と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

みなそれぞれ

2010年11月30日 21時40分05秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

いろいろな校長先生と会って、意見交換をさせていただくことが多く、実に勉強になります。
ありがたいものであります。

本当に他校に学ぶことが多い。これもまた縁でありましょう。


独立独歩も重要ですし、またいろいろ教えていただくことも重要であります。
そうした中で、独自性を発揮していくことが可能となるからであります。
校舎の実にすばらしい学校もあちこち見させていただいて参りました。
今日もです。大都会の学校に行っておりました。そして、会議をし、校舎と授業を見学させていただいておりました。
校舎ばかりではありません。中身に一番興味があります。教育課程こそ、学校経営の要でありますから。
わたくしは、動画を多用して広報をしておりますが、一番訴えたいのは教育課程なのであります。
それとなくお伝えできるように工夫をしてきたつもりであります。
つまり本命は「授業」なのであります。

それを動画でお伝えしてきたつもりであります。
本校の先生方の授業をです。
むろん完璧だなどとうぬぼれているつもりはありません。
完璧とか、完全とかいうのは、これは中途半端な人間の言うことでしかないからです。



そういう中で、今日は、出先で西田幾多郎先生の「善の研究」の講談社学術文庫版を入手しました。
全注釈付きの文庫です。
うれしくなりました。
岩波版も所有しているのですが、ほんとうに西田哲学は困難であります。
そこで、いろいろな書籍を読んでいたのです。
そうしましたら、昨日の晩、ある文庫を読んでいて、講談社版を知ったわけです。
岩波版は原文というか、まさに原典でありますから、間違って解釈していた場合はこれは目も当てられない。
ましてや、これからレポートを書こうとしているわけです。
怖いこと限りなし。

ある程度素養のあるお方なら、わたくしの読書傾向から何をしようとしているのか、おわかりいただけるのかなとも思いつつ。
しかし、それもわたくしの真の欲求には当てはまっておりません。思想信条にはまったく触れておりませんから。
クイズみたいな言い方で申し訳ありませんが。



今日も夕方電車に乗っておりました。
高校生がどやどやと入って参りました。
楽しい限りです。
みなそれぞれ、青春を生きているのだなぁと頼もしくなりました。

これからどういう生き方をされていくのでしょうか。
どんな大人になっていくのでしょうか。

そういう方々と一瞬でも関わらせていただいたことを、感謝しつつです。
教職の道を選ばせていただいて、ほんとうによかったと思った次第です。



 また明日!


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

100周年を迎えた高校の紹介記事

2010年11月29日 22時19分51秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

千葉日報に、100周年を迎えた高校の紹介記事が、昨日今日と連続で掲載されておりました。
コピーをとって、関係職員と眺めておりました。
なかなかのご活躍ぶりであります。

本校も紹介されましたし、それぞれの学校にも出かけてまいりました。

どの学校もたいしたものであります。

それぞれの個性を持ち、それぞれの役割を果たしております。

どんなふうに発展されていくのでしょうか。楽しみであります。

エールを送らせていただきたいものであります。



さて、今日も記事を書くのが、遅くなってしまいました。
最近、情報収集に手間取ることが多く、そちらの方で苦心をしておりますから。
どうしても、理解できない情報については、マインドマップという手法でまとめます。
これはちょっと時間がかかります。

今やっていることは、わたくしの手に余るレベルで、ちょっと高望みしすぎたのかもしれません。
難しいなぁと夕食を食べてから、ノートを見つめて、ため息をついておりました。ちょっとだけ紹介しますと、自我の否定という課題を与えられて、その解が見つかりません。

こんなことばかりやってきたのですが、悔いはなし。
こういう課題は、教科書の丸写しをしたくても、その種本が無い。
自分で考えるしかないのです。
これはけっこうきつい。

博学の先生方は、種本を見破りますからね。
本当の学問をやった方には、うっかりものも言えません。
全部お見通しではこれは怖い。




わたくしだけなのかもしれませんが、高校時代に、うぬぼれて一丁前に先生方に質問の嵐を見舞って得意がっておりました。
特に漢文の先生にご迷惑をおかけしました。
実力も無いのに、知ったかぶりをして、得意がって質問をしていました。質問と言うよりは、先生、このことはご存じないでしょう?というせこい質問であったからです。なんということでありましょう。小生意気もいいところです。まったくどうしようもない。

