その日、河村亮は練習室でいつものようにピアノを弾いていた。
コンクールは目前に迫っている。
亮の視線が指先を追って走った。
この先、いつもつまづく箇所があるのだ。
しかし、今日は違った。
指はまるで過去の傷など無かったかのように滑らかに滑る。
鍵盤が弾かれる度、音が踊った。
昔頻繁に感じていたあの感覚が、久しぶりに亮の身体を駆け巡る。
突然、瞼の裏にフラッシュが散った。
それはあの頃よく目にした、大舞台を照らす眩しい光。
有名なコンクールの最終ステージ。
緊張などしなかった。
弾けるのが当たり前だったから。
亮はまるで呼吸をするように自然に、流れるようにピアノを弾く。
嫌々ながらのボウタイも、結局は締めざるを得なかった。
けれど誰よりもそれが似合っているのは、とうに自覚していた。
ステージに立った時に感じるのは、全ての感覚が鋭くなるということだ。
視覚も触覚も聴覚も全てが、自分が紡ぐ音に包まれて反応する。
観客の吐く感嘆の吐息や高鳴っていく鼓動まで、手に取るように分かる気がした。
音は振動となって空気を揺らし、その全てが亮に肯定を与える。
最後の一音が止むその時まで、亮は鍵盤から指を離さなかった。
そして音の余韻が途切れるその一瞬、ようやく彼は息を吸う。
それと同時に聴こえるのは、割れるような拍手の音だった。
人々は立ち上がり、口々に彼を賞賛して笑顔を向ける。
全身の血が沸くような高揚感。
けれどそれを顔に出さず、亮は椅子から立ち上がる。
そこで見えたあの光が、今も亮を囚えて離さない。
指が動かなくなってからは忌々しいだけだったそれが、今新たな意味を持って亮を照らすーー‥。
亮は目を見開きながら、鍵盤から指を離した。
音の余韻が、あの頃と同じ振動で耳に残る。
亮は自身の左手を、改めてマジマジと眺めてみた。
希望から絶望まで、全てを知ったこの左手ーーー‥。
口元に、思わず笑みが浮かんでいた。
あれきり掴み損ねていた希望を、再びこの手で掴むことが出来るかもしれないと‥。
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<希望の左手>でした。
短めの記事で失礼しました。しかもセリフ無し‥地の文ばかりですいません
しかし亮さん‥!ようやく左手の感覚が戻ったんですね‥!良かったーー
この先の展開が楽しみですね。
次回は<姉の本音>です。
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そうですか!同じ解釈されてて安心致しました‥!
このタイトルみてから、ずっと欲望の左手と理性の右手と言いたかった
(通じる方どれくらいいらっしゃるのか)
亮さんのいい回なのに!笑
わし摑みしてるかどうか、とか、蒸気で口元がボヤけちゃった、とか、ゲスな妄想で盛り上がった頃。。
なんでしょう。なかなか進展しない時、やたらムラムラしてたんですが、一度イタしてしまうと、サーっと冷めてしまう感覚ないですか?
欲望の左手と理性の右手‥黄金期の名言ですな!!あの頃は先輩も輝いていた‥のに‥涙
姉様
ゲスな妄想‥笑
そして冷めてしまう感覚、ありますね‥。
あんなに盛り上がったあの頃が懐かしい‥