そーなんだ ポーランド

?なポーランド。2008年9月、ヴロツワフで日本語を教え始め、ジェシュフ、ジェロナグラへも。そして再びジェシュフへ。

毎週水曜発

2010年03月29日 | ポーランド後・・
今年の夏のポーランドへのチャーター便は、
7月7日の千歳出発に始まり、毎週水曜に日本の各地から出るらしい。

14日が、仙台。21日が名古屋(セントレア)。
そのあとは、3週続けて成田から。
広島の後、最後も成田からの予定。

ポーランド到着はクラクフで、ワルシャワから日本に帰ってくるということだ。
大成功を祈る・・・



サマータイム

2010年03月28日 | ポーランド後・・
確か、今日から?サマータイムに移行のはず。

去年、初めての体験では、どうなるのかな、と思ったが、寝ているうちに変わっているので、ほとんど実感はなかった。

これで、日本との時差は、7時間。

ロシアでは、なんとロシア国内での時差が、9時間も。
日本とポーランドの差より大きいのである。

そんな影響もあるのか、夏時間移行時には、ロシアでは自殺が増えるのだと。
66%も件数が増加する、という統計もあるらしい。

自殺大国である日本が、サマータイム制にならないのは、そのせい・・・?



学生からのメール

2010年03月26日 | ポーランド後・・
ポーランドの学生からメールが届くのは、うれしいものだ。
ただ、日本語表記でやりとりできるのは、1人だけ、というのはちとさびしい。

他は、英語でのメール。
悲しいかな、すらすら返事・・・というわけにはいかない。
ジタバタしながらの返信内容は、ついつい省略気味の<英短文>化傾向に。

やさしい日本語文を、ローマ字表記で打ち込むのも、カンタンそうだが注意が要るのである。実際に日本語を教えてみて、初めて気づいたりすることが、けっこうあるもので・・・

学生たちのメールに、たのしい日本語(らしき文?)が混じってくる日を楽しみにしているのだが・・・

ん?

2010年03月24日 | ポーランド後・・
古事記、日本書紀、万葉集には「ん」を書き表す文字がないんだそうな。

当時、中国から伝わってきていた漢字にも「ン」という字はなかったらしい。
が、奈良時代にも「ん」の音はあったわけで、どう書いたらいいのか「んー」と唸っていた・・・などと、本に書かれていた。

無理をしてでも書かなければいけない時には、「イ」とか「二」というカタカナを記号として使うようになったらしい。

「イ」は、ちょっと無理が・・と思うが、「二」は、近いかも。

漢字の「何」。
「ナン」と読んだり、「ナニ」と読んだりするし・・・

ポーランド語では、「N」の上に点がつくと「二」の音になる。
ポーランドの都市で、「ポズナニ」「グダニスク」というところがある。
日本語読み?ならば、「ポズナン」「グダンスク」となる。

・・・と、話を何とかポーランドへ飛ばす。
「ん?」何か?

携帯ポーランド情報

2010年03月23日 | ポーランド後・・
在ポーランド日本国大使館のページに、「携帯ポーランド情報」を発見。

ポーランドに3日以上滞在する場合、最低500ズロチ、プラス滞在1日につき100ズロチ相当の外貨を所持することが法律上必要・・・とある。
法律上? 知らなかった。
短期の旅行時だけなの? 一年だと・・・?
何もなかったし、気にもしなかったが。

通貨ズロチは、実際は「ズウォチ」と発音・・・とあり、昨年末のレートは、約32円。
2009年10月の、在留邦人は、1299人。
(7月に帰国したが、通知はしていなかったので、まだ連絡メールが届いていたということは、このなかにまだ含まれていたかも)
進出日系企業は、約230社。

大使のあいさつ文の中にも、「知られざる国、ポーランド・・・」とあった。

基礎知識クイズ

2010年03月22日 | ポーランド後・・
「ポーランド情報館」のなかに、<ポーランドの基礎知識クイズ>があったので、トライしてみた。

まずは、初級。
ほいほい、といけたではないか。
なんと、10問全部正解。

調子にノッテ、中級へ・・・
むずかしい。ほとんどわからなかった。

よせばいいのに、上級へ・・・
はああ・・・まったくわからなかった。

ポーランドに行く前だったら、初級もサッパリ、だったにちがいない。

カン違い、トイレ?