そういうときに、先生方から種本を明らかにされてしまったわけです。
その質問は、*****先生の著書からだね?と。

こんな生徒でも相手にしてくださって、今では感謝しております。

謙虚に学ぶしかありませぬ。



米沢の国立大学に受かった在校生のことをこの前の記事で紹介させていただいて、ふとそんなことを思い出しました。


 


また、明日


 


 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おめでとう 二人目の国立大学合格

2010年11月26日 22時41分25秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

今日、国立山形大学工学部の合格者が出ました。

よくがんばりました。

同時に、非常に懐かしくなりました。

わたくしのふるさと米沢にある大学ですから。

高校の同じ学年から70人くらい進学して行った記憶があります。


庭にあるようなもので、楽しい大学でありました。


大学祭にも歩いて行ってみたことがあります。

わたくしのような者ではとてもとても太刀打ちできない優秀な憧れの大学です。

実にすばらしい。




本人にも、聞いてみたいです。

雪対策は大丈夫ですか?と。


コツはわたくしが教えてあげましょう。

シモヤケ防止法とかです。

大変ですからね。


屋根まで積もってしまう雪こんこんの北国でありますから。

でも、四季それぞれ美しい自然豊かな土地でもあります。

特に春と秋がいい。

冬から目覚めた花たちの生命力に圧倒されます。


秋は、紅葉が非常に美しい。
それと食べ物。芋煮会。くだもの。銚子もおいしいものがたくさんありますが、傾向性においてまた違った食べ物があります。


冬はスキーもかなりできます。たくさんスキー場があります。スキーをやって温泉に入るのが、今でも不肖わたくしの趣味でもあります。

温泉もたくさんあります。白布高湯、小野川、姥湯、赤湯・・・・・・・実にいいところであります。

一番良いのは、米沢人のあたたかさ。


文化と、歴史と、忍耐を具現化したような米沢の方々に学んでいただきたいと思います。
武家屋敷もあります。お城跡もあります。実験・実習、座学中心の生活になるでしょうけれども、そういうことも学んでいただきたいと思います。

昔と違って、東京から2時間程度で行けます。新幹線がありますから。何本も走っています。
良い時代になったものです。





今年の修学旅行で京都の案内をしてくださったバスガイドさんが、米沢の春日町の出身でした。
これもまた何かのご縁。
今日に結びついていたのかな、と思った次第です。


 



ともかくよかった。


 


 


また来週!





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

気配を消す

2010年11月26日 21時16分35秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

「後ろからの声を聞け」というフレーズで、気配を消すことが可能だということを知りました。
なかなかおもしろいので、夕方書店で、新書ですが、買ってジムで読んでおりました。
自転車をこぎながらです。

攻撃の気配を消すことができるという部分にまったく納得できたからです。
武道は確かに攻撃の気配については、普通の感覚でもわかります。
あ、これは相手が攻めてくるなということがです。
心得の無い人は前しか見ていないからです。
相手しか見ていないからです。


すると隙ができる。
そこに勝機が生じます。


本能でもわかります。

非常にこれは参考になりました。
生き方においてです。
あるいは学校の運営についてもです。

これまで学校運営については、前しか見ておりませんでした。
ひたすら前進でありました。
後ろからの声を聞けということは考えてもみませんでした。

なかなかおもしろいことをのたまう大学教授がおられるものであります。
あるいは気配を消した組織というものも、なかなかおもしろいものになるのではないかと。

ですから、相手を馬鹿にしていると後でしっぺ返しをくらうことになります。
これはいろいろな意味を含ませて言っていますがね。

あるいは自分がいろいろ失敗しても、後ろからの声を聞いていれば落ち込むことは無い。
人生、前にも、横にも、後ろにも行くことができますから。
くじけちゃならんのです。
こちらは生徒諸君に言っているつもりです。

ゆるく構えながら、努力だけはおさおさ怠らないことです。
受験の時期になった在校生諸君に特に申し上げたい。
今まで蓄えてきた知識の使い方をちょっと変えてみても、効果が出てきますよ。

後ろからの声を聞くというのは、武道における体の使い方をちょっとだけ変えてみるということでもあります。
焦ることはありません。
結果を出すために勉強はしているのでしょうけれど、これまでやってきたのだから、結果は出ると思って取り組まれた方がよろしい。

固定観念というのはあまりよろしくない。

ですから、わたくしは結果が全てだとは一度も言ったことは無いし、それが人生の真実だとは思っておりません。
結果だけを意識していると恐怖に陥る。失敗したらどうしようと思う前に、集中力を奪われないようにしなくてはなりませんよ。

誰も負けようとして武道の試合をする人間はおりません。無念無想でやった方が勝てます。
勝ち負けにこだわって、恐怖心を持たないことです。無駄な力みにつながります。

力むと普段の実力の半分も出ません。

平常心で、努力だけはする。

これです。
これ。


がんばりなさいませ。


 


(参考文献 「武術『奥義』の科学」 吉福康郎著 講談社)


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分を現実とは関係の無い世界に身を置いて

2010年11月25日 22時07分04秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

自分を現実とは関係の無い世界に身を置いて、ただし視点は明確にして、文章を読む。それが視点論という立場での読解指導だと長いこと思ってきました。

ところが、それだと行き詰まるという批判を目にして、まさに面食らっております。他人事のように世界を眺めているということ、それでいいのかと言われる学者がおられたのです。

たとえば、二行詩でもいい。
わたくしの良く例に出すのが、

太郎の屋根に雪降り積む
次郎の屋根に雪降り積む



であります。これは視点論で授業をやると実におもしろい素材であります。何時間でもできるのです。そんなことできるわけ無いという方が多いと思いますが、プロの教師はそれができるし、またできなくてはなりませぬ。

しかし、視点論というのは、現象をあくまで外から見ているだけであるという指摘を昨日の晩読んで、実は困ってしまいました。それだと、本を分析的に読む、分析批評という立場が成立しなくなってしまいます。

これは困ったことになったわいと嘆いておりました。

その学者先生は、視点論からでなくて、場の論理から読みなさいとおっしゃる。
あまりに悔しいので、いろいろその先生のことについて書いてある資料を検索したりしておりました。

昨日の晩に、インターネットでその先生の本を5冊ほど注文したのですが、さっき自宅に3冊だけ先に配送されました。早いですね、実に早い。年間なにがしかの会費を払うと送料も無料で、即、配送をしてくれるようになっておるのです。しかも、古本で売っていますから、助かる、助かる。

と、ここまで書いて来て、実はもっと重大なことに気がついたのです。
いつもはこんなに記事を書かないのですが、自分の記憶のためにもここに書き残しておきたいという欲求が出てしまいました。

それはまったくタイトルそのものであります。
自分だけは世界に関係の無い安全地帯にいて、思索を試みるだけでよかったのだろうかという自省であります。

内容です。
まさにどの場に立って内容を考えていくかです。
現象を追い求めるだけで、学問をしたような気になっていてはいかがなものかと遅まきながら気がついたわけであります。

ですから、どんな状況であっても、主体と客体が一致していかなくてはならないのだろうなぁと思っていたわけであります。

来月、小学生に広瀬淡窓先生のお話をさせていただく機会を与えていただきました。その時に、視点論を使ってわかりやすくお話をさせていただくつもりでおりました。それに暗雲が・・・・・・・・であります。

今、気がついたからそれでもよかったのかなとも思いつつであります。


さ、これから読書タイムです。



 



また明日!



 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

史上最年少16歳で公認会計士合格

2010年11月25日 21時41分21秒 | 先公ごっこ2008年から2012年



このタイトルの新聞記事を見ましたか?いろいろな新聞で報道されたようですから。知っているとは思いますが。
すごいことになっております。
わたくしは今週の週刊新潮という雑誌で知りました。
この若い方の勉強法のコツを知りたくて、いろいろと情報を集めておりました。

在校生諸君にも参考になるかと思って、です。

勉強法では、新聞に出ておりませんでしたが、彼は殆どを暗記に費やしていたようです。週刊新潮によるとです。それも、耳栓をして集中力を高めて、広告の裏でもなんでも、暗記事項を書きまくっていたんだそうです。それと家族中で座禅もしていたそうです。

宗教的なことは書いてはなりませんから、この程度にしますが、要するに集中力を高めていったということだと理解いたしました。

凄い若者がいるものです。
公認会計士ですよ。

16歳です。
これは凄いものです。

ある意味感動をさせていただきました。
素直に応援します。
この若者に、どんな未来が開けてくるのでしょうか。

楽しみでしょうね。
関係者は。


 





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ことし最初の国立大学合格です

2010年11月25日 21時25分43秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

今日、3年生の女子から国立福島大学の合格者が出ました。
学年主任と共に喜んでおりました。
おめでとう!ほんとうに報われましたね。
おめでとう!



