本日、興味深い裁判結果の記事を見つけました。
教師の体罰に賠償を求めていた、一審二審の判決を最高裁が破棄し、逆転判決を出したと言う出来事です。
事のあらましを、読売新聞から(勝手に)抜粋してみます。
>熊本県本渡市(現・天草市)の市立小学校で2002年、男性の臨時教師が小学2年男児(当時)の胸元をつかんで壁に押し当ててしかった行為が、体罰にあたるかどうかが争われた訴訟の上告審判決が28日、最高裁第3小法廷であった。
>近藤崇晴裁判長は「行為は教育的指導の範囲を逸脱しておらず、体罰ではない」と述べ、体罰を認定して市に賠償を命じた1、2審判決を破棄し、原告の男児の請求を棄却した。
>学校教育法は教師の体罰を禁じているが、教師の具体的な行為が体罰に該当するかどうかを最高裁が判断した民事訴訟は初めて。
>判決は「悪ふざけしないよう指導するためで、罰として苦痛を与えるためではなかった」と認定。原告側は上告審で「恐怖心を与えるだけだった」と主張したが、判決は「教師は立腹して行為を行い、やや穏当を欠いたが、目的や内容、継続時間から判断すれば違法性は認められない」と述べた。
この出来事を通して、現代日本の抱える<子供の教育>に関する問題点が、またまた透けて見えてくる気がするのです。
つまり、現代の日本社会において、あまりにも<躾>のなされていない子供達が多すぎる、と言う現状があると思うのです。
>教師は02年11月、校内の廊下で悪ふざけをしていた男児を注意したところ、尻をけられたため、男児の洋服の胸元を右手でつかんで壁に押し当て、「もう、すんなよ」と大声でしかった。男児はその後、夜中に泣き叫ぶようになり、食欲も低下した。
思うにこの子は、一度たりとも大人に叱られた事が無かったのでしょうな。
この子は、自分が<叱られている>と言う事自体を、理解していなかったと思われる。
廊下で騒いではいけない。
大人の尻を、まして先生のそれを、子供が<蹴る>などという事自体がいけない。
そんな事も、全く理解していなかった事と思われる。
大人は自分に取って<家来>みたいな物。
何やっても大丈夫。
未だ平気。
もっとやっても大丈夫。
これでも全然平気。
と言うワケで、日常で一度も叱られる事無く、ついにはガキの分際で自分が世界の中心だと<思い違い>をしてしまう。
そこへ持って来て、いきなり<大人>が<逆襲>して来た。
胸ぐらつかまれて、壁に押し付けられた。
大声で<怒鳴られ>た。
きっと、その子にとって生まれて始めての<出来事>ダッタに違いない。
大変な<恐怖>だったに違いない。
だから、<夜中に泣き叫ん>だり<食欲が低下>したりの有り様。
ザマ見ろ、と言う個人的感情はさておいて。
とにかく現代日本の子供達は<オカシイ>よ。
特に<団塊世代>が育てた子供達、さらにその子供達が大人になってから育てた子供達、のひどいことヒドイコト。
もちろん大多数の親ごサン達は、ちゃんとご自分のお子様達をきちんとしつけられていらっしゃる事でしょう、キット。
でもね。
小学校低学年のクラスでは、席に座っていられない子供達が歩き回って、まるでクラスが動物園状態。
と言う所から始まって。
クラスメートはいじめて自殺させるは。
親は殺すは。
女の子襲って、事が終わった後ばれない様にと簡単に殺すは。
オヤジ狩りやら。
ホームレスを襲うやら。
お年寄りから引ったくるは。
大麻は育てるは。
女子高生の分際で、ルイ・ヴュイトンのバッグを買う為に売春はするは。
コンビニの前にウンコ座りしながら三白眼の上目使いで、<自分以外>の総ての人間に対して敵意をむき出しにしている、サルみたいなガキやらを見るに着け、人間としての矜持を持ち合わせていない子供達があまりにも目立っている。
<他人との協調>だとか、<弱者への思いやり>だとか、はたまた<年上の人への敬意>等と言った、それこそがまさに<人間>をして<サル>と区別している、<精神性>や<社会性>が、全く欠落してしまっているがごとき子供達。
実際問題として、8歳位までの子供は、時には<激しく>躾けないと、物事の真実は理解できないのです。
昔は、いたずらをした子供は先生にブン殴られた物でした。
時には<イタイ思い>をする事で、子供達は貴重な<人生の教訓を>学び取って行ったのでした。
それが、<体罰の禁止>とやらと、<親の無責任>とが相まって、もはや手の付けられない子供達が、世に排出されて来たのですね。
自分でも経験が有るので分かりますが、少年時代後期は、他人が総てきに食わない、事もある。
何をやっても面白くない、事も有る。
大人や社会に対して、むやみと反発したくなる、事もある。
でも。
小さい頃から、ちゃんと躾けられてさえいれば、本質的には道は踏み外さない物です。
私は、このブログで頻繁に<子供の育て方>に対するグチをかいておりますが、今回の最高裁判決から、またまた同じ事を見てしまったのでした。
それにしても、近藤崇晴裁判長、よくぞ正しく裁いてくださいました。
大人をナメタ態度をとってワルサするガキは、厳しい態度で望むべし!
