▲ 旧優生保護法仙台地裁判決 救済否定、当事者置き去りに https://mainichi.jp/articles/20190528/k00/00m/040/234000c?fm=mnm
昨日の判決内容を報じる様々な報道/論評の集約から得られる教訓とは何か? 其の教訓を如何に活かしてゆくかを考えたい。 私は3点あると思う。
(1)司法による「違憲立法審査」:その有効性への疑問
旧優生保護法は、1948(昭和23)年の成立で、廃止されたのは1996(平成8)年。実に48年間に亘り有効な法律として存在した。
日本国憲法の施行が1947(昭和22)年5月3日だから、新憲法施行後にも拘わらず当時の国会で成立した。
当時、此の法律に違憲性を問う議論が有ったのか、どうか?
加えて、1996年の廃止までの50年弱もの間、違憲性を訴えた人々は居ただろうに、何故そんなに長い時間がかかったのか?
『違憲立法審査権』とは絵に描いた餅だった? 内閣法制局の中立性が有名無実なら、訴訟を待つのではなく、最高裁は常に違憲審査を行うべきでは?
(2)賠償請求訴求年限(20年)と違憲法令による被害の救済
今回の仙台地裁判決で問題視された20年という訴求年限の規定。これは(1)に述べた事とも関連するが、一般的に被害を被った人は国家や組織との
力関係に於いては圧倒的に劣勢だ。社会を動かし、ひいては司法を動かすまでに望まぬ年月を費やしてしまう。これを杓子定規に攻めるのではなく、
違憲立法による被害救済には年限規定を適用しない、という検討が必要ではないか?
例えば、水俣訴訟等の公害被害者への救済補償は20年どころではない後からでも国家賠償が行われた。国策に沿った産業政策だったとはいえ、
一企業の主たる責任であった公害汚染でさえ、訴求年限は適用されなかったではないか? 違憲立法が与えた被害と公害の何が違うのだ?
(3)旧優生保護法成立の歴史的背景から学ぶ「人口政策への教訓」
成立した昭和23年は、<ベビーブーム>の真っただ中であるだけでなく、其の背景には、旧植民地からの膨大な引揚げ者帰国が食糧難の深刻化を
危機的状況に追い込んでいた頃だ。当時の為政者、国会議員の意識に「少しでも人口膨張は食い止めたい」との気持ちが強かったに違いあるまい。
事態の推移は否定できないが、だからと言って、その背景を違憲立法を許した免罪符にしてはならない。
何故ならば、≪国家的緊急事態だから許される≫・・この思考方法は現在の入管法改正にも如実に顕われており、労働人口減少という緊急事態を一時的に凌ぐ
視点からしか人口政策を捉えない点で、旧優生保護法立案者と全く変わらないからだ。
此の狭い視野には「多様性を認める共生」概念のカケラすら見られない。それは、”民の多様性を嫌う集団主義”にも通じる危険な流れなのだ。
昨日の判決内容を報じる様々な報道/論評の集約から得られる教訓とは何か? 其の教訓を如何に活かしてゆくかを考えたい。 私は3点あると思う。
(1)司法による「違憲立法審査」:その有効性への疑問
旧優生保護法は、1948(昭和23)年の成立で、廃止されたのは1996(平成8)年。実に48年間に亘り有効な法律として存在した。
日本国憲法の施行が1947(昭和22)年5月3日だから、新憲法施行後にも拘わらず当時の国会で成立した。
当時、此の法律に違憲性を問う議論が有ったのか、どうか?
加えて、1996年の廃止までの50年弱もの間、違憲性を訴えた人々は居ただろうに、何故そんなに長い時間がかかったのか?
『違憲立法審査権』とは絵に描いた餅だった? 内閣法制局の中立性が有名無実なら、訴訟を待つのではなく、最高裁は常に違憲審査を行うべきでは?
(2)賠償請求訴求年限(20年)と違憲法令による被害の救済
今回の仙台地裁判決で問題視された20年という訴求年限の規定。これは(1)に述べた事とも関連するが、一般的に被害を被った人は国家や組織との
力関係に於いては圧倒的に劣勢だ。社会を動かし、ひいては司法を動かすまでに望まぬ年月を費やしてしまう。これを杓子定規に攻めるのではなく、
違憲立法による被害救済には年限規定を適用しない、という検討が必要ではないか?
例えば、水俣訴訟等の公害被害者への救済補償は20年どころではない後からでも国家賠償が行われた。国策に沿った産業政策だったとはいえ、
一企業の主たる責任であった公害汚染でさえ、訴求年限は適用されなかったではないか? 違憲立法が与えた被害と公害の何が違うのだ?
(3)旧優生保護法成立の歴史的背景から学ぶ「人口政策への教訓」
成立した昭和23年は、<ベビーブーム>の真っただ中であるだけでなく、其の背景には、旧植民地からの膨大な引揚げ者帰国が食糧難の深刻化を
危機的状況に追い込んでいた頃だ。当時の為政者、国会議員の意識に「少しでも人口膨張は食い止めたい」との気持ちが強かったに違いあるまい。
事態の推移は否定できないが、だからと言って、その背景を違憲立法を許した免罪符にしてはならない。
何故ならば、≪国家的緊急事態だから許される≫・・この思考方法は現在の入管法改正にも如実に顕われており、労働人口減少という緊急事態を一時的に凌ぐ
視点からしか人口政策を捉えない点で、旧優生保護法立案者と全く変わらないからだ。
此の狭い視野には「多様性を認める共生」概念のカケラすら見られない。それは、”民の多様性を嫌う集団主義”にも通じる危険な流れなのだ。