青田淳は実家にて、本を読んでいた。
机の上には箱が三つ置いてあり、その箱の説明を、今青田家の家政婦がしているところだった。
「旦那様が海外から送ってこられたものです。大きい箱二つは河村教授のお孫さん宛てだそうですよ。
最近お誕生日を迎えられたそうで‥」
亮の誕生祝いに淳の父親は、実の息子よりも大きな包みを彼に寄越した。
そして淳には、その隣にある小さな箱に入った時計を贈ったのだった。
家政婦は話を続ける。
「河村教授のお孫さん宛ての方の箱は、できるだけ坊ちゃんから直接渡して欲しいとのことでしたよ」
家政婦の話す父親からの伝言に、淳は本から目を離しもせず返答する。
「前みたいに郵送して下さい」
その返事に家政婦は少し躊躇ったように返したが、やがて溜息を吐いて言った。
「まったく旦那様は何を考えてらっしゃるんだか‥奥様は今回もご立腹でしたよ。
河村家の子供達に対して何だってここまでしてやるのやら‥」
実家にて家事をしてくれるこの家政婦と青田家は、長い付き合いだ。
そのため青田家と河村姉弟の関係や経緯を、彼女はよく知っている。
淳の父親が彼らに関して過干渉なことも、淳の母親がそれを良くは思っていないということも。
しかし長く時間を共にしているといっても、他人は他人だ。
淳はその境界に、ピッと程度の線を引く。
「おばさん、そんなことまであなたが気にする必要はありませんから」
家政婦は淳の言葉に、出すぎた真似をしましたと言って退室した。
彼女が去ってから、淳は机の上に置かれた三つの箱に目を留める。
父親からの関心が、象徴的に現れたその贈り物‥。
その箱を見ている内に、淳の脳裏には去年のとある場面が浮かんできていた。
それは大学の中庭にて、雪と彼女の母親との通話を耳にした時の記憶だった。
俯いた彼女が、ギュッと噛んでいたその唇。
父親に認めてもらいたいのに認めてもらえない、ジレンマを抱えたその横顔‥。
脳裏に浮かぶ彼女の姿は、淳の心の泉に雫を落とし、波紋を広げる。
波立つ心の襞が、彼女を求めて震えていた。
一方その彼女、赤山雪はというと、両親の経営する飲食店がとうとうオープンし、
その手伝いに追われていた。
開店日の今日、店の前には幾輪の花が飾られ、お客さんもひっきりなしに入り盛況だ。
忙しい業務の傍ら、雪は母親に弟からの連絡の有無を尋ねた。
「蓮から連絡あった?」 「昨日来たわ」
昨日母親が、飲食店を今日オープンするという旨を息子に伝えると、彼は留学中のアメリカから帰国すると言ったと言う。
カツを入れてやった、と言う母親に雪が呆れ顔で頷く。
お調子者でいつもおちゃらけている長男の蓮は、赤山家の女二人にとって心配の種だ。
二人が会話をしていると、店のドアから父親の予てからの知人が入ってくるのが見えた。
にこやかに笑いながら、雪の父親に話しかけている。
「やぁ~!赤山社長!今度は飲食店の社長さん?楽しみですな~」
かつてスーツ姿で事業を営んでいた父親は、エプロン姿でその知人に頭を下げた。
「赤山社長、エプロン姿も似合ってるよ!」そう笑って言う知人に、
父親は笑顔を返せなかった。汗を拭い、溜息を吐いて、今の自分の状況を俯瞰して俯いた。
父親は雪を呼ぶと、一服してくるからレジ番しててくれとエプロンを渡して店を出て行った。
その小さくなった背中を見て、雪はなんとも言えない気持ちになる‥。
三十分が過ぎても、一時間が過ぎても、父親は戻って来なかった。
レジを任されたものの、雪は慣れないその操作に四苦八苦だ。
その拙さを見かねて、同じく手伝いに来てくれている叔父さんが助け舟を出した。
レジは彼に任せて、雪は再び給仕の仕事をすることになった。
ふと雪が母親の方を窺うと、彼女は何かを考えている風で、ぼんやりとしていた。
心なしか少し落ち込んでいるようにも見える。
雪は父親が戻ってこないことについて、フォローするように母親に声を掛けた。
開店日だから、どこかに電話でもしているんじゃないかと言って。
すると母親は「違うね」とぶっきらぼうな様子で言い捨て、言葉を続けた。
「お父さんは店を始めることに初めから反対だったのよ。恥ずかしいって言って‥」
