静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

自民党憲法改正草案:緊急事態条項  <不備な3権分立のまま首相に戒厳令権限を与えるのか?>

2014-07-31 21:38:28 | つぶやき
 自民党は2012年4月、サンフランシスコ平和条約発効60周年を記念して憲法改正草案をまとめた。緊急事態条項はその第9章(98、99条)に記されている。首相が緊急事態を宣言した場合には「内閣は法律と同一の効果を持つ政令を制定することができる」(99条)とし「何人も」「国その他公の機関の指示に従わなければならない」(同3項)と定める。「東日本大震災の教訓を踏まえた」「国民の生命、身体、財産の保護は平時だけでなく緊急時も国家の最も重要な役割」というのが自民党の説明だ。 ←これを「特定秘密保護法」「集団的自衛権の部分行使容認」閣議決定の流れに置いてみると、何やら見えてくる。大規模自然災害時の生命・財産を保護するというのと、戦闘下の緊急事態をあたかも同列に並べるのは詭弁でしかない。

 起草委員長として改正草案をまとめた自民党憲法改正推進本部長代理の中谷元(げん)元防衛庁(現防衛省)長官は「飛行機に乗ったら『機長の指示に従ってください』とアナウンスが流れる。国家の緊急事態であれば、機長である首相の指示に従ってもらう必要がある。このような規定はほとんどの外国の憲法に盛り込まれている」と解説する。 
 ← 飛行機の機長に行政責任者をなぞらえる暗喩そのものが胡散くさい。選挙の投票は白紙委任ではないのだ!! 投票率/得票率/比例配分/人口別選挙区割り、あらゆる面で矛盾を抱えたままの違憲/変則衆議院選挙で選ばれた首相に、米国の如く3権分立が明瞭に確立し、相互牽制が機能する仕組みにおける大統領と同じような戒厳令権限を与えて善いのか? 皆さん、どう思われますか?

 議院制内閣に基づく首相は、名目的には3権分立原理における行政権の長であるが、大統領制度と同じ行政首長/議会の2元独立選挙制でないため、与党出身である限り個々の法案提出に国会の牽制・修正は受けない。且つ、最高裁とは別に完全独立した違憲裁判所<例:ドイツ>をもたない今の憲法のもとでは、立法ありきが先行する。日本の首相は司法への影響力が強く働く行政権の代表になってきた。これは明治憲法以来の悪弊であり、同じ議院内閣制を執る英国と比べても、行政権の突出リスクは安倍内閣で顕著になった。悪く勘繰れば、智恵者が此の制度的不備を最大限活用しているやに映る。 
 
 この"エセ3権分立"のままで物事が決められる姿、皆さん、本当にこの国はこれでいいのでしょうか?
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大阪府警の過少報告   <隠蔽行為への処罰が軽すぎないか?>

2014-07-31 11:15:50 | 書評
 <過少報告の約65%は街頭犯罪。自転車盗が半分以上を占め、車上狙い、部品狙いなどが続いた。すぐに自転車が見つかった自転車盗を省いたり、連続発生した車上狙いを1件に数えたりしていた。引き継ぎで独自の計上ルールを踏襲したり、上司が指示した場合もあった。単純な計上忘れもあった>。誤魔化した犯罪の質や量が問題なのではない。看過できないのは、汚名挽回の圧力が組織全体に染み渡り、期せずして組織ぐるみの隠蔽となる日本社会の組織構造である。

 この構造問題の核心は、「内規による処分」の中身だ;<処分対象は退職者124人を除く現職280人。吉田健一・現総務部長ら刑事総務課長4人▽署長46人▽刑事課長と刑事課員各115人(いずれも当時)で、処分内容は本部長注意や指導>。警察における「本部長注意/指導」が当人の報酬や考課にどれほどの重みを与えるのか、私には不明だ。民間企業でいうと<始末書>程度、または口頭注意レベルなのか?
 警察の論理を想像すると"虚偽報告は倫理的に確かに不正行為だが、市民に実害を与えたわけではない"ので他の公務員犯罪に対する処罰である必要は認めない、といったところか。若し当っているとしても私は引き下がるわけにはいかない。何故なら<都合の悪い内容は隠し通し、責任の所在を可能な限り長く曖昧にする>こと自体が、他の犯罪に比べ軽微なことと看做される風潮が日本社会に顕著であり、それが社会の退嬰を助長するからだ。

 7/29日、いじめ由来と思われる中学生の自殺事件をめぐる教育委員会/学校/父母等の誤魔化しを取り上げた。この誤魔化しは形を変えた隠蔽であり、大阪府警の過少報告事件と根は同じだ。教委や学校幹部は公的処罰を受けたのか? 警察同様、内規だけの処分か?

