今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

池田屋騒動

2005-06-05 | 歴史
1864(元治元)年 の今日(6月5日)夜、新選組は京都三條小橋の旅館・池田屋に集う尊皇譲夷派の志士たちを襲撃した。
この池田屋事件は、前年8月の政変(公武合体派である孝明天皇以下中川宮を中心とする無血クーデター)で、攘夷急進派の長州及び三条実美ら七人の激派公家も長州へと下って以後、朝廷の主導権は公武合体派が握っていたが、この公武合体派の中心人物中川宮と守護職松平容保らの暗殺計画の為に、長州・土佐・熊本などの志士20余名が結集したとして、三条小橋の旅籠・池田屋を近藤勇指揮の新撰組が襲撃した事件である。壮烈な斬り合いであった。近藤勇が愛刀虎徹(こてつ)に冴えをみせ、天才剣士沖田総司が血を吐きながら奮闘したと伝えられるのもこのときである。この深夜の2時間余りの決闘で志士7人を討ち取り、4人を負傷させ、23人を捕らえたと近藤勇は書き残しているという。世に、池田屋騒動、又池田屋事変といわれている。この幕末期の池田屋騒動で、尊王攘夷派は、長州の吉田稔麿(よしだとしまろ)、肥後の宮部鼎蔵(みやべ ていぞう)ら、有力な志士を失った。この池田屋に集まった人たちは、勤皇の志士ということになってはいるが、京都に放火をして、天皇を奪い去り、幕府方を大量に殺戮しようという、当時のかなりの過激派の集まりだったのである。そういう、連中のところへ、近藤等はたったの4~5名で乗り込んでいるのだから、実際に相当な剣の使い手だったのだろうね。この元治元年のころは、政局は、複雑に揺れ動いていて、公武合体派とあくまで幕府打倒を主張する倒幕派、が対立していたが、この時点では、薩摩、土佐などの公武合体派が優勢で、ひとり、倒幕を主張する長州藩が孤立の状態にあった。その上、この池田屋事件で有力な藩士を失った長州藩は、この池田屋事件の1ヶ月後、同年7月、劣勢となった倒幕勢力の回復を図るため上京し、御所西側の禁門周辺で幕府方の兵との間に激しい戦闘が展開された。この時、新撰組は会津・薩摩両藩とともに長州藩を撃退した。いわゆる禁門の変(蛤御門の変)である。その功によって、新撰組は幕府からは、恩賞を、朝廷からは感謝状を賜っている。新撰組の最も華やかな時期であった。
この池田屋騒動は、後世、明治維新を2~3年遅らせたといわれるほどの大事件であり、今までに数限りなく小説や映画、舞台に採りあげられており、誰一人知らない人はいないだろう。新撰組については、2月27日の「新選組の日」でも取り上げたので見てね。
(画像は、『維新史跡・池田屋騒動之址』碑。中京区)
参考:
新撰組攻略之書
http://shinsen.client.jp/
WEB歴史館
http://www.geocities.jp/str_homepage/index.html



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4 コメント

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勤皇の志士 (とんとん)
2005-06-05 10:06:42
池田屋事件 勤皇の志士の中に

京都に放火を目論んでいた過激な志士が

集まっていたんですね。

難しいことは分かりませんけど

世直しのため理想のために命を捧げた人

ばっかりだと思っていました。 私のように

映画やドラマだけで得た知識はお粗末なものですね。
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今日だったんだ~ (ちゃり)
2005-06-05 22:47:11
何度も色んな所で取り上げられてる事件ですが、実を言うと、血生臭いのが苦手でこの頃の話はよく知らないんです(^^ゞ

ただ(犬も歩けば)で、関係する碑をよく見かけるので、多少興味を持ってきました。この時代の魅力は、数々の物語になってるように「それぞれの人」なんでしょうか♪
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歴史の見方 (よーさん)
2005-06-06 18:45:53
とんとんさん。ブログに書き込みありがとう!

歴史は、それを誰が書いたかで、違ってきますね。

勝てば官軍と言うように、本来なら謀反を起こした側が勝てば官軍、負ければ、賊軍になります。官軍は善、賊軍は悪としてk歴史は書かれます。一体、その歴史は、何時、誰が、どのような目的で書いたかを、読まないと、書いた人のペースにはまります。歴史を読むときは、これが大事でしょうね。

ちゃりさん、書き込みありがとう!女性は血なまぐさいドラマは好みませんよね。ドラマって、百人の人がいれば百通りのドラマがかける。誰を主人公にしても、それなりに面白いドラマになるでしょうね~。

言い換えれば、人間、誰もが主人公なんですよね・・・(^^;)
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沖田総司 (iina)
2005-06-07 13:09:07
天才剣士沖田総司は、江戸に戻って近藤勇が幕府御典医・松本良順に引き継いだようです。

浅草の今戸神社がその地で、総司終焉之地になります。

松本良順を主人公のひとりにした『胡蝶の夢』司馬遼太郎がおすすめです。
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