と~ま君の団塊世代ひとりごと日記 

定年後を楽しんでいる自称青年です。九十九里浜で、「健康即長寿」目指しています。年金+4つのバイトで気ままな暮らし継続中。

日曜美術館 夢のブリューゲル傑作10選

2017年12月31日 21時20分32秒 | ご隠居さんの流儀2017

人間とは・・・・・・・・・

Foolで、死ぬ存在であると慶應大学の教授萩野アンナ先生がこの動画で言っておられる。

今年のシメとしてふさわしい動画ですなぁ。

絵画も、詩も、小説も、音楽も、あらゆる芸術は人格のためにある。

見ることは、まさに言葉を生み出していく。

それにしても、ブリューゲルって面白い絵描きさんでありまする。


今年最後のつぶやきでありました。

良いお年を!

 

 

日曜美術館 夢のブリューゲル傑作10選

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「談志なう」(フル) 立川談志、政治家時代、自殺願望などを語る! 2010.6

2017年12月31日 08時26分29秒 | ご隠居さんの流儀2017

今日の記事、これを聞きながら打鍵しました。

(^_^)

 

 

「談志なう」(フル) 立川談志、政治家時代、自殺願望などを語る! 2010.6

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立川談志の動画を101本HDで所有している。これが今年の一番の収穫だった。

2017年12月31日 08時16分04秒 | ご隠居さんの流儀2017

立川談志はマジメである。そういうマジメな部分がなければ、成功はしない。今年一番の収穫はそれであった。

 

 

立川談志の落語にはまっている。楽しい。実に楽しい。毎晩KindleにダウンロードしたMP4で聞いている。枕元である。すやすやと眠ることができる。

なにが楽しいのか。

それは言葉が実に考えられているからである。あの抜群の記憶力とハギレの良い江戸弁。

性格的にはいろいろとマスコミに叩かれるような傾向もあったんだろうが、それは許容範囲である。

なぜか。

立川談志の言葉は、具体的なイメージが見えるからである。考え抜かれている。どうやって鍛えてきたのだろうかと思っていた。

ある時youtubeでちょっと垣間見た。立川談志の弟子が、カードのようになっているメモを持ってきた。なるほどと思った。ネタ帳みたいになっていると自分で言っていた。これじゃ、これなんだと思った。

普段から工夫しているから一流になったのだろう。そう思った。

それに興味関心が幅広い。映画も専門家みたいに詳しい。むろん落語の背景となっている江戸時代の歴史、とりわけ庶民の暮らしにも詳しい。

蔵書が半端ないくらいにあったそうだ。

自宅が20部屋くらいあった。その中に、テーマ毎の書籍の部屋があったそうだ。自分で言ったのであるから間違いない。

それに生活ぶりが庶民的だ。

銭湯をこよなく愛した。まさに江戸の庶民をそのままいっている。ボキは、銭湯のない土地で暮らしているから銭湯にスーパーがついている所に行くけど。スーパー銭湯という場所である。

クルマも興味なし。高級高価なものにはもっと興味なし。

買えば買えたのであろうが。

この辺りが、ボキなんかとは違っている。ボキは高級高価なものは買えないし、興味もない。だいいち、カネがないからなぁ。

談志は、古いことをよく知っていた子供だったそうである。そりゃそうだろう。記憶力が良いからである。でないと、あれだけのネタを記憶して落語で喰っていくことはできないだろう。

うらやましい限りである。

女性に告白したこともなかったという。告白されたこともないそうだ。つまり、ボキと一緒だ(^_^)。

基本的にはマジメだったのだ。

 

こういうマジメさが生涯学習ごっこには必要なのだ。

ボキに一番欠けているところである。もう遅いけど。今さらである。今さら取り返しのつかないことである。

でもねぇ、ダンダンとマジメジジイになってきた。退職してから、実によく勉強しているのじゃ。

なにしろ仕事の勉強をする必要が無い。自分の好きな分野の書籍を買ったり、借りたりして喜んでいるだけである。こんな生活は天国である。

もっともボキのアタマも天国状態になってきちゃったけどねぇ(^_^)。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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12月30日(土)のつぶやき

