最近、ときどき名前を見る写真家だったため気になっていたところ、NHKの日曜美術館(2020年2月9日)で紹介されているのを見ていっきに好きになった写真家である。その写真家の名はソール・ライター(1923-2013)、もう故人である。ニューヨークを拠点に撮り続け、初期には商業写真で有名になり、その後その芸術性への世間の無理解のために表舞台から長い間退いていたが、晩年になって再評価されるようになった写真家である。
本書は、Bunkamura ザ・ミュージアムでの「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」(2020年1月9日~3月8日、新型コロナのため2月28日以降中止)などの展覧会に関連して刊行された写真集である。
普通は写真に撮らないような被写体、画像が多い。街の建物のガラス窓越しに見える向う側の景色、ガラス窓に反射して見える景色、ガラス面の水滴や落書き、雪や雨のため景色がモノクロ調になっているところに現れた鮮やかな色彩、陰から覗き見しているような画像、などといった普段私たちの視界に飛び込んでくる画像だけれど、わざわざ写真にはしないような被写体を選んで、狙って、撮ったような写真である。それがとても印象的で、見て楽しいし、その現場や時代の雰囲気が私たちの感覚・感情にダイレクトに入ってくるのである。
この写真集は312ページにわたって、たっぷりの写真と少しの解説文、そしてライター自身の言葉がちりばめられている。いくつかライターの言葉を引用したい。
あらかじめ計画して何かを撮ろうとした覚えはない。
人々が深刻に受け止めてることを見てみると、大半はそんなに深刻に受け止めるに値しない。重要だと思われていることもたいていはそこまで重要じゃない。大半の心配事は心配に値しないものだ。
本があるのは楽しかった。絵を見るのも楽しかった。誰かが一緒にいるのも楽しかった、互いに大切に思える誰かが。そういうことのほうが私には成功より大事だった。
芸術は果てしない再評価の連続だ。誰かがもてはやされ、やがて忘れられる。そして、再びよみがえり、また忘れ去られる。それが、延々とつづくのだ。
こうした言葉からは、成功には興味を持たずに飄々と生きてきたように見える。しかし、モデルだった妻のソームズ・バントリ―が2002年に世を去った後、2006年になって彼の写真集「Early Color」が出版されて再評価されるようになったのだが、その成功を彼女と分かち合えなかったことを、事あるごとに嘆いていたという。