老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

日本社会の崩壊―法治は放置―(3)

2016-05-28 15:42:53 | 安倍内閣
先日、国会答弁で安倍首相が民進党山尾議員に『もう少し勉強しろ』と説教を垂れていたが、同じ答弁で『自分は立法府の長』だと胸を張っていた。

まあ、人に偉そうに説教する前に自分が勉強しろ、という話。日本国憲法の三権分立については、中学校の公民で習ったはず。三権分立も知らず、立法府と行政府を間違える人間が総理大臣だと言う事になる。この程度の憲法知識の持ち主が、憲法改正を唱えるのだから、日本も終わりだと思う。

わたしが恐れるのは、そのうち安倍首相は、『自分は司法の長』だと言いだすのではないかと言う事である。権力に目がくらんだ安倍首相の事である。その程度の錯覚は起こしかねないところが怖い。

大手メディアもあきれはてたのか騒ぎもしなかった。「賢くない人間が間違えた事をいちいちあげつらわない」という大人の対応だろうか。もし、そうならば、日本の総理大臣はその程度とものと考えているわけで、そんな人間に国家の舵取りを任せて大丈夫なのか、という大問題にいきあたる。

安倍晋三が尊敬してやまない祖父岸信介は、全く違う。彼が通った六高には岸信介の秀才伝説が語り継がれている。試験の時、他の者が難問に悪戦苦闘していても、岸は平然と誰よりも早く答案を提出したそうである。どの試験の時もだそうだ。勿論、成績は一番。ただ答案を提出する時、難問に悪戦苦闘している同級生たちをじろりと眺めて、岸はにやりとして教室を出たそうである。その嫌みな姿が何ともいえず腹が立った、という話を聞いた事がある。後年、安保闘争で国会を包囲された時、「後楽園球場には多数の観客が入っている。わたしはそういう【声なき声】を大切にします」と嘯いた岸の姿を彷彿とさせるエピソードではある。

東大法学部では、我妻栄が一番。岸が二番と聞いた。まあ、こんな話が残るくらいだから、岸信介が秀才だったという事は間違いないだろう。孫の安倍晋三が逆立ちしてもかなうはずがない。岸のように格好つけようとすれば、恥をかくだけ。せめて岸の爪の垢くらいは、憲法の勉強をしたらどうだ、という話である。

その彼がまたまたサミットで馬鹿な話をして満天下に恥をさらしている。現在の世界経済の状況がリーマン・ショック前と同じ危機的状況にある。リーマン・ショック前の洞爺湖サミットで有効な手段を打ち出せなかったから、リーマン・ショックが起きた。だから、今回は有効な手立てを打ち出そう。それは各国が協調して『財政出動』をしよう、という話。そして、アベノミクスを世界に広げようと言う与太話を得々と語っている。

リーマン・ショック前の経済の落ち込みと現在の経済の落ち込みは、原因が根本的に違う、という事を無視した暴論。案の定、多くの専門家から反論が噴出している。報道ステーションに出た朝日新聞の原記者からは、非常な違和感があったとまで論評されていた。サミット首脳からも反論があったようである。さらに、財政出動については、ドイツのメルケル。イギリスのキャメロンなどは明らかに反対で、G7が全会一致で財政出動をする可能性などない。

そもそも、日本は緊縮財政を取っている。自国では緊縮財政を取っていて、他国へは財政出動を求める。そんな話に簡単に乗るはずがない。G7前、イギリス訪問で同じ事を語った時、イギリスのメディアに『自国の経済運営に失敗した日本に教えを受ける必要はない』と酷評された事を知らないのだろうか。安倍首相は、国際的評価を受けた、と胸を張るのだろうが、何とも恥ずかしい話である。

まあ、この話、今日の毎日新聞(5/27)に出ているように、国内向けの消費税増税延期の理屈付けのためだろう。アベノミクスの失敗ではない、と言い募るためである。日本の新聞・TVの多くは提灯記事を書いているが、タイムズ誌は以下のように書いている。

「World leaders disagree on Shinzo Abe’s economic gloom(安倍の経済危機論に世界の指導者は賛同しなかった)。http://www.thetimes.co.uk/article/world-leaders-disagree-on-shinzo-abes-economic-gloom-wn5bqkjwk

当たり前である。IMFの経済見通しでは、日本だけがゼロ成長。要するに独り負け。わたしも何度も指摘したが、『アベノミクス=アホノミクス』は大失敗というのが世界の常識。「あんたは世界の常識を知っていて、三本の矢を世界で放つなど正気でいっているの」という話である。

岸信介程度の頭脳ならば、自分の頭と見識で、世界経済の分析を行い、それなりの処方箋を提示したかも知れないが、なにさま安倍晋三君である。彼が一番よく分かる権力保持のためには、恥も外聞もなく利用できるものは何でも利用する、という次元に話を落としたのである。その為に、世界の先進七カ国の政治家のレベルまで下げるのだから、恥を知らないとしか言えない。安倍首相の大学の恩師が、安倍晋三を『無知』と『無恥』の人と評していたが、さもありなんと思う。

さらに、5/26日に行われた日米首脳会談後の記者会見。何とも気まずい雰囲気だった。オバマ大統領にしてみれば、自分の最後のサミットで、安倍首相の野郎は何をいきり立っているのか、という話だろう。そもそも、自分から米軍の下請け・傭兵化を持ちかけた日本である。その日本が、米軍属の犯罪を首脳会談に持ちだす事自体が片腹痛い。それでいて、辺野古基地移転は計画通りでは、交渉にも何にもなりはしない。要するに選挙が近いので、恰好だけつけさせてください、というお願いだろう。