 この国に昔から瀰漫する隠蔽をなくすには処罰の厳格化しかあるまい。どの国にもある、というのは隠蔽の擁護であり、厳罰化に抵抗する言い訳でしかない。 もっと広げていえば、詐欺犯罪に対する量刑が軽すぎるのと、隠蔽処罰の軽さは同軌していると私は感じている。どちらも<人間社会の基本道徳たるべき信頼への裏切り犯罪>であるがゆえに、公の罰を受けない/受けても軽い内部処分である限り、真面目に努力することを馬鹿らしく思う人間を増やすばかりである。
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消費税の軽減税率導入について <諸外国は軽減対象品目をどう線引きしたのか?>

2014-07-30 10:40:23 | つぶやき
 10%に引き上げる際に導入を検討するとの公約に関し、積極的な公明党と消極的な自民党の違いが報道される昨今、様々な経済団体・各種協会/法人等への意見聴取が続いている。いわく、①「贅沢品vs必需品の線引き困難」②「イート・インの扱い」③「事務手続の煩瑣増大」④「累進税の原則逸脱」の4点が主要な検討ポイントだそうだ。

 私見では、④は①の従属的要素であるから①の出来次第だ。②は、食品販売店舗での"その場食い"発生頻度を考えるとき、無視できる範囲としてネグレないものか? 椅子の数を抑制すれば済む話では? ③は、バーコード及びパソコンの普及度合いに鑑みると、中小零細企業の大半が実際は決算/税務申告を税理士に依存しているならば、店主自身の負担はどれほどのものなのか? 税理士を使わない零細店主が多いなら、税理士利用時のインセンティブ(手数料補助など)で対応できないか?

 そこで悩ましいとされているのが①の概念整理だ。ヨーロッパでは既に食品や日常品を中心に軽減税を導入して久しい。書籍や新聞・雑誌まで手を広げたら幾らでも業界団体の声はあるだろうから、その線引きも含め、先輩諸国はどのような概念整理で国民を説得したのか? 
  ここが見えないのだ。これは、③の事務手続き云々より遥かに多くの国民・消費者が一番知りたいことなのに、政府/与党/メディア、どこからも聞こえてこない。整理の考え方は確かに複雑かも知れない。が、国民の納得性の大元はこれであり、業界団体とのすり合わせだけの、結果オーライ押し付けでは断じてならぬ。煩を惜しまず、紹介・解説してもらいたい。

 嫌な想像だが、国家財政の現状をみれば、消費税率が10%で打ち止めだと国民の誰も信じてはいない。高齢化に伴う各種社会保障支出の増大が止まるまで、消費税引き上げは続けざるを得ないことを覚悟している。覚悟しているからこそ、①の線引きは納得性が高くなければいけないのだ。
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いま靖国から # 42止   < あふれる「花嫁」たち >

2014-07-30 10:12:14 | つぶやき
 今朝でこの連載は最終を迎えた。企画を支えた毎日の編集者、取材を通した伊藤記者に敬意を表したい。

昨日の「誉れ人形」とは違い特攻兵の母でないが、沖縄戦で亡くなった息子の母が<嫁を迎えさせてやりたかった、の一念を込め寄贈した花嫁衣裳>が靖国の遊就館に飾られている、という話題である。
 <戦後37年間、息子を思い切れずに生きた母が、自分の晩年に靖国を通じて挙行した、現世での未練を断ち切る儀式だったのか。靖国への花嫁奉納は、これが第1号だった。国のため覚悟の戦死をしたはずの英霊は護国の神であり、私人ではない。戦時中、遺族は泣くことを禁じられ、戦後も神社で思わず故人の名を呼んで宮司に叱られた人たちがいる>。
 <雄々しい公の権威にこだわる靖国の論理と、婚姻による慰霊(供養)という家庭的で情緒的な願望はなじみにくかったのだろうか>。

