水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

ふっきれたから

2021年03月04日 | 日々のあれこれ
 先日、朝のナックファイブで、アロハ太朗さんが高校入試について話していた。
 一番の小説問題は、一色さゆり『ピカソになれない私たち』からの出題。
 美大に通う学生が、自分の絵について悩む場面だった。漫画家の太朗さんは、身につまされるものがあったという。
 そうだろうなあ。こういう分野で生きていこうとする人で、本当に食っていけるのか、そもそも自分に才能があるのかと思い悩んだ経験は、けっこうな人が抱くのではないだろうか。
 太朗さんは言う
 最後の問題は、自分が正解を言いますね。
 そんな何十字も書かせなくていいよ、正解はね「ふっきれたから」、これでいいんですよと。
 たしかに、先日問題を見たとき、そんな印象があった。ちゃんと読み直してみた。


~ 望音さ、と太郎は天を仰いだ。
「へこんでる場合じゃないよ。目の前に広がってる可能性に比べたら、どれもちっぽけなことじじゃん。望音が本当にいいと思う絵を描いていれば、望音が望音じゃなくなるわけないよ。だって望音には、才能があるもん。」
 太郎は自分の言葉に納得したようにつづける。
「うん、才能だよ。運や努力も関係するんだろうけど、生まれつき途方もない才能があるやつって世の中にはごく稀にいると思うんだ。そういうやつは放っておいても、回り道しても、いつか絶対に花ひらく。まわりには想像もつかなかったような、大輪の花を咲かせるんだよ。」
 才能という、実体のない言葉が望音にはずっと苦手だった。
 母をはじめ周囲の口から出るたび、ぴんと来なくて信じられなかった。
 自分に才能があるのかどうかは分からない。でもこうして誰かに才能があると信じてもらうことが、こんなにも勇気になるのだと望音ははじめて知った。太郎の言葉が、強力なおまじないのように望音に勇気を与える。その勇気が指先に伝わり、絵を描きたいという気持ちが広がっていく。
「俺さ、望音が咲かせるその花を、いつか見られるのを今から楽しみにしてるんだ。だってその花は本人への贈り物なだけじゃなくて、結果的にはまわりへの贈り物でもあって、他の大勢の人の心に必ず残るものだから。」
 太郎は絵画棟を見上げながら言った。
「〈 ④太郎さん、ありがと。 〉」
 太郎と別れたあとアトリエに戻りながら、望音は不思議と痛みと耳鳴りが消えたような気がした。

問4 ④「太郎さん、ありがと。」とありますが、このとき望音が太郎に感謝をしている理由を、次のようにまとめました。空欄にあてはまる内容を、卒業制作、未知の二つの言葉を使って、四十字以上、五十字以内で書きなさい。ただし、二つの言葉を使う順序は問いません。(7点)

 太郎が、自分の才能を信じてくれて勇気が出たということだけでなく、〈     〉と思わせてくれたから。 ~


 選択肢の問題でも、選択肢を読む前に自分で答えを作ってみる作業が大事なので、まずは解答の条件を無視して考えてみる。
 太郎は言う。


~ 「へこんでる場合じゃないよ。目の前に広がってる可能性に比べたら、どれもちっぽけなことじじゃん。望音が本当にいいと思う絵を描いていれば、望音が望音じゃなくなるわけないよ。だって望音には、才能があるもん。」 ~


 出題された部分以外にも、望音の悩みはいろいろ書かれているのだろう。
 一番大事なのは、望音自身の回想部分にあることは間違いない。


~ 望音はロンドンの喧騒を行き先も決めずに彷徨った。明るい未来がこの街に広がっているはずなのに、頭のなかを不安が塗りつぶす。離島出身で美術のことも日本のこともなにも知らなくて、東京でだって精一杯なのに、さまざまな人種や言語の行き交う、当たり前に自己主張を求められる大都会で、本当に自分はやっていけるのか。 ~


 ほんとに自分は留学できるのか。どんな絵を描きたいのか、自分の将来をどうしたいのか。
 ただ絵が描きたいだけと思ったり、口に出したりするのは、もしかしたら逃げかもしれない。
 そんな悩みが、今の自分を束縛し、絵を描き始めたころの感覚を失わせている。
 そんな望音を太郎は一喝する。
 おまえ、ふざけんなよと。
 ニュアンスとしては、「ロイアカに誘われて悩むなんてばかじゃねーのか?」という思いだろう。
 そして太郎は続ける。


~ 「うん、才能だよ。運や努力も関係するんだろうけど、生まれつき途方もない才能があるやつって世の中にはごく稀にいると思うんだ。そういうやつは放っておいても、回り道しても、いつか絶対に花ひらく。まわりには想像もつかなかったような、大輪の花を咲かせるんだよ。」 ~


 望音は才能という言葉が苦手だった。「あなたは才能がある」とずっと言われて育ってきたのだろう。
 母親や田舎の人に言われてぴんとこなかった言葉だが、太郎に言われて心がわきたってくる。
 ここには書いてないけど、太郎への友情以上の思いが加わっているのではないだろうか。


~ 自分に才能があるのかどうかは分からない。でもこうして誰かに才能があると信じてもらうことが、こんなにも勇気になるのだと望音ははじめて知った。太郎の言葉が、強力なおまじないのように望音に勇気を与える。その勇気が指先に伝わり、絵を描きたいという気持ちが広がっていく。
「俺さ、望音が咲かせるその花を、いつか見られるのを今から楽しみにしてるんだ。だってその花は本人への贈り物なだけじゃなくて、結果的にはまわりへの贈り物でもあって、他の大勢の人の心に必ず残るものだから。」
 太郎は絵画棟を見上げながら言った。
「〈 ④太郎さん、ありがと。 〉」
 太郎と別れたあとアトリエに戻りながら、望音は不思議と痛みと耳鳴りが消えたような気がした。 ~


「太郎さん、ありがと。」の心情は、どう書けばいいだろう。

 自分が絵を続けることの意味に思い悩んでいたが、
 才能を自分のためだけでなく他人のためにも発揮すべきだと勇気づけてくれる太郎の言葉を聞き、
 いろんな迷いが消え、絵を描きたい気持ちがあふれてきた状態。

 これで百字くらい。
 うん、アロハ太朗さんの答えと同じだ。
 埼玉県の正解例をみてみた。


~ 太郎が、自分の才能を信じてくれて勇気が出たということだけでなく、
  〈 自分の卒業制作のプランは自己模倣でしかなく、もっと広くて未知の世界に足を踏み入れる必要がある 〉
  と思わせてくれたから。 ~


 そっか、卒業制作とか入れないといけなかった。
 でも、それが一番なの? センターの選択肢でこういうのがあると、「セマい」とか「ズレてる」扱いされそうだけど。
 ちょっと出題者と意見がずれてしまった。だから私立高校で働いてるのか。
 この試験で思うように点がとれなくて本校にくることになった新入生の方がいるなら、がっつり指導させていただきたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする