と~ま君の団塊世代独り言日記 

定年後を、いつまでも少年のような気持ちで過ごしています。九十九里浜で、年金+4つのバイトで気ままな暮らしを継続中。

我慢が足りないのじゃなぁ。だから喰いたいだけ喰って、呑みたいだけ呑んで病気になっちまうのだねぇ。

2017年11月30日 08時10分44秒 | 独り言2017

我慢できるか・できないか・・・それが糖尿病への分かれ道だそうな

 

 

今朝のニッポン放送(ラジオ)で、医師の鎌田實先生が言っていた。タイトルのようなことである。高島ひでたけのなんとやらという番組であった。朝の六時頃から始まった番組である。その後は、NHKの英会話番組に切り替えてしまったけど。こっちの方が優先するので。ラジコで聞いているから、切り替えは簡単である。

それで鎌田先生いわく、糖尿病はゼータク病だと言われるがそうではないとのことであった。つまり、貧しい人ほど食事に我慢ができないというのである。ある意味説得力があった。ボキが該当するからである。

しかも、運動もやらない。ボキの行っているgymも月額2000円なのだが、それすら惜しむというのである。野菜も喰わない。簡単な料理もしない。一日10回もコンビニに行って、それでもって太ってしまう。

ちなみにボキもコンビニ大好き人間である。ちびりちびりと買い食いをして楽しんできた。なんでも売っているしなぁ。乾電池まで売っている。しかも、ポイント稼ぎのカードまである。

自戒ですなぁ。まったくそのとおり。我慢ができないのじゃよん。貧しいのも当たっているし。ただの年金生活者だから。

こんなんじゃぁアカンですな。

さっそく改めましょう、生活を。

でも、我慢ばかりしていると人生が味気ない。ボキの場合は、咀嚼30回以上、野菜から食べ始め、ご飯は完全に茶碗一杯まで、晩酌はやらない、そのような飲食を提供する店には金輪際行かない、しかも食事時間は最低基準が20分。水分補給はこまめにやるし、理想的な生き方をしているのじゃ(⌒▽⌒)。だから、かかりつけの東洋一の大病院に「一日10キロ以上も歩いているし、血糖値も改善してきたし、糖尿病は治りましたねぇ」と言われるのだ。初めはえ?って半信半疑だったけど。だって、糖尿病は治らないと聞いていたから。

食事改善のおかげである。

こんな食事は面白くもなんともないと思ってきたが、今朝の鎌田實先生のお言葉で目がさめました。

「我慢が足りない」から、「こんな人生面白くもなんともない」と毒づいてしまうのであるとよ~~~~く分かったからである。

ボキのような貧乏人は、「忍耐」「我慢」が大切だということでありまするよん。どんなにモテなくても、忍耐・我慢の精神で耐えてきたではないか。辛抱しながらこれまでも生きてきたではないか。

雪国米沢で辛い辛い冬を生きてきたし。なんと言っても、一晩で一メートルも積もってしまうのである。そんな厳しい生活環境でやってきたではないか。

ま、その分春が来たらとてつもなく嬉しかったけど。そして、あの寒い中を、凍った畳の上で下手くそな柔道を教えていただいたではないか。高校の柔道部で。

だからこそ我慢が大事だったんだ。

現在のボキは、冬もあたたかくて、夏も涼しい九十九里浜でのんべんだらりとジジイ生活を送っている。仕事もない。バイトだけである。時々ボランティアで千葉市に出かける程度である。これじゃぁ、惚けると思ったから生涯学習ごっこを始めたのである。

うううううううううううううううううううううむ。

追加して「我慢する」というのをモットーとしなくちゃアカンですなぁ。

人生出直しでございますよ。まったく。

 

(@^^)/~~~

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11月29日(水)のつぶやき

2017年11月30日 06時57分17秒 | 独り言2017
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子守歌を歌いながら、90分も内孫(二ヶ月の女児)を抱っこしていた・・・・かわゆいなぁ、実にかわゆい

