その日の赤山雪は、何かが違っていた。
いつもはしないマスカラ。
着慣れないフェミニンワンピ。
履きなれないヒールパンプス。
彼女は振り返り、ぎこちなく朝の挨拶を口にする。
「オハヨウゴザイマス‥」
先輩は目を見開き、どうしちゃったのと、
あまりにもいつもと違う彼女に驚く。
用があって‥と言う雪を、先輩は驚愕の眼で見つめていた。
「‥‥‥‥」
その眼差しに、雪はなんだか気恥ずかしくなって赤面してしまう。
よりによって何で先輩と一緒の授業の日に、合コンがセッティングされたんだろう‥。
「へ、変ですよね‥?」と照れ隠しに頭に手をやりながら聞く雪に、
先輩は「全然変じゃない、すごく似合ってるよ」と笑顔で言った。
「ほ、本当ですか?」「うん、本当!すごく可愛いよ!」
思わず雪も笑顔が溢れる。
今度から大学にもこういう格好で来ればいいのに、と言う先輩に、雪は頭を掻きながら言った。
「いや~見せる人もいないし~」
青田淳は幾らか微妙な気分で、二の句を継げず黙ったのだが、
雪が彼の反応に気づくことはなかった。
ふと雪は恵のことを思い出し、時間も合いそうだし今日恵と先輩を引き合わせようと思い立った。
おずおずと、先輩に声を掛ける。
「先輩‥、今日時間‥ありますか?」「ん?」
「授業終わってから‥が、学館寄って‥お昼でもどうですか?」
「‥今日?」
雪は変な気分になりながら先輩をランチに誘った。
いつもとは違う彼女がいつもと違う提案をしたことに、先輩は幾らか神妙な顔をしている。
二人の間に少し間が出来ると、雪は「忙しかったら全然大丈夫なんで‥!」
と慌てて付け足したが、先輩は急いでそれを打ち消した。
「それじゃあ行こっか。雪ちゃんから誘ってくれるなんて、初めてだしね」
先輩はその後ニコニコと雪の隣りに座っていた。
雪は幾らか不安だったが、運を天に任せることにした‥。
学食に着いてから、雪は落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回した。
すると向こうから恵がやって来て、雪の格好を見るやいなや、可愛い可愛いとはしゃぎながら褒めまくる。
雪が先輩に対し、この子もランチを一緒して良いかと尋ねると彼は笑顔で了承し、
三人は共に学食へと入っていった。
この間はジュースご馳走様でしたとお礼を言う恵に、笑顔で返す先輩。
雪はその自然な流れに、一人ガッツポーズをした。
席に着いてからも、雪は自然な展開になるよう頑張った。
(しかしそれは傍目から見ると果てしなく不自然だった‥)
自ら先輩の向かいに席を移動し、
隣の椅子は汚れてるから先輩の隣りに座るよう恵に促したり。
舞台は整った。それは雪がセッティングした合コンに他ならない。
二人を見て微笑む雪。
そして青田淳は気がついてしまった。
その図られた意図を。
ここに連れて来られた理由を。
隣りに座った小西恵は、淳に世間話を振ってくる。
四年生の多忙さについて、美大との課題の違いなど、他愛のない話題だ。
それに対し淳は、雪に対して一つトラップを仕掛けることにした。
「あ、雪ちゃん。この間一緒に観に行った映画のことだけど‥」
映画?と虚を突かれた恵に、淳は「雪ちゃんと二人で観に行ったんだ」と答える。
雪は動揺し、慌てて恵に向かって弁解を始めた。
「映画鑑賞の課題!あくまでも課題だからね!私達同じ授業聞いてるからさ!」
面白そうと言う恵に、「全然そんなことない」と否定する雪。
その露骨な雪の反応に、淳は表情が固まった。
雪はそんな淳の思惑や当惑に気が付かず、ひたすらに恵をアピールし続ける
「この子可愛いから印象に残るんじゃないですか?」と言う質問に、
先輩は「そうだね。モテるんじゃない?」と返す。
恵はそんな彼の言葉に頬を染めた。
