18年にもなりますか

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他の人と違うということ(1)

2004-10-08 03:16:52 | 
自分や自分の周囲の人たちと異なる考えや行動をとる人のことは、一般に受け入れがたい傾向が人にはどうしてもある。それはある種の社会性の維持から来る必然的な行動なのだが、しかしだからといって常に周囲の人と同じ様な考え方や、同じような行動様式をとっていればいいのかと言えばそうではない。

こんな例がある。社会人ラグビーで新日鉄釜石に並ぶ全国大会8連覇を成し遂げた神戸製鋼。その記念すべき一年目。その前年までキャプテンを勤めた林から平尾がキャプテンを引き継いだ年だ。それまで優秀な選手が集まりながらいつもあと一歩のところで日本一を逃していた神戸製鋼。そのなかで平尾は、なぜ自分たちが日本一になれないかを考えた。その詳細は彼の著書”勝者のシステム”に預けるとして、要するに他のチームと同じようなプレースタイルではだめだという結論に達して、自分のチームの力や技能にあわせて、かつ勝てる為の独自のやり方、まだ他のチームのだれもが考えもしなかったゲームスタイルを考えたことだ。

それまでラグビーといえば、躯の大きなフォワードの選手がスクラムを組んで、相手陣内にできるだけボールを押し込み、ぎりぎりまで来たところでやっと駿足揃いのバックスの選手にボールを渡すというスタイルが殆どだった。また、ボールを相手陣内に大きくゲインする手段としてキックがあるが、それも多用するのが一般的だった。つまり、大型フォワードとキッカーによる、ゆっくりとしたラグビーが主体だった。そうするとどうしても相手チームに"読む"為の時間を与えてしまい、結果として防御力の拮抗した試合になり当時の神戸製鋼にとっては苦しい展開にならざるを得なかった。

神戸製鋼もそれまで、そんな"ラグビーというゲームの当然のセオリー"に基づいたスタイルを当たり前のようにとったチームだった。平尾は、自分たちのチームのフォワードは他のチームに比べて体格や体重の面で優位か?あるいは精度の高いキックができるキッカーはいるのかを冷静に考えた。その結果はNOだ。その代わりに自分自身を筆頭にバックスは駿足ぞろいだ。そこで、いままでのゲームスタイルではない"ボールを速くどんどん回すラグビー"を考え出した。これは平尾自身がバックスプレーヤーだったということもあるが、それまでの"常識"とされていたラグビーのゲームスタイルからは大きく異なるものだった。
それで迎えたシーズンだが、最初はなかなかうまくはいかなかった。しかし最終的な結果は、皆が知るとおり、平尾自身がキャプテンだった3年間、大西キャプテンの3年間、細川キャプテンだった2年間の合計8年間も日本一を続けることになった。

アメリカメジャーリーグで活躍するイチローもそのスウィングがあまりにも異質であったが当時、イチローが所属していたオリックスブルーウェーブの仰木彬監督はそのスウィングを矯正しなかった。言い古されている感もあるが、野茂投手は当時近鉄バファローズに所属していたが、その時も仰木彬監督で、野茂投手のトルネード投法を矯正しなかった。両名ともメジャーでは相変わらず"話題の選手"である。 ただ単に日本から来て活躍しているだけではない評価と注目がなされている。

この例にあるように"異質"であることの重要性とそれを受け入れることができることの重要性とその成果は、”ただなんの疑問もなく守り続けているだけ”よりもはるかに意味をもつのである。

だからといって単に人と違うだけでは何の価値も生まれない。人と違うからこそ光る"独自性"のためには基礎がやはり大切で、その基礎作りのための勤勉さとひたむきさが欠かせない。実績が伴ってこそ、異質が評価されるということ。実績のためになすべきことをしっかり押さえて、自身のもつ異質さ、他人と違う、光るところをしっかり伸ばさなければならない。
基礎のない異質は、単に”下手”としか評されない。”下手”でも売り物になるのはマスコミや視聴者、観客の単なる気まぐれでしかないことをしっかり認識しておかなければならない。


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