そーなんだ ポーランド

?なポーランド。2008年9月、ヴロツワフで日本語を教え始め、ジェシュフ、ジェロナグラへも。そして再びジェシュフへ。

続・いろいろあった・・・

2011年07月17日 | ジェシュフだより
今、日本時間、7月17日の午後4時。
まだ、アタマの中がモヤモヤ・・・
まったくすっきりしていない。
時差や疲れとかのせいだけではない。

前回の「いろいろあった・・・」で、ジェシュフの思い出を総括するつもりだった。
それが、「いろいろある」ことへの予告編につながっていたとは・・・

予定では、15日の朝、日本に着いているはずだった。
が、結局、16日の朝、定刻より少し遅れての到着になってしまった。
まさしく、「いろいろあった」のである。

何よりもまず、ジェシュフ空港感激のフライト編。


空港には、11名の学生が来てくれた。
ここには、10名。1人は後で加わった。
これだけでも、じゅうぶんにうれしかったのだが。

最後に、手作りのアルバムをプレゼントされた。
各写真に、みんなが、文章を書いてくれていた。
読めないところや、意味不明?箇所もあるが、そんなものを越えたメッセージがあふれていた。



出発ゲートを抜けて、ビルを出ると、大きな声が聞こえてきた。
「ヨシさ~ん! ヨシさ~ん!」
飛行機へ向かって歩き出していた足を止めて、振り向くと、フェンスの向こうで学生たちが手を振っていた。
さっきもらったアルバムで、感激モードはすでに最高潮に達していたところへ・・・
もう一気に、限界を超えようとしていた。


飛行機に乗り込んでも、反対側の窓から、彼らの姿がまだよく見えた。
まったく逆側の窓側席に座ったのに、反対側の小さな窓の向こうに、彼らの姿だけがクローズアップされて見えた。
もうダメだった。
こみ上げてくるものが・・・
ウルウル・・・
カンレキ男、感激涙。


これで、すべて順調に帰国していれば、感動ドラマ。
しかし、待っていた現実は、先の読めない波乱のドラマだった・・・

いろいろあった・・・

2011年07月12日 | ジェシュフだより
ジェシュフから、最後のポンポン。

いろんなことが、アタマをよぎる。
いろいろあったなあ・・・

今回は、思い出がアタマの中ではなく、ちとお腹の中に蓄積されたかも・・・
ベルトがきつい。

ジェシュフ空港には、何人かの学生が来てくれると言うことだ。
最後に、感激の思い出が増えそう・・・

これにて、いろいろあったこの部屋でのポンポンはおしまい。


いよいよ明日は・・・

2011年07月11日 | ジェシュフだより
このところ、ポーランド、「ゴロンツォ」(暑いです)。


川沿いのサイクリング・ロードは、去年来たときにはできていなかったが、今は完成。
川沿いの草地では、日光浴をしている若者も。



リネクでは、車の上から、花に水遣り作業。車の上で水をやっているのは、女性だった。

リネクの周囲には、テントがズラリと並んでいる。
一昨日は、初めてそのテント村?の一角で学生たちとビールで乾杯した。
学生たちは、サヨナラ・パーティーとして集まってくれた。
が、火曜日には、空港にも見送りに来てくれるらしい。
何人来てくれるのかわからないが・・・
うれしいのだが、わかれるのがつらくなってしまうかも。


リネクへと続く、ジェシュフの街並み。

ジェシュフの駅。
これが見納めだなあ・・・と思いつつ。

今日は、大学の経済の先生と、最後の食事。
ジェシュフで初めて、タコを食べた。
あの歯ごたえが、妙になつかしく、おいしく感じた。


ほとんど毎日乗り降りした、大学キャンパス前のバス停から、大学方向を見る。あの橋の向こうがキャンパス。

この歩道は、去年の秋にはできていなかったが、今はきれいに整備された。

キャンパス内からバス停を見る。

明日は、いよいよジェシュフにお別れ。
寂しさはずっしりだが、荷物の重さが気になるので、あれこれ選別して捨てていくことに・・・

















ネットが×・・・

2011年07月11日 | ジェシュフだより
まだまだ、何かが・・・
ありました。鍵のことではなかったけれど・・・

昨日の朝から、インターネットが使えなくなったのだ。
こういう遠いところで生活していると、ネットが使えないと影響は大きい。
こんなアナログ男でも、「うわあ~、つながらん!」とあせる。
こういうアナログ男は、「パソコンがダメになったかも」とうろたえる。

昨日の朝は、カミナリも鳴って、強い雨も。
ひょっとしたら、それで何かが・・・などと、メカ・オンチ。

今朝は、8時過ぎにつながってくれた。
また、いつ、×に・・・という可能性?もあるので、今ポンポンしている。

日曜日のリネクの待ち合わせには、学生が10人来てくれた。
そういえば、ジェシュフのリネクのテントの下で、飲み食いするのは初めて。
最初で最後の、リネク・パーティー。