2017年12月31日 06時04分56秒 | ご隠居さんの流儀2017
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孫が帰ってしまったのだが、正月にまたやってくるそうだよん(^_^)。

2017年12月30日 08時24分12秒 | ご隠居さんの流儀2017

毎年年末はやってくるけど、それなりにタノシミである。孫たちもまたやってくる。お正月に。お年玉を用意しておこう(^_^)。

 

 

孫がいったん帰った。年末はアパートで過ごす。正月になったら、またボキンチに来る。

タノシミである。

要するにそれだけの話である。

でもそれだけの話ではあるけれど、そういう日常を過ごせることがありがたい。

ただのジジイであるからだ。

孫もまたボキの人間力を試してくれているような気がする。つまり、デタラメな人格ではそれこそ孫に示しがつかないからだ。

孫に真似されたら困るではないか。

いかな悪業三昧のアホジジイであっても、困るものは困る。

わはははっははははっははは。

 

年末は無為で過ごす。毎年恒例である。大掃除も計画的にやってしまったし。やることがないから、数学の問題を解いたりしている。他に、伊集院静の小説を読んだりしている。情報カードでメモをつけるのを復活した。だから、楽しくなってきた。

旅に出る計画はある。それが趣味のようになってきた。これまでは、ただ単にツアーの行程どおりに行っていただけであった。しかし、「見ることは言葉につながる」と思い始めてからは変わった。

絵画でも、風景でも、外国の花でも・・・見てからそれを言葉にできなくては、話にならない。

来年は、旅に出て言葉につなげることを目標にするつもりである。まだ生きているだろうから。もっとも明後日には年が明ける。新年になる。

旅に出たら、表現に結びつけたい。もっともこっちは文才がない。風景描写もできない。なかなか難しい。

でも、書くことや打鍵することはできる。ブログもそのためにやっているようなものである。惚け防止のためである。

旅はヨーロッパがいい。惚れ込んでいる。ただし、遠い。それにこっちはエコノミークラス症候群を患っている。だから、飛行機が困る。ちょっとカネがかかる席でないと行けない。

足に不安があるからだ。

そうなら中国がいい。近い。まだ行っていない場所がいくらでもある。動けなくなったら中国にしようと家人と話している。

ともかく非日常性を旅は実現してくれる。

そして、非日常性というと年末や正月である。特別なのである。特別な行事がある。

初詣もそうだし、テレビ番組もいつもの番組ではない。特別な番組がいくらでもある。めぼしい番組は録画して楽しむ。能番組も毎年恒例でやってくれる。NHKだ。これがタノシミである。これがあったから、能の論文でも書いてみたいと思ったのだ。それが人生の方向転換になった。挫折したけど。

生涯学習ごっこに、はまってしまった。

 

人間ドックの結果が良かったから、ますますウオーキングに精進しよう。さらに、生涯学習ごっこにも邁進しよう。来年もである。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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12月29日(金)のつぶやき

2017年12月30日 06時15分20秒 | ご隠居さんの流儀2017
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旅に出ると「見る」ことの大事さに思い至る。今年もいろいろ行った。来年も元気で旅に出よう。

2017年12月29日 08時20分11秒 | ご隠居さんの流儀2017

見て・聞いて・歩いて・・・旅の体験は言葉につながっていく。それが最も大事である。

 

 

「見ることが大事」だ。

今年も旅に出た。6月に行った。バルト三国と露西亜であった。サンクトペテルブルグが実に良かった。(9月の西安の旅はまた別の機会に打鍵する)

憧れのドストエフスキーであった。実際に住んで、執筆していた場所であった。

ドストエフスキーとの接点は、ある大学に偶然合格して東京に出てきてからである。高校を卒業してから苦学をするために上京した。新聞販売店のたこ部屋のような二段ベッドでむさぼるように読んだ。文庫本全巻購入した。まさに「虐げられた人々」のように自分のことを感じていたからだ。葛飾区の金町であった。新聞販売店は。今は、店も個室になっているらしい。でないと苦学生も集まってこないのだろう。

