そーなんだ ポーランド

?なポーランド。2008年9月、ヴロツワフで日本語を教え始め、ジェシュフ、ジェロナグラへも。そして再びジェシュフへ。

オポーレからウッジへ

2008年12月29日 | Weblog
12月25日。クリスマス。

9時前から、ゆっくり朝食。
1時間ほど、いろいろな話を。ポーランド語から英語・日本語通訳を介して、答えは日本語からポーランド語へ。初めてともいえる豪勢な朝食に、感激ビックリ。
お手製のソーセージやズラズィ?(牛肉のロール巻き)をお土産にいただく。
独り者の粗食生活から、しばらくは贅沢食?生活になりそう。こんなにしてもらっていいのだろうか。ビックリしつつ、戸惑いつつ。
オポーレ駅では、雪が舞っていた。
列車は、ベルリン行きだった。国際列車なので料金が高い。
が、どうしても、いったんヴロツワフに戻ってから、服も着替えて荷物も入れ替えないと、ウッジには行けないのだ。
またアジアに(できれば日本に)行きたいと言っていた彼に、いい知らせが届くことを祈りつつ、オポーレに別れを告げる。

さすがに、クリスマス当日だからか、列車は空いていた。
雪化粧のオポーレと違い、ヴロツワフには雪はなかった。
トラムも空いていた(写真のとおり)。
本部に戻り、準備をして、いざウッジへ。
ワルシャワ行きの1等車なのだが、どうもおかしい。
出発が10分以上遅れたのは、よくありそうだが、車掌が「どこまで行きますか?」と聞きに来たのは、何のためだったのか?
なかなか温かくならない、と思っていたら、暖房が効かない。
このことだったのか? それならさっき、英語で説明してくれてもよかったろうに。
他の車両は、ちゃんと暖房が効いていた。1等だけが冷房車だったのだ。
車掌の表情には、詫びる気配はまったく感じられない。
勝手に、車両を変わるしかなかった。ビックリ、びっくりポーランド。
ウッジまでは、約4時間の旅。
(ウッジ滞在記は、「セントレ庵」で)