静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

 つぶやき-009   ≪ 広州ソニー工場反乱: 長く海外生産してきたのに まだ異文化教訓を学べない日本人 ≫

2016-11-30 20:26:28 | つぶやき
 * 中国工場の「反乱」 ソニーに欠けていたもの http://www.nikkei.com/article/DGXMZO10058360Z21C16A1000000/?df=3
・ ここでいう「反乱」の原因は、ソニーが中国・広東省広州市にある全額出資子会社「ソニー電子華南」を、同省深圳市にある中国の上場企業に9500万米ドル(約99億円)で
  売却することに関し「いつ売却するのか」という情報を従業員には云わなかった、其の態度への怒りが先ずひとつ。 
     → 従業員の身になれば、クビになる時期を知らされないと生活設計できないのだから、怒りを咎めることは誰にもできない。
・ 二つ目の理由は、現場放棄中の給与補償で職場復帰したとあと、設備調整・確認を何故か日本人スタッフだけで行い、日頃そこで操作していた現地従業員を
  近寄らせなかったことへの怒りだという。   これは、日本人駐在者が心の底では中国人部下を「危ない奴ら」と見做していたことの暴露,と解釈されたのだ。

 ⇒ 此の2点。  本ブログの読者はどう解釈されるだろう?    まず、第1点目の「売却時期を知らせない」理由付けを見てみよう。
 <売却時期を明記しなかったことについて、ソニーはあくまで「完了時期は未定だから」との説明にとどめている。だが、リストラを進めるソニーが、投資家を納得させられる売却案件の公表を急ぐのは当然。拙速があだになった可能性は大きい。> 
 これは、投資家へ早く情報開示して事業縮小による経営不安を拭いたい一心から、閉鎖時期が不明確なまま発表に踏み切ったミスである。 
 即ち、ソニー経営陣には株価維持しか念頭になく、従業員の生活補償には関心が薄かった、といわれても弁明の余地は無い。
 ⇒ 二つ目に挙げられた<現場復帰した際の差別的行動>。
 これこそソニーだけでなく、日本の大企業も中小も等しく戦後70年、とうとう拭えなかった悪弊である。  私は実に涙が出るほど悔しく、情けない。
  即ち「ストで失った時間がもったいない」・・・銭勘定だけで、作業スピードが断然速いに決まっている日本人スタッフに調整確認をやらせたら地元作業員がどう感じるか?
  への想像力が全く働かず、心理的配慮などできない。  其の愚かさに現地工場日本人経営者/工場長が気づかない心理構造こそが、≪いつまでたっても外国人を
  真の意味で御せない弱い日本人≫を拡大再生産しているのだ。

 私が海外実務現場で外国人と向き合った30年前から、此の種の愚かさ/鈍感さは未だにちっとも変っていない!  どうしてだろう?? これは高度成長がこびりつかせた
 <傲慢><驕り>なのか?       それとも、認めたくない最後の言葉だが、日本人のもつ度し難い、治らない弱点なのだろうか???
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 ≪ 台湾の旅 5日間 ≫  5.(終) 台北 ⇒ 東京

2016-11-30 17:08:45 | 旅行
 昨日の4.(高雄⇒台北)で触れた高雄市内観光で言い忘れた話題があるので、補っておきたい。そのひとつは、日本統治時代の高雄駅舎が「高雄鐵路地下化展示館」と銘打った施設になっているとガイドブックにあったので訪れた時のこと。
 中の展示は正直いって拍子ぬけした。 というのは、写真パネル表示の羅列だからではなく、其の写真配列にストーリー性が感じられない為だった。 
加えて、ガイドブックにも出ている「3Dジオラマ展示」なるものは?というと全く訴求意図が伝わらない。施設名称からして地下鉄路線の拡充ヴィジョンを表そうとしたものかと思いきや、それも解らないから首をかしげるばかり・・・・繁体漢字ゆえ大意は掴めるのだが、同行のN氏は鉄道関連に長く携わってきた人なので、二人とも期待を胸にタクシーで乗り付けたものの、とんでもない落胆だった。

