よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

ハリケーン・カトリーナのアメリカ、東北大震災の日本

2011年06月17日 | ビジネス横丁こぼれ話
組織が順風満帆にいっている時は、少々ボンクラなリーダーでも、なんとか務まる。多少のミスも大目に見られたり、周りがうまくサポートしたり。
しかし、本当の意味でリーダーの真価が問われるのは、問題が発生した時の対応の仕方にある。問題点を把握し、対処法の検討と解決への道筋(方向性)を可及的速やかに策定することに尽きる。あらゆる方策を検討して「この方向で行く」と決断する。結果論として、全てが狙い通りにうまくいくとは限らず、失敗すれば後から非難も起ころうが、それは仕方あるまい。決断はリーダーしか出来ない。又、その決断が無ければ物事は前には進まぬ。震災後の日本を会社に例えれば、社長(総理大臣)に「決断」力が欠如し、右往左往している様である。普通の会社であれば、とっくに大規模負債を抱えて倒産しているところだ。

5年あまり前、ルイジアナに大型ハリケーン・カトリーナが襲い、未曾有の被害をもたらした。多くの人々が家を失った。アメリカとて、全てがうまくいったわけではなく、問題は噴出した。その中で、住居の手当ての顛末は興味深い。
家を失った人達への住居確保として、全米からコンテナーハウスを集めるよう檄が飛び、そして続々と集まった。

一年も過ぎた頃であろうか、集めたコンテナーハウスがたくさん余っている、と言うニュースが報じられるようになった。当然、何故こんな事になったのか、税金の無駄遣いだ等など。住居調達に携わった人達が、何らかの処分をされたかどうかは知らないが、足りないで、イライラ、ギクシャクするより遥かにましである。

かたや、日本。未だに圧倒的な数の仮住居が不足しており、計画は遅々として進まず、その主たる原因は、緊急事態の下で中央行政を迅速に動かさないといけない政治の決断の無さにあるという。会議だけが踊っている、とう話も聞こえてくる。

緊急事態に於いての、この日米の違いは何だろうか。人命と生活の確保を優先し、「拙速を尊んだ」アメリカと、口では生活優先を唱えながら、「拙速」の向こうから、襲ってくるかもしれない轟々たる非難を恐れ、足がすくんでしまった日本のリーダー達。

物事は、「進む」、「留まる」か「退く」の三択である。リーダーたる者、これを決断し、決断の理由を発信しなければならない。これが出来なければ、その地位に居るべからず、である。