2010年03月21日 | ポーランド後・・
雑誌の記事のなかに、「ポーランドの路面電車・・・」とあるのを発見。。。

「なになに?」と、くいついて見ると、
ポーランドではなく、「ポートランド市」だった。
「ト」の有る無しで、大違い。とんでもない・・・
ポーランド、一字トいれで、ポートランド・・・

記事によれば、アメリカでも、路面電車やバス路線の整備が進められいているらしい。
ポーランド生活では、トラムやバスは、助かった。
あれれ?ということも多かったが。
日本にも・・・と、思ったっけ。

三寒四温

2010年03月20日 | ポーランド後・・
明日にかけて、大荒れの天気予報。
せっかく、世間では3連休だというのに。

そういえば、去年のこの時期、ポーランドでは、よく天候が変化してくれた。
急に、雪・あられが激しく降り出したり・・・
それでも、4月には晴天が続いて、一気に初夏感覚になって、びっくり。
ポーランドでの「三寒四温」とは、3月は寒いが4月は温かい、ということか、と思ったりした。
3月下旬に、サマータイムに変わるのは、自然の法則かも。

ブロツワフの気温も、だいぶ上がってきたようだ。
天気予報には、かさマークも並んでいる。

日本もこのところ、雨が多いような気がする。

強制両替?

2010年03月14日 | ポーランド後・・
1986年にポーランドを訪れた人が書いたものを読んだ。
ベルリンの壁崩壊が1989年のことだから、まだ社会主義の時代。
というか、その末期症状のような時代のことだ。

簡単に言ってしまえば、とんでもない旅で、観光どころではなかった、ようだ。
なにをするにも、行列・行列・・・行列に並んで待つだけで一日が終ることも。
食堂でありついた食事は、まずい。すさまじい味だった、とある。
通貨は「強制両替」制。一日に1人必ず15ドルを、ズオチに両替しなければいけなかったらしい。
困ったのは、そのズオチが使い切れずに、二度と別の紙幣に両替もしてもらえないので、あまってしまい紙くず同然になってしまうしかなかった、ことだとある。

新婚旅行で、ポーランドにも立ち寄ったのだが、奥さんに泣かれるし、責められるし、さんざんだったようだ。
が、善良で楽しくて親切な人々には救われた・・・とあって、ホッとする。

行列うんぬん・・・は、何となく今にもその伝統?が受け継がれているような気も。
駅での切符売り場や観光地の入場券など、並ぶのは当たり前だった・・・

別の人の本で、2001年のポーランドが出てきた。
店にも、市場にも食べ物が豊富にあり、料理も楽しめた・・・と、なっていた。

最近では、ポーランドに日本語を教えに行って、帰ってこない人が増えたよう・・・

続・遺書・・・

2010年03月13日 | ポーランド後・・
いつも そばに いるのが 秘書
そっと かいて あるのが 遺書

あついときには 避暑
ついついのぞく 秘所

いつもたよりに している 辞書
いざとなったら たよるは 地所

どさくさに かってください 著書

・・・・・とうぶん、遺書は いらないしょ・・・

遺書を・・・

2010年03月12日 | ポーランド後・・
今年の正月こそ、遺書を書こうと思っていた。(実は、ポーランドに行く前にもそんなことを考えたのだったが・・)
もうすでに、2ヶ月以上が過ぎてしまった。吟味期限切れ?
まだ、差し迫った状況にはない、ということか。
彼方からの招待状も予定表も届いていないし。(まだ欲しくもないが・・)