さい先のよいスタートであります。



これまでの努力を称えたいと思います。


就職も厳しい中、順調に採用されています。

 



短大も、専門学校もです。



このまま、どんどん進んでいってください。


保護者の方々も一安心でありましょう。



 



まずはおめでとうございます。



 



 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東奔西走

2010年11月24日 21時54分07秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

ここのところ東奔西走という言い方がぴったりです。
非常に多忙であります。
つまりそういう季節になったということであります。

思うに、三年生の受験と同時性を持っています。三年生が多忙になるとわたくしも同様の過ごし方をすることになります。
何を言っているのかよくわかっていただけないとは思いますが。つまり来年の本校をどうするかということを、やらしていただいております。

常に意識しているのが、このブログと一緒でカウントダウンということです。
次の校長先生にお渡ししなくてはなりません。良い形でです。



「組織行動の『まずい学』」という新書を昨日読了したのですが、実に笑ってしまいました。

なぜか?

ちょっと目次から抜粋してみましょう。

「熟練者の落とし穴」
「組織的な焦りが無理を生む」
「三人寄ればグールプシンク」 
「リーダーシップの負の側面 強すぎるリーダーは裸の王様」
「管理職不適応症」
「専門家の落とし穴 『始めに結論ありき』」
等々であります。

これは実におもしろい。そして、戒めとなります。なんでも知っているという自称エリートにもいい薬になりまする。あ、わたくしは自称でも他称でもエリートとはほど遠い懶惰な人間でしかありませぬが、ね。

もっともわたくしのような実践主体の、生粋の現場人には当たり前の常識であります。わたくしはいまだに、知を求め、知を愛し、学びの場を求め続けておりまする。学びの場というと、大学も、履歴書に残らない程度に、仕事に差し障りのない程度に、部活の邪魔にならない程度に、4つほど学ばせていただいてきました。教育学とかを中心にやってきました。心理学もです。就職のためではありません。もう就職しているわけですから、ね。仕事の役に立つ学習をさせていただきました。むろん履歴書に残っている大学(母校)を卒業してから学びの場を求めてです。ですから悔いはありません。もっとも何が専門なのかというとこれが怪しくなってまいりました。その点では、国語国文学ということにもっと執着すべきであったと自省しております。ある意味、財産にはなっておりますが。最終学歴なんというものはわたくしにはなんだったのでしょうと思わざるを得ない。これからも、生涯学習の鬼でありたいというのがわたくしの本音であります。おそらく、90歳になってもどっかで学び続けていることでありましょう。



しかし、冗談でも、なんでもおいらは知識人だとか、なんでも知っているとは絶対に言えないし、その資格もない。誰しも認める鈍才であります。鈍才であるが故に学ぶわけです。うぬぼれてはいけません。

おいらは秀才だとか、天才だとか、そんなことを言ったら天が見ている。世界で最も尊敬をしているソクラテス先生に、鉄槌を下されてしまいます。知に完全は無いからであります。うぬぼれるのもいい加減にせよと言われてしまいます。



この新書で一番笑ったのが、グループシンクを防ぐためには「なんでも反対者」が必要であるとも書かれています。事実、キューバ危機を救ったのは、そういう噛みつき亀の存在でもあったとも。

これは久しぶりにおもしろい本でありました。




世の中はいとも簡単に組織的に行動することを賞賛します。組織というのは、そんなに簡単にまわるものでありましょうか。ドラッカーをずいぶん学習させていただきましたが、名人芸を組織として吸収するのが容易ではないのと同じように、世の中そんなに簡単ではありませぬ。組織マネジメントの権威であるドラッカーですら、簡単にできるとは一言も言っていません。      