 次の話題は明るいもの。高雄は台湾島の南端に在り、海鮮料理が旨いとの評判は昔から耳にしていたので、屋台店探訪に一息入れようと昼食は「紅毛港海鮮餐廳」へ。 
 どうやら日本人観光客ツアーの定番コースに入っている店らしく、ガイドブックに載せて貰っているばかりか、実際に日本人グループが何組か居た。
 なにせ二人なのでヴァラエティ豊かには頼みにくいが、<蝦茹、ニラとイカの巻揚、浅利生姜湯、海鮮炒飯・生ビール大瓶2本>。これで一人当たり650元(=約¥2,000余)。 当然ながら屋台店とは別世界の洗練された味付けだ。 中でも舌鼓を打たせてくれたのは<蝦茹><浅利生姜湯>の2品である。量・質揃って申し分ない。数えたら蝦は10cmサイズが20個、浅利も25~30個あった。日本の中華料理店ではまず絶対出会うことのない味と量だった。 文字通りの満腹!

 さて、最終日の台湾だが、あいにく終日冷たい雨に見舞われた。故宮博物院は、何ともはやとんでもない観客が押し寄せており、東館の1~3階まで疲れた足腰を叱咤激励しつつ回ったところで二人とも人混みの毒気に当てられ、ダウン。

 中央の写真は秦の始皇帝が帝国統一後に行った「度量衡統一」による、穀物用の<計量用?舛>と<重量鎮>だ。くたびれた男二人は館内の喫茶店で昼ごはん。といってもメニュー幅は狭い。私はありきたりのサンドイッチにしたが、N氏は「日式牛丼」なるものを注文した。 メニュー解説にはRice Burger との説明。それが写真右のシロモノだ。 ハンバーガーを滅多に食べない私は、ネーミングの奇天烈さに笑ったが、N氏いわく「悪くないですよ、日本でいうライス・バーガーと似てます」と涼しい顔。

  予想に反して駆け足感は否めぬ旅になったが、悪天にもかかわらず、満足すべき小旅行ができたことに感謝したい。                < おわり >
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つぶやき-008 ≪ 自分と違う考えの議員との質疑は無駄? ≫ 安倍首相は議会の意味を理解できない人? 

2016-11-30 08:35:45 | つぶやき
 (天声人語)無駄無駄無駄無駄 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12682626.html?rm=150
・ 安倍首相が年金改革法案審議の最中に、苛立ちの余り「私が述べたことをまったくご理解いログイン前の続きただいてないようでは、こんな議論を何時間やっても同じですよ」
  「質疑がかみ合っていない」「そもそも議論にならない」「年金が3割カットになるという言説は誤解と悪意に満ち、まったく不適当だ」「明らかにデマゴーグ」などと、
  一国の首相が議会で口にする言葉とは思えない語句を野党議員に浴びせかけたすえ、採決持ち込みを強行した。 たまたま私は昨夜、某ラジオ番組で此の件を知り、茫然としていたところだ。

 釈迦に説法だが、議会制民主主義の基本は価値観や意見が異なる複数の立場からの見解/主張/懸念を議会で出し合い、冷静に、論理的に国民の為に最善の法案であるかを検討/協議するルールの遵守だ。  意見/価値観の違いを互いが知りつつ、双方の言うことに美点/長所は無いのか?それをじっと互いが満足ゆくまで探し合う、この真摯な態度のない採決は、議会審議の否定であり、デモクラシーを潰す行いである。
 選挙で多数を得たからと言って、<自分の主張と異なるあなたたちの云う事には、これ以上耳を貸す必要はない「無駄だ」>と叫ぶ人が行政府のトップリーダーに収まっている
 国=日本・・・・・。 かねてから私が主張するように、こういう人が首相になれる選挙区割り自体が日本の国政を歪める元凶なのだ。
天声人語子も書くように、これでは暴力による言論封殺と実質的に変わりない。

 <自民党/公明党/維新の会>3党の賛成で法案は成立という儀式を終えた。 自公+維新の会を支持・応援してきた有権者も、此の安倍発言と態度は当たり前と心から
思ってらっしゃるのだろうか??  
 時間がないからとの言い訳とデモクラシーのどちらが重要とお考えなのか? 私は、支持者の本音を聞きたい。    こんなことで日本は民主主義国家といえるのか?
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≪ 台湾の旅 ≫ 4. 高雄 ⇒ 台北

