静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

【書評163-2】 風 穴 を あ け る        谷川 俊太郎 著    草思社    2002年1月 初版

2022-10-31 16:01:59 | 書評
◆ 世間知らずの一滴の真情:読売新聞 1991.3.8. 掲載 (P64)
・「詩人の未熟さは多分笑いの対象ともなりうるものだが、しかしまた、我々を驚かせるに足るものも持っている。詩人の言葉の中には、心の中から現れたような一滴の真情
  あって、それが彼の詩に美しさという輝きを与えるのである」
  これは谷川氏が、チェコの作家ミラン・クンデラの小説『生は彼方に』を読んでいるときに出会った一節で、「一滴の真情」が、この短文のタイトルに使われている。

・詩人とは、周囲の状況によってクルクル人間が変わってしまう「カメレオン・マン」であり、稲川方人氏が同じ読売新聞で述べたという「詩人という存在の欺瞞」という表現
 にも胸を突かれる思いがした、と著者は肯定する。・・だが、それを踏まえた上でなお、谷川氏は次のように述べている。

【本気で散文を書こうと思ったら詩を諦めるしかない、そんな緊張が詩と散文の間には有る筈で、クンデラもそうですが、小説を書くために詩を捨てた作家も少なくない。然し、そういう詩と散文の間の緊張が私には
 必要なものに思えるのです。(中略)詩が明らかにしようとする意識や道徳を超えた世界の真実と、散文が明らかにしようとする人間臭い世界の真実、とでもいえばよいでしょうか。
  其の二つは補い合いながら私たちの生きる現実を創り出していますが、同時に二つの間の相克と矛盾は私たちが想像する以上に深い。
 其の矛盾が解決不能であることを私は意識していますが、同時に其の緊張と矛盾を感じないで詩を書くことは私にはできません】


・これは<詩と散文>の対比から、そこに潜む言語表現のめざす方向性の違いを単に述べているだけではない。「クンデラが言う<心の中から現れたような一滴の真情>は、
 現実社会とは離れた詩の世界から生まれ出るしかないので、それを送り出したい、唯それだけで自分は生きてきた」と谷川氏は言っていると私は読んだ。
 言葉が湧き出る泉を体内に持つひとですら「なぜ詩を書くのか?」という基本的な問いを常に咀嚼するのが詩人の魂であり人生なのだろう。
  詩人が詩を紡ぐとき、作曲家が見えない空間に音の建築物を築く時。それは心から現れ出る「真情=叫び」を掬(すく)いとる営為である点、どちらも似ている。

・ここで谷川氏が捉える「詩」の真骨頂は芸術全般に広くあてはまる真実であり、それだからこそ氏は「音楽」との共通性を早くから直観したのだろう。
 氏にとってモーッアルト、そして武満徹は、他の誰よりも『一滴の真情』を感じさせる人だった?                < つづく >
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≪ 今朝のつぶやき 2題 ≫   過去を懐かしむのは老人にも効果あり?    恨みを捨てる健気さと辛さ

2022-10-30 10:20:25 | トーク・ネットTalk Net
★ ある記事で『過去の思い出や記憶を振り返る、感傷に浸る”ノスタルジー”は、必ずしも避けるべき悪習ではない。寧ろ、ドーパミン物質が脳内に分泌されるので、
  明るく前向きな気分になり、認知症予防にも好ましい』とあった。 欧米の研究者が様々な実験を重ねての推論という。
   へえっ! その通りなら、これまでのように、過去を振り返る後ろめたさや、ネガティブな面持ちに陥らずとも好い事になる?

  唯、当然ながら記事には触れていないが<其の感傷は己れ一人に閉じ込めておく、または同じ記憶を共有できる相手しか話さない>鉄則は守らないと拙いだろう。
  とりわけ自分より若い人を相手に口走ってはイケない。所詮(昔話)であり、往々にして(自慢話)に転がってしまうからだ。  戒めよう!

★ もう一つは、広島の原爆ドームほか記念施設で観光ガイドボランティア活動をする人たちについての記事に感じた複雑な思い。
  それは外国人(たぶんアメリカ人)から『原爆を落とした国の我々を恨むか?』と尋ねられ、苦悶の末に『恨まない』を統一した答えにしたという内容だ。
 
  <『恨み』は復讐の源になり、憎悪の連鎖を生み続けるからだ>が此の判断をもたらしたと。実に正しく立派な思考であり態度であるが、無人販売での窃盗犯への
  店主の暖かい言葉や、寺社の落書きへ僧侶が繰り返す信じがたい寛恕の元である性善説そのものに通じる。それ一本で、我々は果たしてやっていけるのか?
   