この米国の本音を示すスライド文書が示された。

・・・≪ 沖縄県民を見下す海兵隊の新人研修  「世論は感情的」「米兵はもてる」
 
 在沖縄米海兵隊が新任兵士を対象に開く研修で、米兵犯罪などに対する沖縄の世論について「論理的というより感情的」「二重基準」「責任転嫁」などと教えていることが分かった。英国人ジャーナリストのジョン・ミッチェル氏が情報公開請求で発表用のスライドを入手した。米軍が事件事故の再発防止策の一つと説明してきた研修の偏った内容が明らかになり、実効性に疑問が高まりそうだ。
 スライドは2014年2月のものと、民主党政権時代(2009〜12年)とみられる時期のものの二つ。「沖縄文化認識トレーニング」と名付けられている。
 「『(本土側の)罪の意識』を沖縄は最大限に利用する」「沖縄の政治は基地問題を『てこ』として使う」などとして、沖縄蔑視をあらわにしている。
 事件事故については、「米軍の1人当たりの犯罪率は非常に低い」と教育。「メディアと地方政治は半分ほどの事実と不確かな容疑を語り、負担を強調しようとする」と批判する。
 特に沖縄2紙に対しては「内向きで狭い視野を持ち、反軍事のプロパガンダを売り込んでいる」と非難。一方で、「本土の報道機関は全体的に米軍に対してより友好的だ」と評する。  
 また、1995年の米兵暴行事件について「その後の日本政府の対応が島中、国中の抗議を引き起こした」と責任の大半が日本側にあるかのように説明する。
 兵士に対しては、異性にもてるようになる「外人パワー」を突然得るとして、我を忘れないよう注意している。
 ミッチェル氏は「米軍が沖縄を見下してもいいと教育し、何も知らない若い兵士の態度を形作っている。『良き隣人』の神話は崩壊した」と批判した。自身のウェブサイトでスライドを公開することにしている。  ≫・・・・・(沖縄タイムス)

これらを踏まえて、沖縄の翁長知事は以下のようにコメントした。

「日米首脳会談で安倍晋三首相がオバマ大統領に対し、米軍普天間飛行場の移設問題は「辺野古が唯一」と伝達したことについて「二十歳の夢あふれる娘さんがああいう状況になった中で、辺野古唯一と日本のトップが米国のトップに話すこと自体が、沖縄の民意を含め県民に寄り添うことに何ら関心がないということが見透かされている」と厳しく批判した。  その上で「政府は繰り返しわが国は法治国家だというが、今のありようでは『法治』という字は県民を放っておくという意味での『放置国家』と言わざるを得ない」

翁長知事の『放置国家』という言葉は、言い得て妙である。

一連の動きをよく見て見ると、安倍首相及びその取り巻き連中には、この国をどのような国にしようか、という理想も理念もない。翁長知事のように政治家として明確な理念、揺るがない信念に基づいたぶれない政治姿勢などかけらもない。あるのは、『権力維持』という目的だけだ。

その為に莫大な費用をかけて伊勢志摩サミットを演出した。プレスセンターだけで20数億円。それもすぐ壊す。完全な無駄な費用。警察官動員数だけでも、6万人近い。彼らの宿泊費用・移動費用・超過勤務手当だけでも莫大な費用がかかる。いまだ、熊本大地震の被災者たちが大変な困難にあるのにも拘わらずである。プレスセンター費用だけで、保育士給料のアップがかなりできる。オリンピックの費用もそうだが、惜しげもなく大金を費消している。これらの費用は全て税金。かくも壮大な無駄な費用をつぎ込むだけの価値がサミットにあるのか。

G7だけで世界の趨勢を変える事が出来た時代はとっくに終わっている。もはや、会議自体が一種のセレモニーで、象徴的意味合いしかなくなっているのが世界の流れである。そういうものに、莫大な費用をつぎ込み、その権威を振りかざそうと言うのだから、アナクロもいいところである。

安倍政権のように世界の趨勢と変化において行かれた政権を持つと、かくも無惨な結果を招くという証左でもある。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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日本社会の崩壊(2)

2016-05-26 10:33:56 | 社会問題
まあ、ここまでは、官邸のグリップが良く効いて、うまく選挙になだれ込めると思っていたのだろうが、好事魔多し。

沖縄で元海兵隊の米軍軍属が、20歳の若い女性を殺害。死体遺棄する事件が発生。沖縄県民の怒りに火がついた。せっかく、オバマ大統領の広島訪問に成功して、安倍外交の成功一色にメディア報道を誘導。衆参ダブル選に突入し、一気に悲願の憲法改正をしようという安倍の狙いが瓦解する可能性が出た。そのため、官邸は異例の素早さで対応にあたった。ケネディ大使を夜10時半に呼び出し、厳重抗議を申し込む。安倍首相は、強い言葉で非難する。まあ、出来る事は迅速に対応している。

しかし、沖縄県民は、これまでどれだけ煮え湯を飲まされて来たか。綱紀粛正・厳重抗議・真摯な反省。まるで、壊れたスピーカー。沖縄県民は、こんな小手先の対応などには騙されない。おそらく、反基地運動が再燃するのは間違いない。

沖縄での事件の本質は、『強姦殺人事件』。それ以上でもそれ以下でもない。戦場や軍事基地(他国にある)周辺でこの種の性犯罪が頻発するのは、歴史を見れば明白。この問題は、洋の東西を問わず、戦争や軍隊にはつきもの。これくらい、女性の人権を侵すものはない。換言すれば、戦場周辺や軍隊のある基地周辺は、女性にとっての『戦場』なのである。だからこそ、国連で性暴力について厳しく問われている。

