静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

   プロ野球 日米の違いにみる 田口壮氏の文化論

2016-01-31 14:02:07 | 演芸批評
入団1年目、「プロとは何か」を知ったあの一言 http://www.nikkei.com/article/DGXMZO96504190V20C16A1000000/?dg=1
 何度か「演芸批評」コラムで田口壮氏の論評記事は紹介している。 日本とアメリカの両方でプレーした選手は随分多くなり、色々な感想を耳にする機会は増えたが、田口氏は間違いなく最も論理的であり、スポーツの場に覗く文化ギャップを実に巧みに整理してくれる。真の意味で「頭が冴えている」ということが、学歴と何も関係がないことを証明する好例の一人である。 それは今も昔も変わらない・・・。
 * 今日のコラムで彼が挙げているのは<個人競技とチームプレイが混在するベースボール>ゆえの難しさ、<論理的納得を許さぬ長幼の序の終わり>そして<若手育成とは競争淘汰か、落ち込ぼれ最少化か>、この3点だろう。 お読み戴けばわかるが、田口氏の視点は、これら3点における日米の差異を通じた異文化論であり世代論にもなっている。

 * ひとつめのポイント:これは日米同じではないか? と思われそうだが、どうやら競争が熾烈であればあるほど、アメリカ人選手はチームプレイより個人業績を本音では
   大事にする、と聞こえる。プロスポーツではないが、米国ビジネス界に身を置いた私の経験が、そう匂わせるのだ。
 * 日本に色濃い<長幼の序>云々、これはスポーツ界を頂点に今も日本社会の特徴だ。スポ根の原点とも絡み合い、もろに出ている。一方、米国に長幼の序概念は不在か、
   といえば無いことはない。有るのだが、唯、先に生まれた事実だけで無条件の尊敬は払われない。年相応に身に着けている筈と期待されるものを備えない年長者は、
   敬意を払われない。   銭がかかれば尚更、容赦なく日米の差は露骨に顕れる。
   「黙って云われたとおりヤレ!」などということが通用しなくなった日本。だから、指導において、「何故そうなのか?そうしないと好くないか」を理屈で説明せねばならなくなった。
   確かに一昔前まで?日本はスポーツの世界に限らず、職場でもそういうことは無かった。 だが、田口氏はそういう指導でないと もう育成できないと気づいている。
 * アメリカのように30球団もあり、2千人近い若者がプロ野球でメシを食おうと目指し入って来るのと違い、日本は12球団でせいぜい新人は100程度。景気よくバンバン
   切り捨てる贅沢さは無い。 だから、淘汰ではなく「育てる」しかないのだ、とも。田口氏はあからさまに云ってはいないが、そういうことだ。

 この3点は上に述べたとおり、文化論+世代論であるばかりか、何で生計を立てるかを問わず、人生で大事なことにも触れているのだ。
  プロ野球ファンなら承知のとおり、田口氏は今年からオリックスの2軍監督に就任した。  彼の指導に期待したい。
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☆ 2016.01.29.  ≪ 出版市場の縮小 ≫  国民平均の知性衰退を 憂う若者は居るか いない?

2016-01-29 09:43:10 | つぶやき
☆  社説 出版市場の縮小 本の多様性を守りたい http://mainichi.jp/articles/20160129/ddm/005/070/085000c
・ 出版科学研究所(東京)によると、内訳は、雑誌が8・4%減の7801億円、書籍が1・7%減の7419億円。雑誌市場の衰退が一段と進んだ。
・ 一方、書籍の販売額は昨年7月に芥川賞を受賞したお笑いタレント、又吉直樹さんの「火花」が約245万部を記録するなど文芸書の好調が目立ち、小幅の減少にとどまった。
  社会現象を起こした経済学者、ピケティ氏の「21世紀の資本」も約14万部を数え、政治・経済・社会の分野としては異例のヒットになった。
・ 市場の縮小が続けば出版社の経営基盤は損なわれ、本の多様性も失われる懸念がある。その意味でも気がかりなのは、ロングセラーの良書を生んできた文庫の低迷である。
  新刊のヒット作不足に加え、既刊も苦戦している。前年比で8%余り減少したという調査結果がある。
消費税率が10%に引き上げられる来年4月に書籍類も軽減税率の対象にしなければ、出版界はさらに先細るかもしれない。本にふれる機会を増やし、活字の世界を守りたい。

