18年にもなりますか

感じた事、出来事、いろんなこと書き綴ってます。

進路

2008-08-28 01:43:09 | 
 学生の立場ならば「進路」、社会人ならば「キャリア」とでもいえばいいのだろうか。

 「進路」も「キャリア」も実は「人生」のこと。

 今の時代でも、昔でも、未来は見えないし、何が起こるのかなんて分らないもの。天下太平の江戸年間を除けば、人の人生分の期間、約50~60年間に、何も大事が無かった時代などない。

 明治維新、大政奉還があり、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争、オイルショック、世界恐慌、バブル崩壊。

 世界そのものが大きく変化してしまい、人間の幸福をどのように追求すればいいのかなんて分らなくなる。

 

 どんなに一生懸命に頑張っても、達成できない夢や希望があるから、頑張らないのでは人として産まれてきた意味がない。人は生き物だからいずれは死んでしまう。だからといって「どうせ死ぬんだから」といって無駄な毎日を過ごすのはあまりに勿体ないのと同じ。


 どうせ人の一生のうちでどこかで大変な出来事が待っているものだ。といって何も努力せずにその波に飲み込まれてしまうのも勿体ない話だろう。


 せっかく学校で学んだんだからその知恵をふんだんに使って、また学校でできた友人と一緒に知恵をしぼって、生きているという実感の為に突き進んでみるほうが、何だかわからいうちにやってきた勉強が意味のあるものになる。



 だから、自分自身をしっかり見て、まさに「生き」よう。



 若い人達に伝えたいのは、若いうちに「情熱だけで」前進すべきだということ。なんでもできるよりも、1つのことに情熱を傾けてそれを追求することをお勧めする。1つのことに長けていれば、それはその人の特徴となり、それを中心に輪が広がって行く。


 平均的にいろんなことができて、平和に生きていくことももちろん構わない。しかしながら人には「情熱」が宿っているもの。その情熱に向かって行くためには時には時間も必要だし若さも必要。それに早い内に気づいてそれに向かって進むほうが後悔はない。

 
 後悔は何もせずに時を過ごしてしまうこと。


 改めて自分に何が出来るのかを考えて、いや、何がしたいのか、誰によろこんでもらいたいのかを考えて、情熱を傾けるものを早く見つけていくことが大切だ。


 人生80年時代なのだからこそ、早い内に中心になるものを見つけて徹底的に情熱を傾ける、時間がかかろうが、叶わないかもしれないが、進む。


 まさにそれが「進路」だ。



 進路とは成功が約束されていない自分の人生の選択。一時的に成功するかもしれないが、ずっと成功しつづけるかどうかなんて分らない。


 進路を決められないのは、進んでいないということ。それは時間の浪費。


 進路を決める前に、自分には無理だというのも、進んでないということ、それも時間の浪費。


 進路はまず決める。情熱が向く方に決める。その情熱が強ければ強いほど、そこに向けて進む為には何が必要かをしっかり見据えるから、やることが見える。その進路を選択して、成功するかどうかなんて誰にも分らない。つい少しでも成功する確率が高い方を選択したくなるが、そんなのは無視。どれを選んでも成功の確率も失敗の確率も同じ。確率を変えてくれるのは自分がどこまで情熱を注げるかということにかかっている。

 情熱を傾けても、傾けても、叶わない時には、心が挫けそうになる。世界が真っ暗のように思える。でも、それでも前に進む。他の道を選択したほうが成功したかも・・・という誘惑が頭をよぎるかも知れない。でもそれは自分への言い訳。そういうエネルギーを注げる道を選ぶ。それが「進路」だ。


 




織田裕二の

2008-08-18 21:09:20 | ドラマ
 太陽と海の教室の視聴率が下がっているそうだ。初回20%台を確保したがその後徐々に落ちてきて、4回目は10%台なのだそうだ。

 同じ学園物のドラマには、「ごくせん」や「ルーキーズ」などがあるが、これらは両方ともマンガだ。マンガは分りやすい。極端なキャラクター。現実離れした設定。ちょっと皮肉っぽくいえば、そういうわかりやすさがそのまま視聴率に繋がっているだけだ。

 それに較べれば「太陽と海の教室」は小説だ。しっかり読ませる内容だし、派手なアクションも、極端な不良も出てこない。

 コンビニのような手軽さでドラマを楽しむのも良いが、ゆっくりみそ汁をすするような、ありきたりで、特別じゃない食事を楽しむ感覚でドラマを楽しむのもいいのではないだろうか?


