ビクトリア湖は世界で3番目に大きい湖です。
なぜか太陽黒点の数とその水位が連動しているそうで、太陽黒点が増えると水位が上がる、ちょっと不思議な湖です。
二十代半ばの3年間、この湖に面したキスムという町で暮らしました。
同じ頃にこの町の水産局に勤めていた友人(日本人)がおり、時々、彼が操るモーターボートで湖に漕ぎ出し、ノンビリした時間を過ごしたものです。
普段は陸で生活している者が水上に出ると、すごく新鮮な気分になります。特に海とは違って波がない湖では、水面が穏やかで広々としていて、開放感があるんです。
しばらく走って船外機を止め、湖面を渡る風の中でタバコを吸いました。当然のことながら水の匂いが濃厚で、そのせいかタバコの煙もどこか湿っぽく、実はあまりうまくない。
煙越しに湖上から見るキスム。毎日生活している賑やかな街がどこか小さく見えて奇妙な光景でした。
ふと見ると、近くの岸に家族で憩うカバがいることに気がつきました。
お、カバだ。やーい、バカー!
そんなこと言わなくてもいいのに、湖上の開放感からか、ついつい飛ばすオヤジ・ギャグ。
親カバがその太い首を曲げてこちらを向きました。
聞こえたとしてもまさか通じたとも思えませんが、しかしその表情はあまり穏やかとは言えないものでした。もっとも、カバが笑うのは見たことがありませんけど。
しばしこちらを注目していたカバのデカイ顔がザンブと水中に沈みました。
「カバが潜るのは移動のためなんだぜ」
水産局の友人の説明を聞いて、ちょっと緊張しました。
意外にもカバはあまり長い時間浮いていられず、ヒトが泳ぐように水面近くを移動することはないんだそうです。一旦潜って湖底まで行き、底を蹴って前進するとともに浮上。水面に出たら呼吸をしながら目標を再確認してまた潜水→湖底をキック→前進および浮上。というサイクルを繰り返すことで、つまり湖底と水面をジグザグに往復しながら移動するんですって。
だからカバが潜ったら、その次はどこに浮き上がるか、注目しておく必要があるんだそうです。浮上地点を確認してカバの目的地を推測しておかないと、いきなりボートをひっくり返される羽目になるかも知れない。ずんぐりした体型からユーモラスな印象が強いカバですが、やはり猛獣であり、襲われたらただではすまない。子連れカバは特に凶暴であるらしい。
そんなことを話しているうちに、モコっと水面が盛り上がるように、カバが顔を出しました。確実にボートに近づいています。
おー、こっち向かってるよー!
一瞬こちらを見たカバはすぐに潜水。我々への接近行動をしつこく続行するようです。私にバカと言われて怒ったのでしょうか?
んもー、本気にすんなよー。そんなだからバカって言われちゃうんだよ。
カバに目標にされている、と知って少々緊張が増しましたが、我々はまだまだ余裕でありました。ボートには文明の利器・エンジンが付いているんですから。いざとなりゃスターターのヒモ引っ張ってエンジンを始動。スクリュー回して、あらよっ、と逃げることができます。
突然ガバッと浮上したカバはちょっとビックリするくらい接近していました。
やべっ。そろそろ逃げようぜ。
友人がエンジンのスターターを勢いよく引きました。
・・・・始動しません。
おい、ふざけんなよ、こんな時に。
こういうジョークをするオトコではないと知りつつ、少々引きつった笑顔でかけた言葉に、やはり友人は全く反応せず、黙々とスターターを引いています。しかしエンジンは始動せず、バルルルル・・・・。と、軽やかにかわいい音を立てるのみ。
マジかよー、何でこんな時にエンジンが壊れるんだよー!
いざとなったらボートを囮(おとり)にして、その隙に岸まで泳いで逃げようと考えた私は、友人と船外機を残してズリズリと舳先に後ずさりしました。昔から逃げ足だけは速いのです。
幸いにもカバがボートに到達する直前にエンジンが始動して逃げ切ることが出来たのですが、この日以来、決してカバを馬鹿にすまいと固く決心した私です。
舳先から友人を撮ったフィルムを後日現像したところ、必死にスターターを引く彼とタイミング良く湖面に浮上したカバの笑顔が写っておりました。(下の画像は無関係です)
せめて
親カバが小カバをカバっている。とか
カバのカバ焼きはうまいよー
カバはカバいいなー(可愛いなー)
カバはちカバ(近場)にいる
カバは酒場にいる
カバの墓場だ
カバはわカバ(若葉)がすき
くらいのギャグだったら怒って近づいてくる
ことはなかったと思います。
私も以前アンボセリ国立公園でチーターに
チーターが穴に落っこチータ
といったら、のっていたジープに飛びかかられたことがあります。
気をつけてください。
んもー、降参。