


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「この曲はマル」の基準

2019年06月14日 | ピアノ
私の「First Love(宇多田ヒカル)」の楽譜にはイルカのシールが貼ってある。これは、ヤマハのときの先生が貼ったものだ。

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たぶん、習い始めてほんの数曲目だったと思うんだけど、このころ、はなひめ二歳で家の中は落ち着いてピアノを弾くような環境になく、ただレッスンのときだけ弾く程度。それで数回のレッスンで「マルをもらって(シールを貼られて)」次の曲、ってやってたのだ。

「マルをもらう」習慣がいつまで続いたのか、はっきりした記憶がないんだけど、たぶんブルクミュラー18番をいくつかやってみたあたりでは「マルをもらって」いたので、そこから私のピアノ魂に火がついて、これ弾きたいあれ弾きたいと、自分のペースで曲を持っていくようになったあたりでマル習慣が廃れたのだと思う。

そんな具合なので、マルをもらわなくなってからのほうがまだしも「マシに弾ける」状態になって(←家でも練習するから)次へ進むようになっていて、マルをもらっていたころのそのクォリティーたるや、なんとなくあらかた音符並べた(でもつっかえまくり)くらいのものだった。

子どものころはもっとちゃんと弾けてマルもらってたはずだが…なにしろ昔のことなので直接の記憶はあまりない。録音などの手がかりを総合するに、基本、暗譜でノーミスクリアできるようになってマルという雰囲気だったらしい(今とは別人のようである)。ただし素敵かどうかは問わない(笑)

そういえば、私が中学生くらいだったころ、うちに同時期に幼稚園の同じクラスかなんか知り合いの女の子二人が習いに来て、バイエルを進めていだんだけれど、母がいうには、「二人で進行が揃っているほうがいいだろうと思ってだいたい同じタイミングでマルをあげているけど、マルのクォリティーがぜんぜん違う」とのことだった。

確かに、私が聞いた感じも、ひとりの子はとりあえず訥々と、正しい音を並べる程度、もうひとりの子は曲にふさわしいテンポで滑らかに弾いて、かつ何かしら伝わるものがある演奏まで来てマルになっていた。

違うまま同じ進度にしてしまうとどこかで行き詰まりにならないかとも思うが、バイエルさえすめばあとはそれぞれに合った曲を弾かせればよく、揃える必要もなくなるということらしかった。

事程左様に、ある曲を「マル」にするという行為は、先生から生徒への「次の曲行ってみたら」ってくらいの提案にすぎないのであって、その提案をするかどうかの判断は、曲の仕上がりだけによるわけではない。もちろん第一義的には、レッスンをこの先、その曲で続けてどれくらい得るものがあるかということなんだけど、その他総合的な(政治的な?)判断があるのですね。

どのみち、「この曲はもう完璧!! これ以上よくするところがどこにもない」なんてことにはならないものね(^^;;

なんとなく、なかなかマルがもらえないとか、すぐマルをくれる(期待されてないということか、みたいな)とか、どちらの不満も聞くので、ピアノの先生ってたいへんだなと思うんだけど。ま、コミュニケーションツールのひとつだと思って、生徒もどういう基準でマルにしてほしいかとか要望出してもいいんじゃないかな。

いずれにせよ「マル」システムがうまく機能するには、毎週とか、そういう頻繁なレッスンが必要だと思う。月イチじゃ無理…おゆき先生にインベンション見てもらって「マル」システムで進めようとしたこともあったけど、三回目ともなると長すぎて持たない(あからさまにモチベダウン)なので諦めました。定年して毎週レッスンてことになったらもしかして復活もありうるかもしれない。わかんないけど。

それより、過去にマルもらった、ロクに弾けてない曲の再発掘だったらおもしろいかもしれない。せっかく一度は音を並べてみたわけで、経験値が上がったところで伏線回収的な。


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井上ひさし「偽原始人」の中学受験

2019年06月13日 | 生活
というわけで、古い本を読んでは「ときめく/ときめかない」の判断をしているのですが、その中で「ときめかない(捨てる)」の判断をした本というのも、昔は「ときめいた」本だったわけで(だから長々と所有していた)、だから感謝してお別れを。

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偽原始人」(井上ひさし)

これは小学生男子三人がつるんで、子供の人権や幸せを侵害する大人に対する反発から数々の悪事をはたらく話。悪知恵がはたらく様子、闘いぶりは「ぼくらの七日間戦争」的でもあるんだけど、なんというか、悪事があまりにもシャレにならないし、本人たちの幸せな生活につながる建設的悪事(というのも変だが)にもなってないので後味が悪い。

とはいえ、いろんな奇想天外な発想やら、言葉遊びやら、ぎっしり出てきて息つく暇もなく、読んでいる間はおもしろい。

いろんなシチュエーションが古すぎるので、たとえば「白い巨塔」のように現代に置き換えてドラマを作ったりすることは不可能だろう。(昭和51年刊行の小説)

