店の中はガヤガヤと騒がしいのに、河村亮は水の中に居るような気分だった。
すべての喧騒は壁一枚隔てたかのように遠く、彼の意識の外側にあるような。
近頃の亮は大体こんな感じだった。
心ここにあらずという体で、たまにお客さんが呼んでいるのにも気が付かないくらいだ。
ぼんやりとしながら休憩時間に入り、亮は頭をクシャクシャしながら店の外に出た。
「クソッ‥今日に限って客が多いのなんのって‥」
舌打ちをしながら通りを歩く。
亮の心はまたしても、彼の意識を捕らえて離さないそれのことを考えていた。
出て来たついでに、近くの金物屋か文具店か見ておくか‥
どうしたらあのピアノは鳴るのか。
亮の頭の中はそればかりだった。コンセントを接続する”マルチタップ”さえあれば‥。
しかし歩調を緩めた亮は、考え直して自己に問う。
いや‥電子ピアノだぜ?音も悪ぃし、弾き心地だって‥
そこまで考えたところで、亮は完全に足を止めた。
知らぬ内に彷徨っている自分を、もう一人の彼が引き止める。
夜の街に灯るネオンが、ぼんやりと彼の周りを囲む。
それは夜に浮かぶ人魂のように、彼を無意識の世界へと誘っていく。亮は我に返り、そして自身に向かって問いかける。
オレは一体何をしようとしてんだ‥
得体の知れぬ強力なものに惹かれている自分を、亮は咎めた。
今自分は一体どういうつもりで、マルチタップなんか探しに行こうとしているのかと。
もうこんな思いは捨てようと何度も思ったのに。
全てに背を向けて、違う人生を歩んで行こうと決めていたのに。
握りしめた拳が小さく震える。
押し込めたあの激しい感情が顔を出して、彼の表情を歪めた。苦い思いが胸に広がる‥。
しかし亮は気がついたら、その店の前に立っていた。
金物屋である。
亮は揺さぶられた心を抱えながらも、やはりどこかぼんやりとしていた。
店の前で立ち尽くしながら、再びふと我に返って頭を抱える。
ああ‥完全に取り憑かれてる‥。
自分の意志でコントロール出来ない何かに惹かれ、取り憑かれている。
亮は苦虫を噛み潰したような表情で、その場に立ち尽くした。
亡霊に引き寄せられでもしてる気分だぜ‥亡霊に‥
亮が一人溜息を吐いていると、ふと視線を感じた。
顔を上げてみると、そこに立っていた彼女と目が合った。
まるで亡霊のように突然現れた雪を見て、亮は目を丸くした。
彼女の背景にぼんやりと浮かぶ沢山のネオン。どこか不思議な風景だった。
立ち止まっている亮を見て、雪が口を開く。
「一人で何してるんですか?」
雪はぼんやりとしている亮に近寄り、「何故外に居るんです?」と質問を続けた。
亮は口ごもりながら数歩後退る。
「店に来たのか」と質問を返す亮に、雪は首を横に振った。
そして「これを渡そうと‥」と言って、持っていた紙袋の中身を出した。
そこから出てきたのはなんと、マルチタップだった。
亮が一日中考えていたそれが突然、目の前に現れたのだ。
亮は目を丸くしてそれを見ていた。
キョトンとした顔でぼんやりと、紙袋の中身を覗き込む。
雪はそんな亮の前に立って、言葉を続けた。
「マルチタップです。これが必要なんでしょう?家に一つ余ってたんで」
雪は彼に話しかけ続ける。
「カフェ行くんですか? 私も行ったついでに叔父さんに挨拶でもしようと思って‥」
そう言った雪の足は、既に叔父のカフェに向かって歩き始めていた。
亮はぼんやりと彼女の言葉を反芻するが、未だ頭がついていかない。
「え‥何‥?」
確かなものは、握りしめた紙袋の感触だけだった。
その他のことはどこか遠い、夢の中の出来事のようだった。
「?」
雪はそんな彼を不思議に思ったが、深く追及することなく背を向け、
さっさと歩いて行った。
亮は徐々に小さくなっていく彼女の後ろ姿と、手元のマルチタップとに交互に目をやった。
まだ頭の中はぼんやりとし、深くは考えられない‥。
心の中に浮かぶのは、たった一言だった。
先ほどから彼の心を支配していたそれに取り憑かれたように、亮はその言葉をもう一度心の中で呟いた。
亡霊に‥‥惹き寄せられて‥
そのまま亮はフラフラと、彼女の後についていった。
惹かれたのは亡霊か、それとも彼女か‥。
ぼんやりと浮かぶネオンの明かりが亮を誘い、そして彼は歩いて行った。
拒んでも強力な引力で彼を惹く、お化けのような何かに惹かれて‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亡霊>でした。
ぼんやり亮君、いいですね!しっかりした雪にフラフラ着いて行くのも新鮮でいいです^^
雪ちゃん手ぶらってことは、これを渡すためだけに来たのかな~^^
ふふふ‥
次回は<憑依>です。
