静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

☆ 2015.02.14    ≪ メディア時評 :危うい「報道管制」的状況 ≫  ≪ 慰安婦と米教科書 ≫

2015-02-28 08:52:24 | つぶやき
 ☆  危うい「報道管制」的状況=京都大教授(社会学)・伊藤公雄  http://mainichi.jp/shimen/news/20150228ddm005070022000c.html
 ・ きっかけは、シリアにおける日本人人質事件だ。政府の対応不全ともいえる事態の検証を求める動きが、あたかも「テロリスト集団」の擁護だというような声が、
   ネット上やさらには政府要人からも発せられた。結果的に、いわゆる「沈黙のらせん」(メディアの報道が多数派であるような認識を生み出すことで、少数派の声が
   らせん的に抑制されるプロセス)とでもいえる状況が出現したのだ。
 ・ 「権力の監視者」というジャーナリズムの根本精神を公然と否定するような公共放送のトップが存在し続けている状況は、国際的には信じられない事態だろう。
   民主党への説明会での籾井会長の対応を報じた20日のジャパンタイムズも「NHK会長の党派的態度があぶり出された」と見出しをつけている。
 <このように危うい日本のメディア状況のなかで、国境なき記者団の「報道の自由度世界ランキング」が発表された。13日産経は、自社の前ソウル支局長在宅起訴問題に焦点を絞りつつ、韓国の報道の自由度が60位に下がったことに光を当てた。東京本社版やネット版の記事は日本の順位にも触れたが、大阪本社版は韓国のみに言及しており一瞬とまどった>。 
  産経の体質からは不思議でも何でもないが、自社の社員が(不当な拘束)を受けているからと言って恰も<坊主憎けりゃ~>「個人攻撃」に類するかの非難は子供じみているだけでなく、いわゆる”公器”の立場をかなぐり捨てる廉恥を破る態度ではあるまいか?

 ☆  布施広の地球議:慰安婦と米教科書  http://mainichi.jp/shimen/news/20150228ddm007070039000c.html
 ・ 米コネティカット大のA・ダデン教授は英字紙への寄稿で、日本の領土的な「拡張主義」や「瀬戸際外交」を指摘した。原稿には島を次々に食べていくパックマンとおぼしき、
   やたら大きなイラストがついていた。 ← 大学教授の立場にあってもメディア露出して目立ちたい、儲けたい人がいるのはどの国も同じ。
 ・ 教授とのメールのやり取りの中で興味深い指摘に出合った。オバマ米大統領は昨年、尖閣を日米安保の対象と明言した。安倍政権はこの「保証」を中韓との関係改善に
   役立てるべきだったのに逆の方向へ行き、領土や歴史問題で強気になって緊張を高めた。そんな趣旨である。
 ・ 日中首脳会談が実現したとはいえ、米国には日本の姿勢が危うく映るらしい。領土をめぐり日本が中国やロシアと対立すれば最終的には米軍が出ていかざるを得ない。
   それを軽く見ていないか。そんな米国の渋面がメールの向こうに感じられた。私の勝手読みかもしれないが。

 これまたアメリカ人の視線と意識<日本を守ってやっている>を言い当てたもので、私に何ら違和感はない。  更に奥まで踏み込めば、渋面とは、こうだろう。
安倍政権が対中強硬策に傾くあまり、国家主義潮流の復活をも狙っており、靖国擁護が戦犯合祀の表立った正当化まで向いてゆくと「サンフランシスコ講和体制」否定と(中国やロシアではなく)米国が解釈し始める、  つまり「虎の尾を踏む」一線を超えてしまうのではないか?との懸念である。 私がなぜ安倍首相を危ぶむのか、お分かりいただけると思う。
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★ 太白  2015.02.27     < 福田元首相:「国立追悼施設は必要」 > 誰にも耳を貸さない安倍首相

2015-02-27 15:18:11 | つぶやき
  ★  http://mainichi.jp/select/news/20150221k0000m010106000c.html
  ・ 福田康夫元首相は20日、毎日新聞のインタビューで「靖国神社を否定することはないが、(戦没者の)追悼が中心の施設。
    平和な将来を祈るのならば、別の場所がいい」と述べ、新たな無宗教の国立追悼祈念施設が必要との認識を改めて示した。
  ・ 安倍晋三首相が8月にも出す戦後70年談話について「過去の反省、戦後の歩みの評価、未来への展望の3点を入れないと意味がない。
    過去の反省なくして戦後の評価もしにくいし、重みがなくなる」と指摘。 「過去の首相談話をしょっちゅう変えるようでは国家として信頼されない」