2017年11月29日 23時05分50秒 | 独り言2017

古文書講座が終了したので、昼食をいただきに家に帰ってきた。

午後からgymに行こうと思っていたら、内孫が三時に来るという。内孫と言っても同居はしていなし、まったくその予定もない。でも嬉しくなった。

で、待っていた。

三時きっかりに来た。

そして、寝かせようとした。お嫁さんがちょっと出かけたからである。その気配を察したか、内孫は泣き始めた。家族は、別室にいて趣味の書道をやっていたから、ボキが抱っこした。

そして、***ちゃんはねぇ・・・とってもかわゆい~~~、美人ですよ~~~とか言いながら唄を始めたのである。ジジイのボキがである。両腕で抱っこしながらである。

そしたら、ナント、寝てしまったのである。

自慢じゃないが、ボキ、音楽の成績が良かったから、自称歌手なのである。

わはははっははははっはははっははははっはははっはは。

ざんぶらこ~、ざんぶらこ~とか言いながら、海に浮かんでますよぉ~~~とか言って、歌いながらリビングで歩いていた。むろん、ボキの腕の中にはかわいい内孫がいる。しかも、新しいイノチである。顔もこころなしか、ボキに似ているような気がした(まったくアホじゃな)。

完全に寝てしまった。

こりゃ、ジイジとしては頑張らなくちゃアカンと思った。

根性で抱っこを続けようと思った。

そのうち両腕がしびれてきた。

そうなのである。

ボキは、カネとチカラがないのである。自称他称美男子なのである。イロオトコ金と力がなかりけりというではないか。

それにどんなに見ていても飽きることがない。実にかわいいのである。これが、ボキのイノチを継承している内孫だと思うと感動すらしていた。マジである。

しびれてきたけど、ちっとも重くない。

かわいくて、かわいくて離したくないのである。

まったくジジバカもここまでくれば、完璧である。

それから90分。

楽しい内孫との抱っこ時間も終わってしまった。

お嫁さんが帰ってきたからである。

あああああああああああああああああああああ、サミシイ。

また会いたい。

それにしても、完全にジジバカになっちまっているですなぁ。

 

最高!

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若者よ、侮蔑することなかれ。そう遠くない時期に、君も・あ~たも行く道であるからだ(^_^)。

2017年11月29日 07時00分31秒 | 独り言2017

ジジイやババアにはなってみないと分からねぇことがたくさんあるのだよん。まったくそう思う。

 

 

幼年期の再現ということが最近時々起こる。つまり過去の思い出がボキの夢となって登場してくるのである。あるいは、過去の世代とのつながりという夢も見る。

なんということはない。ささやかな体験であったことが、思い出されるということである。

これがなにを意味するのか。

そんなことは考えてもみなかった。

でも、昨日図書館でノートをとっていた「老年的超越」なる本でいろいろと考えてしまったよん。

その本の中に書いてあった「老年的超越の兆候」という部分である。なかなか面白かった。

老年期に入ると、死の恐怖がなくなり、新たな生と死の理解に達するともボキのノートには書いてある。今、打鍵しているのはそのノートを見ながらである。こうやってブログに打鍵しているとアタマに入るからである。

さらに書いてある。

人生の神秘を受け取る、ささやかな体験を大事にするようになり、喜びが生まれるとも。

もっとある。二番目の項目を以下に抜き書きしてみよう。まさに兆候である。老年的超越の。

・自分自身の隠された善と悪の両面を発見する

・自己中心性の減少

・身体的超越(身体のケアは続くが、そのことで悩まされることはない)

・利己主義から、利他主義への移行

・ジグソーパズルの断片が、全体を構成していることがダンダンとわかるようになる(自我統合)

・静かさと孤高が意味するものが理解できるようになる。

 

三番目にあがっている事項が以下のとおりである。社会と個人の関係の次元での話である。

・人はより選択的になり、表面的な交際への興味が薄れる

・孤高の時間が必要になる

・役割の放棄を迫られることもある

・社会の慣習を放棄する 新しい超越の可能性が出てくる

・人生における無邪気さは、成熟を促進させる

・物的必要は、それ以上の必要性を感じなくなる

・善悪の表面的な区別をやめるようになる

・判断やAdviceを与えることも辞める

・広い心や寛容が増加する

 