雪は事態は思い通りに進んでいると確信する。
それからと言うもの、雪の恵推しは止まらなくなった。
恵は小さい頃から可愛くて良い子で、色々な男に付きまとわれて大変だったのだという話から始まり、
こうして並ぶ二人を見ているとまるで違和感無いですと、行き過ぎを止めようとする恵にも気づかず喋り続けた。
「もうなんていうかとにかく‥超お似合いですね!」
「‥‥‥‥」
ダラダラと冷や汗を流す恵に、キョトンとした先輩。
その二人の前で、雪は血の涙を流した‥。
慣れないことはするものではない。
墓穴掘りまくりの雪は、それ以上なにも喋れなくなった。
その気まずい空気に耐え切れず、恵がうちの学科に面白い先生がいると話題を変えてくれた。
ふと時計を見ると、すでに合コン開始の時刻に迫っていた。
そろそろ行かないとと、雪は慌てて立ち上がる。
そしてカバンの中から、青田先輩に渡す為用意していたお金を出して、テーブルに置いた。
先ほど出してくれたご飯代とお茶代ですと付け加えて。
お茶代?と尋ね返す先輩に、雪はこの間の映画の時のお茶代だと言った。
「あの時、先輩が全部払ってくれたじゃないですか。
映画代はともかくお茶代まで出してもらうのはちょっと悪いかなって‥」
淳は「そんなのいいのに」と言ったが、雪は譲らなかった。
「お世話になったのもあるし、ただの先輩後輩の間なのに毎回奢ってもらうわけにはいきません」
ピッと、二人の間に引かれた”先輩と後輩”というライン。
淳は見えないその線の前で、何も言えず固まった。
人や物事に対していつも”適当な線”を引いてきた淳は、初めて人から線を引かれた。
あからさまに堂々と、そして無自覚な残酷さと共に。
急いでこの場から去る彼女の後ろ姿を、淳はそのまま見送るしかなかった。
小西恵が、「今日の雪ねぇ、すごく可愛くないですか?」と明るい声で言う。
淳が今日は何か特別なことでもあるのかと聞くと、
恵は「雪ねぇ、今日合コンに行くんですよ!」と目を輝かせながら言った。
聡美が超イケメンを連れて来るのだと、
出席しない自分の方が浮かれちゃって眠れなかったと、恵ははしゃぎながら言った。
うまくいく気がする、と言う恵の言葉に、淳は返事を返すことが出来ない。
淳は雪によって引かれた線の向こう側へは行けない。
残されたのは、彼女が連れてきた幼馴染みの女。
そして彼女は合コンへ行った‥。
淳は心の襞が揺れるのを感じた。
心に立ち込める暗雲が、不穏にその胸の中を覆って行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<線引き>でした。
青田先輩は、雪の3弾コンボ攻撃(線引き+恵紹介+合コン)でめった打ちですね‥。
映画の時、「先輩が後輩に映画一回奢るってだけなんだから」
とか変に”先輩後輩”感出しちゃったのが裏目に出ましたね。。
次回は<合コン(1)>です。
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履きなれないヒールパンプス。
彼女は振り返り、ぎこちなく朝の挨拶を口にする。
「オハヨウゴザイマス‥」
先輩は目を見開き、どうしちゃったのと、
あまりにもいつもと違う彼女に驚く。
用があって‥と言う雪を、先輩は驚愕の眼で見つめていた。
「‥‥‥‥」
その眼差しに、雪はなんだか気恥ずかしくなって赤面してしまう。
よりによって何で先輩と一緒の授業の日に、合コンがセッティングされたんだろう‥。
「へ、変ですよね‥?」と照れ隠しに頭に手をやりながら聞く雪に、
先輩は「全然変じゃない、すごく似合ってるよ」と笑顔で言った。
「ほ、本当ですか?」「うん、本当!すごく可愛いよ!」
思わず雪も笑顔が溢れる。
