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『黄昏れの中の中共帝国と日本の夜明け』(仮題)

2015年10月25日 16時21分21秒 | 日記
・円明園と青島ビール

首都北京には、古い建物がいくつもある。例えば、新聞紙上でたびたび取り上げられる「天安門」は、紫禁城(故宮)の正門であるし、紫禁城の始まりは、途中何度か焼失しているものの、元代(1279年~1367年)まで遡ることができる。

北京大学の近くには、「円明園」という清朝の離宮があった。もとは、18世紀に30年以上かけて贅沢に造営された宮殿だった。ベルサイユ宮に似せて造られた建造物もあったようだ。しかし、19世紀の中頃、第二次アヘン戦争の調印で北京に来た英仏両軍に攻め込まれ、略奪され火を掛けられて廃墟になった。

庭園の中には優美な噴水時計があって、左右六体づつ、十二支の銅像が飾られていたはずだが、すっかり無くなって、今は十二本の台座だけが残されている。盗まれた鼠や牛の銅像は、時々、サザビーズだかクリスティーズのオークションに掛けられて、話題になったりしている。

昔、北京を訪れた時に、「円明園」まで足を伸ばした。テーマパークの建設を途中で止めて放置された工事現場のようだった。ベルサイユに似せた所が気に入らなかったのだろうか、皇帝のお膝元で、焼き討ちをするような狼藉が可能であったとすると、清朝の終わり頃の、列強の振る舞いは確かに酷かったようだ。

中国のビールで最も有名なのは青島ビールだが、これは、嘗て山東省青島にドイツの租借地があって、そこでビール作りが行われていた為だ。第一次世界大戦が勃発し、日本は日英同盟によって参戦し、ドイツが負けたので、代わって日本が青島を中心とする膠州湾租借地を手に入れた。もし、日本がもう少し遠慮がちに列強と手を組んでいたら、「青島」と名を冠した日本酒が生まれていたかもしれない、などと言うのは不謹慎だが、それより前には、帝政ロシアが清朝からもぎ取った満州を、それこそ、乃木将軍が子供を亡くし血を流しながら奪い返している。中国の東北三省は北から順に、ロシアと隣接した黒竜江省・その下の吉林省・一番南が遼寧省で、遼東半島の突端に旅順港がある。三国干渉以降、ここにいたのはロシア軍だ。悪いが、清朝は全くの役立たずであった。そもそも、大総統になりたかった袁世凱は、日・英・ドイツ・フランス・ロシアから二千五百万ポンドの借款をして、それをもとに正式に大総統に就任している。各国に思惑があったのだ。

だから、日本の全てが正しかった、と言うつもりは無いが、9月3日の「大閲兵」を見る限り、日本は欧米列強が中国でしでかした悪事を、日本一国で背負わされる事になってしまっている。

さて、紫禁城の正門である「天安門」の上では、1949年10月1日に毛沢東が建国宣言を行った。その前の広場では、89年6月4日に、民主化の要求のために集まった学生達を武力で弾圧し、多数の死者を出した。92年10月には、天皇陛下の車を一目見ようと、多くの人民が集まって歓迎した場所だ。

その同じ場所で、9月3日に「抗日戦争70周年」の記念式典が行われた。この日は、中国人の英雄が出て何かをしたわけではない。70年前に日本がミズーリ号上で、聯合国との間で停戦協定が交わされた日の翌日と言うだけだ。だいたい、45年9月2日に、ミズーリ号の甲板にいたのは、中華民国の徐永昌だ。中共は関係がない。それなのに、毎年、勝った勝ったと祝うらしい。

・閲兵・国慶・南京

昨年から今年にかけて、周永康のみならず、軍部では郭伯雄・徐才厚が失脚した。しかも、天津での爆発ではキノコ雲が湧き起こり、現場には化学薬品の爆発ではあり得ないような巨大な穴が開いた。8月17日には、全国の武器庫の検査が行われたとの噂も立った。株価暴落による自殺者・天津の爆破を契機とした経済の失速等々は、共産党政権に対する不満を通り越して、打倒を叫ぶ人民が出てきても不思議ではない。しかも、軍部も江沢民派も現政権に対して、不満を抱いているのだ。

こうした中、習近平は9月3日に大々的に閲兵式を行った。この他、「南京事件」の祝日も12月13日と決められている。10月1日は国慶節だ。これは、実に良い事を考えついたものだと思う。

抗日戦争を持ち出せば軍部の存在感は高まり、愛国教育を始めた江沢民派の覚えもめでたいだろう。閲兵式を行えば、国民に習近平が軍を掌握している事を印象づける事もできる。講話の中で、習近平は「平和」について述べているが、これは国連事務総長の潘基文を意識した発言である以外に、ひょっとすると国内の反体制派に対して「停戦」を呼びかけ、共産党内・軍内部を纏めたいのかも知れない。