たまらない思い出である。

定年間際に家人と一緒に葛飾金町に行ったこともあった。思わず落涙してしまった。正直辛かった。なんでこんなことをしてまで大学にこだわっているのだろうと思った。

亡父・亡母が大学のカネを出してくれなかったからだ。そんなくだらない大学に行ってなんになるとまで亡父に言われた。亡父自身は大学に行っていないから、知らなかった。大学のシステム自体を。亡母は師範学校出身(国立山形大学教育学部)であったから、ある程度は知っていた。しかし、結局理解してくれなかった。

最後は面倒くさくなって、自分で家を飛び出た。新聞配達すれば、奨学金をくれたからである。

そんなわけでドストエフスキーには、思い出があった。ゆかりの地であるサンクトペテルブルグに行って、実際にドストエフスキーが生きた土地を見て回った。

見る事は、言葉につながる。

これがいいのである。

風景を見て、そのままカメラにおさめてハイサヨウナラでは、富岳百景である。太宰治もやったではないか。さ、記念写真を撮りましょうとやって、人物は外して背景になっている富士山を大きく写した。そして、お世話になった富士山に挨拶して終わりの、あの小説である。好きな作家である。

つまり富士山との対話をしている。

 

旅に出ることは、そういう体験につながる。

これまで生きてきた経験、過去、考えてきたことが言葉になってくるからである。

ボキは旅に出て食事が美味しかったという思い出はあまりない。なにを喰ったかも思い出せない。家人は別である。料理の専門家だから、旅に出たらかなり参考になるらしい。サンクトペテルブルグでも、露西亜の家庭料理を食べたいとなった。そこで夜にサンクトペテルブルグ駅に近い庶民的なレストランに出かけた。ロシア語なんかできないから、添乗員付きである。ツアーなので他のメンバーも誘った。まさかサンクトペテルブルグまで来て、日本料理や中華料理を食っていても仕方ない。

美味しかった。しかし、何を食べたかが記憶にない。ワインを呑んでテーブルの向こうにいた同じグループの素敵な老夫婦と話をしたことだけ覚えている。商社マンだったそうな。英語もかなり出来る。ボキもいろいろ英語のフレーズを教えていただいた。

レストランのウエイトレスが、これまた素敵な露西亜衣装でサービスをしてくれた。見応えがある。英語で話しかけてみた。反応がない。ホテルのフロントもそうだったが、露西亜人は英語があまりお好きではないようだった。

旅はそういうことをいろいろ考えさせてくれるのである。

 

サンクトペテルブルグと言えば美術館である。エルミタージュとかいろいろある。家人がそういうものを見るのが好きでこれまで旅に出た時は、一緒に行った。

でも正直よくわからない。美術館で絵画や彫刻に接したときにである。

つまり、絵画や彫刻を見てボキ自身の中に言葉がわき出てこない。

これからの旅では、そうした面でも言葉につながるように勉強していこうと思っている。

それが生涯学習ごっこにつながるからである。

なにしろ時間だけはある。

今日一日の時間である。

使わなくちゃもったいないではないか。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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12月28日(木)のつぶやき

2017年12月29日 06時50分54秒 | ご隠居さんの流儀2017
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人間ドックのホテルに泊まっているけど、やはり・・・結果はタノシミである。

2017年12月28日 07時30分26秒 | ご隠居さんの流儀2017

昨日の朝は絶食だった。

胃カメラをやるので、食えない。ボキも食えない人間であるが(謙虚に言っているけど)、おかげで体重が減っていた。68.5キロであった。最近にない好調ぶりである。

体重は毎朝測っている。それが一番良いらしい。減量には。意識するからである。

もうすっかり健康メモ魔になってしまた。京大式情報カードでも、とっくの昔に100枚は超えている。情報カードをファイルするB6のファイルが二冊目である。

今日もこれからある。二日目である。ホテルまで病院の送迎バスが来てくれる。それでまたいろいろ検査である。

昨日は疲れてしまった。

胃カメラで最近にない失敗をやらかした。まず最初が、喉の麻酔を10秒間ためておかなくちゃならないのに、あっと言う間に呑み込んでしまった。ハラが減っていたという理由では洒落にもならない。しょうもないジジイである。