昨日は、学生の家で、ポーランドのコメディー映画を見せてもらった。
言葉がわからなくても、シンプルな笑いにはついていけるところもあるが、複雑に入り組んだストーリーになると、お手上げである。英語のサブタイトルがあっても、早すぎるし、ついていけないせいもあるのだが。

鍵が・・・

2011年07月09日 | ジェシュフだより
最後の洗濯。
順調に・・・とはいかなかったが。

週末は、朝から誰もいないようで、この寮の入口は閉まっていた。
受付の部屋の鍵は預かっているので、洗濯室の鍵を・・・と思ったのだが。
鍵がなかった。「うわあ~なんだ」

どうしたものか?
と、しばらくボーっとしていたら、受け付けのオジサンの顔が。
何とか、鍵をもらえたので、最後の洗濯をすることはできた。
今日は、いい天気なので、乾きも早いはず。
それにしても、最後まで、鍵がカギ・・・

あと3日。まだまだ何かありそう・・・

要らないもの、捨てるものを選別。
まだとても、荷物を詰め込む作業にはいけない。
とりあえず、昼までに、ゴミ袋2つ分。

4時にリネクで、学生たちと待ち合わせているので、これから出かける。



先生の控え室

2011年07月08日 | ジェシュフだより
朝からいい天気。
だったのが、急に3時過ぎから曇りだし・・・

今日も、D-9校舎の先生の控え室に荷物を運んだ。
こちらで買ったプリンターとトースターだ。
まだ使えるので、置いていく事に。
使ってもらえるかは・・・?

去年の9月にジェシュフに来た時には、大学も初めてだったし、何もないところからのスタートだった。
いろいろ思い出しながら、荷物運び。


先生の控え室(4階)から見える風景。
バスの終点、郊外キャンパスらしさが満載。


こちらは、日本語クラスの教室から撮ったもの。
上に写っているのは、窓枠。
左の中央あたりに、馬がいるのだが・・・

5時に学生と食事の約束をしていたので、4時過ぎのバスで出かけた。
バスに乗っている間に、空はますます暗くなり、雨が降り出した。
稲光も次から次へと・・・
食事をしている間に、雨は上がって、気温は下がった。

バス停で、20分以上バスを待った。
なんともいえないこの時間。
合計したら、何時間になったことやら・・・

無事を祈る・・・

2011年07月07日 | ジェシュフだより
昨日のおまけ授業最終回も、悪天候の中、無事終了。
授業の後のガーデン・パーティーは、当然中止。
代わりに、急遽土曜日に集まることになった。

今朝は、日本に送る荷物の箱詰め、包装。
こちらでは、荷物を紙で包装しなければいけない。
予想通り、荷物はかなり重くなった。
包装に手間取る。

12時にプライベート・レッスンの生徒(日本語の生徒だが、実際は経済の先生)と会い、1時間以上話しこんだ。

その後、先生の控え室に荷物を少し運んだ。
次の先生が使ってもいいかと思ってのことだが、よけいなことかも・・・
次の先生が、どの部屋を使うのかもわからないし、寮のどこかで預かってもらえるかもわからないので、先生の控え室に置いていく事にした。大学は休みに入っているし、マリアさんもいないし、あそこならいいか・・・ということに。

4時に学生に車で迎えに来てもらい、郵便局へ。
重さは、「15」を表示していたが、なぜか14キロで伝票に記入。
ポーランド語で、ということなので、学生に書いてもらった。
前回(ヴロツワフ)は、記入だけは自分でした(英語で)覚えがあるが・・・
どうも、郵便局の窓口の人も、アジアへの荷物の扱いは初めてみたいな様子で・・・
もちろん、手伝ってくれた学生も始めての経験で・・・
何だか、手間取る。船便で送ったが、無事に届いてくれることを祈るしかない。
荷物では、去年の秋のイヤな思い出があるので、妙に気になる。

今日は、午後からいい天気に。
そして、一気に暑いくらいに。
昨日までとは、けた違い?の気温差。


誰もいないと言われたが・・・

2011年07月06日 | ジェシュフだより
今日も雨。
こんなことばかり書くとは思っていなかったが。
今日も、気温は低い。

誰もいなくなる、と言われていた寮だが、泊まり客がいるような・・・
寮の受付けは、6時に不在になる、と言われたが、4時にはいなかった。
洗濯機は使えたし、お湯は出るし、電話連絡すれば鍵を開けてもらえるので、問題はないが。
急ぐような時は、気をつけないと・・・

キャンパス内には、人の姿がガクンと減った。
休みだから、当たり前なのだが。

バスのダイヤもまた変わった。
大学の休みに合わせて、変更(増減)しているのだろう。
今月は、バスの1ヶ月券は買っていないので、乗り降りのたびに切符に刻印している。
今までしていなかったので、すぐ忘れそうになったりしている。

明日は、日本に荷物を送ろうと思っている。が、天気がこんなだとつらい・・・

今日は、おまけ授業も最後の最後だ。
昨日は、12名と少なかったが、今日は?