中国の思惑によって行われる大掛かりな閲兵式。それは、天津での大爆発や株式の暴落に似て、地に足が着いておらずデタラメで、それでいて壮大だ。「反日大閲兵」を、より現実的な物にするためには、虚構の世界から現実世界への橋渡しとなるような要人の臨席が必要だが、ヨーロッパの先進国は、脛に傷があるので首脳を送るはずもない。そう考えると、今回、中共にとって最も重要な来賓は潘基文だったはずだ。潘基文の御蔭で、虚構の歴史に現実味が生まれる。それも、とびきり上等の国連のお墨付きだ。それを証明するように、3日19時放送の「CCTV13ー新聞聯播」でも、来賓のトップで報道されている。

・潘基文

「CCTV13ー新聞聯播」の『習近平 国連事務総長潘基文と会見』

2015年09月03日 19:27

男性アナウンサー:
国家主席習近平は、3日、人民大会堂で国連事務総長 潘基文と会見しました。
習近平は、潘基文が来華し、中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利70周年記念活動に出席した事を歓迎し、中国が今回記念活動を行ったのは、中国人民の平和を守る決心を、公表する必要があったからだ、と強調しました。私は午前中に、中国は軍30万を人員削減をすると宣言したが、つまり、中国が平和を守る承諾をしたという重要で具体的な表示だ、と。

習近平は、国連が世界反ファシズム戦争の硝煙の中から誕生したのは、第二次世界大戦の勝利の最も重要な成果の一つだ。中国は当時、一番目に《聯合国憲章》に署名をした国家だ。(※中華人民共和国が国連に認められるのは、1971年からです)安保理会の常任理事国として、中国は国連と共に歩む事を願い、国連の70歳を記念する誕生日を契機として、第二次大戦の勝利の成果から、《国連憲章》を基礎とする国際秩序に及ぶまでを守り、多国間主義を堅持し、国連の役割を強加し、バランスよく国連の平和と発展という二大領域での仕事を推し進め、特に平和行動の能力を増強し、2015年以降の発展の議事日程を着実な物としたい、と指摘しました。中国側は、国連が気候変動の領域で、重要な役割を発揮する事を支持しました。

習近平は、中華民族は“和”の理念を重視しており、和平・和諧・和して同ぜずと主張している。国連193の会員国は、互いに尊重し、団結し和睦し、同じ船に乗って互いに助け合い、手を携えて努力し、互助互恵を中心とする新型の国際関係を構築する事を強調しました。

潘基文は、本日午前に挙行された、中国人民抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利70周年記念大会は、精彩を放って素晴らしく、中国人民は、反ファシズム戦争中に巨大な犠牲を払い、重大な貢献をされました。今回の活動は、充分に中国人民の平和を守る願いを、余すところ無く示しました。中国は多年にわたり、積極的に国際平和と事業発展に取り組み、特に国連の平和維持活動・局地的問題を解決・発展途上国への協力を通して共同発展を促進するために、重要な貢献を果たしました。国連は持続可能な開発・気候変動への取り組み等、更に広い領域において中国との協力強化に期待している、と述べました。

会見には、王滬寧(おうこねい)・楊潔篪(ようけつち)等が参加しました。」(「CCTV13ー新聞聯播」『習近平 国連事務総長潘基文と会見(习近平会见联合国秘书长潘基文)』2015年09月03日 19:27 )

日本の媒体は30万人の人員削減を好意的に報じたが、これまでにも解放軍の人員削減は何度か行われている。それは、経済が悪ければ削減するのは当然で、景気が良くなれば、知らないうちに増えていたりする。人員の削減は、平和への貢献というよりも、寧ろ台所事情の悪化を物語っているのではないかと思う。

潘基文が国連事務総長の職務に忠実であるならば、南シナ海の埋め立てや、尖閣への挑発、否、チベットやウイグルでの人権問題・弁護士の身柄の拘束等を抗議すべきだし、そもそも、独裁国の「閲兵式」に参加すべきではない。潘基文の振る舞いに対して、日本政府のみならず、文句が出るのは当然だが、潘基文事務総長は、9月4日にCCTVの取材を受けて、次の様に反論している。