今度から大学にもこういう格好で来ればいいのに、と言う先輩に、雪は頭を掻きながら言った。
「いや~見せる人もいないし~」
青田淳は幾らか微妙な気分で、二の句を継げず黙ったのだが、
雪が彼の反応に気づくことはなかった。
ふと雪は恵のことを思い出し、時間も合いそうだし今日恵と先輩を引き合わせようと思い立った。
おずおずと、先輩に声を掛ける。
「先輩‥、今日時間‥ありますか?」「ん?」
「授業終わってから‥が、学館寄って‥お昼でもどうですか?」
「‥今日?」
雪は変な気分になりながら先輩をランチに誘った。
いつもとは違う彼女がいつもと違う提案をしたことに、先輩は幾らか神妙な顔をしている。
二人の間に少し間が出来ると、雪は「忙しかったら全然大丈夫なんで‥!」
と慌てて付け足したが、先輩は急いでそれを打ち消した。
「それじゃあ行こっか。雪ちゃんから誘ってくれるなんて、初めてだしね」
先輩はその後ニコニコと雪の隣りに座っていた。
雪は幾らか不安だったが、運を天に任せることにした‥。
学食に着いてから、雪は落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回した。
すると向こうから恵がやって来て、雪の格好を見るやいなや、可愛い可愛いとはしゃぎながら褒めまくる。
雪が先輩に対し、この子もランチを一緒して良いかと尋ねると彼は笑顔で了承し、
三人は共に学食へと入っていった。
この間はジュースご馳走様でしたとお礼を言う恵に、笑顔で返す先輩。
雪はその自然な流れに、一人ガッツポーズをした。
席に着いてからも、雪は自然な展開になるよう頑張った。
(しかしそれは傍目から見ると果てしなく不自然だった‥)
自ら先輩の向かいに席を移動し、
隣の椅子は汚れてるから先輩の隣りに座るよう恵に促したり。
舞台は整った。それは雪がセッティングした合コンに他ならない。
二人を見て微笑む雪。
そして青田淳は気がついてしまった。
その図られた意図を。
ここに連れて来られた理由を。
隣りに座った小西恵は、淳に世間話を振ってくる。
四年生の多忙さについて、美大との課題の違いなど、他愛のない話題だ。
それに対し淳は、雪に対して一つトラップを仕掛けることにした。
「あ、雪ちゃん。この間一緒に観に行った映画のことだけど‥」
映画?と虚を突かれた恵に、淳は「雪ちゃんと二人で観に行ったんだ」と答える。
雪は動揺し、慌てて恵に向かって弁解を始めた。
「映画鑑賞の課題!あくまでも課題だからね!私達同じ授業聞いてるからさ!」
面白そうと言う恵に、「全然そんなことない」と否定する雪。
その露骨な雪の反応に、淳は表情が固まった。
雪はそんな淳の思惑や当惑に気が付かず、ひたすらに恵をアピールし続ける
「この子可愛いから印象に残るんじゃないですか?」と言う質問に、
先輩は「そうだね。モテるんじゃない?」と返す。
恵はそんな彼の言葉に頬を染めた。
雪は事態は思い通りに進んでいると確信する。
それからと言うもの、雪の恵推しは止まらなくなった。
恵は小さい頃から可愛くて良い子で、色々な男に付きまとわれて大変だったのだという話から始まり、
こうして並ぶ二人を見ているとまるで違和感無いですと、行き過ぎを止めようとする恵にも気づかず喋り続けた。
「もうなんていうかとにかく‥超お似合いですね!」
「‥‥‥‥」
ダラダラと冷や汗を流す恵に、キョトンとした先輩。
その二人の前で、雪は血の涙を流した‥。
慣れないことはするものではない。
墓穴掘りまくりの雪は、それ以上なにも喋れなくなった。
その気まずい空気に耐え切れず、恵がうちの学科に面白い先生がいると話題を変えてくれた。
ふと時計を見ると、すでに合コン開始の時刻に迫っていた。
そろそろ行かないとと、雪は慌てて立ち上がる。