  先日も触れたが、A級戦犯合祀に端を発する根源的な拘り・頑なさ・これを利用する勢力と国家主義推進派のバックアップを受けているため、いつまでも福田氏の提起は放置されているわけだ。 古賀誠氏や福田康夫氏などの声を安倍総裁はじめ自民党の現役議員は聞こうとしない。 靖国問題ではないが原発再稼働に反対する小泉純一郎氏も無視し続けている。  議員を退いたら聞く耳もたぬということらしい。 それは傲慢ということではないか? 

  前にも書いたが、本当に安倍晋三氏がこの先も総理大臣で、この国は道を踏み外さないだろうか?  冗談ではなく私は本気で 憂いている。
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☆ 2015.02.27    ≪ 戦後70年:今も続いている国民への忍耐押しつけ ≫  

2015-02-27 07:13:21 | つぶやき
  ☆  ドナルド・キーンさんインタビュー  http://mainichi.jp/feature/news/20150226mog00m040001000c.html?fm=mnm
   日本人がいうのではなく、日本を愛するあまり帰化までしたキーンさんの言葉である。
  ・ <捕虜になることは恥−−などということは軍部が強要した大うそです。戦争なのだから、命のやり取りは仕方がありません。しかし、相手に敬意を払うことはできる。
    能「敦盛」で源氏方の武将、熊谷直実は平氏の武将を一騎打ちで組み伏せるが、元服間もない自分の息子と変わらぬ若さと知り、見逃そうとしました。
    なんと、人間的でしょうか。味方が押し寄せてきたために熊谷は仕方がなく、敦盛を討ち取ります。その後に出家し、菩提(ぼだい)を弔うことを選ぶことになります>。
  ・ <政府と軍部は都合良く、日本人の美徳である我慢強さを利用しました。作家の高見順(1907〜65年)は昭和20(1945)年の日記で「焼跡で涙ひとつ見せず、
    雄々しくけなげに立ち働いている」国民の姿を記しました。彼は敗北であっても、戦争の終結を望んでいました。戦争指導者は国民に愛情を持っているのだろうかと
    疑っていました。  何やら、東日本大震災(2011年3月11日)に重なるものがあるように思えてなりません>。

  ☆ ノーベル賞:故人のメダル、オンライン競売に http://mainichi.jp/feature/news/20150226k0000e040212000c.html

  ・ <売り主になった息子の経済学者ポール・クズネッツ氏(83)は米紙に「私にとっては両親の写真や思い出の方が大切だ」と語った。>

    ううっむ、本当?  83歳になった人の言葉?  学者としての偉大さ、それと肉親であった「父」、どちらが大切と選ぶことだろうか?
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☆ 2015.02.26    ≪ 米国は韓国を捨てない? ≫  

2015-02-26 10:55:00 | つぶやき
  ☆  木語:韓流、杜甫朗読=金子秀敏   http://mainichi.jp/shimen/news/20150226ddm003070109000c.html
  ・ 在韓米軍が配備検討中と報道される新型迎撃ミサイル(THAAD)について、去る2月4日、韓国訪問中の中国国防相が恫喝を加えた、と毎日掲載「韓国の苦悩」にある。
  ・ 同夜の歓迎宴で韓国国防省報道官が杜甫の五言絶句:<江碧鳥逾白 山青花欲然 今春看又過 何日是帰年>を朗読したところ、発音の不備はともかく、
    中国一行は喜び盛大な拍手を送ったというものだ。
  ・ 中国が気にするのはTHAAD配備の日程だ。「今春また過ぎ」る。「いずれの日か」わからない。中国はそう理解したに違いない。
    もっとも報道官自身はこの詩を選んだ意味をこう言っている。杜甫の詩は安禄山(あんろくざん)の乱で長安を離れ流浪の旅にあった時の悲しみを歌っている。
    だから中国人には朝鮮戦争で分断された韓国人の苦しみがわかるはず。

