と~ま君の団塊世代独り言日記 

定年後を、いつまでも少年のような気持ちで過ごしています。九十九里浜で、年金+4つのバイトで気ままな暮らしを継続中。

ボキは他人に上から目線で指導したりすることはできない。なにをやっても薄っぺらで、底が割れているからだよん・・・トホホ。

2018年08月01日 08時18分15秒 | 悪業三昧自省録

なにをやってもド素人である。ということは、まだまだ成長過程にあるってぇことだろう。しかし、時間がない。死ぬまであと何年か知らないが、多くはないことだけは確実である。焦るですなぁ。

 

 

9月に千葉市民会館で「敦煌と鬼来迎」というタイトルで二時間ほど話をさせていただく。ありがたいものである。こんなボキでも相手にしてくださるからだ。

実は西夏文字と敦煌、そして目連救母経と日中比較藝能というのが関心事であるからなのだが、まだまだ探求途上である。

だから他人の前で話をすることができるほど、勉強していないというのが実感である。日々改善、日々工夫である。さらに各種資料(史料)を集めては読む。この繰り返しである。

しかし、残念ながら時間がない。つまり、のんびりやっていたら死んじゃうではないか。ボキの方がである。余生を楽しむなんてぇことは、ボキにはできないのだ。

まだまだ追求しなくてはならないことが山ほどあるのだ。これはたまらない。たまらないが、楽しみでもある。なにしろシルクロードそのものが、興味関心のある対象なのだから時間はいくらあっても足りない。

したがって、完成したという思いがまったくない。

いつまでたっても、途上である。

よって、上から目線で他人に指導するなんてぇことはできない。できないし、そんなことは不可能である。教えていただくために、話をするというのが当たっている。そこらへんは、いかにボキでも謙虚に考えている。

 

太極拳を学び始めて、しみじみ感じたことが「指導」なのである。とてもじゃないが、太極拳指導なんてできやしない。中国古典の医学書も読み込んでからでないと、太極拳指導は不可能である。「黄帝内経」もそうだ。太極拳を学び始めたから知った本である。こんなことすら知らないのである。

柔道をやって50年以上過ぎた。しかし、その柔道すらボキはなんにもわかっていなかった。嘉納治五郎全集も買って読んでみた。でも、それだけだった。嘉納治五郎先生の深遠なる哲学もなんもわかっていなかったのである。

笑ってしまう。

なにをやってもド素人であった。あったではない。今でもド素人である。なんでもだ。

慚愧の思いである。

ボキに柔道を指導された側から見たら、ボキなんか犯罪者である。立ち技勝負が嫌いで、変則柔道の寝技勝負でやっていたし。今でいうブラジリアン柔術みたいなものもずいぶん研究したっけ。

つまり、変則なのである。正式ではないのである。奥に哲理がない。技もマニュアルどおりである。

こういうのを工夫改善がないというのである。情けない。

 

そういうことが太極拳でわかってきた。

インチキであったのだ。ボキの柔道は。

否、すべてがである。

うううううううううううううううううううううううううううむ。

これだと隠遁していなくちゃアカンですなぁ

あらゆる関係性を拒否して。

 

(_ _ )/ハンセイ

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他人のワルクチを言わない連盟というものを立ち上げて(^0^)

2018年03月04日 07時10分18秒 | 悪業三昧自省録

昨日もアチコチ出かけていた。疲れてしまった。なにしろ日帰りで往復300キロ以上も運転していたからである。おかげで、昨日は拙ブログに記事をアップする時間がなかった。youtubeからリンクさせたひな祭りの動画のみである。まったく記事をアップするのが、ボキにとっては健康のバロメーターであるなぁと思う。

いろんな方々に会った。重要な書類の交換もした。行政書士を持っているから、これでも法律にはそれなりのレベルで詳しいつもりである。だから出来損ないのボキのアタマの中にあるハードディスクをフル回転させていた。もともと能力がネェのだから、疲れるわけである。

ここに到るまでには、某市役所に出かけていったり、ご指導を仰いだり・・・とマジに八面六臂のご活躍であったのだ(^0^)。

なにをしていたのかは、ヒミツ。

自分のためではない。

 

でもねぇ。

家に帰ってきてから、ちょっと1.5合の日本酒を呑んだのである。成功祝いのつもりで祝杯をあげた。美味しかった。まったく成功祝いである。その道のプロと互角に戦ってなにも失敗しなかったからである。ボキはもともと慎重だしなぁ。

