瞬間的な視覚的記憶はチンパンジーの子供のほうが、大学生や大学院生よりも優れているそうです。
上の図は松沢哲郎「進化の隣人ヒトとチンパンジー」(2002年)で紹介されている実験の例です。
スタートのボタンを押すとスクリーンに数字がいくつか示され、小さな順に数字にタッチして選んでいく課題です。
最初に一番小さな1にタッチすると右側の図のように1は消えほかの数字は白い四角で隠されます(左下の図)。
つぎに二番目に小さい3が隠されている白い四角にタッチすれば、その四角が消える(右下の図)というふうに小さい順にタッチしていきます。
数字がスクリーンに現れてから、最初に一番小さい数字を押すまでの時間を時間はチンパンジーのアイの場合で0.7秒、大学院生がやった場合は1.2秒かかったそうです。
つい最近行ったテストの場合は、4歳の子供のチンパンジーとその母親を使ったもので、数字をごく短い時間スクリーンに示した後数字を隠し、小さい順にタッチさせるというものです。
表示時間を0.65秒、0.43秒、0.21秒とだんだん短くしてテストをすると、表示時間がどの場合でも正答率は子どもチンパンジーが最も高く、0.21秒では、子どもチンパンジーの76%に対し、大人チンパンジー21%、大学生36%だったそうです。
数字を増やして9個にした場合、最も優秀だったチンパンジーは表示時間0・7秒で正解したが、同じテストをした大学生9人は全員が失敗したそうです。
見たものをそのまま記憶するという、いわゆる写真的記憶という点ではチンパンジーのほうが人間よりも優れているというわけです。
しかし類似の実験ではチンパンジーは、数字が2,4,6,8,10のように規則性があって順番に並んでいても、成績が同じだそうです。
これに対し、人間の場合は規則性を見て取って、はるかによい成績を出すことができます。
チンパンジーの場合は見たものをそのままでしか覚えられないのに、人間の場合は見たものに意味を見出そうとすると解釈することができます。
人間が文字を読む場合も、視覚的に見たままを写真のように記憶するのではなく、意味として記憶しています。
印刷の校正をするときに、意味を考えずに一字一字比較をしていけば校正ミスはなくなるのですが、普通の人は語句で比較をするので、つい間違いに気がつかなかったりするのです。
写真記憶のように見たままに記憶していれば校正ミスはなくなるのでしょうが、特別な訓練をしなければ、意味で記憶しているので文字の間違いを見落としてしまうのです。
しかし文字を読む上では、写真記憶が役立つわけではないので、チンパンジーより記憶能力が劣っていても差支えがないのです。