  ここまでなら、微笑ましい逸話で済むが 「数日後、米国国防総省の報道官がブリーフィングのなかで反撃した。”THAADの韓国配備について、米国は韓国と持続的に協議している”と明言したのだ。この発言が韓国に伝わると国防省は釈明に追われた」となれば、宴席での余興ではすまない。
 米国の要求と中国の警告の板挟みになった韓国。心情は中国寄りだ。米韓の秘密協議を米国側が暴露したのは、韓国の姿勢にいらだった米国の警告だろうか、と金子客員編集委員は結ぶ。
   さて、米国にとり韓国は沖縄同様に、朝鮮戦争で多くの自国兵士の血を流した戦場だ。ヴェトナムを共産側に奪われたいまいましい記憶が消えない今、正義の戦争であった朝鮮半島で再びヴェトナムの二の舞は踏むまい、と少なくとも政治家は一枚岩だろう。 朝鮮有事の際、中東介入で厭戦気分の強い一般大衆がどう反応するかは未知数だが、中国による全アジア支配を認めない世界戦略を維持する限り、米国は韓国を捨てまい。 
    但し、嘗ての南ヴェトナム政府のような腐敗と内政混乱で統治能力を韓国が失わない限りにおいて、である。
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書評;036-4      < 17歳からの死生観 >  山折 哲雄  新潮文庫

2015-02-26 09:42:10 | 書評
  ≪ 第4章 非暴力思想から考える ≫
  「自然・いのち・人間」(第1章)→「一神教/多神教」(第2章)→「無常観」(第3章)と進めてきた山折氏は「(非)暴力と平和」を切り口に、宗教と国家権力の関係性に論を転じる。
 氏は<ガンディ-、ルーサー・キング牧師、ネルソン・マンデラ>この3人における非暴力の系譜から始める。特に、ガンディーが英国で得た弁護士資格が母国インドで思うように生かせず、失意のうちに渡った南アフリカで見た人種差別への怒り。然し、その怒りこそが暴力の根源だと気づき、全ての欲望が暴力の根っこに在ると考えるや、性欲を断つため何の問題もなかった筈の結婚生活まで捨てるに至った。 このエピソード、実は以前ガンディーの伝記を読んだことがありながら失念していた自分に気づき、秘かに私は恥じ入った。

 山折氏はここで「平和」を大きな内戦/分裂・内乱がなく対外戦争も行わない時期と規定し、日本史には2度ほど「平和な時代」があり、それは世界史上でも珍しい長さだという。
平安時代(350年)と徳川時代(250年)の合計600年である。その秘密は、宗教と国家権力が対峙せず共存したことにあると氏は語る。 前者は仏教を天皇制のもと国家鎮護の教えとして保護し、後者では武家勢力が切支丹禁教のうえで仏教を檀家制度で統制したのが、その共存の実態である。
  なるほど、奈良時代の前には仏教導入・国家保護を巡る争いが大和朝廷内の権力闘争でもあり、大化の改新はそのフィナーレだとする歴史観がある。また、徳川幕府による平定まで、鎌倉/室町から戦国時代のおよそ250年はカソリック排除及び新興仏教と時の権力者との血みどろの争闘でもあった。

この指摘に加え、氏は、日本文化独特の<神仏習合>がもうひとつの日本型非暴力伝統に結びついてきたのではないか、と提起する。
  即ち、やおろずの神<多神教そのもの>が土着信仰として仏教伝来以前の何千年もあった上に、古代インドの純哲学に発する仏教が中国で道教の要素を交えながら日本列島へやってきた時、高僧の教えとは別な世界で「カミ」とブッダ(仏)が合体し、多神教のまま、死生観哲学も曖昧なままに日本仏教が形成され、神社神道も形成された。 
 此の外国には例をみない<神仏習合>こそが、天災多き風土と切り離せない無常観とも相和したのである、という。
   然らば、明治維新以降、その非暴力の伝統をかなぐり捨て近隣を荒らしまわった約80年とは悪霊にでも憑りつかれた時間だったのか?

 山折氏は云う 「この日本独特な非暴力の伝統は、文化受容の巧みさ・受信力の優秀さを物語るのだが、それは日本文化に非暴力を世界へ発信する力がない、普遍性が乏しいことの逆証明でもある」と。   全くその通りだと思う。 
 仏教であれ何教であれ、神道であれ、国家が特定の宗教に肩入れしたり利用しようとするやいなや、必ず争いを内外に招く。それは歴史を振り返るとわかるし、現に今も世界のあちこちで起きている殺し合いの遠因だ。  
  未来のリーダーを育てようと始まったこのサマースクールに毎年集まる高校生たちがボツボツ世に出ている。  楽しみである。     【おわり】
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