つまり、沖縄県民・沖縄女性にとって、米軍基地が存在する限り、このような性暴力が頻発する事を覚悟しなければならない。沖縄県民とりわけ沖縄女性にとっては、今もなお、沖縄は『戦場』なのである。この本質を理解して、米国との交渉にあたるのが、政府の役割だし、声を大にして報道するのが、ジャーナリズムというものだろう。

琉球新報が 2012年11月1日同じ事を<軍隊は「構造的暴力」〜訓練で女性蔑視植え付け≫と題して訴えている。
http://www.nuchigusui-kikou.com/?p=1751

ところが、米軍属が犯人であるという一報が報じられた日の報道ステーションのコメンテーター後藤謙次は、『事件を封じる』と述べた。安倍政権のスポークスマン役、宣伝役を演じている後藤らしいコメントだった。首相官邸は、沖縄の反基地感情、反米感情、反政府感情の沸騰を心底恐れている。そのため、とにもかくにもこの問題に懸命に取り組んでいる姿を見せている。

ところが、この問題が明らかになった後、オバマ大統領にインタビューしたNHKの記者は、この問題について何も質問しなかった。安倍政権や米国に配慮したのであろう。なんともはや情けないインタビュー。というより、反国民的敵対行為といっても過言ではない。こんな屈辱的な報道機関がNHK。国民のお金によって運営されているのだから、話にならない。

翁長沖縄県知事は、安倍首相に『オバマ大統領と直接会いたい』と申し込んだ。もはや、国のやる事は信用できない、というわけである。一言でいえば、『地位協定の改善』である。米軍基地はいらない、というのが、本音だが、一朝一夕にいかないのなら、せめて『地位協定改善』くらいして欲しいというのが沖縄の気持ちだろう。しかし、過去、日本側がその事を本気で交渉した事はない。米国側も改善する意図はさらさらない。沖縄の気持ちに寄り添うなら、「こんな事件を頻発させる基地はいらない。出ていってほしい。」と強気に交渉すべきだろう。沖縄基地がなくなって困るのは米国。米国にとって天国のような基地は世界中のどこを探してもない。

ところが、現在の安倍政権。中国を仮想敵国とする馬鹿な外交(中国包囲網形成)を繰り返している。その為にどれだけの金(税金)をばら撒いてきた事か。これも、米国軍産複合体の指示があるのだろう。米国のお先棒を担がせるために、日本の金を使わせる。日本=安倍政権は、まことに便利なATMなのである。だから、肝を据えて米国と交渉など出来はしない。案の定、米国の答えは、『地位協定の改善』は必要ない。運用で対処する、という従来の立場を述べている。これで、沖縄の人たちの怒りを抑える事などできはしない。

日本訪問前にベトナム訪問したオバマ大統領は、ベトナムへ武器を輸出する事を約束した。さらに演説で中国を念頭に置いてこう述べた。「大きな国であろうと、小さな国であろうと、主権は尊重されなければならない」。

その言やよし。それなら、小さな国日本の小さな島【沖縄】の主権も尊重してほしい。ましてや、小さな国日本であるが、米国の重要な同盟国。同盟国である国の主権を尊重するのは、あまりにも当然なはずである。その国の、一定の地域だけが、自治権を尊重されず、戦後70年占領下と同じ情況に置かれている事。その為、戦後6000件に及ぼうとする犯罪被害の当事者になっている。「どんな小さな国であろうとその主権は尊重されなければならない」のなら、論理的帰結として、沖縄の自治権も尊重されなければならないはずである。しかし、当然といえば当然だが、『地位協定の見直し』はせず、『運用改善』で対応する、という決定をした。これが、米国得意のダブルスタンダードというわけである。

オバマ大統領の広島訪問に関しても、様々な意見が飛び交っているが、わたしは亀井静香の意見が一番真っ当に思える。「オバマ大統領が広島を訪問されるという予定がおありのようですが、私の姉が原爆で殺された、ということだけを申し上げるわけではありません。反省もされない、謝罪もされないのであれば、もう、おいでいただかないでほしい。それをされないで、おいでいただくとすれば、凶悪な、残虐な、そうした戦闘行為をした国の現在の代表が、我々の前に見世物として姿を現すのか。
私はオバマ大統領はある部分で評価をしております。評価しておりますが、もし謝罪をされない、そういうことであれば、おいでいただくのはおやめになったほうがいいと、このように思います。もし、見物においでになるんであれば、大統領をおやめになられた後、おいでください。私も歓迎いたします」・・ ロシアの声・・

オバマ大統領に見るパラドクス的政治の世界」で指摘した覇権国家の倫理的正当性を欠いた虚しい正義の演説を、わたしたちは聞かなければならないのである。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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日本社会の崩壊(1)

2016-05-26 10:16:53 | 社会問題
ここ最近のニュースを見ると、日本社会は崩壊の危機ではなく、崩壊を始めたといって過言ではない。

三菱自動車の燃費データ不正問題。リコール隠しの時より、さらに問題は深刻である。わたしの団地は、三菱自動車の社員が多数住んでいる。彼らにとっては、事は深刻。自宅待機を命じられ、賃金は6割という話だ。生活が根底から崩壊しかねない。彼ら現場社員には何の罪もないが、犠牲を強いられるのはいつも下の社員という構図は変わらない。それでも、三菱社員は、ある程度やむ負えないが、さらに可哀そうなのは、派遣労働者・下請け・孫請けである。派遣労働者は雇止め。仕事を完全に三菱に依存している下請けは、悲惨である。多くの下請け・孫請けの会社・社員にとっては死活問題になっている。経営者の判断ミスが、このような悲劇を招く。

