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『イノベーションと起業家精神〈上〉その原理と方法』 P・F・ドラッカー(著)

2008年05月11日 | Book
経営学者P・F・ドラッカー著『新訳 イノベーションと起業家精神〈上〉その原理と方法』を読みました。原書が出たのが1993年です。

この本(「上」だけだけど)で著者が探求しているのは、企業が利益を生み出すイノベーションとは何なのか?ということ。著者は、イノベーションとは供給者が“新しいもの”を創造するというよりも、現実の変化に気づくことだと強調します。

著者は、現実の変化が起こっている兆候を見出すヒントを七つ挙げています。

イノベーションとはニーズの変化の発見である

一つ目の変化の兆候を見出すヒントは、予期せぬ成功と失敗に注意を払うことです。

「予期せぬ成功」とは、自分が第一に売ろうとしているわけではないのに、なぜか結果的に売れてしまっているというもの。例えば、婦人服を主に売ろうとしていたのに、家電が売れてしまったかつてのR・H・メイシーという百貨店のように。

ここで起業家にとって重要なのは、「予期せぬ成功」である家電販売に力を注ぐべきだということ。この場合ではそれがイノベーションに当たります。当たり前のことのように思えるけど、「予期せぬ成功」は経営者の最初の予想が外れていることを意味しているので、そのミスを認めることができず、商売の機会を逸する経営者がいることを著者は指摘します。商売をしているにもかかわらず、利益を得る機会よりも、自分の思い入れを優先させてしまうのです。著者は次のように言います。

「マネジメントが報酬を支払われているのは、その判断力に対してであって、無びょう性に対してではない。マネジメントは、自らの過誤を認め、受け入れる能力に対しても報酬を支払われている。特に、それが機会に道を開くものであるとき、このことがいえる。だが、このことを理解している者は稀である」(p59)。

「予期せぬ失敗」も同様に、経営者がたてた予想が外れた現実から、消費者のニーズをつかみ出す機会となります。

例えば、消費者を「一般」「中流の下」「中流の上」「上流」と区分して、フォード自動車会社は1950年代に「中流の上」を狙ったクルマ“エドセル”を売り出したけれど、失敗。

しかしこの失敗からフォードは、上記の区分がもはやあてはまらない行動を消費者はとっていることを見出します。それが、「ライフスタイル」という消費行動です。

「中流」でも「上流」でも「一般」でもない、「ライフスタイル」重視の消費者の出現に対応してフォードが開発したのがサンダーバードであり、それは成功をおさめます。これもイノベーションです。

ドラッカーによれば、この「ライフスタイル」という消費行動は、ベビーブームによる人口の重心の10代への移行、高等教育の普及、女性の生き方の変化が生じる前に起こっているということです。興味深いですね。

ドラッカーは言います。「ライフスタイル」という言葉が何を意味するのかさえ、まだわれわれは分からない。しかし“何か”が起こったことをフォードは失敗から学んだ。起業家にとって大切なのは、変化が起きた原因を知ることではなく、変化が起きたことを知覚することである、と。経営者は学者ではないのですから、変化の原因を説明する必要はないのです。

利益の源泉は消費者の行動の変化にあるのですが、その変化の兆候を見分ける機会は、自社や他社の成功と失敗にあることを著者は指摘します。


この「予期せぬ成功と失敗を利用する」に続いて挙げられるイノベーションのチャンスが、
「(業績、認識、価値観、プロセスにかかわる)ギャップ」
「ニーズの存在」
「産業構造の変化」
「人口増の変化」
「認識の変化」
です。

ただ、内容としては、どれも、消費者のニーズの変化をつかむことの重要性を表しています。そういうことは、多くの人にとって、あまりにも自明の理と思えるかもしれませんが。

イノベーションとは問題の解決である

 「業績ギャップ」では、需要が伸びている産業において、無駄な生産を行わずに需要に対応した供給を行えば業績は伸びるはずという事態において、その効率的な新しい生産技術が現れた例が取り上げられます(鉄鋼業における高炉から電炉への転換 p.88)。