そしてカバンの中から、青田先輩に渡す為用意していたお金を出して、テーブルに置いた。
先ほど出してくれたご飯代とお茶代ですと付け加えて。
お茶代?と尋ね返す先輩に、雪はこの間の映画の時のお茶代だと言った。
「あの時、先輩が全部払ってくれたじゃないですか。
映画代はともかくお茶代まで出してもらうのはちょっと悪いかなって‥」
淳は「そんなのいいのに」と言ったが、雪は譲らなかった。
「お世話になったのもあるし、ただの先輩後輩の間なのに毎回奢ってもらうわけにはいきません」
ピッと、二人の間に引かれた”先輩と後輩”というライン。
淳は見えないその線の前で、何も言えず固まった。
人や物事に対していつも”適当な線”を引いてきた淳は、初めて人から線を引かれた。
あからさまに堂々と、そして無自覚な残酷さと共に。
急いでこの場から去る彼女の後ろ姿を、淳はそのまま見送るしかなかった。
小西恵が、「今日の雪ねぇ、すごく可愛くないですか?」と明るい声で言う。
淳が今日は何か特別なことでもあるのかと聞くと、
恵は「雪ねぇ、今日合コンに行くんですよ!」と目を輝かせながら言った。
聡美が超イケメンを連れて来るのだと、
出席しない自分の方が浮かれちゃって眠れなかったと、恵ははしゃぎながら言った。
うまくいく気がする、と言う恵の言葉に、淳は返事を返すことが出来ない。
淳は雪によって引かれた線の向こう側へは行けない。
残されたのは、彼女が連れてきた幼馴染みの女。
そして彼女は合コンへ行った‥。
淳は心の襞が揺れるのを感じた。
心に立ち込める暗雲が、不穏にその胸の中を覆って行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<線引き>でした。
青田先輩は、雪の3弾コンボ攻撃(線引き+恵紹介+合コン)でめった打ちですね‥。
映画の時、「先輩が後輩に映画一回奢るってだけなんだから」
とか変に”先輩後輩”感出しちゃったのが裏目に出ましたね。。
次回は<合コン(1)>です。
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黙ってても女の人が寄ってくる自分に、念押しまでして線を引くとは。
しかも、合コンの相手もイケメン(とのこと)。笑
あー。萌えますわー、ショック受けてガックリして嫉妬する先輩♪
最初に読んだ頃はさらっと流してましたけど、本当にめった打ちですね
yukkanenさんの訳の、「先輩が後輩に映画一回奢るってだけなんだから」の重要性が実感です。
日本語版の時にカットしたり、訳を簡単にするのをやめてほしいですよね。。
yukkanenさんのブログを読みだして、チートラの訳の重要性に気づきました
ちなみに、先輩と映画に行った時の服装と合コンの時の服装が違い過ぎるのもショツクだったでしょうね。
先輩はデートのつもりだったでしょうし
とどめに可愛いから学校でも着たらと勧めたら(もっと見たいのかな?)、見せる人がいないから着ないって拒絶されてるし。。
先輩をこんなにめったうちできる女の子って面白いですね。
でも言われてみたらホントそう。
うう。改めてこの回いいわぁ。
ガッカリ打ちのめされる先輩に萌えますか!ちょびこさんは先輩に対してSですな!(^^)
先輩は自分の容姿に自信を持ってるっぽいので、対抗心あるでしょうね。でも又斗内‥。
>teaさん
本当雪ちゃんは先輩に対してツンデレのデレ0%ですから!先輩は常にめったうちですね~
せめて映画にはスカートを履いて来てほしかったでしょうね。しかし本編3部で、今まで先輩が買ってくれた髪飾り(ガブガブとカチューシャ)を雪が一回もしないのは何でなんでしょうね(笑)
ツンデレにもほどがありますね(^^)
失礼しました~!