静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ 本当に改正すべき憲法の条項は? ≫  自衛隊位置づけよりも 政治制度『解散権・選挙制度・地方自治』の在り方に関する根本的是正ではないか?

2017-10-30 09:04:19 | 時評
★☆ 解散制限へ憲法論議を 東京大元学長・佐々木毅氏 https://mainichi.jp/articles/20171030/ddm/001/010/108000c
 ◎ 趣味の音楽活動で何やかや雑事・多忙が続き、まる2週間、本ブログから御無沙汰となった。    休稿中も覗いて下さった方々には御礼申し上げたい。

  今朝は佐々木氏の所論を皆さんと共有したい。佐々木氏が挙げている「首相解散権の制限」は、かなり前、別の方の論説を引き、ここでも触れた。議会の解散は選挙制度の在り方とも
 連動する論点であり、これが憲法で規定される以上、<国の在り方・政治の仕組みをどうすべきか>の大きな論議だと同氏は説いている。
・ <首相の解散権の行使の仕方が日本の政治にダメージを与えている。日本の政治は権力争いと政策遂行のバランスのあり方が未成熟だ。政策を進めようとしても「常在戦場」と
  言われれば止まってしまう。計画的に大きな政策に取り組めない。政策の貧困のツケは国民に跳ね返ってくる。>
 ⇒  自民党政権に限らず、連立政権或いは民主党政権も含め、小選挙区制度に変えた2000年初め以来ずっと続く<政策の貧困>の真因は、選挙勝利が目的の恣意的に使われる
 「首相の解散権」並びに得票率を無視する「小選挙区制度」の二つである。 佐々木氏の言葉は、ここをズバッと解く、実に明快・簡潔な現状指摘だ。

 前も紹介したが、日本が明治の憲法制定時に学び、議院内閣制を選んだ本家の英国では、首相の解散権を事実上使えなくする改定を行っている。それは日本と同様、選挙が与党の政局戦略
 に濫用される歴史があったからだ。  それを知りつつ、日本の政治家はここを改憲対象に、とは誰も言わない!  野党も含めである。 逃げている? 怠慢?

 君主制度との並立による議院内閣制を続行するならば、其の下での改憲は議会解散/選挙制度と直結し、<国の在り方・政治の仕組みをどうすべきか>の大きな視野と結びついた
 内容でなければ、論議の値打ちは無い。 同じ地平線上に「中央集権の是正による地方自治」「民主・人権の尊重」に続く<道州制論議>があり、これこそ改憲で盛り込むべき条項では?
 公明党の言う「環境権」:これも確かに重要であり、盛り込む対象だろうが、上に述べた「首相解散権の規制」「選挙制度変更」「道州制」などよりも優先順位は低いと私は思う。
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≪ 総選挙前に首を捻る報道3題 ≫ 世論調査の『どちらでもない』って?  NHK:過労死 vs 働き方改革番組  ”国難”は安保条約で対処/解散とは無縁

2017-10-16 19:55:55 | つぶやき
1) 選挙前/中の支持世論調査の選択肢・・・『どちらでもない』  此れを選択させても、支持世論について何も表していない
  ⇒ 殆んどの世論調査<報道媒体問わず>『どちらでもない』というのが置かれる。 私はいつも此の設問の無意味さを思う。
   何故なら此の選択肢は、明確な”イエス ”"ノー"に傾いていないが何故判断できかねるのかの理由を整理できていない有権者、或いは未だ真剣に考慮していない有権者、更に言えば、
   まるで自分の生活と国政の間の関連性がわからない/わかろうともしない無関心層に”思考停止の逃げ場”を与えるものでしかないからだ。 
  ☆彡 では、どういう選択肢の言葉がべターか?
     ⇒ 『各政党(候補者)の考え方や公約の内容が理解できたら賛否を判断する』及び『争点となっているテーマ・政策に関心がない』の並列でどうだろうか?