そんなことを感じたからであります。

柔道の技でも、まねをするのですらなかなか容易ではありません。
三船十段の空気投げなど、動画を見てもできるわけも無い。

あまり名人芸を馬鹿にしない方がよろしいですよ。
名人芸の域に至るまで、どれだけ苦心・苦労があったか。

ですから、在校生諸君は本校の先生方にその名人芸のさわりを教わっていたたきたいのです。しかし、それは簡単にマスターできるものではありません。自分なりの苦心・苦労を経て本物の実力になると思うからであります。しかもそれを表に出さずに努力をすべきでありましょう。


わたくしのずっと申し上げていることは、そういうことであります。安易な手法で、実力は身につきません。ノートの取り方だけをまねしても、要するに頭の中に沈潜するくらいの耽溺が無くてはなりませぬ。時間だけ勉強しても駄目です。もっとも、四時間程度の家庭学習もしないようでは、これは論外。

もっともっと勉強していただきたい。


そのために優秀な先生を求めて、わたくしは東奔西走をしているのです。それが最大の校長としての仕事でありまする。

勉強なさいませ。こんなわたしですら、高校時代に5時間程度はやっていたのですよ。それでも、同級生にはもっともっとやっていたのがたくさんいました。わたくしは、応援団、柔道部、文芸部と3つも部活動をやっていました。全部ものにならなかったという青春のほろ苦い思い出しかありませんでした。その応援団の団長をやった同級生は、仙台の旧制帝大の医学部に現役で合格していきました。勉強をしている格好もしませんでしたが、高校を卒業してからそっと聞き出しましたら、それこそ5時間程度ではありませんでした。すばらしいものであります。1・2年生の時はさしたる成績もあげていませんでしたが、3年になってからはすごい努力ぶりでありました。それでも、学年の頂点を極めることはなかったのです。ベスト10にも入っていなかった。ただし3学期になってからは、非常に実力がついたと言っていました。しかし、10傑に入れなかったこと、それが一番悔しかったとのたもうておりました。

世の中秀才だらけでありまする。


勉強なさいませ。
もう一度言います。
勉強なさいませ。

本当にいくらでもクチ酸っぱく申し上げたい。




また明日!




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朝からごくろうさま

2010年11月22日 20時16分18秒 | 先公ごっこ2008年から2012年











今朝、学校に到着しました。

こういう男子生徒が、早朝からゴミ拾いをしていたのです。


野球部でした。

これはなかなかです。


いい光景です。

公開をためらっていたのですが、とうとう登場してもらいました。


こういう姿がいいのです。


中学生諸君!



本校はこういうこともやっているのですよ。


待ってます。





まったく精神性の向上を志向しています。
こういう姿が実に尊い。

ちょっと早く学校に到着しましたので、車にデジカメを積んでいたのを思い出して、ぱちぱちと撮っていました。

他の部活も朝練習をしていました。
いい光景です。

これでこそ県銚であります。



また明後日お目にかかりましょう。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

うれしい対話

2010年11月19日 20時08分37秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

今朝は、銚子駅からタクシーに乗せていただきました。
県立銚子高校までお願いいたしますと申し上げましたら、「元の女学校ですね。今は男子生徒が入っていて女学校とは言えないです」と教えてくださる。


わたくしはなにくわぬ顔をして、しかし、表情はにこにこしながら、聞いておりました。
「進学も就職もいいそうですよ」と言われました。「ああそうですか、そんなにですか」ととぼけたのには我ながら呆れてしまいましたが。「どちらから来ました?」とか、いろいろ会話が弾みました。

それから就職がなかなか厳しくなっている世相も語っておられたのです。
聞かれませんでしたから、あえてその県立銚子の者であるとは言わないで、ニコニコしながらうかがっておりました。

ありがたい限りであります。



わたくしの居住地でも時々言われます。
県銚の変貌ぶりを、です。
本当に先生方の獅子奮迅ぶりに感謝しておるのです。
このあたりのことは、学事出版様から出た月刊高校教育に紹介をしていただきました。
ありがたいことであります。



一昨日、千葉市に出張していたのですが、帰途、ダイアモンド社から出ている雑誌を買いました。全国の高校の実力ランキングが特集してありました。以前から、計算方法について、他の雑誌の方針についてはいかがなものかと疑問に思っていました。それが納得のいく形で特集されていました。在籍数を考慮しないで書かれている場合も多々あったからです。これ以上はそれを見ていただきたいと思います。