それ以前に、家庭で子供をちゃんと躾ようでは有りませんか、皆さん。
教師の体罰に賠償を求めていた、一審二審の判決を最高裁が破棄し、逆転判決を出したと言う出来事です。
事のあらましを、読売新聞から(勝手に)抜粋してみます。
>熊本県本渡市(現・天草市)の市立小学校で2002年、男性の臨時教師が小学2年男児(当時)の胸元をつかんで壁に押し当ててしかった行為が、体罰にあたるかどうかが争われた訴訟の上告審判決が28日、最高裁第3小法廷であった。
>近藤崇晴裁判長は「行為は教育的指導の範囲を逸脱しておらず、体罰ではない」と述べ、体罰を認定して市に賠償を命じた1、2審判決を破棄し、原告の男児の請求を棄却した。
>学校教育法は教師の体罰を禁じているが、教師の具体的な行為が体罰に該当するかどうかを最高裁が判断した民事訴訟は初めて。
>判決は「悪ふざけしないよう指導するためで、罰として苦痛を与えるためではなかった」と認定。原告側は上告審で「恐怖心を与えるだけだった」と主張したが、判決は「教師は立腹して行為を行い、やや穏当を欠いたが、目的や内容、継続時間から判断すれば違法性は認められない」と述べた。
この出来事を通して、現代日本の抱える<子供の教育>に関する問題点が、またまた透けて見えてくる気がするのです。
つまり、現代の日本社会において、あまりにも<躾>のなされていない子供達が多すぎる、と言う現状があると思うのです。
>教師は02年11月、校内の廊下で悪ふざけをしていた男児を注意したところ、尻をけられたため、男児の洋服の胸元を右手でつかんで壁に押し当て、「もう、すんなよ」と大声でしかった。男児はその後、夜中に泣き叫ぶようになり、食欲も低下した。
思うにこの子は、一度たりとも大人に叱られた事が無かったのでしょうな。
この子は、自分が<叱られている>と言う事自体を、理解していなかったと思われる。
廊下で騒いではいけない。
大人の尻を、まして先生のそれを、子供が<蹴る>などという事自体がいけない。
そんな事も、全く理解していなかった事と思われる。
大人は自分に取って<家来>みたいな物。
何やっても大丈夫。
未だ平気。
もっとやっても大丈夫。
これでも全然平気。
と言うワケで、日常で一度も叱られる事無く、ついにはガキの分際で自分が世界の中心だと<思い違い>をしてしまう。
そこへ持って来て、いきなり<大人>が<逆襲>して来た。
胸ぐらつかまれて、壁に押し付けられた。
大声で<怒鳴られ>た。
きっと、その子にとって生まれて始めての<出来事>ダッタに違いない。
大変な<恐怖>だったに違いない。
だから、<夜中に泣き叫ん>だり<食欲が低下>したりの有り様。
ザマ見ろ、と言う個人的感情はさておいて。
とにかく現代日本の子供達は<オカシイ>よ。
特に<団塊世代>が育てた子供達、さらにその子供達が大人になってから育てた子供達、のひどいことヒドイコト。
もちろん大多数の親ごサン達は、ちゃんとご自分のお子様達をきちんとしつけられていらっしゃる事でしょう、キット。
でもね。
小学校低学年のクラスでは、席に座っていられない子供達が歩き回って、まるでクラスが動物園状態。
と言う所から始まって。
クラスメートはいじめて自殺させるは。
親は殺すは。
女の子襲って、事が終わった後ばれない様にと簡単に殺すは。
オヤジ狩りやら。
ホームレスを襲うやら。
お年寄りから引ったくるは。
大麻は育てるは。
女子高生の分際で、ルイ・ヴュイトンのバッグを買う為に売春はするは。
コンビニの前にウンコ座りしながら三白眼の上目使いで、<自分以外>の総ての人間に対して敵意をむき出しにしている、サルみたいなガキやらを見るに着け、人間としての矜持を持ち合わせていない子供達があまりにも目立っている。
<他人との協調>だとか、<弱者への思いやり>だとか、はたまた<年上の人への敬意>等と言った、それこそがまさに<人間>をして<サル>と区別している、<精神性>や<社会性>が、全く欠落してしまっているがごとき子供達。
実際問題として、8歳位までの子供は、時には<激しく>躾けないと、物事の真実は理解できないのです。
昔は、いたずらをした子供は先生にブン殴られた物でした。
時には<イタイ思い>をする事で、子供達は貴重な<人生の教訓を>学び取って行ったのでした。
それが、<体罰の禁止>とやらと、<親の無責任>とが相まって、もはや手の付けられない子供達が、世に排出されて来たのですね。
自分でも経験が有るので分かりますが、少年時代後期は、他人が総てきに食わない、事もある。
何をやっても面白くない、事も有る。
大人や社会に対して、むやみと反発したくなる、事もある。
でも。
小さい頃から、ちゃんと躾けられてさえいれば、本質的には道は踏み外さない物です。
私は、このブログで頻繁に<子供の育て方>に対するグチをかいておりますが、今回の最高裁判決から、またまた同じ事を見てしまったのでした。
それにしても、近藤崇晴裁判長、よくぞ正しく裁いてくださいました。
大人をナメタ態度をとってワルサするガキは、厳しい態度で望むべし!
それ以前に、家庭で子供をちゃんと躾ようでは有りませんか、皆さん。