ここで大切なのは、(例えば電炉という)新技術を発明したということではなく、無駄な生産によって鉄鋼業は膨大な利益獲得の機会を逸しているという「業績ギャップ」を認識できたということです。この業績ギャップの認識によって初めて、「無駄の多い非効率的な機械的プロセスを効率的な化学的プロセスに変える」必要性という課題・問題が明確化されます。イノベーションとは、このような課題を解決することであって、新技術を発明することではない、とドラッカーは強調します。

例えば、海運業界は長年船の輸送速度を上げることで利益を増やそうとしてきました。しかし、海運業界が利益の機会を逸していた主な原因は、港に入った船が遊休している時間の間に発生する貨物船のコストでした。つまり解決すべき課題は、船の速度を挙げることではなく、船の港での遊休時間を減らすことでした。そこで、積み込みと輸送の分離という「イノベーション」が行われたのです。それは新技術ではありませんが、紛れもなく「イノベーション」でした。新しい技術ではなく、何が課題であるかを発見したことこそが「イノベーション」だったのです(93-94)。


ハイテク

新技術がイノベーションではないとは、ドラッカーが再三強調することです。当時すでにシリコンバレーでブームを起こしていた「ハイテク」に対し、その経済成長への貢献を疑問視していたドラッカーは、新技術で勝負しようとする起業家について次のように言います。

「知識によるイノベーションが失敗するのは、起業家自身に原因がある。彼らは高度の知識以外のもの、とくに自分の専門領域以外のことに関心を持たない。自らの技術に淫し、しばしば、顧客にとっての価値よりも技術的な複雑さを価値としてしまう」(p.189)。

ハイテク起業家は、消費者にとっての課題・ニーズよりも、自分の技術革新に固執してしまうのです。ハイテクによって起業することの難しさは、他のイノベーションが消費者の抱えている問題・ニーズを発見することから始まるのに対し、ハイテクはそれ自身が他者のニーズを作り出そうとする姿勢を持っていることです。

パソコン、インターネット、携帯電話による便利さへの需要は、それらが普及して初めて生まれました。携帯電話が写真やビデオを撮る必要性が消費者にあったかどうかわからないけれど、その機能が内蔵された商品が発売されて始めて、消費者はそれが当たり前と思い込むようになりました。

このように、ハイテクすなわち知識によるイノベーションは、あらかじめ消費者のニーズを明確に予測することはできません。受け入れられて初めて、そこにニーズが存在していたことがわかる産業なのです。そこには大きなリスクが付きまとう。ドラッカーはこのことについて次のように述べています。

「その(知識によるイノベーションにつきものの)リスクは、それが世に与えるインパクト、そして何よりもわれわれ自身の世界観、われわれ自身の位置づけ、そしてゆくゆくは、われわれ自身にさえ変化をもたらすことに対する代価である」(p.207)。


イノベーションとは、現実の変革ではなく、変化への対応である

ハイテクは、イノベーションの例としては主流ではないとドラッカーは考えていました。彼にとってイノベーションとは、あくまで自分を取り巻く環境・現実の変化を知覚することであり、現実を変えることではないのです。

イノベーションとは、環境の変化を知覚して、ほかの供給者がまだ行っていないサーヴィスを提供することにある、と彼は考えていました。

現実・環境は必ず変化するし、今もしている。そのときに何もしないことは、それ自体がリスクを作り出していると言えます。イノベーションとは、そのようなリスクを回避し、予期せぬ成功や失敗、ニーズの変化を知覚することです。

ドラッカーはイノベーションに成功するものは保守的であると言います。それは、変化する現実を受け入れ、的外れのサーヴィスを行うリスクを回避し、何もしないリスクを回避するという意味で、保守的であるという意味です。


参考:「ベンチャービジネス」の幻想 池田信夫 blog

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