2) 報道記者の過労死認定を隠すNHKの体質・・・新会長になっても 何ひとつ変わっていない。内部告発通報者保護は有名無実の制度か?
  ⇒ 遺族の訴えが表沙汰になり、しぶしぶ認めた。 その一方、<政府主導の働き方改革>を番組で麗々しく取り上げ続けている! 報道しないわけにはいかないが、内部検証の努力も
    積極的に放送すべきではないのか? それが勤労倫理というものだと私は思う。

3) 北朝鮮の行動・リスク=国難か?・・・自力で防ぐ手立てを有しているなら別だ。どうせ米軍頼みに変わりはない。安倍晋三の時代がかった舞台セリフは噴飯ものだ。
   戦後60年余、計り知れないコストと民族プライドの放棄で守ってきた日米安保、・・・・今こそ元をとろうじゃないか。
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≪ Let's Talk Net ≫     投票にあたり:争点の核心となる本質を 自問自答しよう

2017-10-13 23:54:28 | 時評
 今日は、報道記事や論説/解説に触発された内容を展開するのではなく、私が常々思っていることを述べたい。 我々がモグラ叩き的に日常感じている問題意識/疑問/不満/危機意識を、
 系統立てて網羅的に整理するのに、選挙は絶好の機会だ。 各争点の答えを探るにあたって判断すべき”本質 ”とは何か?

☆ 国防/安全保障・・
 ① 日米安保条約を止めたら米軍基地関連で起こる屈辱的/植民地的な出来事はなくなるし、真の意味での「独立」「民族プライド」は達成される。 では、核武装含め、日本の
  財政負担力/軍事技術力で、自らを守れる戦力を造れるのか?   国防支出膨張で増える税負担、様々な不自由に国民は耐える覚悟ができるか?
 ② ドイツ・イタリアのように、地位協定の均衡回復を言い出せる政権に求められる能力とは? 用心棒が求めるミカじめに脅される材料をどうすれば減らせるのか? 
 ③ アメリカ合衆国が今後、世界でどのようなパワーバランスを持つのか? 日米安保が効力を弱める時、或いはアメリカが日本を守れなくなる日が来る、と考えるか?
   其のシナリオに対し、どう考え、どう備えるのか?
 ④ 上記の根本論点に照らし、目下の「改憲:9条提起」は的を得ているか? 国連決議と無縁でも参加する集団安全保障の約束は、米国の安保コミットメントと引き換えになるか?

★ 高齢化と社会福祉/少子化と労働人口減少・移民政策
 ① 長寿を無条件に賛美する前提で成り立つ老人福祉と尊厳死の合法化、保有財産不問な年金給付の仕組み、ここにメスを入れる国民的合意をどう形成するか?
 ② 老齢福祉から弱者救済への資源配分変更。これを社会主義的だと嫌う”中流意識情緒”を如何に克服するか?
 ③ 出生率低下は「麗しき家族主義の衰退」などではなく、世代価値観変貌と産業構造変化の産物である。幼児手当が完ぺきな処方箋ではないとすれば、AI/ロボット化の進展で
   単純労働の置き換えが幾ら進んでも、純粋の若年日本人労働者は依然足りないだろう。 この予測を肯定するか?
 ④ 認めるなら、労働人口不足を移民で補完する政策を、<治安悪化・文化の乱れ>といった情緒論で葬るのではなく、実務でどう具体化するか?  移民導入以外に妙案は? 

◆ エネルギー確保と原発
 ① 核廃棄物の安全な処理方法が地中埋設以外に見いだせない現実、日本の領土内でフィンランドのような埋設はできないとしたら、それでも原発を運転し続けるか?
 ② 廃棄物処理を横に置いといて、原発による電力供給が正当化される場合とは,事故処理/廃炉処理にかかる費用も含む究極のトータルコストでも、他の発電手段より安いこと。
   次に、中東に大半を仰ぐ原油輸入の安定的運搬が、戦乱で脅かされるリスクが高いこと。 後者は誰も答えられぬが、前者は、答え無き問いではない。
 ③ 米国原発産業支援の肩代わりの見返りと目されるプルサーマル実験を持続する真の目的は何か? 政権は国民に狙いを説明してきたか?
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≪ アメリカンドリームの放棄で自爆する米国民 ≫   ≪ 日中双方の 愚かで不毛な歴史歪曲合戦 ≫