 書籍出版の減衰は、単に商業としての関連産業<出版業、印刷業、書籍販売業など>の衰退だけに終わらない。 これはビジネス論議ではないのだ。
精神的価値として遥かに、それこそ国として大事なのは、<落ち着いた環境で・精神的余裕に溢れた時間を活字と共に送り、思索する習慣>が国民、特に青少年期、そして若い世代のうちに身に就くかである。  国民の大半が学者や研究者になるのではないが、国民の平均的な知性/基礎教養を養う読書の習慣が、はたして寸秒を競い争う世界そのままのノリの延長にある電子端末で身につくのだろうか? 
 読書習慣も未だ失わないヒトで、且つ電子端末での活字媒体で思索を行える人が居る、というなら、私はその相違の有無の本音を是非聴いてみたい。
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     ≪ 甘利氏辞任にみる ”後援会”の心情 ≫  企業/団体の献金規制だけで十分か?

2016-01-29 09:21:57 | 時評
* 甘利担当相辞任 地元神奈川の支持者ら「今後も応援」 http://mainichi.jp/articles/20160129/k00/00m/040/145000c
・ 「大和市甘利明の会」元会長、石川公弘さん(81)は「とにかく残念の一言。続投することが正義を示すことにつながったと思う。国家のためにも辞任しないで乗り切って
  ほしかった。後援会としては今後も応援していく」    ← 不正を犯した人の続投が「正義」だと? 「国家の為」だと?  正気か?  笑わせるな!
・ 甘利氏の大和事務所長が千葉県の建設会社から受け取った500万円のうち100万円分が、自身が代表を務める政党支部への「献金」となっていた藤代優也・同県議は
  「企業側から何か依頼されたことはなく、政治資金収支報告書にきちんと記載している」と説明した。100万円については甘利氏と同様に返金する意向を示した。 
  ← <依頼の有無> <報告書への記載有無> <返金したか否か> それを問われているのではない。 カネの授受行為そのものが政治家のしてはいけないことだからだ。 此の意味において「政治献金の禁止」が当然のことだという議論が何故、一般国民の支持を得られないのか?

 皆さん、企業や(労組含む)団体による献金だけではない。 それこそ全国津々浦々に”ユニヴァ-サルに”根を張る<~君後援会>組織の存りかたもまた、此の社会に潜む腐敗政治の病根でもあることも、併せて考えて戴きたい。

 無論、どの国にも<後援会>活動は在る。アメリカに顕著な≪草の根運動≫もある種の後援会活動だが、問うべきは、地元利害団体との結びつき、インフラ工事絡みの利権関係、主教団体への便宜供与など、そういった「政治信条」以外の部分が真の支援理由になっていることだ。 今回の甘利氏の事件は古典的なサンプルであり、大昔からの利益供与が政治を蝕んでいる構造を支えるのが、此の「後援会活動」であることを、企業/団体献金と同時に規制してゆかねばならない、と私は考える。
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★ 2016.01.28.   独居老人になれば・・・・・・・

2016-01-28 23:02:11 | つぶやき
* およそ2年ぶりに妻が友人宅に”お泊り”のため、私は久しぶりに人の気配が無い自宅に。音を出すといえば、TV/ラジオ/CDなどという機器か、独り言/放屁くらいしかない。 
 こういう時、間違ってもブラームス、ショパンといった先生の音楽を流してはいけない。ショスタコーヴィチ、ベートーヴェンでも未だ淋しい。モーツアルトなんて飛んでもない。
一見,明るげだが、ひとけなき深夜は逆に彼の透明な哀しみが浸みわたるのだ。 透明な哀しみといえば、ヴィヴァルディも、無音の冬の夜には、いけませんよ。 
 そこで今かけているのは<カテリーナ・ヴァレンテ>の明るい声。野太くも澄んだ声ながら、伝法肌な小気味よさ。如何にもイタリア女丸出しの歌いぶりが静かな夜の幄(とばり)を掻き消してくれそうだ。 それに、トランペットのブルースも好いね。 越路吹雪、も悪くないかもしれない。