全国のベスト200という欄ではちょっと驚きました。
なぜ驚いたかもここには書けません。千葉県に奉職しているのですから。ただし、個人的には満足しました。母校がかろうじて196位だかに入っておったからです。ま、たいしたことはないのですが。それよりも、躍進した学校に学びたいと真剣に思っております。ですから、こういう雑誌を見て情報収集を開始します。

それでも最終的には、精神性の向上を願わずにはおれません。精神性の退廃がどこからやってきたのであるかについて、真剣に考えております。そちらの関係の古典的名書を昨日2冊入手しました。古書でもかなり高い本でありました。ある仮説のもと、レポートを書いてみたいと思っております。こちらのことはまだ学習中ですので、いっさいここには明らかにできません。

こうした学習のきっかけというものは、どこにでも転がっています。
先日、市内のある学識者とお話をさせていただいておりました。そうしましたら、山田方谷の出身地の方でありました。矢吹邦彦先生著 「炎の陽明学 山田方谷伝」を数年前に読み、いろいろと資料を収集させていただいておりました。話が弾みました。

楽しいものであります。
ですからうっかりしておると、そういうまたとない学習の機会を失ってしまいます。

今朝、電車に乗っていた高校生の集団が、携帯ゲームの話で盛り上がっていました。楽しくてそれはそれでいいのでしょうが、そんなことで時間つぶしをしていていいのだろうかと思いながら、銚子までやってきたわけです。さすがに本校の生徒は、わたくしのそばには近寄って来ませんでしたが。

周囲がうるさい時は、冥想でもしているに限ります。
雑音が耳に入らなくなったとき、ふとした静寂が自分の心の中に訪れます。この時がチャンスです。メモをさっととるとか、記憶をしてしまいます。わたくしは、これを意図的に応用しています。自分の部屋に電子式のメトロノームを置いてあるのです。メトロノームの音が聞こえなくなったら、静寂の心境にはいるわけです。あまりにも雑然とした、あるいは雑音ばかりの世界から、ふっと抜け出て、学びの世界に集中するときに10分くらいですが、メトロノームを使います。これはけっこう使えます。電子式ですとかなり安いのです。1500円でした。本格的なメトロノームはとても手が出ませんから。


対話というのは、自分自身ともできるもののようです。




朝からほんとうにいろいろありました。


また来週!


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日の授業 生

2010年11月19日 19時40分35秒 | 先公ごっこ2008年から2012年


 


 


 



 


 


 


 


 



 


 





生物の授業を拝見させていただいておりました。


 


 


動物がどのように生まれてくるのかということでありました。
現在、非常に興味のある分野であります。
むろん理科的な興味ではなく、最近のわたくしの興味ある分野(生命倫理学)のことに関連していたからです。ですから引き込まれました。

在校生諸君はこうしたいろいろな知識を身につけることができるわけです。うらやましい限りであります。

先生方にくらいついて、ますます勉強なさいませ。学校にいるうちが、最も知識を吸収できる時期であります。仕事をし出したら、なかなか通学制の学校に行くことが難しくなります。よほどの意思の強さが無ければなりません。

 今のうちです。今のうち。
がんばりなさいませ。




また来週!


 


 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある殿様のこと

2010年11月18日 22時24分28秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

松平忠輝という殿様を調べております。

実に興味深い方であります。『捨て童子 松平忠輝』 作:隆慶一郎という小説を読んでからです。今日、読了しました。

父の家康公に疎んじられて、生き方もあまり幸福とは言えなかった方であります。
しかしながら、安定期の英雄の生き方ということで、実はかわいそうでもあります。

あまり英邁な素質を持っておると、平和の時期には警戒されるようでもあります。



そうした時代に生きることの不幸を背負った方でもあるというように小説には描かれておりました。



なぜこんなことから書き始めたかというと、人間には情勢適応型と言えば格好がよろしいのですが、そういう方が増えておられるということを最近しみじみとマスコミを通して、拝見するからであります。だから何を感じたのか、考えたのかについては書いてはいけませんから、書きません。しかし、ある種の哲学を持って生きることは、非常に重要な気がするのであります。自分自身への戒めでもあります。まだまだであります。