この話の発端は、彼らが無理やり(中学)受験勉強をさせられているところで、なにしろ主人公は名前が「東大(とうしん)」。これはどうしても子供に東大いってほしいと思った親心で名付けられたものだから、子供への愛のほとばしり、上滑りという感じ。勉強して、いい学校に行くことが子供の人生の幸せだと信じて疑わないところが話のベースになっていて、これは当時の新しい立身出世パラダイムだったんですね。昭和51年といったら、私が小学生のころです。

塾というものがあったり、プリント学習というものがあったり、そのへん、21世紀の今もそんなに違わないかもしれないけれど、勉強のさせ方はだいぶ違います。

スパルタの家庭教師が来ると、親公認で体罰しながらビシバシ教え込んでいますしね(^^;;
(今さすがに小説でもそんなの流行らない)

そしてまたその家庭教師の教え方というのが、「水質検査は次のように行う(1)色の調べ方 水をガラスのつつに入れて…(略)(5)塩分の調べ方 水を試験管にとり、これにうすい硝酸を一、二滴加えて、水を酸性にする。この水に硝酸銀の水溶液を加えると…」という具合にひたすら三時間しゃべり続けて一言一句ノートに書きとらせ、それを次の日までに暗記させるというやり方。

もちろんこれは小説で、別に当時の中学受験の実態を表しているわけではないんだけれど、やはり今よりずっと素直に、暗記することや、長時間勉強することや、そういうことを「無理やり」させることに意味があると思われていたことの反映かもしれません。

描かれている中学受験勉強というものはひたすらに薄っぺらく、それに対抗する悪だくみは本当に生き生きしていて天才的。家庭教師を出し抜くための暗号作成とか、とても面白いんだけれど。

結局、大人たちはそれだけ本気の抵抗を受けながらも、最後まで変わらず、何がまずかったのかの反省もしないんですよね。せっかく(?)これだけ大掛かりないたずらを受けながらも何も変わらない。そして最後は子供たちが万策尽きて「キチガイのふり」で抵抗しているところで終わるんだけど、誰もなんにも幸せにならないの。この後味の悪さが致命的かな…

考えてみれば、「モッキンポット師の後始末」とかもほんとシャレにならないレベルのいたずらで満ちているんだけど、要するに井上ひさしの実体験がかなりそういうのに近いのかしらん。今読むとあまりひかれない。

…しかしこの調子で、読み返しては判断していたら本棚が片付くのはいつの話か…いや増えるほうが速いだろうどう考えても…

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暗譜はやめた

2019年06月11日 | ピアノ
前、一時期、暗譜して弾けるようになりたいなぁということであれこれやっていたんだけど、今、ぜんぜんやってません。

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暗譜で弾けたらそれに越したことはないと思うし、ほら、例えば、
ストリートピアノみたいなところでがさごそ譜面広げてるのはダサいよね…

けど、まぁたぶんもう暗譜うまい人にはこれからどうやってもならないし、
あとね、逆に「譜面見ながらじゃ弾けない人」ってのもいて、
そういう人は、身についた曲ならカッコよく弾いてるけれど、
いったん忘れちゃうと弾けないって言ってたりもする。

私は、見ながら弾くのが常態だからこそ、比較的「維持」しやすく、
しばらく弾いてなかった曲でも、一週間くらい真剣にやればまぁだいたい練習会で弾けるくらいにはなる。これはこれで利点として生かす方向で考えれば…

もちろん、楽譜ガン見で頼って弾くことで、音楽の流れ自体が悪いというのではダメなんだけど(それって単に仕上がってない曲ともいう)、
何年か前に比べると、楽譜は置いてても停滞しないように細かいところは頭にいれておくということについては慣れてきたような気がする(そのためには、暗譜に挑戦しようとした試行錯誤の日々も、なんとなく役立っているっぽい)。

世の中、
音大を受験するとか、
コンクール(の、上級者向けのやつ)を受けるとか、
そういうときには暗譜が必須ということになっているけれども、幸いそういう予定はないし、

それよりも、

「定年記念コンサート」(60歳定年したら一年くらい本気で準備して自前のコンサートを開く)
というものの実現のためには、

・レパートリーの維持構築
・楽譜を置いていても「いい感じ」に弾けること

を徹底的に考えるほうがいい。

…と、そんなことを思っていたんだけど、最近は電子楽譜の普及も手伝ってか、プロのピアニストでも譜面を置く演奏をすることをよく見かけるようになったとか。譜めくりスト置いて、とかのわずらわしさもなく楽譜置いておけるならそのほうが便利ってことかな。

うーん。やっぱり「ぐいど」買わないとですかね??

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