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【書評166-1】     空 海            松永 有慶 著    岩 波 新 書    2022年6月 初版

2022-12-13 10:03:23 | 時評
 松永氏(1929-)は高野山に生まれ、高野山大学教授や真言宗管長などを務め、今は<補駝洛院前官>の任にある現役の真言宗僧侶。浅学な私は著書を含めて全く存じ上げなかったが、空海、そして「密教」の現代的意味合い、仏教における存在意義などを改めて教えていただいた。それは関心を抱く「禅宗」と「密教」の関連に於ける新たな気づきでもあり、とても勉強になった。
 本書は全10章だが、6章までは「密教」の世界観や考え方・教義、空海の布教教育活動などの解説。7章は、著者が全日本仏教界会長に就任した2006年のダボス会議に招かれ講演した「日本仏教と教育理念」。
8章はインド・中国・日本を対比させながら、仏教と国家(=王権)・衆生(=国民)との関係を考察している。ここは統一教会、創価学会など国家権力との関係性が取り上げられる昨今、興味深い。 
 本コラムでは「密教」解説を踏まえつつ、印象深く読んだ9章「生死観」10章「入定信仰」を中心に述べたい。

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 空海を語るうえで大事な出発点は、日本における仏教伝来の流れだ。最初は、朝鮮半島の戦乱を逃れた渡来帰化人の私的信仰と古墳期以来の土着古代神道が軋轢を繰り返す。
それが天皇家の公式な仏教受容で落ち着くまで、飛鳥から奈良までの約200年。空海(774-835)が30歳の804年、唐に渡り「密教」を持ち帰ったのは、平城京の奈良時代(710-794)から平安京の平安時代(794-1185)に変わって間もない境目だった。

 同じ遣唐船に乗り、空海より先に帰国した最澄(767?-822)の率いる「天台宗」は朝廷の庇護を受けて都で隆盛をみていた。其の間、空海はインド伝来の「密教」の正統派を任ずる恵果の高弟になり、直伝の密教仏典を与えられるまでになった。それらを引っ提げての帰国後、空海は精力的に「密教」の素晴らしさを時の天皇に説き、ついに高尾寺(=神護寺)を与えられ、弟子をとりつつ布教に乗り出した。その後、高野山も与えられ、生涯を通じて「密教」拡大に努めたことは周知のとおり。

 奈良から平安へ。此の日本史の節目に忽然と現れ・消えた空海。何故、空海は未だに忘れられることなく語られるのか?その疑問には、平安末期に始まる天皇家の衰退から鎌倉武家政権への移り変わり、それと連関する仏教の盛衰、そして「禅宗」の勃興へと続く流れを視野に入れる必要がある。何故なら「密教」の「密」が意味する内容に「天台宗」までの仏教との決定的な違いがあるからだ。
 即ち、それまでの教えが『仏がいらっしゃる彼の地』へ行くための出家・修行であり≪ 修行を貫徹した者しか仏陀の説いた秘密は身につかない=仏に成る ≫だったのに対し、空海は≪人間は自己の中に本来もっている佛性に自ら気づく=即身成仏 ≫のであり、仏陀の教えた秘密は自分の中に誰もが持っている。それを得るための(作善)であり(利他行)であると説いた。

 前者を「顕教」と呼ぶのに対し<仏陀の教えた秘密は自分の中に誰もが持っている>を「密教」と呼ぶ。これだけではわかりにくいが、著者は空海独特の古典経典の読み替えを挙げている。その極致が、般若心経に空海が独自の見解を述べた『般若心経秘鍵』であり、そこでは般若心経本文を五分割した第二番目の「分別諸乗分」で述べている内容が顕教の密教読み替えだと著者は解説している。詳細は本書113頁を読まれたいが、最も分かりやすいのが次の部分。これは平明な例えで真理を説く、宗教者固有の知恵だろう。
    ≪ 医王の目には途に触れて皆薬なり。解宝の人は鉱石を宝と見る。知ると知らざると、何誰か罪過ぞ。顕密は人に在り。声字は即ち非なり ≫ 

 此の例に限らず、空海の読み替えについては仏教学界で古くから問題視されてきた、と著者も全面肯定していない。だが、天台宗までの大乗仏教が唱えてきた他力本願から、自分の内部に目をむけさせる自力本願への端緒が空海の教えには秘められていた。それは空海自身の死に臨む姿勢と深く連動するので、次回はそれを述べる。< つづく >
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