先生にお願いして、もう一回チャレンジ。

もっとある。胃カメラが入ってきた時に腹式呼吸をしていれば痛くないのに(これボキのあみ出した胃カメラのコツ)、せき込んでしまった。あ、こりゃたまらんと思ったら先生はさすがである。スルスルと入っていった。できないかもと思ったけど、さすがにプロである。

もっともこの巨大病院は内視鏡室だけで8室ある。横並びに。

ずいぶん腕があがったものだ。以前は、痛くてたまらんかったので幕張にあるK病院という人間ドック専門クリニックに行っていた。麻酔を使ってくれるからである。巨大病院は希望しないとやらない。それなのに、痛みに大差ない。

受診する方が増えたせいもあるのだろう。ドクターの慣れもある。

そんなわけで早く寝た。

ホテルに持参したKindleで、立川談志の落語を聞いていたらそのうち寝てしまった。

よく寝た。

まだ夜が明けないが、ベッドから抜け出した。そして、持参したノートパソコンで打鍵している。他にやることもないから。

やることがないと言えば、検査で移動中に去年一緒だった方々と雑談もしていた。合計で4名。日帰りドックの人も入れてである。人間ドック長生き愛好会の同志である(^0^)。

誰もいなくなったらラウンジで、伊集院進の「ねむりねこ」という文庫本を読んでいた。メモもとっていた。この作家には教えられる部分がある。かなりある。たぶん、絵コンテを描いてから執筆しているのだろうとも思ったし。

ともかく大人の男である。この作家。

推奨している本田靖春という方の書籍もホテルから図書館に予約した。今日の午後に借りにいくけど。

 

ドックの結果はすこぶる順調であった。

ヘモグロビンも5.7。糖尿は治っているとまた言われた。便の検査もクリアー。食後血糖値の戻りもOK。血圧もOK。問題なし。全部OK。

これで無事年末と正月を迎えることができそうだ。もっとも、今日の検査でひっかかったらしょうもないが。

一月からは、原稿書きが待っている。いつもお世話になっている学事出版に提出しなくてはならない。

それもまた趣味である。

楽しいもんである。

 

(^_^)ノ""""

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12月27日(水)のつぶやき

2017年12月28日 06時52分51秒 | ご隠居さんの流儀2017
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何回目かわからないくらい人間ドックに行っているけど、今日はその人間ドックである

2017年12月27日 07時46分57秒 | ご隠居さんの流儀2017

人間ドックがある。二日間である。40代半ばからずっとやっている。胃カメラもずっとである。大腸カメラは、二年に一度になった。居住地の巨大病院の判断である。もう慣れっこである。何回やったかという申告もあるが、忘れてしまうくらいに回数多くやっている。もしかして、好きなのかもしれない。人間ドックが(^_^)。

朝、8時までに病院に入らなくてはならない。

準備は完了。

今日の夜は、ホテルに泊まるからノートパソコンを持っていく。でないと、ホテルでなんもやることがない。

ドックではなんの不安もない。ないけど、なんも自覚症状なしというのが一番怖い。エコノミークラス症候群になったときも、足のむくみが気になったから病院に行っただけであった。この病気でもって、いろんな病院に行った。東京新宿の下肢静脈瘤専門病院、鴨川のK総合病院、居住地のかかりつけの病院等々。全部診断が違っていた。そこで巨大病院に行ったのである。ところが、おっとどっこいであった。即入院であった。

こんな怖いことはない。

でも、実際病気になってそれが死に到るような病気だとしたら、自覚症状のない病気もあるんだろうなぁと思う。いつの間にか死んでいたという例である。

クワバラ、クワバラ。

お互い死ぬまでは元気で生きていきましょう!

