礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

松田幾之助、ルビつき活字について語る

2014-09-16 03:58:03 | コラムと名言

◎松田幾之助、ルビつき活字について語る

 本年一月二七日に、「ルビつき活字を考案した大阪朝日の松田幾之助」と題するコラムを書いた。このコラムには、アクセスが多いようで、「このブログの人気記事」をチェックすると、かならずこれが上位にくい込んでいる。
 ところが、「大阪朝日の松田幾之助」なる人物がよくわからない。下村海南は、一九四一年(昭和一六)に出した『来るべき日本』(第一書房)の中で、「今から約四十年ほど前、日清戦争の頃に、大阪の朝日新聞社の松田幾之助といふ人がはじめからルビの附いた活字を案出した」と言っている。しかし、それ以上のことがわからない。
 ところが昨日、たまたま、大阪朝日新聞社整理部編『新聞記者打明け話』(世界社、一九二八)を手にしたところ、そこに「ルビ付の活字」なる一篇を発見した。筆者は、松田幾之助である。さっそく、これを引用してみよう。

 ルビ付の活字     松田幾之助
 昭和の今日は飛行機やラヂオが完全の域に達して立派な通信機関の一つとなつたが、内地電話でさへ不十分な(もちろん外電なんか思ひもよらない)時代にも、外国記事が新聞に出て読者を驚かした時代がある。かうしたニユースの源はといへば必ず神戸に入港した外国船で、一ケ月も二ケ月も前の出来事が一度に殺到する。とその翌日の新聞紙面にはちやんとそれが満載されてゐる。ところが、当時の日本国民の教育程度は今から顧ると随分低いもので、到底こんな固い記事は受け入れてくれない。そこで何とか漢字に発音通りの仮名をつけて、読者を誘き〈オビキ〉入れたいといふ案が出た。
 これにはどうしても活字の横に小さい仮名の活字を一字づつ付けねばならないのだが、血気盛りの当時、『よしつ! やつてみよう』と引受けてしまつた。さあ翌日からやつてみると大変、漢語全盛といつた時代だ。新聞記事の書き方は、『然り、而して〈シコウシテ〉』なんて常用語で、今の政党の宣言書以上だ。その漢語に一々仮名の活字をつけてゐる段には植字作業は中々捗らない。僅かの従業員は毎日徹夜だ。いつまでもかうしてゐては御互ひの寿命にかゝはる、何とか一工夫しなければならんと考へた。或る日朝の大便に新聞を読みながら、ふと思ひついた。思ひつけば何でもないことだ。活字を造る原型に振り仮名をつけておけばよいのだ。『占めた!』と明治二十九年〔一八九六〕から一年間あまりかゝつて、遂に振仮名のついた活字を約五千種類あまり造りあげた。この活字で新聞が出来てみるとさあ大変、他の新聞に出てない記事が仮名つきで堂々と朝日に載つたといふので、方々から研究に来る。当時特許をとつておかうかとの話もあつたが、村山〔龍平〕社長は公益になることだから、開放しようぢやないか、とあつて、その後築地活版が朝日の振仮名付活字を見学し、その製作をはじめた。その後毎日新聞やその他の新聞が築地からこれを手に入れ広くゆきわたつた。かくしてわが国の活版界に、『ルビ付活字の時代』といふ一エポツクを画した。
 今ではルビ付活字は全国至る所の新聞・雑誌に用ひられ、読者と離れ難い親しみをもつて迎へられてゐる。
 ルビ付活字はかく人並の道程を経て発明を完成したが、その影響が今日の如く大きなものとならうとは夢にも思はなかつた。これを利用してくれた世の賢者の好意に感激しつゝ、極めて僅かの余生を送つてゐる。
  松田氏は数年前、長い間の活版課長を辞して社を退き、今京都北山のほとりに、山川風物を友としてゐる。

 この文章もまた、ルビ付き活字によって組まれている。ちなみに、「活」には、「くわつ」というルビが振られている。さて、ここにあるように、ルビ付き活字を考案し、実用化したのは、大阪朝日新聞社で、長く「活版課長」の地位にあった松田幾之助である。これまで、インターネットで「松田幾之助」を検索しても、これといった情報は得られなかったが、本日以降は、やや状況が変わることであろう。

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1 コメント

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お礼 (松田の曽孫)
2017-09-06 20:26:46
今年の1月に祖母が亡くなりました。
遺品の中には多くの写真や、当初の手書きで書かれた戸籍謄本などがある中、父から、松田幾之助さんつまり祖母の父の話しを聞き初めて、ルビ付活字を知りました。
そのことを礫川様がコラムで書かれているのを、たまたま見つけました。
書いて頂きありがとうございました。
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