以上である。

ラーシュ・トーンスタムという社会老年学の先生が分析されているのである。(*_*) マイッタ。

こんな本見たことがなかった。

確かに、ジジイとなってからは変化した。

ボキは大いに変化した。

それも退職したからである。

つまり、ノルウエイの哲学者ヘラルド・オフスタッドも書いているように、「生産性」や「効率性」、さらに「自立」からは、遠のいてしまったからである。経済優先の世界から、離反してしまったからである。

「生産性」や「効率性」、さらに「自立」の対極にあるものは、「非生産性」であり、「非効率的」であり、「依存的」な傾向を意味する。

だから、若い方々が老年期にある者をさげすみ、侮ってしまうのである。経済最優先ならそりゃそうだろう。

もっとある。高齢者は弱い存在であり、死と共にある哀れな存在であると若い人々は認識しているのである。高齢者を軽蔑することによって、相手を見下げているのだ。

古代ヘブライ文化では、高齢者に年齢とともにある叡智に高い評価を与えている。

だから、若者よ、侮蔑することなかれと言いたい。

いつかは、君もあなたも行く道である。それも、あっという間に到達してしまう道である。

 

わははっはははっははっはははっははははは。

 

これから居住地の古文書講座に参加してくる。ヒマだから。

 

(@^^)/~~~

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11月28日(火)のつぶやき

2017年11月29日 06時50分53秒 | 独り言2017
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歩きながら、笑っているのです。スマホで落語を聞いているから。

2017年11月28日 09時05分38秒 | 独り言2017

気味の悪いジジイなんでしょうなぁ。スマホで落語を聞きながら、歩いているのだから。そういえば、前から来る人たちはボキを避けていくけど・・・・トホホ。

 

 

なにかと自分のことを自慢したがる方が多い。辟易する。まったく聞いていられない。

たいていは、ご自分の血統の優秀さとか、格式とか、伝統のこととか、高学歴のことなんかを言われる。

ボキは、おかしくてたまらない。所詮、庶民ではないか。

それをである。いちいち個々の事例をあげて、他人に自慢していたら笑われる。

底流にコンプレックスがあるからである。怪しげな血統のもとに生まれているから自慢したくなるのだ。

そもそもがである。貴種であるというのは、どこでどうやって説明できるのだろうか。絶体に正しい貴種なんてあり得ないではないか。

戸籍が信用できないのである。当たり前である。あんなもん、ただの紙である。書かれていることは、インクのシミである。内容ではない。父親が誰かということも、神のみぞ知る(^_^)。

世の中に絶体はないのである。絶体的真理だと言われても、いつひっくり返るかわからんではないか。

世に会社等のワルクチを言う方々は多い。あんな奴の下で働くのは御免被るとか、べろべろに酔っ払ってくだをまいて、さらにゲロを吐いている方々も多い。東京新橋とかのガード下にある安い飲み屋でもよく聞いた。あるいは、通称立ち飲み屋でも聞くことがあった。

実におもしろい。あまりにおもしろいから、この日曜日に東京まで出かけようかと思っている。九段下の二松学舎大学で藝能史研究會の東京大会研究発表があるからである。せっかく会員にさせていただいているのであるから出席したい。ボキの専門みたいなものであるから。帰り、浜松町から出ている高速バスのターミナル地下にある居酒屋で聞き耳たててくるつもりである。

なぜおもしろいかというと、ボキも含めて庶民の嘆きが聞こえてくるからである。むろん、ボキはそういう世界からはオサラバした。もう関係ナイのである。会社とか、学校とか、組織とかという世界から捨てられたからである。定年で。もうワルクチを言いたくても相手がいないのである。

しかも、ボキは、天涯孤独である。いわゆる身内がいない。少なくとも九十九里浜にはいない。故郷が別だからである。親戚がいないのである。だから、少ない家族関係親戚関係も大事にしているのである。いないのだから、大事にしなくちゃねぇ。大事にしているつもりだけど、相手の方がそう思ってくれているかはわかんねぇですが(^_^)。

特に、奥さんは大事である。最初から他人同士だったけど、もう長いことおつきあいいただいている。ありがたいことである。こんなアホジジイでもそんなふうに思うことはあるのだ。

アホだからそう思うんでしょうなぁ。

 