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すべての喧騒は壁一枚隔てたかのように遠く、彼の意識の外側にあるような。
近頃の亮は大体こんな感じだった。
心ここにあらずという体で、たまにお客さんが呼んでいるのにも気が付かないくらいだ。
ぼんやりとしながら休憩時間に入り、亮は頭をクシャクシャしながら店の外に出た。
「クソッ‥今日に限って客が多いのなんのって‥」
舌打ちをしながら通りを歩く。
亮の心はまたしても、彼の意識を捕らえて離さないそれのことを考えていた。
出て来たついでに、近くの金物屋か文具店か見ておくか‥
どうしたらあのピアノは鳴るのか。
亮の頭の中はそればかりだった。コンセントを接続する”マルチタップ”さえあれば‥。
しかし歩調を緩めた亮は、考え直して自己に問う。
いや‥電子ピアノだぜ?音も悪ぃし、弾き心地だって‥
そこまで考えたところで、亮は完全に足を止めた。
知らぬ内に彷徨っている自分を、もう一人の彼が引き止める。
夜の街に灯るネオンが、ぼんやりと彼の周りを囲む。
それは夜に浮かぶ人魂のように、彼を無意識の世界へと誘っていく。亮は我に返り、そして自身に向かって問いかける。
オレは一体何をしようとしてんだ‥
得体の知れぬ強力なものに惹かれている自分を、亮は咎めた。
今自分は一体どういうつもりで、マルチタップなんか探しに行こうとしているのかと。
もうこんな思いは捨てようと何度も思ったのに。
全てに背を向けて、違う人生を歩んで行こうと決めていたのに。
握りしめた拳が小さく震える。
押し込めたあの激しい感情が顔を出して、彼の表情を歪めた。苦い思いが胸に広がる‥。
しかし亮は気がついたら、その店の前に立っていた。
金物屋である。
亮は揺さぶられた心を抱えながらも、やはりどこかぼんやりとしていた。
店の前で立ち尽くしながら、再びふと我に返って頭を抱える。
ああ‥完全に取り憑かれてる‥。
自分の意志でコントロール出来ない何かに惹かれ、取り憑かれている。
亮は苦虫を噛み潰したような表情で、その場に立ち尽くした。
亡霊に引き寄せられでもしてる気分だぜ‥亡霊に‥
亮が一人溜息を吐いていると、ふと視線を感じた。
顔を上げてみると、そこに立っていた彼女と目が合った。
まるで亡霊のように突然現れた雪を見て、亮は目を丸くした。
彼女の背景にぼんやりと浮かぶ沢山のネオン。どこか不思議な風景だった。
立ち止まっている亮を見て、雪が口を開く。
「一人で何してるんですか?」
雪はぼんやりとしている亮に近寄り、「何故外に居るんです?」と質問を続けた。
亮は口ごもりながら数歩後退る。
「店に来たのか」と質問を返す亮に、雪は首を横に振った。
そして「これを渡そうと‥」と言って、持っていた紙袋の中身を出した。
そこから出てきたのはなんと、マルチタップだった。
亮が一日中考えていたそれが突然、目の前に現れたのだ。
亮は目を丸くしてそれを見ていた。
キョトンとした顔でぼんやりと、紙袋の中身を覗き込む。
雪はそんな亮の前に立って、言葉を続けた。
「マルチタップです。これが必要なんでしょう?家に一つ余ってたんで」
雪は彼に話しかけ続ける。
「カフェ行くんですか? 私も行ったついでに叔父さんに挨拶でもしようと思って‥」
そう言った雪の足は、既に叔父のカフェに向かって歩き始めていた。
亮はぼんやりと彼女の言葉を反芻するが、未だ頭がついていかない。
「え‥何‥?」
確かなものは、握りしめた紙袋の感触だけだった。
その他のことはどこか遠い、夢の中の出来事のようだった。
「?」
雪はそんな彼を不思議に思ったが、深く追及することなく背を向け、
さっさと歩いて行った。
亮は徐々に小さくなっていく彼女の後ろ姿と、手元のマルチタップとに交互に目をやった。
まだ頭の中はぼんやりとし、深くは考えられない‥。
心の中に浮かぶのは、たった一言だった。
先ほどから彼の心を支配していたそれに取り憑かれたように、亮はその言葉をもう一度心の中で呟いた。
亡霊に‥‥惹き寄せられて‥
そのまま亮はフラフラと、彼女の後についていった。
惹かれたのは亡霊か、それとも彼女か‥。
ぼんやりと浮かぶネオンの明かりが亮を誘い、そして彼は歩いて行った。
拒んでも強力な引力で彼を惹く、お化けのような何かに惹かれて‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亡霊>でした。
ぼんやり亮君、いいですね!しっかりした雪にフラフラ着いて行くのも新鮮でいいです^^
雪ちゃん手ぶらってことは、これを渡すためだけに来たのかな~^^
ふふふ‥
次回は<憑依>です。
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