 

わはははっははっははっはははっはははっはは

 

(@^^)/~~~

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12月26日(火)のつぶやき

2017年12月27日 06時52分05秒 | ご隠居さんの流儀2017
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年末もこれだけヒマだとどうしようもないですなぁ・・・トホホ

2017年12月26日 08時43分33秒 | ご隠居さんの流儀2017

年末だけどなんにもない。借金もない。ローンもない。貯金もない。悩みもない。まるでアホである。孫の世話をしていてそれが楽しいだけである。時間を見つけては、数学の問題を情報カードに解いているけど(^_^)。

 

 

年末である。

しかし、なんの多忙感もない。高揚感もない。子供のころは、忙しがっている大人を見ているとこっちも楽しくなったものであるが。

故郷の山形にいる頃は、年末になると死んだオヤジが餅つきを家の玄関ポーチで始めたものであった。たいていはボキが杵をつく。オヤジが、臼の係。つきあがったら、すぐさま食べる。きなことか、ダイコンとか、なっとうとか、ゴマとかがあった。一番好きだったのが、じんたん餅というやつ。これ関東のニンゲンは知らないだろうけど。

そんなものも楽しい行事であった。

ところが、今はない。なにもない。

だいいち、仕事がない。ここんところ孫の世話をやっているだけである。昨日は動物園に行ったし。モノレールにも乗ったし。呆れたジジイである。

一昨日、退学した某大学大学院でクラスメイトだった中国人留学生からLINEで連絡が来た。博士論文を提出したとのことであった。凄いことである。素直におめでとうと申し上げた。ボキにはできなかったことである。だからである。

せめて健康だったら、ボキもそうなった可能性はある。一種の賭けであったけど。

エコノミークラス症候群が断念させた。仕方なし。あのままじっとして動かないでいたら、ボキは今頃死んでいただろう。

こういう生き方もあるのだ。

断念したことは、まことに残念であったが。

 

モノレールに興じている孫を見ながら、しみじみ思った。生きていればこそであった。孫との遊びに興じていればシアワセであった。こういうのをジジイのシアワセというのである。

ありがたいではないか。

明日からは二日間の人間ドックに行ってくる。居住地の巨大病院にである。居住地から助成金も出る。50%である。これまた実にありがたいではないか。そもそもがこの巨大病院は、一部事務組合立であった。だから居住地との関係が深いのである。これもまた縁である。

身寄りのないボキであるが、この巨大病院でクタバルのであろう。それがいつになるかはわからない。今日かもしれないし、明日かもしれない。

それを考えないのが、動物園の動物たちである。彼らには生きがいもなにもないだろう。タブン。

あと何日で死ぬのかなんてぇことも考えないだろう。そんなことを考えていたら、動物たちといえどもノイローゼになってしまうだろう。

あまり考えないことである。

動物もボキも。

生きていられればそれでよしである。

ボキだって、オリの中にいる動物と一緒である。

それがライオンになるのか、ゴリラになるのかそれはわからない。

もしかして、ナマケモノだったりして。

 

わはっははははっははっはははっはははっははは。

 

(@^^)/~~~

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12月25日(月)のつぶやき

2017年12月26日 06時46分48秒 | ご隠居さんの流儀2017
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これから千葉市の動物公園に行くのじゃ。孫と一緒に。また夕方お会いしましょう。

2017年12月25日 07時23分09秒 | ご隠居さんの流儀2017

3歳の男児の希望で、これから千葉市の動物公園に行く。

ゾウさんを見たいのだそうだ。

ま、じ~じとしては希望をかなえてあげるのも仕事である(^_^)。

それにしてもやることがねぇなぁ~~~と思う。現役の仕事人時代には考えられない変身ぶりである。およそ家庭を顧みないで過ごしてきたからだ。

孫ができてからは、変身した。

これで良し、これで。

では、行って参ります。

交通安全第一に。

あ、千葉市にあるモノレールにも乗ってくるけど。

わははっははっはははっはははっはははは。

 

(@^^)/~~~

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/