これまでにも、東芝・旭化成・東洋ゴムなど日本を代表する大企業で、同様な不祥事が頻発している。これらに共通していえるのは、トップが異論を聴く精神的余裕が欠落している点である。わたしは、異論を排除しようとする精神的傾向を『植林の思想』と呼んでいる。戦後、植生の多様性を無視して、ヒノキや杉を闇雲に植林し、山林の荒廃や花粉症の大流行を招いた。異論を排除する組織は、結局組織の荒廃と『花粉症』の大流行を招く。

現在の司法も、この組織の硬直性と『花粉症』だらけの組織になり下がりつつある。最高裁の事務局による人事支配により、多くの裁判官は『ヒラメ』になり、行政訴訟では国民より行政優先の判決を出す傾向が強い。裁判官も人の子。出世もしたければ、お金も欲しい。かって『真昼の暗黒』という映画で、「まだ最高裁がある」と叫んだ裁判への信頼は今や地に墜ちている。

さらに、検察も酷い。今回の甘利事件を見れば、【巨悪は眠らせない】と大見栄を切った東京地検の信頼も、今や完全に地に落ちた。小沢事件と甘利事件。どちらが性質が悪いか。どちらが、明確な犯罪か。普通の市民にでも簡単に答えが出る。その市民感覚と全く逆の事をするのだから、『法』などというものが信頼できなくなるのは当たり前。検事などと言うものは、『法治国家』の番人などではなく、権力者の番犬に過ぎないという事実を満天下にさらしている。この腐敗堕落も、『植林思想』のなせる技だと言ってよい。

さらに、東京オリンピック招致活動での買収疑惑。コンサルタントと名乗る会社の胡散臭い事。あれはどう見てもペーパーカンパニー。そんな会社と契約を結び、2億3千万のお金が消えている。それを仲介したのが電通。ところが、電通を真正面から批判し、真実を追求しようとするメディアはほとんどない。辛うじて、「東京新聞」が書いたようだが、この現象は、メディアの電通支配がここまで進んでいるか、という事を証明している。

まあ、誰が考えても、オリンピックのような大イベントを招致をしたり、取り仕切るには、膨大な情報収集・分析能力、広報・宣伝能力、幅広い人脈の構築、緻密な事務処理能力、適材適所に人を配置する組織管理能力、それを効果的に動かす組織運営能力。広範な国民の支持の取りつけ。それらの活動全てを支える莫大な費用。これらが一つ欠落しても、うまくいかない事は明らか。政治家やIOC役員や官僚組織にそれだけの能力はない。その為、これらを仕切る裏方として、電通が深く関与したというのは頷ける。

オリンピックなど、国際的スポーツの大イベントに関しては、以前からカネにまつわるきな臭い話は絶えない。スポーツのアマチュア精神が時代とともに薄れ始め、スポーツのプロ化=商業化=利益追求が幅を利かせ始めたころから、金銭問題が大問題になりはじめた。

サッカーやオリンピックなどを牛耳っているのは、欧州。特に、欧州の貴族連中。彼らは、この種の利権をどのように利用するかについては長年の経験と知恵があり、その道のプロ。ところが、過去のように欧州だけで独占する時代は過ぎ、今や世界中に利権を握る人が拡散した。かっての欧州貴族のように、きわめて冷静で慎重な振る舞いをしない連中が増えた。一言でいえば、むき出しの欲望ばかりが目立ち、品がなくなった。しかも、TVの放映権料で莫大な金が動く時代になり、スポーツは金儲けの重要なツールになった。そういう中では広告会社の役割は増すばかりである。電通が重用されるのも頷ける。

こうなると、スポーツイベントの周囲には、利に敏い連中が集まってくる。賄賂・裏金・利権などが飛び交う舞台にスポーツイベントがなったのである。今回のコンサルタント業者もその一人だったのだろう。JOCの委員が、民進党の聞き取りで、『裏金』という言葉を取り消してくれ、と泣いて頼んでいたが、飢鬼でもあるまいに、そんな綺麗ごとのおためごかしがいつまで通るんだという話。もし、本気でそう思っているなら、能天気もいいところで、そんな連中にJOC役員などという大役は務まらない。さっさと辞めなさいと言う話である。

まあ。今回のオリンピック招致。石原慎太郎が利権欲しさに始めた話。それに森喜朗がからみ、猪瀬がその後をつぎ、最後に安倍晋三が絡んだ。登場人物を見ても良く分かるように、どれもこれも一筋縄でいくような連中ではない。猪瀬が東京都知事を追い落とされたのも、彼がオリンピック組織委員長に色気を見せたからだ、という説もまことしやかに囁かれているほどだ。裏金話の一つや二つは当然と言えば当然だろう。その利権話に深く関与しているのが『電通』だというのが今回の話。

まあ、日本メディアが、D社などと電通に配慮して、及び腰の記事を書いているのに反して、フランスメディアは、電通の問題点について鋭く切り込んでいる。

「電通は日本のメディアを支配しているのか?」
http://www.inaglobal.fr/television/article/le-publicitaire-dentsu-tire-t-il-les-ficelles-des-medias-japonais-9000
内田樹氏の訳はこちら。http://blog.tatsuru.com/2016/05/15_0947.php

ここで指摘されている実態を踏まえれば、現在のメディアの惨状もむべなるかな、と思える。ここにも、日本社会の劣化の大きな要因がある。

今日もまた舛添東京知事の金銭スキャンダルが報道されている。わたしは昔から舛添が大嫌いで、彼が転落していく事に何の痛痒も感じないが、今のメディア報道には空恐ろしさを感じる。