 <戦後も戦時中の英霊像に固執した靖国が一時、母親たちの夢想に押し切られたとは暗示的だ。戦死者の追悼、戦争のとらえ方は、歳月と共に変わる。戦死者遺影室に、あらん限りの花嫁を並べたらどうだろう。あふれかえる人形は、靖国に新風を呼び込むかもしれない>。 
 伊藤記者が先に提案した「戦争記憶遺産」の発想の延長線上に「誉れ人形」「花嫁人形」を置くとしたら、宮司あるいは国家英霊に拘る人達は今でも反対し続けるのだろうか?

 戦争が/戦死者が、国民一人ひとりのものにならず、今の靖国神社での祭り方でしか続けられないのなら、そんな追悼や英霊護持で「国を愛するこころ」は決して育ちはしない。  ナショナリズムの押し付けがどれほど危険か、自国の過去の教訓ばかりか、近隣諸国に悪い手本があるというのに、未だ気付かないのかっ!          《 お わ り 》
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”いじめ” と 隠蔽体質 <長崎県新上五島・中3 松竹君 自殺>の例にみる

2014-07-29 10:39:34 | つぶやき
 長崎県諫早市で起きた高1女生徒による殺人事件が耳目を奪っている。犯行の残忍冷酷さ、家庭環境などが恰好の話題提供となり、メディアは商売繁盛で賑わっている。しかも、ラインと称する流行ツールがらみゆえか、「教育/社会問題/IT」評論家の登壇もかまびすしい。 
 然し、<いじめ>を巡る数多くの悲惨な事件の根幹には、学校・教育委員会側の受動的且つ隠蔽体質が真因としてあり、その根絶が実現しない限り、"いじめ"自体はなくならない。これは学校に限らず、自衛隊・警察も含めた閉鎖的集団も同様の真実である。 (上五島のいじめ自殺事件の詳細は次のURLで。 http://mainichi.jp/shimen/news/20140729ddm005070025000c.html)

 では私が言う隠蔽体質をこの具体事例に即して視てみよう。
1)まずは、"いじめ"の発生/継続を知りながらも自殺との因果関係不明と逃げる態度そのもである。この体質を知る校長や教員は、自己防衛 上、いじめのサインに気がつかぬフリをし、無視せざるを得なくなっている。
2)次は、いじめられている本人からのサインや言葉を知った友人や其の親が、いじめられている者の親に伝えないことだ。(何であれ事件に  は関わりになりたくない、自分の子供がいじめに加担していることを知られたくない後ろメタさ)などが親同士の会話欠如の主な理由だろう。   PTAというものは機能しているのか?

 <松竹君は昨年の夏休み、いじめをテーマにした「空気」という題の作文を書いていた。「いじめの原因は何かを伝えよう。それは『空気』だ。いじめをしなければ自分がやられてしまうという空気……」と記し、解決策として「みんなが親友になること」「笑顔」を挙げていた>。← これはKYなどと嘯く大人社会への痛烈な告発だ。
 <学校側の調査に複数の同級生が「(筆箱をひっくり返すなどのいじめ行為をされても)松竹君は笑っていた」と回答していた。住民は「景虎君はいつも笑顔であいさつをし、優しかった」と口をそろえる。作文に書いたように、松竹君が笑顔でいじめをなくそうとしていたのかと思うと、胸が張り裂けそうになる>。 もう子育てが遠い日々となった私でも、胸が張り裂けそうになるのは同じである。

 その笑顔を目にした同級生や教師もいた筈だ。批判を覚悟し敢えて激しい言葉遣いをするが、遺族にすれば、その笑顔を見殺しにした教委・教師・同級生どもこそ、死に価するというのが本音でなかろうか? 無論、仮に謝罪の意味で死を選ぶ人が出たとして、この社会の隠蔽体質が一挙に消滅しはすまいが・・・。
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