そして時々思うことがある。

大事にしても他人は他人だということを。

これは峻厳たる真理である。

他人は他人、オレはオレなんだよん。

だから、他人に寄りかかることはしない。カネを貸してくれだのという依頼事項だけはやらない。やったこともない。銀行から借りたこともない。だいいち、銀行が相手にしてくれない。貸してくれない。担保がない。ナイナイづくしである。

一緒に遊びに行こうとか、アルコールの匂いのするいかがわしい場所に行くとか・・・やらないのだ。

思えばつまんねぇ人生である。

なにが楽しみで生きているのだろうかとは思う。読書か。そうかもなぁ。孫か。そうかもなぁ。自分が長生きしていることか。そうかもなぁ。

ウオーキングか。

これだ、これ。

けっこう楽しんでやっているからである。

ウオーキングに出かけていって、そのまんま帰ってこれなかったら周囲に迷惑かけるからスマホだけは持っていくけど。それで最近は落語を聞いているのだ。Youtubeから録画しておいて、スマホでいつでも聞けるようにしてあるからである。カネもかからないし、年金生活者にはありがたい限りである。

けっこうこれが楽しい。

田舎の田んぼ道をニヤニヤ笑いながら、一日10キロ以上は歩いているのじゃ。

あ・・・・・。

だから、前からくる人たちが気味悪がって、避けていくのだねぇ。

小学生もである。

大笑いしながら、ボキを見ている。こっちも笑っている。落語を聞いているからである。

 

わはっはははっははははっははっはははっははは。

 

さ、今日も笑いウオーキングをやってこようっと。

 

(@^^)/~~~

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11月27日(月)のつぶやき

2017年11月28日 06時45分56秒 | 独り言2017
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内孫がやってきた。二ヶ月ぶりにご対面であった。嬉しかったなぁ~~~(#^.^#)

2017年11月27日 08時37分05秒 | 独り言2017

二ヶ月の内孫(女児)に昨日会った。ボキの家にやってきたからである。これから生涯のおつきあいになる。ボキの方が早く死ぬだろうけど。

 

 

病院で初めて見たのが、一ヶ月前である

昨日久しぶりに見た。だっこもさせてもらった。今回は眠っていなかった。かわいい目を精一杯見開いてボキをじっと見てくれた。驚いたのかもしれないが、別に泣きもしなかった。良い子じゃ、良い子じゃとニコニコしていた。ボキの方がである。

「ジイジですよぉ~~~」と言ってみた。もしかして、わかっているのかも知れないと思った(まさか)。孫としては初めての女児である。

そして、この児が成人式の時には、ボキは何歳になっているのだろうと思った。思って、あああああああああああああああと慨嘆していた。

もう生きていないかもしれないからである。ボキの方がである。だから長生きして、ウントウント、ウオーキングをやって、湯治に出かけて、粗食を守り、断酒を続け、体重をコントロールしていきたい(あまり面白くない人生だけど)。

死ななくちゃならない時がきたら、その時はその時。

いなくなったら、後は、孫たちのシアワセを祈るのみである。戦争もない、争いもない、平和で経済的にも順調である日本の未来を祈るばかりである。

それが順番である。

生きて、死んで、そして継続されていくのである。なにもかも。

 

でも、それがかなえられない国家もある。戦争ばっかりやっていて、国民の幸福なんてどっかに吹っ飛んでいってしまっている国家もある。地域もある。

一見平和そうに見えても、町中に自動小銃を持った兵士がのし歩いている国家もずいぶんある。

Franceも、Italyもそうだった。テロがあるからである。

争いを好まない国家は、侵略されてきた。バルト三国がその典型である。小国で、戦争を好まない。ボキは、この地域に旅をすることができて、実に良かったと思っている。なんという優しい心情の持ち主が多いのだろうかと思った。今年の6月であった。現地ガイドさんもシャイな方が多かった。こういう気性は日本人女性にはない。否、なくなってしまった。残念ながら。

さらにロシアもそうだった。もっと怖い国かと思っていた。サンクトペテルブルグの空港から、モスクワに飛ぶ国内便でロシアの一般人に実に親切にしていただいた。英語はカタコトだったけど。お互いに。経済的にもかなり発展している。しかも、ボキの大好きなドストエフスキー(学部の卒論で扱った)の国でもある。素敵な街がずっと続いていた。行って良かった国のひとつである。