 仮に男やもめになったら、私にはどういう毎日が来るのだろう? 食事は一応自分の手で賄えるし、多分、洗濯を含み日常の身辺管理は何とかマネージできそうだ。そうはいっても、無論、外食がちになり、手抜きを重ねるに違いない。酒量が増えるかもしれない。なにせ、健康維持は妻と二人の生活持続のため、という納得した目標管理が外れてしまうのだから・・・・。
 ま、外での友人付き合いもそこそこ続けられそうなので「ひきこもり老人」には多分ならないで済みそうだ。が、問題は、此の静寂が連続する日夜をどう耐えてゆくか。 心のケア、精神のハンドルである。 やることが無いわけではない。 寧ろ、独居になれば意地になり、24時間を惜しむように動き回るのかも知れない。 然し、そういう姿自体が醜く惨めな絵柄とデジャヴで見えているので、私は既にシラケてしまう。  困ったものだ。

 なに、今からアレコレ想像してもしようがないこと。やめようぜ・・・と囁く声は聞こえるが、幾らかの少ない確率とはいいながら、男が生き残る状況になることは現に有る。 
それに、女性とて似たような心理にならぬ筈は無い、と信じたいが、何故か世の中を見ると女性は男ほど怯えていないように映る。 どうしてだ? 
 女性は地域との繋がりの濃さ、友人の輪が総じて多いから、などと理由めいたことが昔から云われてきたが、男にだって付き合いの豊かな者は居る。それでも、だいたいは独居の孤独が滲み出るのは女性よりも老いた男、と思い込んでるだけなのか?   まだ男主導といっていい、メディアの創ってきたイメージに過ぎない?  

 幼い頃、夜のしじまを感じる秋または冬の夜、シンシン・シンシンと微かな連続音が私の耳を流れ続けた。どう例えれば良いだろう。小さなシンバルを弱く打ち続ける響き、とでもいえば判ってもらえるだろうか。
 星がいっぱい見えた昔のことだから、まるで群青色の夜空から星が降り落ちてくるような錯覚と一緒に、その連続音は眠りに落ちるまで続いていた。 あの不思議な感覚は今も稀に訪れる。とりわけ、外界で音のしない静かな夜には聞こえる。 あの感覚がどうやら復活してきたようだ。
    ・・・だから、独居老人になれば、あのシンシン~シンシンが頻繁に、毎夜のように 蘇りそうな予感がしている。。                    < 了 >
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★ 2016.01.26.  自民議員の育児休暇への幹部叱責  ≪ 迷惑をかけるな? ≫ 誰に?  

2016-01-26 19:45:23 | つぶやき
★ 育休取得で「革命」を http://mainichi.jp/articles/20160126/dde/012/010/003000c
・昨年12月に「育休取得」を宣言した自民党の宮崎謙介衆院議員(35)が、党幹部のお叱りを受けた。「みんなに迷惑を掛けるな」が理由の一つ。確かに、選挙で選ばれた
 国会議員は育児・介護休業法の対象外で男性議員の育休制度はない。  ← なぜ議員は対象外? なぜ男性議員には取らせないの?
・ 宮崎さんは、会場に入ることすらためらい、暗い表情を浮かべていた。司会者に再三促され、ようやくマイクを握った宮崎さんは次のようにあいさつした。
  「複雑な状況でして、発言してはいけないことになっています。すぐ退席すべきところですが、皆様のお話を聞かせていただくということで、どうかご配慮ください」。
  絞り出すような声だった。 ← まるで”黒い組織”の 掟に怯える若手ではないか??

・ 海外の国会議員も育休取得にはさぞ肩身が狭い思いをしているだろうかと調べてみると、どうも違う。イギリス労働党のブレア首相は00年の第4子誕生後に自宅で
  2週間執務する事実上の育休を取得した。反発を受けたと思いきや、男性の8割から支持を集めた。英国では、男性の育休制度は日本より11年遅れの03年から始まったが、
  今は6割の男性が取得しており、「ブレア効果」が普及に貢献した可能性は高いと見られる。

イクボスたちが力説するのは、育休取得だけでなく、労働時間短縮や自宅勤務など働き方の改革も同時に進める必要性だ。所得が補償される年次有給休暇の活用も呼びかける。「少子化が子供を産みにくい社会に対する女性の抵抗運動だとしたら、男性が育休を望むのは、長時間労働を強いる社会に、子育てを楽しむ『親時間』の権利を主張する革命なのです」。        安倍首相よ、<女性労働力の活用拡大> <1億総活躍> 麗しいスローガンとの齟齬を どう釈明/糊塗するつもりかね?  またダンマリかい?
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