そんな母親に、叔父さんがフォローを入れる。
「まぁまぁ、兄さんは元々頑固なとこがあるから、少し時間が必要なんですよ。
それでもちゃんと顔出してくれて、誠実じゃないですか」
雪は何も言葉が見つからず、口を噤んで母と叔父のやりとりを見ていた。
振り返って見た店内は、沢山のお客さんで溢れていた。
それでもこれは、父親の望むものではないのだ‥。
雪は暫し休憩のため外へ出た。
凝り固まった体を伸ばして息を吐く。
すると店先に、数本のタバコの吸殻が落ちているのに気がついた。
勿論そこに父親の姿はない。
雪はやるせない気持ちになって、その場に佇んだ。
先ほどのように小さく背中を丸めて、この道を歩いて行った父親の姿が想像出来る気がした。
不意に、携帯が震えた。
見てみると、青田先輩からのメールが入っている。
仕事は上手くいってる?
雪はすぐさま返信した。
淳の手元にある、携帯電話が震えた。
はい。店の方は上手くいっています。ただ時間が経つとどうなるかが心配ですが‥。
淳は広い廊下を歩きながら、彼女に文字を送る。
きっとうまくいくよと、優しい言葉を。
そして二人は、メールを送り合った。
それぞれの暮らしの中に互いが存在することを、その小さなメッセージのやりとりの中で感じ合いながら。
花輪、ありがとうございます
どういたしまして
先輩は何してるんですか?
用があって今から出るとこ。次は必ず顔を出すから
はい。運転気をつけて下さいね
塾の無い日に、一緒に夕飯食べに行こうか
そうですね。ではその時また会いましょう
何のことはない、平凡なやりとり。
しかしそのやりとりの中で、二人は小さな癒やしを得る。
赤山雪と青田淳。
二人は別々の人間であり、育ってきた環境も生い立ちも、その価値観も違うが、
今二人は確かに言葉にならない何かを共有している。
互いに言い出すことはなく、言えないのかもしれない。
しかしいつの間にか互いが互いにとって、どこか繋がり得る存在になりつつあるのは事実だ。
小さなメッセージの行間に、そんなシンパシーが存在した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<Sympathy>でした。
日本語版でのこの回は、途中で謎のカットがかかり、最後までは描かれていませんでした。
久しぶりに自分の訳のみで書いてみると‥すごい不安‥(^^;)もし誤訳等ありましたら、教えて下さいませ。
お店の前に飾ってあった花輪↓
先輩が贈ったものだったのですね!さすが太っ腹!
贈り主「娘の彼氏」ってすごいですよね。。まだ雪の両親とは会ったこともないのに花輪‥。さすがです。
この回のカットがかかった、二人でメッセージを送り合う場面好きなんです~~。
お互いがお父さんのことで(無意識かもしれないけど)寂しさを感じて、癒やしを求めて言葉を交わす場面。
そこにあるシンパシーが、踏み込むことはないけど互いの存在を確かめ合っているその感じが、あのメッセージのやりとり場面に表れてると思います。
あの場面で二人が背を向け合ってメッセージを送っているのもきっと意味がある。
雪と淳、二人の抱える孤独は二人それぞれが持っているものであって、二人が分かち合えるものではない。
それが、向かい合わず別々の方向を向いてメッセージを送り合う二人の姿に表れているのではないかと思いました。
ああ、なぜこんな大事な場面がカットされたの‥(T T)
次回は<受難の序章>です。
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おじさん、雪のお母さんに敬語使ってるあたりからして、たぶんお父さんの弟なので「義兄」じゃないですよー^^
>>ただ時間だけが過ぎ去っていくようで、それが心配ですが‥。
ここは、
(今は開店したばかりで繁盛してますが、)時間が経つとどうなる心配ですが
です。
そして、先輩はたぶん仕事じゃなく用事で出かけているのだと思います。両方とも韓国では「イル(仕事)」といってしまうので分かりづらいですよね。^^;
そしてありがとうございます~~!早速修正させて頂きました!