 

内孫だから、今までのように飛行機に乗って遊び歩いているわけにもいかないだろう。同居はしていないし、今後ともその予定はない。しかし、お嫁さんも働いているから気楽に自由気ままに出かけるわけにはいかなくなるだろう。

その時はその時。

一緒に連れていけばいいのじゃ。

わははっはははっははははっははっはははっははははは。

 

今日は月曜日。

Gymも図書館も休館。

晴れているから、お外を歩いてきましょう。

午後から、スパでも行ってくるか。

 

長生きのために。

 

(@^^)/~~~

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O・ヘンリー 「賢者の贈りもの」 内容はこちらで・・・

2017年11月27日 08時03分00秒 | 独り言2017

原文の翻訳はどっかにあるんだろうけど、

面倒だから

こっちで(^_^)

ともかく素敵な若夫婦の物語であります。

 

O・ヘンリー 「賢者の贈りもの」

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The Gift of the Magi 楽しんだよん。

2017年11月27日 07時44分57秒 | 独り言2017

NHKラジオ英会話「賢者の贈りもの」である。

今週の教材である。

映画になっている。

それで捜したらあった。

楽しんだよん。難しかったけど(^_^)。

 

 

The Gift of the Magi

 

 

Information about Project Gutenberg

THE GIFT OF THE MAGI

by O. Henry

One dollar and eighty-seven cents. That was all. And sixty cents of it was in pennies. Pennies saved one and two at a time by bulldozing the grocer and the vegetable man and the butcher until one's cheeks burned with the silent imputationof parsimony that such close dealing implied. Three times Della counted it. One dollar and eighty- seven cents. And the next day would be Christmas.

There was clearly nothing to do but flop down on the shabby little couch and howl. So Della did it. Which instigates the moral reflection that life is made up of sobs, sniffles, and smiles, with sniffles predominating.

While the mistress of the home is gradually subsiding from the first stage to the second, take a look at the home. A furnished flat at $8 per week. It did not exactly beggar description, but it certainly had that word on the lookout for themendicancy squad.

In the vestibule below was a letter-box into which no letter would go, and an electric button from which no mortal finger could coax a ring. Also appertaining thereunto was a card bearing the name "Mr. James Dillingham Young."

The "Dillingham" had been flung to the breeze during a former period of prosperity when its possessor was being paid $30 per week. Now, when the income was shrunk to $20, though, they were thinking seriously of contracting to a modest and unassuming D. But whenever Mr. James Dillingham Young came home and reached his flat above he was called "Jim" and greatly hugged by Mrs. James Dillingham Young, already introduced to you as Della. Which is all very good.

Della finished her cry and attended to her cheeks with the powder rag. She stood by the window and looked out dully at a gray cat walking a gray fence in a gray backyard. Tomorrow would be Christmas Day, and she had only $1.87 with which to buy Jim a present. She had been saving every penny she could for months, with this result. Twenty dollars a week doesn't go far. Expenses had been greater than she had calculated. They always are. Only $1.87 to buy a present for Jim. Her Jim. Many a happy hour she had spent planning for something nice for him. Something fine and rare and sterling--something just a little bit near to being worthy of the honor of being owned by Jim.

There was a pier-glass between the windows of the room. Perhaps you have seen a pier-glass in an $8 flat. A very thin and very agile person may, by observing his reflection in a rapid sequence of longitudinal strips, obtain a fairly accurate conception of his looks. Della, being slender, had mastered the art.

Suddenly she whirled from the window and stood before the glass. her eyes were shining brilliantly, but her face had lost its color within twenty seconds. Rapidly she pulled down her hair and let it fall to its full length.

Now, there were two possessions of the James Dillingham Youngs in which they both took a mighty pride. One was Jim's gold watch that had been his father's and his grandfather's. The other was Della's hair. Had the queen of Sheba lived in the flat across the airshaft, Della would have let her hair hang out the window some day to dry just to depreciate Her Majesty's jewels and gifts. Had King Solomon been the janitor, with all his treasures piled up in the basement, Jim would have pulled out his watch every time he passed, just to see him pluck at his beard from envy.