以下は、※「CCTV13」の『「東方時空」潘基文は中央電視台記者 水均益の単独取材に応じた』から。

※「CCTV13」は報道チャンネル、「東方時空」は毎晩20:00~20時55分に流しているニュース番組だ。9月4日の放送内容は、前日の「抗日大閲兵」の様子を報じた物で、最初の30分は戦車や戦闘機等の装備の説明、30分を過ぎたあたりからは100歳・88歳の老兵の体験談、40分頃から潘基文のインタビューとなる。潘基文の話しの中に、老兵の貢献を称える部分が出てくるが、これは完全に番組の主旨に合わせた物だ。番組のなかで潘基文は英語を話し、それに字幕がつけられているが、ここでは、中国語の字幕部分の訳となる。

2015年09月04日

男性司会者:
聯合国秘書長(国連事務総長)潘基文は、4日、弊社記者水均益の単独取材に応じ、潘基文は、中国抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利70周年記念活動を口を極めて褒め称え、同時に記者に対して、今回の閲兵活動に参加した率直な感想を述べました。

男性アナウンサー:
4日早朝 潘基文は弊社記者水均益の単独取材に応じました。既に三度の面会で友人となった潘基文と水均益は、先ず中国語で会話を始めました。

水均益:潘基文事務総長先生 貴方が中国を訪問されることを歓迎します。

潘基文:中国に戻れて大変に嬉しいです。

男性アナウンサー:
そして、今回の閲兵活動で最も深く印象に残ったのは何ですか、と尋ねられた時、潘基文は、老兵に敬意を表した部分が非常に感動的だったと述べました。

潘基文:
昨日、私が最も深い印象を受けたのは、多くの老兵です、彼等は車に座り、戦友と共に勲章をつけ、観閲活動の証人に立った、彼等は次第に年を重ねてゆくとはいえ、しかし、彼等の精神は依然として強大であり、彼等の貢献と支払われた犠牲は、永遠に忘れ去られる事はないでしょう。

男性アナウンサー:
事実上、潘基文が九三閲兵に出席する時、日本政府は国連本部に意見書を提出し、潘基文の出席はぞんざいな決定であると考えており、並びに潘基文事務総長は政治上、中立を保持するよう要求しましたが、これに対して潘基文事務総長は、中国の第二次大戦中の貢献と犠牲は、世界から認可され感激されなければならない、と重ねて言明した事を認めました。

潘基文:
確かに国連のメンバー国にも似たような声があります、私も公の場面で、歴史の経験を汲み取る事は非常に重要で、もし歴史を正視しなけれければ、正確な方向に向かって前進する事はできません、と明確に伝えています。ですから、歴史を正視し、更に好い未来を期待する事が、私が今回中国に来た最も重要な目的です。それから、一部の人は誤って国連事務総長は全てに中立だと考えていますが、実際には決していわゆる“中立”ではなく、公平公正なのです。

男性アナウンサー:
取材の最後に、潘基文は再び、中国が今回の閲兵を行った記念の意義の重大さ、影響の深遠さについて語りました。

潘基文:私と習近平主席、及び他の指導者が一緒に座って閲兵を眺めている時、私はこの盛典に深く感動しました。これはとてもよく中国人民と政府を反映しています、未来に発展する潜在的な力から、世界の平和に対してなすべき承諾に及ぶまで、第二次大戦の終結を記念する事は非常に重要で、私も十分に、中国人民の第二次大戦中の犠牲と貢献を認めています。」(「CCTV13」『「東方時空」潘基文は中央電視台記者 水均益の単独取材に応じた([东方时空]潘基文接受中央台记者水均益专访)』2015年09月04日)

「歴史を正視しなけれければ、正確な方向に向かって前進する事はできません」というのは正論だが、この「反日大閲兵」が、不動産バブル・株バブルの崩壊、各地で起きる不可解な爆発やデモに対する打開策も生みだされぬまま、それらの問題を覆い隠すように行われた事を、どう思っているのだろう。中国国内の問題ばかりではない。東シナ海や南シナ海を始めとする、国境地帯での横暴な振る舞い。それらを、戦勝国気取りで、歴史を歪め、正当化する口実に使われている事について、潘基文はどう思っているのだろうと思う。

芝居がかった大嘘は、瓦解の危険を孕む国内の乱れを示しているが、一方で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)記憶遺産に中国が申請した「南京事件」が登録された。これは明らかに、今年12月13日の記念日を意識しての事だ。

日本は、20年前の村山訪中から既に、自国の歴史と自尊心を差し出す事で、中共を支え続けている。中共に脅かされる人々の目には、片棒を担いでいると映るかも知れない。しかも、その事が却って中国を苦しめ、各国との間に新たな紛争を起こしているのだ。だから、先ずはユネスコという場において、中国の仕掛けた歴史問題に打ち勝ち、日本の姿勢を世界に知らしめるべきであると思うし、そこから真の再生が始まるのだと思う。(終)