  私はそれを咎めているのではない。苦渋の判断に至った記憶は決して消えないだろうから、日々繰り返される性善説への裏切りをガイドさんたちは如何なる感情で
  捉え、生きているのだろう? そこを想像すると、実に辛い。 ・・・これまた、答えの無い問いだ。 
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 東京五輪汚職とは 失われた30年で 心の品性も失った日本社会そのもの

2022-10-30 09:00:24 | 時評
◆ 特集:東京五輪汚職 ≪「ハゲタカ」作家・真山仁さんが見る大会汚職 電通の独占的ビジネス、負の遺産≫ 【川名壮志】 抜粋

* スポーツを巡る商行為の過程に、多くのひずみが生じていて、それが高橋元理事という姿で露見したというのが真山さんの見立てだ。
 「今回の事件における電通の問題は、東京電力の不祥事に近いと思います」。電力業界でガリバー的な存在だった東京電力では原発事故の発生を端緒に、さまざまな不祥事が
 明るみに出た。表向きは健全に見えても、独占的な企業であるがゆえに裏ではタガが外れていた構図は、今回のてんまつと重なる部分がある、と真山さんは指摘する。
  ← これはスポーツビジネスに限らない。大手製造会社における品質保証データの改竄・隠蔽も同じ構図だ。これが日本企業の国際競争力低下の真因ではないか?

* 高橋元理事は「みなし公務員」になったため、特捜部もメスを入れることができた。「公人の犯罪を正すのはもちろんですが、たとえ民間企業であったとしても、
  独占的な企業が存在すると、どのような弊害を生むのか。それが分かる事件だった
と思います」。企業を舞台に権力構造を描いてきた経済小説家は力を込めた。

それにしても、とひとしきり話し終えた真山さんは、ため息をついた。「1990年代にバブルがはじけて、失われた30年があり、東日本大震災があった。何だか今は、
人にも企業にも『なりふりかまわず生き残ればいい』という開き直りがある。正気を失った社会に見えます」
  ←「正気を失った社会」とは、理詰めの議論を避け、理想追及を嘲り、明日の飯とゼニを追うだけの心貧しく卑しい現代日本社会の姿だ


★ かつてロッキード事件の捜査で主任検事を務めた吉永祐介氏は「検察の仕事は、ドブさらい」と言った。
  そのドブさらいの現場が、神聖な五輪だったという現実は、あまりにも悲しい。・・・・真山さんも最後に、こう締めくくった。
 「事件は五輪をカネで汚してしまった。国際的に見れば、ロッキード事件やリクルート事件よりも長く歴史に刻まれる汚職になってしまいましたね」
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【書評163-1】 風 穴 を あ け る        谷川 俊太郎 著    草思社    2002年1月 初版

2022-10-29 09:39:16 | 書評
 ”夕暮れに夜明けの歌を” ~奈倉 有里<なぐら ゆり>著~【書評162-2】を【書評】ジャンルではなく10月14日の【時評】に入れた過ちに気付いた。理由は不明。
単なる忘却に過ぎず、これも老耄の証だろうと呟く。しかも何度か同じミスを繰り返す、これまた嘆きの対象となった。

 本書は谷川氏が多く残している随筆のひとつ。前半は氏が時おりおり感じた出来事や印象に残る作品について縦横無尽に書いている。後半は著者が交友のあった作家・詩人・芸術家に関し、想い出話を綴っている。想い出とはいえ、人物逸話と氏自身の感じた事が絹織物を織るようなタッチで描かれている。ご承知のとおり、谷川氏は詩作のほか、
絵本から英詩の翻訳、劇作脚本まで多岐にわたり活動したので、取り上げた人物は実に多彩。これだけでも十分贅沢な内容だが、単なる逸話の面白さ・貴重さを超え、ここには言葉を媒介とした氏の芸術観が鮮やかに浮かぶ。なかでも武満徹氏とは親交があったらしく、20頁を割き、暖かく偲んでいるのが私には涙無くして読めない。
 武満氏の人物像のみならず、<音楽と詩(ことば)>への確信が若い頃から谷川氏の中心にあったのを改めて知る。
 90歳だが健筆をふるっておられ、自分がこの年齢まで仮に死なずに居られたとして、これほど創作に生きるチカラを持っていられるだろうか?・・途方に暮れてしまう。

 詩集は「モーッアルトを聴く人」「二十億光年の孤独」を時々読み返すが、著者の魅力に打たれたのは前者を手にしたのが始まりだった。岩波の月間誌『図書』に掲載される(ブレイデイみかこ)氏との往復書簡は著者の最も新しい文章だろうが、いつまで読ませてもらえるのかな?とひそかに心配しつつ、毎月楽しく読んでいる。
 ああ、前置きが冗長になってしまった。次は、本書の解題を含め、前半部で強く心に残った断片から紹介かたがた述べてゆく。             < つづく >
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 信者同士が戦い ”神”をめぐる価値観の違いが社会を分断する 欧・米・・・個人を確立したはずの人が なぜ宗教にすがるのか?

