静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ 民泊禁止のマンション契約だと? ≫  いつから商取引が法令や条例の上を行くようになった?

2015-12-08 21:42:18 | 時評
 民泊禁止の新築マンション 住友不動産、住民の不安考慮 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ07HYW_X01C15A2EA1000/
* 住友不動産はこうした事情を考慮し、年内にもあらかじめ民泊をできないようにした新築マンションを発売する。
 民泊需要が多いとみられる都市部などで販売する際、規約に民泊を事実上禁止できる文言を入れる。自社開発の既存物件でも民泊に否定的な住人が多い場合は、
 受け入れなくてすむ手続きを提案する。管理組合に総会を開いてもらい、規約に「不特定多数に宿泊・滞在目的で使わせてはならない」
 「部屋を宿泊施設として使ってはいけない」などと入れてもらう。
⇒ ここでいう「規約」が集合住宅における「管理組合」構成を義務づける現行法令と両立するのか? 無論、住友不動産お抱えの弁護士は検討済だから、堂々と販売条件に
  入れたのだろう。 だが、私は「まてよ」と言いたい。 何故か? 何も政府方針が観光立国だから民泊拡大基調に逆らうな、などと体制翼賛で言うのではない。商取引条件にこのような繊細な価値判断を孕む規定を、昨今の条例/法令改正の動きの機先を制するように出す、その根性が「まてよ」なのだ。
 
 文化・習慣の異なる外国人が短時間、観光で街をうろつくなら我慢するが、自宅の至近距離には来て欲しくない、とかく粗暴な振る舞いで平安を乱されたくない。日本人の殆どが
 実生活に外国人が肉薄するのを嫌う理由はこれだ。だから同じ屋根の下に長時間居るなんて、想像を絶するのだ。それは、白人であろうとなかろうと同じ。 これは理屈以前の、
 有史以来染みついた生理的嫌悪感だ。 こういう民族が世界でも多くないことは確か。 だが、単純に少数派だからではなく、<排外思想/情緒そのものが江戸時代までならやってゆけたが、今は己の首を絞めている現実>に気づかないといけない。
 ← この情緒は難民受け入れ(事実上の)拒否、移民導入への嫌悪、「技術研修制度」の美名の下に安い外国人労働者で当座の製造人件費をしのぐ政策、そういった外国人政策と同じ排外情緒のルーツである。 ここを忘れてはならない。 だが、これは政府が好きでやっているのではない。国民それぞれがこういう心情を捨てないことを政府は見こし、
歴代政府は迎合し続けているのだ。  住友不動産も然り・・・。 喜んでそういうマンションを買う国民・・。 

 <人口減少で生産労働力も減少、出生率減衰が輪をかける。それでいてGDPは増やしたい、経済拡大は止められない。然し、幾らロボット技術が人間の労働力を置き換えるといっても所詮取るに足りない。人間の絶対数が足りないのだ。でも外国人はイヤ!>。  ・・・・さあ、どうする?
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-12-30 19:57:45
民泊の拒否=外国人の拒否というようなニュアンスの文章に違和感を感じます。
例えば、同じマンションの一室にルールを守る外国人が住むことに対して強い拒否反応を示す人は、いまどき少ないでしょう。
問題なのは、マンションの一室を民泊で貸し出すことによって、「どうせ数日間の滞在後は一生来ることがないから」というような気持ちでルールを守らず好き勝手に使う人がいることや、不特定多数が出入りすることでセキュリティが低下してしまうことなのではないでしょうか?
仮に、民泊で泊まりにくるのが外国人でなく日本人であったとしても、民泊に対する拒否反応はあると思います。
民泊の拒否→日本人は外国人に対して排他的であるという繋げ方は、日本人の気質を批判したいがためのこじつけのように感じます。(日本人は外国人に対して排他的であるという考え自体を否定しているわけではありません。)

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