ニコアダラ郡エララネは、昔ポルトガルが灌漑事業を行っていたおかげで地面がうまく均されており、広々とした眺めが良いところです。なぜか訪れる時にはたいてい気持ちの良い風が吹いていて、それも地面が平らなせいかもしれません。
先日、エララネを訪問した際、不幸にも水田用のブーツを忘れて来たことに気づきました。
エララネは今年初めのサイクロン時に水位が上がった付近の河川から水が流れ込み、多くの畑が水没しました。だいぶ水は退きましたが、それでもそこかしこに滞水が残っています。
忘れちゃったらしょうがない。私の職業は濡れるのを嫌がっていたら仕事になりません。覚悟を決めて、それでも一応チノパンの裾だけは膝下までまくり上げ、ワークブーツを水に浸してズボズボと稲の圃場まで歩きます。
エララネの特色はもう一つ、やたらとアリが多いこと。なんという種類なのか赤っぽい色をしたアリで、塊のような群れを作ることはないのですが、生息している個体の密度がすごく高い。で、奴らが盛んに集(たか)るんです。
滞水している箇所にはもちろん蟻はいませんが、上陸したとたんに一斉にちまちまとヒトの足を駆け上って来ます。
うわぁ、すごい歓迎ぶりだなー。
働きアリはなんてことない。身体を這いまわるので不愉快だけど、ムズムズするだけ。
大きな身体とアゴを持つ兵隊アリに噛まれると痛いんです。しかもきっとフェロモンなどで連絡し合っているんでしょうね、身体のあちこちにたかる兵隊アリがほぼ同時に攻撃してくるので、ちょっとびっくりします。予想外の場所を攻撃される場合もあり、そんな時は小規模なパニックを経験することになります。
パニックを予防するべく、足を登り来るアリたちを振るい落とそうとダンッ!と勢いをつけて足踏みをしていたら、一緒にいた農家のイザベラさんに注意されました。
「そんなに大きな足音を立てたら振動で他のアリまで呼び寄せちゃうわよ。静かにしていたほうがいいわ」
ふーん、そういうものかー。じゃ、仰せの通り、静かにしてます。
………。
いや、静かにしてても来るよー! 俺の足、たかったアリでかなり黒くなっちゃってるよー!
すかさず手で払おうとしたら、
「叩いちゃダメ! 叩くと噛まれるわよ!」
そういえば、アリやハチってつぶすと体内から攻撃フェロモンが飛び散って他の個体から集中攻撃を受けるって聞いたことがあるなー。
じゃ、さらに我慢して動かずに……。
全然ダメ。効果なし。
何度か強めの足踏みをしたせいで、すでに周囲のアリの注目を集めてしまったようです。数十センチしか離れていないのに、イザベラさんには全くアリは来ず、反対に私の身体の上を這いまわるアリの数はどんどん増え、うわー、コレどうなっちゃうんだろう? 映画「黒い絨毯」に出てきた白骨死体が脳裏をよぎり、感じ始めた「不安」が濃厚になって「恐怖」となり、さらにパニックの領域に達し、我慢できなくなった私はダメダーッ! などと叫びつつ、飛び込むように滞水部分に戻ってポロシャツを脱ぎチノパンも膝まで下ろして身体中をはたいてアリを落とし、急に半裸パンイチになった日本人を見たイザベラさんはけしからんことにケラケラといつまでも笑っているのでした。
地平線まで見渡せるエララネの稲圃場