あと1週間

2011年07月05日 | ジェシュフだより
昨日は、学生たちと、カラオケ。
2度目のタクシー帰り、となった。

かなりの雨の中、待ち合わせの駅へ。
日本人らしく、5分ほど前に到着。
学生の姿はなかった。
5分、10分・・・来ない。
どうするか?(電話番号がわからなかった)。
いつまで待とうかなあ?・・・と考え始めた頃、学生がびしょ濡れでやって来た。
ポーランドらしくない?(というか、初めてと言っていいほどの降りっぷり)降り方だというのに。

駅の近くの店へ。
貸切に近い状態の中で、持参のパソコンをセッティングしていた。
日本のカラオケとはかなり違う。
ボタンを押すだけ、の日本の装置でも戸惑うアナログ男には、ついていけない領域になる。

もちろん、曲もまったく歌えるものはない。
それでも、歌わないわけにはいかずに・・・

今日も、朝からよく降る。
どうなってしまったのか?
日本の大雨と比べれば、たいしたことはないのだが。
ポーランドでは、そんなによく降る雨というのに、縁が薄かったので、あれあれ雨雨に、「?」。

洗濯物の乾きも悪い。

来週の今日(火曜日)は、いよいよこの部屋ともお別れ、である。
あと、1週間。

日本人がこんなに・・・

2011年07月04日 | ジェシュフだより
昨日は、日本の「伝統音楽公演」があり、学生に連れて行ってもらった。

ほぼ一日中、あいにくの雨だったが、5時にリネクで待ち合わせ。
何かといえば、待ち合わせは、リネクで、となる。
大きすぎると、探すのに困るが、この程度の広さのリネクは、ちょうどいいのかも。

公演のポスターには、日本のギター・日本のハーブ・日本のフルートなどと出ているだけで、内容はわからないようになっていた。
予想通りというか、三味線・琴・尺八だった。他にオカリナやピアノや太鼓なども。
「春の海」の演奏で始まった公演は、民謡が多かった。
演奏者や歌手は、すべて日本人だった。全部で10人ほど。
こんなに多くの日本人がこのジェシュフに来たのは・・・などと、考えてしまった。

説明などは、すべてポーランド語。みんなと同じように拍手はするが、日本人にはわからなかった。
歌は当然日本語。だが、聞いたことがないような唄や民謡が多く、日本人にもよくわからなかった。

途中で、観客が手拍子を入れる曲もあったが、もう少しそういう工夫があってもいいのに、と思った。
ずっと、聞かされているだけでは・・・
いくら、異国文化とはいえ。

客の入りはどうだったんだろう。
大きな会場だった。半分以上は入っていたと思うが。
日本人のお客さんが1人いた。
日本語クラスの学生にも会った。
連れて行ってくれた学生を含めると、5人になった。
みんな、いつもの授業に出てくる時と着ているものが違った。
が、こちらは、まったくいつもドオリ・・・

図書館に・・・

2011年07月03日 | ジェシュフだより
一昨日、大学の図書館に、自分の本を届けた。

日本語クラスの学生に聞いたら、どんな本でも即受け取ってくれるらしい。
友人が図書館で働いているということで、すんなりと中へ入れてもらえた。
書類を記入したりすることもなく、本を渡して、はい終了だったが、その部屋の責任者らしい人は、この図書館で日本語の説明をしたのを覚えていてくれた。
後は、図書館から、お礼のメールが届くらしい。
が、ポーランド語では・・・???

今のところ、日本語の本は、詩集(日本語と英語)が1冊あるだけのようだ。
わが「英語嫌いが英語の国へ」が、2冊目ということになる。
すべて日本語で書かれているのは、これが初めて、ということで、記念にはなるか。
誰も、読んではくれない?だろうが・・・

いつか、日本語クラスで教えた学生が、借りて読んでくれることを、かすかに期待して・・・

今日は、すんなり・・・

2011年07月02日 | ジェシュフだより
天気予報には、ズラリと雨の印が並んでいる。
といっても、大量の雨は降らない(ようだ)。
去年は、大雨で、洪水被害が広がっていたらしいが・・・

気温も低い。
このところ、サンダルばかり履いていたのだが、久しぶりに靴を履いて出かけた。

出かけるためには、受付に誰もいない(土・日は一日中誰もいないようだ)ので、寮の受付の部屋から隣の寮に電話してこちらの寮の玄関を開けてもらわなければならない。
もう少し、手間取るのでは・・・と思ったが、予想以上にすんなりと開けてもらうことができた。