So now Della's beautiful hair fell about her rippling and shining like a cascade of brown waters. It reached below her knee and made itself almost a garment for her. And then she did it up again nervously and quickly. Once she faltered for a minute and stood still while a tear or two splashed on the worn red carpet.

On went her old brown jacket; on went her old brown hat. With a whirl of skirts and with the brilliant sparkle still in her eyes, she fluttered out the door and down the stairs to the street.

Where she stopped the sign read: "Mne. Sofronie. Hair Goods of All Kinds." One flight up Della ran, and collected herself, panting. Madame, large, too white, chilly, hardly looked the "Sofronie."

"Will you buy my hair?" asked Della.

"I buy hair," said Madame. "Take yer hat off and let's have a sight at the looks of it."

Down rippled the brown cascade.

"Twenty dollars," said Madame, lifting the mass with a practised hand.

"Give it to me quick," said Della.

Oh, and the next two hours tripped by on rosy wings. Forget the hashed metaphor. She was ransacking the stores for Jim's present.

She found it at last. It surely had been made for Jim and no one else. There was no other like it in any of the stores, and she had turned all of them inside out. It was a platinum fob chain simple and chaste in design, properly proclaiming its value by substance alone and not by meretricious ornamentation--as all good things should do. It was even worthy of The Watch. As soon as she saw it she knew that it must be Jim's. It was like him. Quietness and value--the description applied to both. Twenty-one dollars they took from her for it, and she hurried home with the 87 cents. With that chain on his watch Jim might be properly anxious about the time in any company. Grand as the watch was, he sometimes looked at it on the sly on account of the old leather strap that he used in place of a chain.

When Della reached home her intoxication gave way a little to prudence and reason. She got out her curling irons and lighted the gas and went to work repairing the ravages made by generosity added to love. Which is always a tremendous task, dear friends--a mammoth task.

Within forty minutes her head was covered with tiny, close-lying curls that made her look wonderfully like a truant schoolboy. She looked at her reflection in the mirror long, carefully, and critically.

"If Jim doesn't kill me," she said to herself, "before he takes a second look at me, he'll say I look like a Coney Island chorus girl. But what could I do--oh! what could I do with a dollar and eighty- seven cents?"

At 7 o'clock the coffee was made and the frying-pan was on the back of the stove hot and ready to cook the chops.

Jim was never late. Della doubled the fob chain in her hand and sat on the corner of the table near the door that he always entered. Then she heard his step on the stair away down on the first flight, and she turned white for just a moment. She had a habit for saying little silent prayer about the simplest everyday things, and now she whispered: "Please God, make him think I am still pretty."

The door opened and Jim stepped in and closed it. He looked thin and very serious. Poor fellow, he was only twenty-two--and to be burdened with a family! He needed a new overcoat and he was without gloves.

Jim stopped inside the door, as immovable as a setter at the scent of quail. His eyes were fixed upon Della, and there was an expression in them that she could not read, and it terrified her. It was not anger, nor surprise, nor disapproval, nor horror, nor any of the sentiments that she had been prepared for. He simply stared at her fixedly with that peculiar expression on his face.

Della wriggled off the table and went for him.

"Jim, darling," she cried, "don't look at me that way. I had my hair cut off and sold because I couldn't have lived through Christmas without giving you a present. It'll grow out again--you won't mind, will you? I just had to do it. My hair grows awfully fast. Say `Merry Christmas!' Jim, and let's be happy. You don't know what a nice-- what a beautiful, nice gift I've got for you."

"You've cut off your hair?" asked Jim, laboriously, as if he had not arrived at that patent fact yet even after the hardest mental labor.

"Cut it off and sold it," said Della. "Don't you like me just as well, anyhow? I'm me without my hair, ain't I?"

Jim looked about the room curiously.

"You say your hair is gone?" he said, with an air almost of idiocy.

"You needn't look for it," said Della. "It's sold, I tell you--sold and gone, too. It's Christmas Eve, boy. Be good to me, for it went for you. Maybe the hairs of my head were numbered," she went on with sudden serious sweetness, "but nobody could ever count my love for you. Shall I put the chops on, Jim?"

