晴れのち曇り、時々パリ

もう、これ以上、黙っていられない! 人が、社会が、日本全体が、壊れかかっている。

<『前原誠司』と言う政治家を分析すると平均的日本人の思考回路が推察出来るらしい>という考察

2010-10-01 23:59:29 | 日本人の意識と精神構造
今更言うまでもないが、日本と言う国では、大半の人々は「自分の思想」を持たないらしい。

「本に書いてあった」
「テレビに出てた」

と言う事が、その事象を100%正当化する。

逆に言うと、テレビで言わない事、本(新聞)に書かれない事、は信用出来ない。


海外旅行に来た日本人が、『ガイドブック』に書いてある店、物、にこだわる姿が日々見られますね。

ガイドブックを書く側は、実はそれ程深いリサーチをやっている訳でもなんでも無いのです。
「たまたま見つけて」面白いと思ったから、取り上げる。
「自分が知らなかったから」面白いのですね。

書かれると、いくらツマラナイ物でも、「それでなくてはならない」流れが出来上がる。

或は既に他のガイドブックに必ず出ているから、はたまた「これはどの本にも出てないゾ」と思ったから、書くのです。

その「書き手」の感性、趣味、センス、出会う可能性、という限られた条件で取り上げているだけ。

現地の人間が聞くと「ええっ、なんでそんなレストランで食べたいの?」と言う事が、よく有る。

でも、「本に書いてあるから」と「テレビに出てたから」それでなくちゃダメなんだ、という行動パターンが、なのですね。

勿論、海外旅行にくるにあたって、「ガイドブック(海外情報を日本のネット情報で探しても同じ様な物?)」にしか、情報源がない事も、仕方がないとは言うものの、「一直線に信じきって」現地の事情を説明しても聞き入れてもらえない、と言うケースがよく有る。


そのような「社会的思考」のメカニスムにあっては、『告知機関(テレビ及び印刷物)』に、頻繁に登場する事が、国民の思考を形成する<指針>となる訳だ。


もっと言い換えれば、告知機関が「主に誰を(何を)取り上げるか」で、国の思想が決定出来るのです。


なんて単純な国民性であろう。
なんて恐ろしい社会であろう。


本日は、「前原外務大臣」なる政治家の登場する機会が、非常に増えていた事に、改めて「何か」を感じるのは、意識的に過ぎるのだろうか。


▶前原外相「再発防止策の合意必要」 中国との関係改善に意欲(産經見出し)

>「再発防止策をしっかりと日中間で合意することが必要だ。われわれはいつも門戸を開いており、中国と話し合う窓口を閉ざすことはない」

>「世界第2、第3位の経済大国同士が、いがみあって問題を引き起こしても、お互いにプラスにならない」

>「大所高所の観点に立ってお互いプラスになるような関係を築くことが求められている」

>「検察の判断だった」と従来の主張を繰り返す一方、「そのことで派生する外交問題は、いよいよ外務省が政府一体となって取り組んでいかなくてはいけない問題だ」
【産經新聞/10月1日(金)22時7分配信】


まるで、「ひとかどの人物の発言」の如き引用のされ方である。

しかし、敢えて指摘するまでもなく、今回の事件をエスカレートさせてしまったのは、他ならぬ「前原誠司」自身であった事は、どこかに行ってしまっている。

合意出来る、手腕も、手だても、考察も、計算も、何も無い。

合意も出来ず、プラスになる関係も築けず、これからやっと「いよいよ取り組んで行かなければ」ならない訳だ。

言行不一致の極み。


▶<中国漁船衝突>「再発防止策必要」 講演で前原外相(毎日みだし)

>「再発防止策をしっかり日中間で合意することが必要だ。我々は常にオープンで、中国と話し合う窓口を閉ざすことはしない。議論しなくてはいけない」

>(外務省の担当者が9月23日に那覇地検を訪れたことが翌24日の船長釈放決定につながったとの見方について)「(担当者から)『主観を含めた話は一切していない。現実に起こっていること、尖閣(諸島)の歴史的な背景、中国の対抗措置という事実を説明してきた』と報告を受けている」
【毎日新聞/10月1日(金)21時20分配信】


党内議論が、活発に、突っ込んで行われて来た経緯も聞いた事が無ければ、これから為される気配も(おそらく)ない。

仙谷官房長官と密議をこらす事、が「議論する」という意味ででも有るのだろう。

中央の担当者が、現地を訪れて「事実を説明する」と言う事が『主観を含めて』居るとは、まさか言えないのだ。


▶<レアアース>前原外相が1国依存脱却を強調(毎日見だし)

>「(供給源が)1国に偏るのは資源安全保障上良くないと思っている」

>「官民一体のオールジャパンの取り組み」
【毎日新聞/10月1日(金)21時7分配信】


今更こんな事を、大臣おん自らにご指摘頂かなくとも、当たり前すぎることである。
子供ですら、その点が心配でした。

そして、官民一体(=政財一体)で、と言う「自民党政治」の発想を、なんと民主党の閣僚から聞かされるとは。
思ってもいなかった。


▶「身の丈以上の外交できない」=尖閣の教訓、国力増強が必要―前原外相(時事みだし)