実は時代性の中で生きるということを考えたのであります。松平忠輝という人物は少なくとも、情勢適応型の、右顧左眄する人物ではなかった。ある意味自己の信念に殉じた方であったのかもしれません。伊達政宗を岳父としていたし、西洋文明にも明るかったと書かれています。ラテン語も勉強したそうです。医学もです。武道も相当の腕前であったようです。



非常に興味のある殿様です。

あまりに優秀であったからこそ、安定期の江戸時代に活躍することができなかったのかもしれません。



作者の隆慶一郎先生は、脚本家でもありましたから、話の展開が実に楽しい。
哲学者の鷲田小弥太先生の「人生くねくね道の歩き方」という書籍で、初めて知ったのです。



司馬遼太郎や、池波正太郎も鷲田先生は読みたまえと書いておられますが、隆慶一郎先生の小説もなかなかのものだと言われる。それで注文したのです。そうしたらこれがなかなかおもしろい。こんなおもしろい作家がいらしたことを知らなかったという不勉強を恥じております。

興味を感じた作者は可能な限り他の作品も読み始めます。これがいい。実に、全部を吸収してしまおうと欲張った考えを持っています。おもしろいのですから、ちっとも苦になりません。そしてその範囲がどんどん広がっていく。

こんなことの繰り返しで、とうとうここまで来てしまいました。



今日も寒かったですね。



と思っているのはわたくしだけですかな?



在校生諸君はこれしきのこと、なんのそのと勉強されていたようですから。



 



明日もがんばりましょう!



 





 



 



 





 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

授業風景

2010年11月16日 20時34分25秒 | 先公ごっこ2008年から2012年















この授業風景は実は先週の金曜日のです。


アップが今日になってしまいました。


その日は、急な来客がありました。


しかし、こういう形で本校の授業をご紹介させていただくのもまたいいものかもしれないと思っていますので。





小学生にお話をさせていただくのに、日本漢詩を題材とさせていただくのですが、その漢詩を朗読した素材を見つけました。

これはうれしい。小学生も、まさかわたくしが詩吟を用意しているとは思ってもみないでしょうから、反応が楽しみであります。

おそらく聞いたこともないでしょうから。それとも、なんだこれ?っと笑ってきますかな?それもいいでしょう。人生初体験になるでしょうから。むろん詩吟ばかりではなく、普通の読み方も入手しましたから、それもプレゼンソフトに挿入しました。まったく、なんでもできる時代になったんですね。本当に便利になりました。つまり二回にわたって、同じ素材を耳で、別の方法で聞くことになるわけです。


そして朗読に、暗唱に挑戦していただく。いい体験になることでありましょう。楽しみであります。柔道教室とはまた違った楽しみであります。こういう楽しみは、老いてますます増えるといい。鞠突きもいいですが、これは現代っ子にははやらないでしょうなぁ。


今日は、夜の8時30分に一回この記事をアップして、22:17現在再度書き始めております。
夕食後、ずっと計画書を書いておりました。それで、遅れました。
それもこれも来年の今頃には削除されるわたくしのブログです。それまでは楽しみに書いていくつもりです。

それにつけても時間が欲しい。

やることがたくさんあって、楽しい、楽しい。必然的にわたくしの仕事はかなり早くなります。一つの仕事が終わったら次々と手を出していきます。ミスがあったらまずい場合は、他の先生や編集者にチェックしていただいて、先に進みます。でないと、間に合わないのです。また教育誌に原稿を出させていただきます。それも書かなくてはなりません。書かせていただく以上は、ありきたりの内容では申し訳ないですから、資料をあちこちから入手して、解釈して、読み込みをしないといけません。

年をとっている暇がありません。
楽しいからです。

そして、さらに幼いこどもたちとの邂逅がある。


柔道も、文学の面でも。


ありがたいことであります。



明日は、書き込みできないかもしれませんが。


勉強しましたか?