2022-10-28 09:10:26 | トーク・ネットTalk Net
毎日◆ 娘が送った「最後通告」 トランプ氏めぐり分断された親子  <NY駐在:隅 俊之>  要旨抜粋
・ <正直言って、私は疲れ果てた。常識や科学、人道的なこと。そういう話を議論するだけなのに、堂々巡りが延々と続くことに>
  <政治と信仰の問題で、言い合えることは言い尽くしたと思う。これ以上、話せることはない。ゲームオーバーだよね>
  サラ・アクストさん(46)=米中西部オハイオ州=が、そんなメールを父親のケビン・ハーグさん(69)=南部ノースカロライナ州=に送ったのは2020年7月30日。
  バイデン大統領(民主党)がトランプ前大統領(共和党)を破った大統領選の3カ月前だった。

*ハーグさんは、トランプ氏の支持基盤の一つで、キリスト教徒の中でも保守的な福音派の熱心な信者だ。リベラル派が選択の権利を訴える人工妊娠中絶に反対し、同性婚も認めない。
 アクストさんら3人の娘が年ごろになっても、デートさえ許さなかった。アクストさんによると「神が結婚相手が誰かを教えてくれるから」だった。
  アクストさんによると、一家は「外から見れば普通の家族」だった。両親は、宗教的な理由でデートを禁止していることは外では話さなかった。
「彼らはそれを極端なことだと分かっていたから、隠していた。ただ、トランプ氏の登場で、なりたかった自分になれると感じたのだ」

 両親の意思に背けば、壁にかけられた木製のパドルで「自分の意志が壊れる」まで尻をたたかれた。血が出ることもあった。父親に最近、そのことを問うと「神がそうしろと言った」と答えた。

☆「トランプの世界」と「反トランプの世界」は交わることはない。ハーグさんを「こっちの世界」に戻すことはできないのだろうか。アクストさんはこう言った。
 <彼は今、『カジノ』にいる。自分が何者であるかということに全力を賭けている。トランプ支持者であることが、彼のアイデンティティーであり、本質だから。
  そこから戻るというのは、文字通り、自分を殺すことと同じなのです>


◎ 世論調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査(7月7日発表)によると、米国人の成人のうち60%は性別(ジェンダー)は「生まれた時の性で決まる」と回答。38%は「生まれた時と異なりうる」と答えた。
 キリスト教右派の福音派では、白人の信者のうち87%が「生まれた時の性で決まる」と回答。「生まれた時と異なりうる」と答えたのは13%に過ぎず、性的少数者に対する理解は低いことがうかがえる。

 人種問題(10月20日発表)については、中間選挙で共和党候補を支持する人の79%は「白人は黒人に対する『社会的な優位性』から利益を得ていない」と回答した。一方で、民主党支持者では同じ答えは10%に
 とどまり、逆に60%は白人がそうした社会的優位性から「多くの利益を得ている」と回答した。白人の保守層が米社会の現状に不満を抱えていることの表れとみられる。

 女性の社会参加(同)をめぐっては、共和党支持者の76%は、かつて女性が男性よりも昇進するのを難しくしていた障壁は「ほとんどなくなった」と回答。
 民主党支持者では79%がそうした障壁は「まだ存在する」と答えた。

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 紫色を施した部分は、米国社会の分断であり、それは白人優位と結びついてきたキリスト教信者内部での疑問提起であるが、無神論者が未だに世をはばかる現実は同じだ。
ロシアを含む欧州のキリスト教社会では、どうなのか? なぜ、無神論者が増えないのか??  なぜ教会は勢力を保てるのか? 

太字あるいは青色にした部分。これは民族・文化・時代を問わず、何教であれ「信者」の口にする典型的言葉であろう。最近世を賑わす<旧統一教会>信者がこの範疇に属す
言動に囚われているなのか私は知らないが、自分以外の第三者に『自分のアイデンティティー』を求めることを疑いなくやれる人、これが宗教信者の共通項であろう。

<自分が何者か?を探し続ける>。これが Identify Myself であるが、Identify という言葉の原義からして、自分以外の抽象的存在(=超越者)を地上界とは別にこしらえ、
それに身を委ねるのが果たして「探し続ける」努力という語義と矛盾しないのか? 逃げているだけでは? 此の疑問が私の宗教、信心への根本的疑義である。
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