「外交は身の丈以上のことはできない」

>衝突事件では逮捕された中国人船長が釈放され、中国の圧力に屈した「外交の敗北」と批判する声がある。こういう批判も念頭に、日本外交についての見解を示したとみられる。

>「最優先は日本の国力を増進し、経済成長に資するための外交だ。このことは今回の尖閣で起きた問題と密接に絡んでいる問題だ」

>「国力は軍事力だけではない。経済的な力、技術的な力、マンパワー、すべて含めての国力だ」
【時事通信/10月1日(金)20時33分配信】


まさしく、「それが出来ていなかった」からこそ、こんな騒ぎになったのです。
恐らくこれからも「出来ないに違いない」と言うところが、日本の弱点なのだ。

つまり、実際『身の丈の外交』しか出来ないのです。

しからば、その「見の丈」をいかにして「のばして行くか」が、日本に取っての「根本的」課題であると言える。

その為にも、このような「美辞麗句を並べるだけ」の閣僚がのさばっているという状態を、変えて行かなければならない事が急務である。


▶支持率急落、船長釈放が影響=前原外相(時事見だし)

>「(尖閣諸島沖の漁船衝突事件で逮捕した)中国人船長の釈放の問題が大きく影響している」との見方を示した。

>「しっかり国民に説明し、外交問題を解決していくことが必要だ。その努力を通じて国民の信頼を回復していくということに尽きる」
【時事通信/10月1日(金)18時24分配信】


いまさら。
改めてそのような見方を示さずとも、その通りなのです。

ただその背景は、そのような外交力しか持たない、『幼い内閣』に対する批判なのだ、と言う事がお解りになっていない。

そこが、弱点なのですね。


そこで、(やっと)発表された「世論調査」を見てみた。


あの(!)産經新聞の世論調査である。
それによると。

逮捕した中国人船長を勾留期限中に釈放したことに関して。
77・6%が「不適切」と回答。
78・8%は「日本は圧力を加えれば屈すると誤ったイメージを持たれる懸念がある」

政治介入を否定している点に関しては。
84・5%が「検察の釈放決定には政府の関与があった」

那覇地検の次席検事が釈放理由に「日中関係への考慮」を挙げた事には。
49・7%が「適切ではない」と回答した。

事件への政府の対応では。
62・3%が「政権へのイメージが悪くなった」
77・1%が「今回の事件は日中関係に禍根を残す」と強い懸念を示した。

対中感情はと言えば。
83・1%が「中国が信頼できない」
世代別では20代男性の87・0%が「信頼できない」
女性では40代がもっとも多く91・0%、
20代は84・8%だった。

「日本は圧力を加えれば屈する」との懸念荷対しては。
20代男性が94・2%でもっとも高い。
政府の対応を「弱腰」だと回答は30代男性の90・0%を占めた。
若年層ほど将来の日中関係に不安を強く感じている傾向がうかがえる。


大半かそれ以上の日本国民が、今回の政府の行動を批判的に捉えている。
八割程が、日本外交が日本の国力を貶める、と考えている。
八割程が、中国が信用出来ない、と考えている。

でも。

そのような外交力と政治姿勢の内閣である事は、最初から解っていた筈だったのでは無いか。
中国が「信用出来ない」などと言う事は、当初から解っている、と言う事は置いておいても、である。


いや、80%前後の国民は、「告知機関(マスコミ)」によって、真実の姿を見ない様に誘導されていた、と言う事に尽きるのでは無いか。


「身の丈の外交しか出来ない」
「身の丈にあった政治しかできない」
「身の丈の政治家しか出てこない」

そして、その身の丈は、国民自身の「身の丈」でもある。


そして更に、そこには「身の丈をあらかじめ決めようと」謀る存在が有る。

「中国は信用出来ない」
「沖縄周辺は日本のウイークポイントだ」
「日米安保は不可欠」

それで、「最優先に日本の国力を増進しなければならない」となる訳である。

解りやすい、と言えばそれまでだが。

そして『前原誠司』外務大臣が、その「手先」としての役を果たしている。

意識位的にか、無意識にかは、知る由もない。

多いに「意識的に」そう言う事をやりそうな人間である。
多いに「無意識に」そんな事をしてしまう程度の人間でもある。


大仰なタイトルで書き始めてはみたものの、結局巷間騒がしい「一般論」に回帰してしまった。

せめては、我々一人一人が、自分の「身の丈」を高める努力を怠らない事が、肝要であろう。

更に、「我々の身の丈」を決めようとしている人達の罠に陥らない様に、心して考えなければならない。

自分の頭で、考えなければならない。

コメント (5)
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