在校生諸君。


 


 


ではまた・・・・お休みなさい。


 


 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日の授業 バスケット

2010年11月15日 22時23分44秒 | 先公ごっこ2008年から2012年






 



今日は体育のバスケットの授業でした。

実に楽しい授業でありました。

ゲームを見ていて、ダブルドリブルというのでしたか、あれをちょっと思い出しました。なんと40年ぶりにバスケットを授業で受けさせていただいたことを思い出しました。

それにつけても生徒たちのなんと身軽なことよ。驚嘆です。たいしたものであります。体力、気力、若さ共々みんなすばらしい。いいものであります。男子生徒のパワーに圧倒されておりました。


今日は寒かったですね。
バスケットをやっていた男子生徒たちに比べたら、なんということばかり言っているのでしょうか。自省しました。いかんです。実にいかん。こんなことでは、スキー場に行くこともままならぬことになります。

心身一如であります。
今日もそのことをちょっと書いておったのです。身体的能力と、気力。あるいはこころの働き。そういうことを、です。さらに、原稿を書くことを頼まれていますので、そちらも同時並行。そういう時に、いつも気をつけているのは、個性です。それには自分が興味がなくてはなりません。おもしろくなくては、書く気にもなりません。

おもしろがってやることが、勉強にも大切であるようです。
でないと、ただ机に座っているだけになります。

要するに内容です。
そんなことを思いました。

バスケットも楽しく、興味が沸くからうまくなるわけです。



生徒たちにそれを教わったような気がしました。



万事好都合に回っております。



 



広瀬淡窓先生ではありませんが、「ことどとく皆宜し」であります。


こういう心境でありたいものであります。


また明日!








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

だからこそ

2010年11月12日 22時08分15秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

単純に比較対象をするということは実は非常に危険なことであります。



これについては、本当にいろいろな体験をさせていただきました。能力しかり。筋力しかり。美醜しかり。幸いなことに、わたくしはそのどれもが、なんにも無い。これは本当に幸せなことであります。比較する相手がいないからであります。相手にしていだけなかったというのが真相ではありますが。

今日は、来客がありました。午後から、PTAの方々との行事を予定しておりましたので、時間を計算しながらいろいろとお話をさせていただいておりました。人間関係論としては、そういう計算をしながら相手をしていてはいかんのです。わたくしの最も忌み嫌うところであります。

打算を嫌うからです。メリットとか、デメリットとか、マスコミでも十分登場してきますが、そんなものが人間関係の基盤にあるとしたら、いかがなものかとずっと思ってきたからであります。メリットがなければ友人にならないというのでは、これは打算そのものではないでしょうか。

わたくしの基盤にあるのは、在校生諸君のみ。
生徒のために何をすべきか、なにが生徒のためになるかということだけ。
これだけは声を大にして申し上げたい。

だからこそ、県立銚子に進学していただきたいと思っておるのです。

これは、江戸時代の藩校や、私塾、寺子屋の先生方を研究してきたからなのかもしれません。江戸時代の日本は、世界に冠たる教育立国でありました。ですから、日本は教育が最も重要な国家的な事業であるわけであります。

月刊高校教育に本校を紹介していただいて、次の号に、なんと幕末の英才橋本左内を二代目の校長にいただく高校が紹介されました。わたくしは、もっともっとそれだけの価値ある高校にならんといかんとしみじみ思いました。

「学問、健康体力、人間の器量」の向上を本校は訴えております。
この三点があれば、十分世の中で通用する人間になると確信しております。それが、長年にわたるわたくしのささやかな江戸時代の教育を学ばせていただいた結果であります。


来月、ご縁をいただいて、あるところで小学生にちょっとだけお話をさせていただくことになりました。


大分県日田市で、私塾咸宜園を開いて徹底的に教育を行った広瀬淡窓先生について、かれの漢詩について紹介させていただくことになりました。入門者は4,000人以上に及び、高野長英、大村益次郎、清浦奎吾などが門下から輩出しました。あるいは多くの幕末の英雄を育てた方であります。小学生ですからあまり難しく申し上げても、無理が先に立ちます。わかっていただくように、やさしく丁寧に接したいと思いますが、これがなかなか難しい。なにしろ、わたくしは丸坊主でありますし、声も太い。歩き方も良くない。良寛さんのように優しくできないだろうかと常々思っているくらいですから。うえ~んと泣き出されたらこれは困ったことになるわいと、今から悩んでおります。



これもわたくしの不肖なる生き方の結果であります。これから、せいぜい人格改造に取り組むしかないようです。もう遅いのかもしれませんが。



 


今日も勉強しましたか?



がんばりなさいませ。



 


また来週!



 



 



 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/