東アジア共生会議② チベット族・チャン族舞踊 2011/12/13――民俗芸能STREAM
東アジア共生会議④ バリ島の仮面劇 2011/12/13――民俗芸能STREAM
郷土芸能STREAM 第008回「ブータンの仮面舞踊と正月儀礼」
しがみついている椅子もないケド
おおおおおおおおお、お目々がかゆい。
そうなのだ。花粉症である。長年これでかゆかった。かゆいだけであとはクシャミが出るだけである。つまり大した悪さはしない。ま、面と向かって他のヒトとしゃべっていて、思い切りクシャミをしたらそりゃいけない。なぜなら、相手に私のクシャミのツバキがかかってしまうからである。だから、この時期は、顔を近づけてしゃべるようなことはしない。当然である。下手したら(下手しなくても)殴られるからである。殴られるのは、いかに私の下駄のような真四角の顔でも痛い。痛いのは、いかな私でも嫌である。そもそも暴力反対であるからだ。あたり前である。
は~~~くしょん!
とここまで書いてきて、また出た。クシャミに便秘があればいいのにと思った。かなり快適な便秘になるだろう。
しかも私は、書庫の椅子でこの記事を書いている。
そこで椅子のことである。
椅子というのは、椅子である。当たり前である。私が好きで座っているものである。私の収入からしたら、けっこう高かった。普段、ブックオフとかAmazonで古本専門に買っている私としてはずいぶん奮発した椅子である。なぜなら、昇任試験を受験するのに、椅子だけはいいものを買えと大先輩のアドバイスを受けたからである。
その椅子があまりにも快適であったから、病気になった。つまり快適な椅子に座ってゴミ論文書きに邁進してしまったのである。毎日十時間以上である。引きこもりみたいにしてやっていた。で、残念なことに病気になってしまった。本当に悔いている。なっちまったもんは仕方がない。いろいろと決断をせよという天からの指示であろうと思っている。
そして思った。
現役時代に、椅子から去ったことを。
つまり、退職した時に、それまで4年間座っていた**室の椅子から転げ落ちたからである。あの椅子は、今の私の書庫にある椅子よりも安かった。そんな程度の椅子である。いや、値段のことではない。
退職と同時に、後任者がその椅子に座るわけである。
つまり、取り替えがきくのである。別に私でもなんでもいいのである。なんでもいいというのは、言いすぎであるからこれ以上は言わない。しかし、こいつは実に優れた方法である。固定化しないからである。固定化すると組織は停滞するからである。しかも、学校の数は決まっている。当然、責任者というのも数が決まっている。決まっているといえば職員の数も決まっている。当たり前である。それでなくては公的機関としてはインチキである。公的機関というのは、規制があるから、公的となる。
そして、責任者というのは、取り替えがきくのである。
だから笑ったのである。忘れられるのである。しがみついていたら、アホであると気がついてしまったからである。
もう無関係だと宣告されたっていうわけである。
で、昨日、居住地の時計屋さんに行った。腕時計を買いにである。そうなのだ。腕時計が嫌いで今まで持っていなかったからである。懐中時計が好きで、それを持ち歩いていた。普段は、ガラケーでまにあうから、ガラケーをクビからぶら下げているケド。
その懐中時計が、ナント電波時計なのである。
私にしては安いけどいいものを買った(新宿のヨドバシカメラから)と思っていたら、これが非常に使いにくい。電波時計だから、時差調整ができないのである。退職してから、異国に行くことがあるようになったから時差調整は実に深刻な問題になる。いちいち計算しているのも無理がある。ヨーロッパあたりに行くとどうしようもない。
だからとうとう決心して時計店に行ったのである。当然、古女房ドノにご同道願った。ふむ。時計の代金は彼女が支払うのである。(^-^)/
「手巻きの時計が欲しいのですが。。」
と店番をしていた時計店の品の良いご婦人に申し上げた。
そしたら、「今、どこの時計店でも扱っていないですよ」と言われた。
「え!」
「なんで手巻きですか?」
「時差調整ができないからです」
「じゃ、ソーラーがありますよ」
そんなやりとりをしていた。
結論からいうとセイコーの安い腕時計を購入した。なぜ安かったか。それはその時計店が完全に閉店するからだった。ソーラーなら電池交換もない。それに、安い。セイコーだから壊れないだろうと思ったからである。
ご主人がいなかったので、サイズ合わせに明日また行かなくちゃならない。それでまたその店に行く。取り置きしておくと言うので、名前を聞かれた。とーまと申しますと申し上げた。そしたら、「ああ、**の**センセだった方でしょ?」と言われた。
あれ、ここにも私のことを知っているヒトがいると思って、がっかりした。もしかしたら、最後に退職した高校の卒業生かもしれない。旧制女学校だからである。品があるわけである。創立100年をこえているからである。間違いない。100周年記念事業をさせていただいたからである。私が勤務しているときに。校歌も歌手の加藤登紀子氏に作っていただいたし(私の前任**の時)、記念コンサートで加藤登紀子氏に来ていただいて、歌っていただいたから記憶に残っているのである。そしてそのことをマスコミに取り上げていただいたっけ。いい思い出である。
そして、ここからが私らしい。「**の**センセだった方でしょ?」と言われたことに対して、「違いますよん」ととっさに言ってしまったのである。
まったく、まったく。
椅子から転げ落ちたのだから、もう前世のことは関係ありましぇーんということである。
だって、取り替えがきくのだから。
しがみついていたらしょうもない。
塾だけはしがみついていくけど。
なぜなら、アタマのトレーニングになるからである。まだできそうだし。もっとも、これも「もう来なくていい」と言われたら速攻で辞める。当たり前である。ご迷惑をおかけしていたらいけない。
ソーラーで発電するような、すぐれた頭脳を持っているわけではないからだ。やっとこすっとこ生きているだけである。なにしろ病人だったからなぁ~。
さて、今日も一日楽しく過ごす。
午前中はwalking、午後は市営のgym。
その間は、読書三昧である。
晴耕雨読?