小沢一郎の時の報道と同じで、メディア挙げて(小沢の時はメディアスクラムと呼ばれた)ある事ない事、重箱の隅を徹底的にほじくっている。STAP細胞騒ぎの小保方女史の場合も同様。理研とNHKはじめ大マスコミの豪雨のような集中的バッシングで小保方女史の社会的生命はほぼ絶たれた。ところが、ドイツの研究者がSTAP細胞の再現に成功したというニュースが流れている。さらにハーバード大学ではSTAP細胞を違う方法で創り出し、特許を取ったというニュースが流れている。STAP細胞はない、という結論を出し、よってたかって小保方女史を袋叩きにした理研・NHKをはじめとする報道の責任はどうなるのか。もし、彼女が自殺でもしていたら、その責任はどう取るのか。メディアは、もう一度考え直した方が良い。

そうは言っても、このバッシングは、舛添が辞任するまで辞める気配はない。狙いは明白。舛添を辞任させ、新しい東京都知事選を戦う。その時、橋下元大阪市長を担ぎ出す。この話題性を梃子にして、参院選、衆院選、東京都知事選のトリプル選挙にし、自民党の勝利を勝ち取る。たとえ、舛添が辞任しなくても、メディアを舛添スキャンダル一色にして、他の重要案件(上記の裏金問題など)に目がいかないようにする。まあ、今のところ、それが上手くいっているように見える。

しかし、舛添のみみっちい税金のたかりを鬼の首をとったように報じるくせに、甘利の口利き疑惑をとんと報じない。三か月の「睡眠障害」で国会を休んでおきながら、ちゃっかりと選挙区向けにあいさつ状など配っている。おそらく、国会が閉会するまで休むつもりだろう。タフネゴシエーターと胸を張ったTPPの審議には一切参加しない。日本のこれからを変えるかも分からない重要な条約の責任者が国会審議を逃げ回っている。何が武田信玄の24将の一人甘利虎康の子孫か。武士の矜持が聞いてあきれる。植木等も裸で逃げ出す『日本一の無責任野郎』である。

これを報道し糾弾し追及しない報道機関も報道機関の名に値しない。まして、捜査しようともしない東京地検などもはや無用の長物。さっさと解散した方が良い。同じ罪を犯しても、人によって捜査したり、捜査しないのでは、『法の下の平等』など絵に描いた餅。誰が法を守るのか。同じ事が報道機関にも言える。人によって報道の仕方を変えるのなら、そんな報道を『公平』だと誰が思うのか。報道機関の自殺行為に他ならない。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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18歳〜20歳前半の価値観と問題意識

2016-05-25 15:22:29 | 選挙
見習い期間さんの今週のコラムを拝読。まさに、そこ・・・ですよねぇ、う〜ん。

18、19歳の問題意識を高める方法を探るのも然り。その前に、20歳になった新成人がどれほど投票所へ行っているのか・・・という疑問も、然り。

要はエイティーンから20歳前半の若者に、
1)どうやって政治への問題意識を持たせるか
2)その問題意識を、どうやって広めるか
なんでしょうね。

1)について、ウチでは大学生の子猫(長男、19歳)は護憲+の例会にも参加経験があり、普段は東京MXの低俗・・・もとい、5時から始まる情報番組を見ているので、それなりの大衆的な問題意識はもっています。

また、高校生の猫娘(長女、16歳)は日頃から、私が安倍政権や役人の無駄遣いを批判をしているのを聞いて「なんで、そんな事が許されるの?ダメじゃん!」と素朴な疑問を持っています。

理想としては、家庭内で生活・暮らしを通じた政治への問題意識を持つことが「自分で意思表示する、納税分の1票を無駄にしない」という行動へつながるのですが、娘に聞くと・・・友人の親世代は子供との会話があまりないそうです。友達からは「猫娘はお父さんと仲がいいな。よく、そんなに話すことがあるね」と驚かれるそうなので。

2)については、(私から見ると)特殊なコミュニケーション行動を持った世代です。いつでも、何をおいても、とにかく「LINE(ライン)」でつながる事が重要で、LINEグループをいくつも作り、自分の書込みが「既読」されたかを気にしています。しかも、毎日学校で会うし電話すれば済むことまでLINEに書き込む。相手(グループ内)に読まれることを前提に「思ったこと(心の声)」まで書き込むのですから。

おそらく、ティーンズは「問題意識を持つ、広める」ではなく「心の声を、拡散希望」なのです。この価値観に目線を合わせないと、正論を投げてもスルーされてしまうでしょう。SEALDsの奥田さんはそのツボがわかっていて、進め方が素晴らしい!と思います。

「護憲+BBS」「コラムの感想」より
猫家五六助
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ハラハラ、ドキドキの選挙を期待

2016-05-24 09:39:56 | 選挙
見習い期間さんのコラムに関連して。

私は、何故投票にいかないのだ!と、若い人達を、罵倒したつもりはないけれど、投票しないのは、自分で自分の首を絞めるようなもの、と思った事はあります。それは若者世代だけでなく、大人達にも言える事ですね。「人生経験も少なく、情報も乏しい中で何を選べばいいのか分からない」という若者の置かれた状況にも共感します。

最近のマスコミが選挙期間中に流す情報も少なくなっている気がします。昔の事を言っても仕方ないけれど、マスコミにも一昔前は「選挙はお祭りだ」みたいな雰囲気があったんですよ。昔のニュースステーションでも、久米宏等が、洒落た言葉と、明るい雰囲気で選挙気分を盛り上げて、大人も「そうだ、明日は投票にいかなきゃなー」何てテレビの前で思ったりして……。

今は、あの出口調査というので、開票率2%くらいで当選確実が出たり、面白くないですよね。私、あの出口調査というの、引っくり返せないかと思っているんですが無理ですかね。やっぱり選挙って、終盤迄、何が起きるか分からない面白さがないとつまらないですよ。

頭のいい子が、現政権に批判的で、色々な情報を集めた上で現政権にNOを突きつける事が出来る、という考え方は、ある意味大人達の希望的観測、及び願望かもしれませんね。でも、私達大人は既に充分知っているはずです。若者たちが、革新でもなく、不安定な雇用状況の中で少しでも大きな組織、団体について行こうともがいている事を。