お湯も出てきたし、無人の寮も、今のところは生活に支障はない。
寂しいくらいに、静かではあるが。

急すぎる・・・

2011年07月01日 | ジェシュフだより
昨日の朝、洗濯機から洗濯物を取り出しに行こうとしたら・・・・・

「いつまで、ここにいるのか?」と、受け付けの人に聞かれた。
そんなことは、もう何度も、本部事務所の担当者に伝えてあるのに・・・

何も伝わっていないのか?・・・と、ガックリしかけたところへ、大技の飛び蹴りが襲ってきた。
「この寮は、誰もいなくなるので、今日中に隣の寮に移ることができないか?」

えぇ?今日中に??? あまりの言葉に、あきれ倒しでノックアウト寸前に・・・
だがここで、倒れている場合ではない。
気を取り直して、「できない」と、きっぱり。

昨日は、3時からプライベートレッスンがあり、5時からは「おまけ授業」。
とてもじゃないが、時間はなかった。
それどころか、「何で、何で、今そんなことを・・・」である。あんびりーば棒。

英語が話せる学生が間に入ってくれて、やりとり開始。
寮長らしい女性(愛想なしで、何ともニガテだったのだが)が出てきて、結局OKを出してくれた。
彼女のところには、間違いなく「12日まで滞在する」という連絡は届いているはずなのである。
「面倒だから、移ってもらえないか」というのが、本音だったような感じもするのだが。

ただ、今日から、この寮には滞在者がいない、というのは事実のようだ。
6時以降は、受付にも人がいなくなるらしい。
隣の寮に電話して、寮の出入り口を開けてもらうしかないと言われている。

お湯は使えると確認したし、洗濯機も使っていいと言われたし、そうじのおばちゃんは来てくれるようだし、多分いいと思うのだが・・・そんなにうまくいかないだろう、と覚悟しておく必要はあるのである。

スロバキア訪問

2011年06月30日 | ジェシュフだより
6月26日。
ジェシュフから南に向かった。
国境まで1時間弱の町「クロスノ」。
日本語クラスの学生に案内をしてもらった。

山に向かい、大きな「4つの岩」に。
城跡や、博物館などにも案内してくれた。

向こうに見えるのは、この地方で始めてのワイン製造に取り組むところらしい。

小さなホテルに宿泊。

6月27日。
朝8時過ぎにホテルを出て、国境に向かった。
バスで、40~50分だった。

スロバキア側から国境を見た写真。右に写っているスロバキアのバスで、プレショフへ向かった。

スロバキア側には、戦車や兵器の展示物があった。



プレショフは、人口はジェシュフの半分弱ほどだが、スロバキアでは3番目に大きな街。
こじんまりとしているが、きれいな街だった。

ユダヤ教のシナゴーグ。

プレショフの大学や高校で、日本語や日本文化を教えている先生に久しぶりの再会。

何よりもうらやましかったのが、この光景。
寮に住んでいるのは同じなのだが、窓からの見晴らしが、天と地下。
1泊15ユーロで泊まらせてもらった部屋からの見晴らし(写真)。

6月28日。あいにくの雨。
スロバキアで、たくさん食べ過ぎて、4キロほど太ったらしい。
が、見た目は、それほどの変化なし(いいのか、悪いのか? ゴメン)。
6月29日。
世界遺産の街「バルデヨフ」を訪ね、その後、ポーランドに向かった。


天気は曇り空だったが、雨には降られなかった。

(この、スロバキア訪問記は、近日中に「あちら」で開始の予定)


まず、ゴミ袋2つ

2011年06月26日 | ジェシュフだより
朝から、一応晴れ間がのぞいている。
が、天気は変化に富み富みの、満ち満ちあれあれになるのかも。
天気予報が、いまだに、よくつかめていない、というか?

こちらで買って冬の間履いていた靴、冬用の上着などを、廃棄処分。
黒いビニールのゴミ袋で2つ(と言っても、1つが日本のゴミ袋の半分弱ほどの大きさ)。
ゴミ集積所まで運んだ。
ゴミ捨てのルールはよくわからない。
寮のゴミ集積所、分別されているとは思えないのだが・・・
間違えてたら、ごめんなさい。

そろそろ、真剣に身の回りのものを整理していく必要が・・・
なんだかんだと、モノが増えている。
どうしても、1箱は荷物を送らないといけないのだが、あとは何とかつめて帰らないと。
情け容赦なく?捨てるモノも・・・

これから、バスで南へ向かう。
明日は、バスを乗り継いで、国境越え。
はたして、無事に行けるやら。
帰れるやら・・・