2016-11-29 07:04:59 | 旅行
 陸田から普通列車で高雄へは1時間余りだったか。 ここで気づいたことを・・。嘉義といい陸田・高雄といい、台湾の鉄道は高鐵・台鐵・MRT(=日本の地下鉄に相当)何処の駅でも、構内放送そして車内放送は必要最小限で静かである。  日本のうるさ過ぎる放送と比べ 何と快適なことか!
 欧米でも台湾同様に静粛であり、車内は駅名アナウンスと乗換案内しかせず、駅構内でも次発列車の案内だけである。 よく言われるように、日本における馬鹿丁寧さは、品質追究心とも通底するマインドセットなので、功罪両面ありと言えば謂えなくもない。然し、日本で鉄道を使う時は必ず耳栓を使う私にとり、台湾の鉄道体験は極めて快適なものであった。

 ホテルにチェックイン後、六合夜市なる繁華街へMRTで向かう。左の写真はMRT<美麗島站>を出てすぐの位置から撮った夜市の風景だが、案の定、通りは観光化されていた。
酸辣湯と水餃子で腹を満たす@75元(=約¥260/人)也。屋台の前に7-11があったのでアイルランド輸入のギネス・スタウト(500ml)を買ったが、それは60元(=¥210)。 他の物価に比べると「チト高いな~」との印象である。 

 翌朝、ガイドブック片手に<三鳳宮>へ(中央の写真)。清の康熙帝時代にでき、300年を超える古い廟だそうだが、何とLEDの電飾が門柱にギラギラなのには幻滅!・・。
 此の寺は高雄を南北に流れる<愛河>へ注ぐ水路沿いにあるのだが、其の水路はゴミひとつ浮かんでない。水がとても澄んでおり、鯉の姿が見えたのにはビックリ。 水質管理が出来ているのだな、とおもわせる反面、市街の繁華な道路(右の写真:三多三路交差点)では排気ガスを若干感じた。日本ではついぞ忘れた臭いである。 然し、映像で視る北京や上海のように、視界すべてがドス黒く濁り何も見えない、とまではいかない。ほんの僅かの臭いであるので誤解なきよう・・・・。 高鐵で台北へ   < つづく >
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つぶやき-007 ≪ 死刑は究極的には復讐だから止めろ? ≫ 死刑は刑事罰の延長に在るのでは? 

2016-11-28 17:49:11 | つぶやき
 * 某ラジオ局で死刑制度を訴える論者の話を耳にした。 論者のポイントは「死刑願望は結局のところ個人的復讐の肯定であり、それを法的システムにしたものである。
   「復讐行為」そのものを<悪>とする価値観からすれば死刑は廃止すべきだ」という論法だ。
 * もう一つの論点は「加害者も死なねば絶対に許さないという被害者感情を死刑廃止への反論根拠にした瞬間、永遠に議論は嚙み合わない。だから、被害者保護を充実させる
   仕組みの議論を推進する一方で、死刑に替わる刑事罰に議論をもってゆかねばならない」というものだ。

 ◆ さて、本件の核心は、従来から私が主張してきた<恩赦・特赦なしの終身刑>導入が廃止論/存続論の妥協案になり得るか、である。 
     被害者遺族は、失われた命の等価交換として、飽くまでも加害者の命を奪って欲しいのか?  それでないと復讐の念は果たされないものか?  
     いや、加害者が死ぬまで牢獄で居るなら死刑と同じ罰だから、100%満足ではないものの、復讐の気持ちは満たされるというのか???
 ◇  以前、私は米国オハイオ州・アーミッシュ教徒における「殺人者を赦す論理」について考えを述べた。 あのような1神教世界に固有な<神の名を介在した赦しの思想>は
    日本に無い。 1神教でいう”超越者・GOD”の無い文化であり<因果応報>が当然視される日本。 そこで「復讐はいけないことだ」という訴えはどこまで有効なのだろう?

 そもそも論に立ち返ると<罰とは他者に及ぼした不利益を自覚させ、時間または金銭で償わせる>のが目的だ。此の「償い」には無論精神的ダメージへの救いも含まれよう。 
 死刑とは此の刑事罰の延長線上にあるものであり、死刑だけが何故「復讐」になるのだ?  <命の交換はいけない>というなら、戦争における合法的殺人も復讐を含むのでは?
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