だからこそ、「少しでも現政権与党を評価出来ないという若者達にエールを送り、彼らが活動しやすいように、全力でサポートすることが大事」という意見にはおおいに賛同いたします。それが大人の心意気ってものじゃないでしょうか。ついでに、投票に行かない若者の意見も聞いてみたい。選挙に行っても何も変わらないという考えを聞いてみたい。

強者が市民を蔑ろにしている社会に生きている私としては、この真綿で首を絞められているような社会を何とか変えて行くためにも、大人も、若い世代の人達も、一つでもいいから共感出来る何かで繋がりながら、次の選挙では久しぶりのハラハラ、ドキドキを体験したいと思っています。

「護憲+BBS」「コラムの感想」より
パンドラ
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18歳選挙権で日本は変わるのか

2016-05-23 11:04:18 | 民主主義・人権
昨年6月、公職選挙法の改正により選挙権年齢が満18歳以上に引き下げられた。18歳・19歳という人の意見が投票結果に新たに反映され、若い感性が現在日本の政治情勢の突破口になるという期待をかける声も、地域の市民活動などを中心に筆者の周囲では決して少なくない。しかし、「18歳選挙権」の実施により本当に現状を打破することができるのだろうか。

18歳選挙権の実施に先立つ諸調査の結果を見る限り、状況はこれまでとさほど変わらないのではないかという印象を抱いてしまう。今年の2〜3月に共同通信が実施した世論調査では、18歳・19歳で選挙に「必ず行く」「たぶん行く」と回答した人は56%という数字であり、他の世代と比べ突出して高い割合ではない。また、支持政党を問う質問でも最も政党支持率が高いのは自民党だった(26%)。

高等学校などの教育現場では、18歳選挙権の実施を踏まえ「有権者教育」を行う動きも出てきている。一人ひとりが自らの力で何かを判断し選択する姿勢を、相対的に若い世代が身に着けることは大切なことだ。しかし、教育する側は学校の教員である以上はあくまでも「中立」の立場を求められる。授業などで扱うトピックもなるべく政治的な色が薄いものが多くなるのはやむを得ないことだ。

現在の有権者教育では、選挙までの時系列の流れや投票方法を知り、身近なトピックについてどの考えを支持するのかを選ぶ行動に慣れることはできる。だが、実際の選挙でどのような候補者を選ぶのかを判断する際の決め手はいまひとつわかりづらいままだろう。最終的にクラスや班で自分の意見を話し合うとなると空気を読んだ綺麗事を言ってしまったり、多数派の意見に合わせてしまうことも少なからずあるだろう。

こうした状況下で、いわゆる「頭のいい子」は現政権に批判的で様々な情報を各種メディアから集めた上でNOを突きつけることができるという見方も、上の世代の人間が一部の若者に過剰に期待を寄せているだけに過ぎない。「若者=革新」というステレオタイプな若者観にもとらわれてしまっている。

以上のように考えると、18歳選挙権の実施だけで直ちに日本が変わるのかと問われたら首を縦に振ることはできない。しかし、市民のための社会を作るべく、彼らよりも長く生きている私たちにできることはある。

投票に行かない若者には彼らなりの理由がある。高校生世代の人と話すと、人生経験も少なく情報も乏しい中で何を選べばいいのかわからないという者もいる。現在の政治状況を見て、多数派に交わらない限りもはや投票などしたところで無駄なんだと失望してしまう高校生もいる。

私たちとは見方が異なる若者がいることも忘れてはいけない。新聞、テレビ、Webなど各種メディアの情報を得たうえで、現政権が最も良いと判断する若者も確かに存在するのだ。

そうした彼らの個々の意見をないがしろにして「最近の若者は政治に関心がない」「自分たちの未来のことを考えていない」などと一方的に罵倒することだけは絶対にしてはいけない。多様な価値観の若者がいる中で、現在の政治状況、政権与党のしていることを評価できないと思う若者たちがいれば、彼らが活動しやすいように全力でサポートし、エールを送ることが第一にできることだ。

他人の政治観を変えることは困難だが、立場が近く問いを共有できる若者に世代を超えて仲間がいることを伝えることが、人生の先輩としての役割であり、強者が市民をないがしろにして暴走する現状を打破するための連帯を作る第一歩になるだろう。

「護憲+コラム」より
見習い期間
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『絶望の拒絶―ジョージ・オーウェルとともに』

2016-05-19 17:41:43 | 民主主義・人権
流水さんがオーウェルについてお書きになっておられますので、この機会に、「老人党護憲+」にご尽力くださった鈴木健三様のご著書を紹介いたします。

『絶望の拒絶―ジョージ・オーウェルとともに』(鈴木健三著)

「そして世の中が今のように一見きわめて妙な柔構造を持ちながら全体がどうも怪しげな方向に進んでいる時、
日本という経済大国といわれても実質的には東洋の小国、乃至アメリカの属国に過ぎない国でこういった動きに抵抗するのは、
今のところはともかく、しっかりした革新政党を増やすほか手がないと考えているので、
オーウェルのこの戦う実践家の面がもっともっと強調されてしかるべきだ、と私は考えている」

1995年のご著書ですが、今も非常に必要とされる考え方と思います。

アマゾンに1冊、ブックオフにも1冊あるようです。

http://www.bookoffonline.co.jp/old/0012308507
http://www.amazon.co.jp/dp/4523292132

アマゾンのユーザーレビューがとてもよく書いてありますので、そこもご覧くださいませ。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
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米国大統領に原爆投下の謝罪を求めるのは筋違い