何も、難しいことを書くわけではない。(難しいことは書けるわけがない、が正しい・・)
財産もなければ、子どももいない。(今のところ、愛人も隠し子もいない・・も正しい)
自費出版本の売れ残り在庫はあるが、借金はない。
贅沢に遊べるほどではないが、生命保険は残してある。
貯金や年金は少ないが、もめる要素も少ないはず・・
もめる?とすれば、世間体?
というか、世間とのズレ方、ハズレ方か。

頼み事は、「燃やして、処分を」だけである。
墓もいらない。
大きなゴミかもしれないが、燃やして後始末をよろしく。

くれぐれも、逝く順番は、狂わせないでほしい。
それは、まったく考えていない。

奥さんは、スゴイ

2010年03月11日 | ポーランド後・・
昨日は、期せずして、二人の方から「奥さん、尊敬しちゃう」「すごい人ですね」と言われた。
「やりたいように、やらせてもらえて・・・」ということのようだ。
別に、初めて聞く話ではない。
これまでにも、何回と、何人もの方から、聞かされている。
<わが奥さんは、ものすご~い>ことになっているのだ。

本当は・・・?
<もう、あきらめている>というか、
<お互い勝手にやっている>というか。
ギリギリのところで維持している、あぶなっかしくも不思議な関係・・・とでも。

勝手なことばかり(と、傍からは見られている)しているわが身としては、家内に何を言われようと耐えるしかない(と言い聞かせている)。
が、それでも、キツイことは多い(当たり前か・・)。

何を言われようと、死ぬまでこうして生きる、つもり。
死ぬまで、生きたい・・・

ポーランドには、関係なかった。


デニム地

2010年03月09日 | ポーランド後・・
NHKの、龍馬の袴は、デニム地だそうだ。

ふと、ふいに、そういえば、(お好みで、一つ選んでから、次へどうぞ)高校生の頃、やたらとデニムの袴が欲しかったのを思い出した。
別に、龍馬にあこがれていたわけではない。
ただ単に、ジーンズ袴に、惹かれたのだった。

40年以上も前のことになる。(ちなみに、名古屋は開府400年・・)
そして今、デニム作務衣があるので、袴までは必要を感じない。というより、着物に困るし・・・

そういえば、ポーランドでは、日本語の授業にデニムの作務衣を着ていったこともあったなあ。

なんの874・・・

2010年03月07日 | ポーランド後・・
874。
なんのはなし?

実は、わがまち常滑に、外国人登録されている人数(昨年12月末)だそうな。
人口に占める割合は、約1.6%で、多いわけではない。
愛知県では、約2.9%だというから。

でも、「けっこういるんだ」という感じがする。

それより、その人たちの出身国の数のほうに驚いた。
36カ国にもなるとは。

南米やアジアが多いのはわかるが、中東やアフリカやヨーロッパなど世界中から来ているではないか。
残念ながら、ポーランドからはいなかった。
中欧・北欧方面からはいないようだ。

国際空港セントレアで働いているポーランド男性をひとり知っているのだが、住んでいるのは常滑ではないし、もう来月(4月)からは成田に移ると言っていたし・・・

誰か、こないかな・・・


ショパン・・・

2010年03月01日 | ポーランド後・・
今日は、ショパンの誕生日、らしい。
2月22日とかの説もあり、はっきりしない、らしい。

今年は、ショパン生誕200年ということで、いくつかポーランド・ツアーの商品も登場。
セントレアにも、ポーランド航空が初めて飛んでくる、らしい。

ポーランドに行ってなければ、ほとんど気にもしなかった話題だが。
ショパンがポーランド人というのも知らなかったし・・・

ポーランド前とポーランド後での変化もあって、おもしろい。
「にほんごや」というのも、その一つ。
ひとりで、本を読んで勉強しているより、あの現場が、いい、なあ~。