2017-10-09 08:36:06 | 時評
◇ 朝日(風 ニューヨークから)アメリカンドリームは幻想か 沢村亙 http://digital.asahi.com/articles/DA3S13172604.html?rm=150
・ 〈疲れ果てた人、自由の空気を求めて身を寄せ合う民、哀れに拒まれた者たちを、私のもとによこしたまえ〉
  自由の女神像を、世界中から迫害や貧困を逃れた人々を迎え入れてきた寛容の象徴として書いた詩「新しき巨像」は、学校の暗唱ログイン前の続き教材にも取り上げられ、
  多くの米国人の胸に刻まれている。
・ ホワイトハウスの会見場でさる8月、この詩をめぐってちょっとした「論争」があった。
  教育水準や語学力、職能に応じて移民を受け入れる新制度案を説明していた高官に、CNN記者が詩の一節を引き、かみついた。
 「英語を話せる者とかコンピュータープログラマーとか、そこに書いていない」。高官は「女神像が象徴するのは米国の自由。あの詩は後で加えられたものだ」と反論した。
・ 豪州、カナダ、そして日本など、受け入れる外国人を学歴や能力などで選別する国が近年、増えている。「自国に役立つ人材を」という打算が透ける。だが、米国は長らくアメリカン
  ドリームを語り継いできた。英語ができなくても、学歴がなくても、努力すれば成功への道は開かれるという確信だ。
・ いま、その「夢」に至る道筋が目づまりを起こしている。富裕層はますます富み、中間層は没落の不安におびえる。米国が模範として振る舞う時代は終わった。他国と同じ
 「国益」優先でどこが悪い。その開き直りがトランプ時代の米国が移民選別へとかじを切る根底にある。
⇒ アメリカ合衆国の強さ/魅力の源は、移民の打算なき受け入れにみられる「寛容の象徴」に在った。それを国民が、そして其の国民の選んだ指導者自身が放棄しようとしている。 
  偏狭な一国主義とは寛容の放棄そのものだ。トランプを支持している人々も含め、一日も早く「寛容」の放棄が自滅への道であることに気づいて欲しい。

◆ 朝日(社説)中国の歴史観 政治利用の不毛な動き http://www.asahi.com/articles/DA3S13172438.html?ref=nmail_20171009mo
・ 日本と中国が全面戦争に突入した起点は今から80年前、1937年7月の盧溝橋事件である。中国では45年までの8年を抗日戦の期間とする見方がこれまで定着していた。
 ところが最近、習近平(シーチンピン)政権は31年9月18日に起きた満州事変・柳条湖事件を抗日戦の起点と唱えるようになった。
・ 当時の日中関係を14年戦争とだけ捉えると全体像を見落としがちだ。その間には関係改善を探り合った時期があり、全面衝突を避ける選択肢はあり得た。また当時の中国は
  内戦状態で、単純な日中対立の構図ではない。そもそも、共産党の抗日戦への貢献度は大きくない。それでもあえて抗日戦の期間を長くすることで、中国の戦後国際秩序形成への
  貢献と、共産党の主導ぶりを浸透させたいのだろう。← 「国共内戦に勝てたのは日本の侵攻のお蔭だよ」と高笑いしたのは毛沢東であったことを忘れまい。
・ 中国と違い、日本には言論や学問の自由がある。しかし、政治家が、いびつで不誠実な歴史認識を語る現実もある。 記憶の風化に伴い、戦前戦中の不名誉な史実を拒むような政治家の
  言動が続くのは、懸念すべき風潮だ。かつて国民に忠君愛国を植えつけ、戦時動員の下地をつくった教育勅語を肯定する政治家まで出ている。
 ⇒ 中国が日本の歴史歪曲や歴史認識の誤りを糾弾するのが<反省しないこと>への論詰ならば、中国自身の歴史教育は<正統性ねつ造>へのなりふり構わぬデッチあげだ。