Out of his trance Jim seemed quickly to wake. He enfolded his Della. For ten seconds let us regard with discreet scrutiny some inconsequential object in the other direction. Eight dollars a week or a million a year--what is the difference? A mathematician or a wit would give you the wrong answer. The magi brought valuable gifts, but that was not among them. This dark assertion will be illuminated later on.

Jim drew a package from his overcoat pocket and threw it upon the table.

"Don't make any mistake, Dell," he said, "about me. I don't think there's anything in the way of a haircut or a shave or a shampoo that could make me like my girl any less. But if you'll unwrap that package you may see why you had me going a while at first."

White fingers and nimble tore at the string and paper. And then an ecstatic scream of joy; and then, alas! a quick feminine change to hysterical tears and wails, necessitating the immediate employment of all the comforting powers of the lord of the flat.

For there lay The Combs--the set of combs, side and back, that Della had worshipped long in a Broadway window. Beautiful combs, pure tortoise shell, with jewelled rims--just the shade to wear in the beautiful vanished hair. They were expensive combs, she knew, and her heart had simply craved and yearned over them without the least hope of possession. And now, they were hers, but the tresses that should have adorned the coveted adornments were gone.

But she hugged them to her bosom, and at length she was able to look up with dim eyes and a smile and say: "My hair grows so fast, Jim!"

And them Della leaped up like a little singed cat and cried, "Oh, oh!"

Jim had not yet seen his beautiful present. She held it out to him eagerly upon her open palm. The dull precious metal seemed to flash with a reflection of her bright and ardent spirit.

"Isn't it a dandy, Jim? I hunted all over town to find it. You'll have to look at the time a hundred times a day now. Give me your watch. I want to see how it looks on it."

Instead of obeying, Jim tumbled down on the couch and put his hands under the back of his head and smiled.

"Dell," said he, "let's put our Christmas presents away and keep 'em a while. They're too nice to use just at present. I sold the watch to get the money to buy your combs. And now suppose you put the chops on."

The magi, as you know, were wise men--wonderfully wise men--who brought gifts to the Babe in the manger. They invented the art of giving Christmas presents. Being wise, their gifts were no doubt wise ones, possibly bearing the privilege of exchange in case of duplication. And here I have lamely related to you the uneventful chronicle of two foolish children in a flat who most unwisely sacrificed for each other the greatest treasures of their house. But in a last word to the wise of these days let it be said that of all who give gifts these two were the wisest. O all who give and receive gifts, such as they are wisest. Everywhere they are wisest. They are the magi.


 
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11月26日(日)のつぶやき

2017年11月27日 06時58分20秒 | 独り言2017
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エンデを読了して、さらにエコノミークラス症候群の動画を見て・・・いろいろ考えさせられました

2017年11月26日 09時05分14秒 | 独り言2017

汝の欲することなせとエンデの作品に書かれていたが、こりゃぁテメェのためだけと勘違いするとロクなことにはならないだろうよん。

 

 

エコノミークラス症候群になってICUに入ったというのは、拙ブログで何度も書いてきた。今朝、こんな動画も見たから思い出した。なかなかの動画である。

これが某大学大学院の中退の最大原因であったし、よくまぁ死なないで退院できたものである。

その結果、ボキは、ずいぶん歩くようになった。読書も時間制限つき&テレビも一日5時間以上は見ない。じっとしているのが死因になるってぇのではたまったもんではないからだ。

もともとお勉強には向いていなかった、ということじゃなぁ。研究者や学者センセには、一日20時間くらい机にしがみついている方もおられるからである。食事をしながら研究し、トイレでも研究し、寝てても研究し、睡眠時間もご自分のイノチも削って研究しておられる。中には、研究室に寝袋を持参して、それこそ・それこそ寝る間も惜しんで、家にも帰らず研究生活にあけくれておられる方もいるのを知っているからである。

たいしたもんである。

それこそ研究者冥利につきるというものであろう。ある日突然、研究室で亡くなって、しかもペンを持って論文の下書きの上に顔をつっぷして亡くなっていたら、凄いことである。