 今回の「太陽と海の教室」はそういうドラマだとおもう。





Googleストリートビュー

2008-08-07 06:33:03 | パソコン・インターネット
 ここまでやるか?というGoogleマップの新機能、ストリートビュー。よもやと思い自分の実家を検索。

 ははは、見事にありました。

 こんな住宅地にまでよく撮影にきたものだ。しかも本当につぶさに撮影している。2~3メートルおきに撮影しているうえに、360度のビュー。



 機械的に撮影したとおもうが、見事としかいいようがありません。都市部にお住まいの方是非チェックを。



ブランドってね

2008-08-02 01:08:36 | ニュース
 トヨタのレクサスが計画通りに売れていないらしい。

 トヨタといえば「いつかは、クラウン」に象徴されるようにフラッグシップブランドはクラウンだった。しかしさらに上級を狙ったレクサスを登場させた。

 レクサスの為に、店舗やサービス、営業マンも教育をし直したという肝いりでスタートしたが、結果は計画の約半分にとどまっている。

 それは何故か?

 簡単にいえば、トヨタは「ブランド」についてまったく理解していない。

 「ブランド」構築に必須なのは、"Far Beyond"である。

 ライバルや、競合品、同種の市場の中で圧倒的に、先に行っててもはや他社がマネできないぐらいのところにまで来ている必要がある。つまり"Far"でしかも"Beyond"だ。マネできないし、マネしたところで二番煎じで、陳腐にしか見えないぐらいの"Beyond"だから「ブランド」化するのだ。

 
 ではレクサスは果たして"Far"で"Beyond"なのか?


 答はNOである。(もしレクサス関係者の方でどうすればブランドが作れるか知りたいのならコメントください)



 レクサスが見た目に明らかに個性がある車か?といえばNOである。これはトヨタが作るからそうなる。つまりダサイ(といっては失礼だが、ブランド化できるほどのデザインではないのは明らか)。


 車として"Far"で"Beyond"ではない上に、それ以外の部分でも"Far"で"Beyond"かといえばそれもNO。こんな状態ではブランド構築なんて無理無理。というかすでにトヨタはトヨタのブランドを持っている。だからそれを否定するところからスタートしないと、絶対に無理だ。トヨタの上層部の意見と180度違うことをやればブランド構築ができるかもしれない。


 ブランド構築が出来た例を挙げよう。


 ソフトバンクモバイルの携帯がある。だれもやらなかった980円というぶっとびプランを用意した。他社よりも先にだ。そして他社が追従したのはその1年後。まさに他社が追いつけない"Far"で"Beyond"なサービスを登場させた。他社は一年後に980円プランを出しただけ。これは2番煎じだし、しかも1年後という対応力の遅さはNTTの"お役所的"イメージを決定づけ、それまで若者のファッションリーダー的でいろんな割引プランをどこよりも積極的にだしていたauをも"あぐらをかいた"というイメージにした効果があった。さらにいえば、ホワイトプラン以降連続して毎月契約者数が純増している。ブランド構築の一例だ。

 同じ自動車業界ではどうか?スバル(富士重工)のレガシイが販売されるまでは、いまほど若者に人気がある自動車メーカーでは無かった。しかし、レガシイの販売時にスバルは"ワゴン世界最速(高速連続走行)"記録を作り、"ポルシェと同じ"水平対向エンジンのもつカッコよさを前面に出した。

 水平対向エンジンはポルシェとスバルしか作っていない。しかも"速い"記録を合わせて出した。自動車業界ではもう使い古されたハズの"スピード"を、ブランドとして昇華させた。さらに他社が出せばどうしてもライトバンになってしまうワゴンというカテゴリーの車をスタイリッシュなデザインでインパクトを与えて発表した。まさひ"Far & Beyond"である。他社がマネするとライトバン、スバルはワゴン。これは決定的だ。

 おせじにもカッコイイ自動車メーカーではなかったのにレガシイをきっかけにスバルは生まれ変わった。

 
 スバルの生まれ変わりの背景には経営危機があった。大改革がありレガシイが産まれ、レガシイのマーケティングが成功した。



 最近のパソコンでは5万円クラスのモバイルPCが売れに売れている。これもFar Beyond戦略の1つである。


 トヨタのレクサスには何も感じない。ブランドは日々の努力で時間をかけて生成される部分とこの"Far Beyond"で仕掛ける部分が必要だ。



 まちがった"Far Beyond"に向かって進まないことを願う。