◆ 世間知らずの一滴の真情:読売新聞 1991.3.8. 掲載 (P64)
・「詩人の未熟さは多分笑いの対象ともなりうるものだが、しかしまた、我々を驚かせるに足るものも持っている。詩人の言葉の中には、心の中から現れたような一滴の真情が
あって、それが彼の詩に美しさという輝きを与えるのである」
これは谷川氏が、チェコの作家ミラン・クンデラの小説『生は彼方に』を読んでいるときに出会った一節で、「一滴の真情」が、この短文のタイトルに使われている。
・詩人とは、周囲の状況によってクルクル人間が変わってしまう「カメレオン・マン」であり、稲川方人氏が同じ読売新聞で述べたという「詩人という存在の欺瞞」という表現
にも胸を突かれる思いがした、と著者は肯定する。・・だが、それを踏まえた上でなお、谷川氏は次のように述べている。
【本気で散文を書こうと思ったら詩を諦めるしかない、そんな緊張が詩と散文の間には有る筈で、クンデラもそうですが、小説を書くために詩を捨てた作家も少なくない。然し、そういう詩と散文の間の緊張が私には
必要なものに思えるのです。(中略)詩が明らかにしようとする意識や道徳を超えた世界の真実と、散文が明らかにしようとする人間臭い世界の真実、とでもいえばよいでしょうか。
其の二つは補い合いながら私たちの生きる現実を創り出していますが、同時に二つの間の相克と矛盾は私たちが想像する以上に深い。
其の矛盾が解決不能であることを私は意識していますが、同時に其の緊張と矛盾を感じないで詩を書くことは私にはできません】
・これは<詩と散文>の対比から、そこに潜む言語表現のめざす方向性の違いを単に述べているだけではない。「クンデラが言う<心の中から現れたような一滴の真情>は、
現実社会とは離れた詩の世界から生まれ出るしかないので、それを送り出したい、唯それだけで自分は生きてきた」と谷川氏は言っていると私は読んだ。
言葉が湧き出る泉を体内に持つひとですら「なぜ詩を書くのか?」という基本的な問いを常に咀嚼するのが詩人の魂であり人生なのだろう。
詩人が詩を紡ぐとき、作曲家が見えない空間に音の建築物を築く時。それは心から現れ出る「真情=叫び」を掬(すく)いとる営為である点、どちらも似ている。
・ここで谷川氏が捉える「詩」の真骨頂は芸術全般に広くあてはまる真実であり、それだからこそ氏は「音楽」との共通性を早くから直観したのだろう。
氏にとってモーッアルト、そして武満徹は、他の誰よりも『一滴の真情』を感じさせる人だった? < つづく >
・「詩人の未熟さは多分笑いの対象ともなりうるものだが、しかしまた、我々を驚かせるに足るものも持っている。詩人の言葉の中には、心の中から現れたような一滴の真情が
あって、それが彼の詩に美しさという輝きを与えるのである」
これは谷川氏が、チェコの作家ミラン・クンデラの小説『生は彼方に』を読んでいるときに出会った一節で、「一滴の真情」が、この短文のタイトルに使われている。
・詩人とは、周囲の状況によってクルクル人間が変わってしまう「カメレオン・マン」であり、稲川方人氏が同じ読売新聞で述べたという「詩人という存在の欺瞞」という表現
にも胸を突かれる思いがした、と著者は肯定する。・・だが、それを踏まえた上でなお、谷川氏は次のように述べている。
【本気で散文を書こうと思ったら詩を諦めるしかない、そんな緊張が詩と散文の間には有る筈で、クンデラもそうですが、小説を書くために詩を捨てた作家も少なくない。然し、そういう詩と散文の間の緊張が私には
必要なものに思えるのです。(中略)詩が明らかにしようとする意識や道徳を超えた世界の真実と、散文が明らかにしようとする人間臭い世界の真実、とでもいえばよいでしょうか。
其の二つは補い合いながら私たちの生きる現実を創り出していますが、同時に二つの間の相克と矛盾は私たちが想像する以上に深い。
其の矛盾が解決不能であることを私は意識していますが、同時に其の緊張と矛盾を感じないで詩を書くことは私にはできません】
・これは<詩と散文>の対比から、そこに潜む言語表現のめざす方向性の違いを単に述べているだけではない。「クンデラが言う<心の中から現れたような一滴の真情>は、
現実社会とは離れた詩の世界から生まれ出るしかないので、それを送り出したい、唯それだけで自分は生きてきた」と谷川氏は言っていると私は読んだ。
言葉が湧き出る泉を体内に持つひとですら「なぜ詩を書くのか?」という基本的な問いを常に咀嚼するのが詩人の魂であり人生なのだろう。
詩人が詩を紡ぐとき、作曲家が見えない空間に音の建築物を築く時。それは心から現れ出る「真情=叫び」を掬(すく)いとる営為である点、どちらも似ている。
・ここで谷川氏が捉える「詩」の真骨頂は芸術全般に広くあてはまる真実であり、それだからこそ氏は「音楽」との共通性を早くから直観したのだろう。
氏にとってモーッアルト、そして武満徹は、他の誰よりも『一滴の真情』を感じさせる人だった? < つづく >