2016-05-18 10:43:43 | 戦争・平和
オバマ大統領の広島訪問が正式に決定されたが、この間日米のメディアは大統領の広島訪問に対しての両国民の感情を取材して報道している。

中でもクローズアップされているのは、オバマ大統領が原爆投下について謝罪すべきか否かの問題であるが、米国内では賛否両論が明確で、謝罪不要論が優勢なようである。米政府の報道官も謝罪の為の広島訪問ではないと、原爆投下を正当化する国民感情に配慮している様に思える。

一方日本国民の謝罪に対する賛否の感情は米国民ほど明確でなく、被爆地広島・長崎でも抑制的に見える。また日本政府も謝罪は要求していない。むしろこの感情は当然であろう。

ここで簡単に日米の太平洋戦争を振り返れば、戦争を仕掛けたのは日本であり、しかもハワイの真珠湾への先制攻撃は米国への戦線布告前というタイムラグがあり、故意と受け止められている。

このような開戦の経緯を観れば、米国が謝罪を拒否するのは当然であり、日本が「謝罪」を要求することは情緒的であり、残念ながら筋は通らない。また無条件降伏を受け入れたことからも無理筋であろう。

また仮に米国が謝罪すれば、今の自公政権には渡りに船、戦争を仕掛けた日本の責任が曖昧にされかねず、平和主義を唱う憲法の改正を助長する事に利用されかねない危険性もある。

原爆投下に謝罪を要求するのであれば米国にではなく、日米開戦を仕掛けた日本の戦争推進者に対してであろう。しかしその当事者は既に東京裁判でA級戦犯として死刑を執行され、原爆投下を招いた罪も負わされたと観ることもできる。

唯一助命された昭和天皇も28年前に崩御されて、謝罪して貰いたい人は既にいない。この種の日本人の苛立ちとジレンマはいつまでも払拭されそうに無いが、これも戦争の悲惨さとして受け止めざるを得ない様である。

しかし原爆を投下した米国の現大統領が広島を訪問することは、謝罪でなくともそれなりの意義があり、安倍首相も広島に同行するのであれば、日米開戦の過ちを米国大統領の面前で率直に認めるべきである。それなくして同行しても大して意味は無い。

それに対してオバマ大統領も米国の広島・長崎への原爆投下は生物の頂点に立つ人間のすべきことではなかったと過ちを率直に認め、悲劇が起きた広島・(長崎)から核廃絶を世界に発信して欲しいものである。

これが原爆犠牲者と遺族への慰霊にもなり、同じ核廃絶の発信でもプラハからの発信とは重みが違う、ノーベル平和賞にふさわしい発信となる。また先日北朝鮮の国営放送が、「オバマの広島訪問と核廃絶は欺瞞である」というような報道をしていたが、一見核心を突いているとも思えるこの報道をも払拭して見せて欲しいものである。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
厚顔
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オバマ大統領に見る『パラドクス』的政治の世界

2016-05-17 16:43:25 | アメリカ
伊勢志摩サミットで、オバマ大統領が広島訪問をする。「謝罪なし」「演説なし」「被爆者との面談なし」、ないないづくしの訪問である。

それでも、オバマ大統領の広島訪問は、多くの日本人に歓迎され、大きなニュースになるに違いない。同行する安倍晋三の得意顔が目に浮かぶようだ。「核廃絶」とか「核なき世界」とか、「戦争反対」とか「平和希求」などという理念や思想から最も遠い総理大臣が、ドヤ顔をして、『平和のための安全法制』などとのたまうのを想像すると今からげんなりする。

今わたしたちが目にしている光景は、ジョージ・オーウェルの「1984年」の世界だ。読まれた方が多いと思うが、あらすじだけを紹介しておく。

・・・1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されている。さらに、間にある紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョン、さらには町なかに仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。

ロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の役人として日々歴史記録の改竄作業を行っていた。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら定かではない。スミスは、古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという、禁止された行為に手を染める。

ある日の仕事中、抹殺されたはずの3人の人物が載った過去の新聞記事を偶然に見つけたことで、体制への疑いは確信へと変わる。「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性、ジューリアから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになる。また、古い物の残るチャリントンという老人の店を見つけ、隠れ家としてジューリアと共に過ごした。さらに、ウインストンが話をしたがっていた党内局の高級官僚の1人、オブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白した。エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書をオブライエンより渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。

ところが、こうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出て、ジューリアと一緒にウィンストンは思想警察に捕らえられ、愛情省で尋問と拷問を受けることになる。彼は、「愛情省」の101号室で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑(銃殺)される日を想いながら“心から”党を愛すようになるのであった。
・・・ウィキペディア

彼が、この小説の中で展開しているは、「戦争は平和」で、「真実は嘘」で、「愛は憎悪になる」というパラドクスである。ジョージ・オーウェルの意図がどうであるかは別として、この小説の世界は、これまで社会主義の究極の姿である、と読まれた。現在でも、多くの人の社会主義に対するイメージは、オーウェルの『1984年』に酷似しているだろう。

しかし、本当にこの小説の「パラドクス」を地でいっている大統領こそバラク・オバマだと思える。

核廃絶を訴えたプラハでのオバマ演説。見事なばかりの平和主義者であり、人道主義者に見えた。その為、彼は、ノーベル平和賞を受賞した。彼のイメージはこれで固まったと言ってよい。

しかし、核政策で、彼が米国で現実の政策として実現させたのは、「小型核兵器の開発の推進」だった。意地悪くみるなら、オバマ大統領の『核廃絶』は、米国以外の国の『核廃絶』理念ではないのかと考えられる。