〇 中国での歴史の政治利用と、日本の政治家による偏狭な歴史観の摩擦が、両国の互恵関係づくりの足かせになりかねない、と社説子の説くとおり<日中双方に続く歴史無視/ねつ造>は
  無窮動のように留まることを知らず、其の不毛な批判合戦は国交回復45周年を経る現在まで、何も生み出してこなかった。 言論/学問の自由有りと標榜するなら、日本側こそ、
  帝国主義/軍国主義に陥った国家主義の誤りを正面から認め、過去の美化を止めることで中国人民に共産党統治の誤りを気づかせるしかあるまい。
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≪ ”政策で選ぶ”というが? ≫  政策を造るヒト現物を評価し 選ぶのではないか? 税金を賭けるプロに値する政治マッチ選手か?

2017-10-08 08:56:26 | 時評
★ 政治家の生き方を選ぶ=伊藤智永 https://mainichi.jp/articles/20171007/ddm/005/070/009000c?fm=mnm
1) 衆院解散に反対だったはずの菅義偉官房長官に、側近議員が「なぜ同意したんですか」 と尋ねたら、答えたそうだ。
  「反対したさ。でも、総理が言うんだ。国会が始まったら、またモリ・カケ(森友・加計両学園問題)ばかりだろ、もうリセットしたいんだって」
2) 今回の解散理由「国難」も、信を問うより先に国会で話し合うべきだが伝家の宝刀を握る人は国会そのものが嫌だという。返答に窮した菅氏の顔が目に浮かぶようではないか。
3)「(政権交代は)次の次(の衆院選)くらい」と明かした見通しは、小池氏が内々に語らなければ口にできないはずだし、それどころか選挙後に自民党と提携する可能性すら隠さない。
  小池氏のリセットとは、与野党の政権交代ではなく、自らの政権取りに向けた第一歩という意味だったのか。
4) 同じく前原氏の「合流」も、選挙向けの「衣替え」を装いながら、実はひそかに「解党」の口実を探していて、今が好機とリセットボタンを押したのではないのか。でないと、
  「想定内」のセリフは出てこないだろう。

<選挙が政治家の生き残り競争に終始したら、私たちは何を選べばいいか。個々の政治家の生き方に票を投じたらどうだろう。暴言や不倫の話ではない。今が「国難」ならなおのこと、
各候補が歴史の評価に堪える政のプロと言えるかどうか。右往左往は野党に限らない。「1強」にへつらい、議論を封じる与党のふがいなさも審判を受ける時である>。
 ⇒ 伊藤氏の此の問いかけは、まさに有権者我々が投票に当たり、自分を如何にブレずに保持してゆくか、という迷いへの指針である。

ここで伊藤氏は、福沢諭吉の言葉を「丁丑(ていちゅう)公論」「瘠(やせ)我慢の説」の2書から引いているので、詳しくは同書に当たるか、または引用記事をご覧願いたいが、
<常識とは逆さの人物評が政治家の何たるかを考えさせる。蛇足ながら、冒頭の有名な句「立国は私(わたくし)なり、公(おおやけ)に非(あら)ざるなり」の逆説も長い思索を誘う>
・・・・明治時代に使われた「立国」とは、西欧による植民地化を招かない為の自立・独立保持を指す言い回しだったが、今の用語風に言えば、それは保守国粋勢力が称揚したがる「愛国」にすり替わっている。   まさしく「愛国」とは集団擁護に名を借りた一部勢力にとっての”私(わたくし)”でしかないことを有権者は見ぬかねばいけない。

 伊藤氏の言いたいこと。それは、所属する政党/思想グループ名称/公約/政策言辞での判断ではなく、そこに身を置く個人個人の「政治家としての生き方」にまで眼をつけ、候補者を
<顔の見える相手>まで自分に近づけ『職業としての政治プロフェッショナル』といえる人物かどうか?で判定する。。。 其の眼力を有権者一人一人が今こそ問われている。 
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