違う、違う。晴れても、雨が降っても、読書三昧、飽きたら運動である。なにしろそれが治療につながるのであるから、真剣に取り組んでいる。痴呆予防と、運動で血栓を治療するのである。
先日、知人からメールがきた。
「具合が悪いと聞いたが、そんなことは無いだろう?」って。
「おめーさんのブログを読んでいると、まことに明るく、元気いっぱいではないか」とおっしゃるのである。
誤解である。
ホントに、私は入院していたのである。
かなり深刻だったのだ。なにしろ生まれて初めてICUに入ったのだから。死ぬかと思った。
しかし、そんなふうには見えないらしい。それはなんでか~と思う。
決まっている。
私がプロ野球の球団みたいに明るいからであろう。その名を楽天というのだが。
もうこれくらいにする。
また明日。
(^_^)ノ””””
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【京都・みそ汁の恩返し】亀岡市保津町の風習。牛松山に鎮座する金比羅神が幼少時、食事はみそ汁だけという生活を強いられ、保津のキツネからご飯をもらっていたという言い伝えから、キツネの月命日である毎月10日は感謝を込めてみそ汁を飲まない。 pic.twitter.com/a0eH455js0
竹内研の徳冨君はISSCCでアジアの学生発表に与えられるSilk road awardを受賞。論文が高く評価されたのに加え、中大の学生がISSCCで発表するのが初めてだからのよう。ISSCCでは学生発表といえば普通は博士学生だから、修士1年で発表するのは最年少でしょう。
【貉の御所】南陽市松沢。昔の人が住んでいた洞窟にいつしか貉が住み着き、月の良い晩にはそこで貉が30匹も40匹も踊っていたと伝えられる。洞窟は山まで続いており、洞窟の入り口で木を燃やせば山の峰から煙が出ると言った。
万葉集の本を出そうとしたらバッグの中に酸っぱい梅干しの袋。江の電のホームで疲労感に襲われてクエン酸の補給にと買ったもの。お陰で疲労回復。即効性あってその後は元気に動き回りました。
石位寺薬師三尊像:奈良県にある融通念仏宗の寺院。白鳳期の制作である。日本における石仏は、584年に百済の鹿深臣が弥勒石仏を持ち運んだのが最初とされる。石仏は木造仏と違い、経年劣化が少ないのが特徴。pic.twitter.com/9EmDVxDWML
【茨城・牛久大仏・修正会】<大晦日~元旦>牛久大仏にて行われるカウントダウン。「10.9.8.南.無.阿.弥.陀.ぶ.つ」の掛け声とともに約千発のカウントダウン花火が打ち上げられ、レーザーの光で牛久大仏が七色にライトアップされる。 pic.twitter.com/0a6XtjMGv5
歴史の総体を裁きながら、しかも歴史の終末をしるしづける戦争そのものに対しても外部的であることで、終末論的なものは、それぞれの瞬間それ自体において、その瞬間各々の十全な意味を回復させる。つまり、一切の事案は、時が満ちて審理に付されていることになるのである。-全体性と無限-
キリスト教によって、強い人間は、典型的に排斥されるべきもの、「極悪人」となった。キリスト教は全ての弱者、賤者、出来損ないの味方に与し、強い生命が持っている自己保存本能に抗議することを己の理想としてきたのだった。-反キリスト-
ああ、病になって幸せだなあ。私をもっと尊い境涯に生かすために、今までの生き方の間違いを根本主体が教えてくださるために、この悩みがあるんだな。この悩みでの生き方の間違いを根本主体が教えてくださるために、この悩みがあるんだな… bit.ly/1gFsclo
目白の野上書店さんの白水社フェア、売行好調とのことで、3月いっぱいまで延長していただけることになりました!『ライ麦』ほか名著ぞろいの白水Uブックスと文庫クセジュが皆様をお待ちしております。 tokyo-shoten.or.jp/shop/tokyo/3056 pic.twitter.com/UVkShMpgYw
『地方史研究』総目録がエクセルでダウンロードできるようになっています。これは、ciniiや国会図書館サーチでも記事が収録されていないと思います。歴史クラスタ(とくに日本史か)はぜひチェックされたし。chihoshi.jp/soumokuroku.ht…
『本居宣長』(中公新書)。賀茂真淵との学問的なやりとりを読むと、理性的に思考する国学の近代性におどろく。いっぽう秋成との論争では、宣長のことばの激しさというか、きたなさにげんなりすることも。