ある意味、ボキの憧れでもあった。

しかし、ボキは生き残ってしまった。

そして、自堕落な生活を送っている。生涯学習から撤退して、毎日をダラダラと送っているのじゃ。情けない。

生涯学習ならず、生涯学習ごっこはやっているけどねぇ。

 

この数年、諦めきれず日々を送ってきた。そりゃそうだろう。諦められないのが、凡人の常であるからだ。

 

「汝の欲することをなせ」というのは、エンデの「はてしない物語」という作品のテーマであった。昨日読了した。岩波書店から出ている童話でもある。好きな作家なので、いろいろと借りたり、Amazonから買ったりして読んできたけど。

まさに、ボキはボキの欲することだけをなしていた。自分のやりたいことだけをやっていた。

でも、テメェのやりたいことだけを優先していた。他人のために役立つことが視点になかった。他者批判ばかりしていた。学会に参加しても、それこそワルクチのオンパレード。あら探しばかりしていた。そして、他人をけなし、貶めることによって、相対的にボキの立場を上昇させようと画策していた。

なんというみっともないことをしていたのであろうと慚愧の思いである。

今は、もうそんな世界には生きていない。

誰にも相手にされないし、そもそも他人のことが眼中にない。マジにである。

だから自由気ままである。

誰かの興味関心をひきたいともまったく思わない。拙ブログのアクセス数も興味がない。まるっきり「汝の欲すること」をただひたすらやっているだけである。つまり、「惚け防止」である。

こうなると気が楽である。

のんべんだらりと生きているだけだからだ。

あまり見本とはならないけどねぇ。

でも、今日はこの間生まれたばかりの孫が来る。女児である。まだ二ヶ月である。午後である。

その孫にくだらないじーちゃんだなぁと言われないように、頑張ろう!

 

わはははっははははっははははっははははっははははははは。

 

さ、歩きに行ってくる。

 

(@^^)/~~~

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本当は怖い血栓と下肢静脈瘤

2017年11月26日 08時20分56秒 | 独り言2017

このドクターの動画が今までで、一番勉強になりました。

ありがたい限りです。

一日に、5時間以上テレビを見たり、読書したりしていると、かかりやすいのです。

むろん長時間飛行もです。

クワバラ、クワバラ。

 

 

本当は怖い血栓と下肢静脈瘤

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11月25日(土)のつぶやき

2017年11月26日 06時56分45秒 | 独り言2017
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エンデのファンタージエン物語に出てきそうな幻想的な風景が、九十九里浜には広がっている

2017年11月25日 08時28分05秒 | 独り言2017

九十九里浜刑部岬から見た夕景。スマホでもこんなに綺麗に撮れるんですねぇ。

落日・・・・・・・・・・まさにボキの人生のようですなぁ(^_^)

この後、富士山が影になって見えた。そばにおられた地元のカメラ愛好家に聞いたら、2月終わり頃には落日が富士山の真上にくるとのことだった。見てみたいですなぁ~~。

 

昨日この絶景のポイントが見られる岬に立っていた。ボランティアである仕事をさせていただいていたから、この場所にいたのである。

さすがに九十九里浜は素敵である。

ついでに言えば、素敵な方がそばにおられたらもっと良かったのであるが、残念ながらひとりぼっちであった。ブツブツと独り言を言っていた(^_^)。

眼下の港に東日本大震災の津浪が押し寄せてきて、14名も亡くなってしまったことが信じられないくらいに美しい風景である。

この風景をドローンで撮った動画を最初に持ってきて、来年の2月10日(土)に千葉市民会館で講師を務める。午後からである。演題は「九十九里浜津浪供養塔」というものである。文化講座になっている。祈りの世界を写真や動画で、あるいは古典資料で解説する。

ま、ボキの独断と偏見だけどねぇ。

日本に伝わってきた地震と津波の記録も資料として配付する。動画と写真をふんだんに使っている。ボキの好きな分野だから。九十九里浜に遺されている津浪供養塔を、ボキのクルマで写してまわったからたくさんあるのだ。九十九里浜縦断紀行である。 

日本古典の災害文学も当然お話させていただく。

もうできている。パワーポイントでやる。

 

楽しみである。他にやることないからなぁ。

わはははっはははっはははははははははははは。

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/