その他、ノーベル平和賞受賞者としてのバラク・オバマが現実の「戦争と平和」の政策で何をしたのか、検証してみよう。

.轡螢△冒缶明鐐茲鬚發燭蕕掘⊂なくとも、二十五万人の死者を出した。

中南米での反米政権打倒の試み⇒ベネズエラ政権転覆も試み。ブラジルで新自由主義者の反政府勢力を結集⇒大統領弾劾をさせ、ブラジル国内を混乱に落としている。ホンジュラスの右翼クーデターを操る。

ウクライナでネオナチ勢力を支援⇒選挙で選ばれた政権打倒⇒ロシアとの緊張関係増加

ぅ螢咼◆Εダフイ政権打倒⇒国内を混乱に陥れ、破綻国家を創り出す

ゥ吋縫◆Ε┘船ピア支援⇒ソマリア攻撃させる

Ε汽Ε献▲薀咼△防雋錙頁弾)提供⇒イエメン攻撃

Д蹈轡国境でのミサイル配備⇒ロシアの脅威を煽る

┨馥發任魯Εール街と巨大銀行の緊急救済は、政府による史上最大の大企業支援の位置にある。

マルチン・ルーサー・キング牧師の夢=戦争のない世界・・⇒米国の戦争と暴力の正当化のために使っている

彼の実際の政策を検証すると、彼が『ノーベル平和賞』受賞者に値するかどうか、一目瞭然だろう。

しかし、彼は、自らを「平和の使徒」として飾り立てるやり方をよく心得ている。●「プラハ演説」もそうだが、●イランとの和解の演出。●キューバとの和解の演出。国内政治では、●「オバマケア」の実現。(※本当の福祉とは程遠い)●銃規制の訴えなど。節目・節目でこのような演出をする事で、彼は『平和主義者』としての確固とした地位を確立している。

今回の広島訪問もこの文脈でのオバマ大統領の演出で、この思惑が何が何でも選挙に勝ちたい安倍晋三の思惑と一致したのが、今回の広島訪問であり、それ以上でもそれ以下でもない。

バラク・オバマが見せる政治の世界こそ、オーウェルの喝破した『1984年』の世界。『戦争は平和』『真実は嘘』『愛は憎悪になる』世界の具現化だろう。安倍晋三もそのコピー程度ではあるが、オバマの見せる圧倒的な詐術には遠く及ばない。わたしたち21世紀に生きる日本人は、オーウェルの想像した幻想にも似た飾り立てられた「パラドクス」の世界を見せられているのである。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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憲法に合わせるか、時代に合わせるか

2016-05-16 13:18:47 | 憲法
先日、朝の情報番組を見ていたら、「憲法改正の正しい思考プロセス」という解説をしていました。その手順とは、
1)ある政策を実行したい。(安全保障、選挙制度、災害対策、労働環境、経済政策など)
2)新法の制定、既存の法律の改正でできないか。
3)現行憲法のまま、解釈の変更で対応できないか。
4)憲法改正で対応。(政治権力は憲法によって縛られる対象になる)
以上のようになるとのこと。

つまり、新しい政策は既存の法律やルールを修正して運用するが、最上位の憲法に抵触したり矛盾したりする政策は憲法の解釈のしかたを変えて対応し、それでも無理があるならば国民に問うて憲法改正しよう。このプロセスを踏めば、政府は暴走しない・・・ということでしょうか。
 
また、ある評論家は「護憲を主張するならば、自衛隊の存在(戦力の保持)を否定しなければならない。戦後、自衛隊によって日本の平和は守られており、その平和を享受しつつ護憲を主張してきた人々には大きな矛盾がある」といいます。

さらに、ある著名人は「憲法は70年以上止まったままだが、時代は刻々と変化している。世界情勢や国家同士の関係は70年前とは大きく異なるのだから、憲法を改正するのが正しい」と。

こういった解説や主張をされると、おおかたの国民は「詳細はさておき(よくわからないけど)、憲法改正はするべき」と考えるのでしょうが、私はキツネにつままれた気分になるのです。なぜなら、そこには「憲法の意義や生まれた経緯」が省かれているからです。議論のすり替え、ともいえるでしょう。

要は、「憲法が先か、時代が先か」ということです。

戦前は富国強兵とか当時の列強国との対等な関係を目指して政権が先導し、軍部が暴走し、太平洋戦争に突入して不毛な戦争を繰り広げ、多くの国民を戦死させたわけです。つまり、「時代に飲まれた」のだと思います。そして迎えた終戦で愚かな政権・政策に気づき、反省して日本国憲法が生まれました。

「時代が変わったから今の憲法は古い」「時代に合った憲法が必要である」「戦勝国の押し付け憲法はダメだ」と主張する皆さんは、先の大失敗を全く学んでいないのです。時代が変わっても憲法の本質を理解し、護る努力をしなければいけないのに。

私は平和を理念とする憲法を「標準」と考え、自衛隊の存在は日米安保に押し流された「例外」として認めています。「例外」扱いを受けながら専守防衛に徹し、災害現場で命がけの活動をしている自衛隊員には感謝しています。なにしろ、警察予備隊発足以降の60余年間での過酷な「訓練」死者数は1,800名を超えているのですから。

しかし、解釈改憲による関連法案で自衛隊の活動を「標準」へ変更するならば、海外派兵の「実戦」死者数は格段に増え、それを上回る戦傷者が帰国するでしょう。

冒頭に転記した「憲法改正の正しい思考プロセス」に欠落しているのは「その政策が憲法に照らして正しいか」という吟味です。時の政権が実現したい「政策ありき」では、4)の(政治権力は憲法によって縛られる対象になる)は論外。そして、もっとも論外で退場すべき人は「説明責任を果たす」といいながら説明も論戦もせずに我がままを続ける安倍首相です。

「護憲+コラム」より
猫家五六助
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