なるほどなるほど、あのおじさんは敬語を使っている‥!気づきませんでしたー!お父さんの兄か弟なのですね!一応敬語である観点から弟の方の”叔父”とさせて頂きました!
あと雪ちゃんのメール!
気になっていたんです、時間だけ‥のくだりが!
なるほどシックリクルクルです(@@)!
そういう意味だったのですね~。
先輩も実家の仕事手伝ってんのかな?と思ってましたが、用事も仕事も「イル」なのですね!
これからはちゃんと見極めようと思います!
るるるさん、本当にありがとうございました(^^)
またお待ちしています!
ん? これでいいの? … と思っていました。
こんな穏やかで素敵なシーンがあったのですね。
ホントになんでカットされたのでしょう??? 謎ですね。
何のことはない短いメールのやりとりであることが、より一層、お互いを優しい存在にしているのだと思いました。
多くを語らずとも、そこにいるだけで慰められる大切な存在。
雨の中、涙を流す亮にそっと寄り添う雪ちゃんもそうだったな、と思い出しました…。
ところで、河村姉弟の住所、先輩よく知ってましたね―・・・。(←蛇足)
ホントだ。亮が田舎でベートーベン弾いてた時(西條説)にはどうしてたんでしょうか。
るるるさん、すごいすごい~♪
助かりますねー、師匠!私も勉強になります。
うまく割り込めない?
んもー。なんて礼節のある方なのー。
人様のブログで勝手なコト言うのもナンだけど、
私個人は、コメの流れなんて気にしなくていいと思うんだよねー。
それぞれが述べたいコトを書き込むのは普通のコトだと思ってるんで。
それか、割り込みが難しいならとにかく一番乗りで投稿するとか。笑
失礼いたしました m(._.*)m
どんぐりさん、そうですそうです!
そういった些細な心の動きがチートラの肝なのにーー!とハンカチ噛み締めてキーッとやってます。
けれど今回の三者対面の訳とか、先輩の子供っぽい口調のモノローグとか、唸らせてくれる翻訳を入れてくる日本語版翻訳者の方‥。読者を振り回す恐ろしい子‥!舞台あらし‥舞台あらしだわ‥!
と一人ざわざわしたりします。
河村姉弟の住所‥静香の方はともかく、亮の方はどうやって知ったんでしょうね。もしやうあはんの探偵的才覚では‥?!
ちょびこ姉さんの「コメは流れ気にせず書き込んでいい」は、私もそう思いますよ~!
皆さん気を遣って下さって恐縮ですが、もっと好き放題書き込んじゃっていいんです!!(←川◯慈英風に)
でも一番乗りで書き込んだつもりが、更新ボタン押したら人とかぶって二番手ってこと多いです‥(たいていさかなさんとかぶる‥^^)
このメールのやりとりの場面、実はお互い父親への寂しさやら切ない感じを胸に抱いているのですよね。
しかし、背を向けあってのこのシーンに2人が分かち合えない孤独を描いていると…。そんな結びつきされるなんてやっぱりすごいです師匠です。そこを汲み取って読んでいると知ったらスンキ氏もお喜びでしょう。
さかなさんも別記事で仰ってましたけど、スンキ氏も実はそこまで考えてなかったかもですよね。Yukkanenさんが素敵に読み解いて一歩進んだ解釈をされているのかもしれません…!いずれにしてもさすが師匠です
コメは流れを気にせず書き込んでよいと仰って頂けてますが…
今更すぎで失礼します。
けれどそうではないので、きっと背を向け合った絵なんだろうなぁと思ってます。
スンキさんは考えに考え尽くして物語を練り、構成されてると思いますよ~(^^)本当一回お会いして話してみたいくらいです。それまでにハングル勉強せな‥!ですけれども‥。