わははっははっはははっははっはははっははははっははっはは。

しかしである。

やはり疲れていたのだ。

酔っ払ってしまったのである。

たった1.5合である。

笑ってしまった。

さらに、他人のワルクチまで言い始めた。

古女房ドノに叱られてしまった。

言ってしまってから、かなり程度の悪いワルクチを言ったことに気がついた。その間、わずか二十秒だった。けれども、言ってしまったことは消えない。アカン。非常にアカン。

潜在意識で普段からそう思っているからワルクチが出てきたのだ。ちょっとアルコールが入っていたとは言え、たったの1.5合である。これでもって、酒が言わせたとは言えない。

まったくまったく。

育っていない。

人間的円熟とか、完成度とかまるっきり無縁の人間どすぇ~~~~。アホ丸出しである。

悪業三昧の生活を送ってきたからこうなる。

感謝である。

感謝して生活を送っていかなくちゃアカン。

たとえどんな仕打ちをされても、感謝して生きていかなくちゃ。

今日からは「他人のワルクチを言わない生活連盟」というものを立ち上げた。たったひとりの会員である。

あ、他人のワルクチだから古女房ドノは例外だろうって?

違う、違う。

ボキ以外すべての方々である。

 

ううううううううううううむ。

 

深く反省している。

 

ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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夫婦長持ちの秘訣は、なんじゃろと考えてみると

2016年09月13日 08時23分48秒 | 悪業三昧自省録

相互扶助ということが最も大切なのだと、ジジイになって初めて気がついたよ

 

 

ボキたち夫婦は、36年くらい夫婦をやっている。というより、やらせていただいている。

感謝である。よくもまぁこんなバカジジイを面倒みてくれたものである。

だからである。感謝しているってぇのは(^_^)。

いつ捨てられても文句は言えないくらいに、悪業三昧であったから。悪という名がつけばなんでもやった。悪趣味をはじめとして。マジに。法律違反だけはしたことないが。とりわけ賭け事はやったことない。賭けゴルフは特に。そもそもゴルフできるだけのゼニもない。みんな書籍に化けていたからである。

いやぁ~、今でもそうだ。家計を顧みず、好き勝手に生涯学習ごっこと自称してやりたいことをやっているからである。

しかも金銭的にはなんにもならないことばかりである。まったく収入は年金のみである。ささやかなアルバイトは、全額ボキの書籍代に消えているし。

その書籍代も、そんなもん買っても見返りがないというものである。還暦過ぎてから入学した大学院博士後期課程も学業劣等・不健康で中退したし。

結局無意味な人生を送っているだけである。

どんなに論文を書いてみても、そんなもんはまったくもって金銭的には見返りがない。あるわけない。論文と言っても素人論文である。自己満足である。いろいろ雑誌とか書かせていただいたけど、誰も読んでくれていないのではないのかと思うだけである。

しかしである。

だったら、「自分のために」「自分が最良の読み手」という視点から書いてみるのもアリではないのかと思った。

だから、やっているだけだ。妙好人のこともそうだし、宗教に関する民俗学もそう。信仰を持てないただのボンクラであるボキにとっては、貴重な体験なのである。ボキのためである。あくまでも。

しかし、夫婦となるとそうはいかない。

オノレの好き勝手に生きているわけにはいかない。当然である。夫婦は完全に他人同士であるからだ。考え方も違うし、感覚も違う。体格も違う。食欲も違う。みんな負けちまう。ボキごときは(^_^)。

それを一方的に、オレの・ボキの面倒を見て欲しいというのではあまりにも自分勝手である。一方的な要求に過ぎる。基地外のすることでしかない。

もっともボキはおよそマトモじゃねぇってか。

わはっはははっはははっははっはは。

冒頭に「相互扶助が夫婦の基本である」と書いてみたが、こりゃボキの古女房ドノにしてみれば、冗談言うな!であろう。100%こっちが(古女房ドノ)面倒みてやっているだけだと、怒り心頭であろう。ジジイのボキなんか、普段から好き勝手に生きているだけで、なんもやっていないからだ。

しかも、これまでお世話になったことへのお返しもまったくしていない。

これでいいのかとは思う。

でも、たまーに「ありがとう」って言っても、気持ち悪いと言われておしまいである。なんか魂胆があって言っているんじゃないの?と疑われてオシマイである。

こういうのを自業自得というのである。

悪業三昧で生きてきたからである。

感謝するんだったら、その前に死んだ方が良かったのかもしれない。マジに。

ささやかなアルバイトしかやっていないのに、呼吸をしているだけで年金がもらえるのだから、国家に対しても申し訳ないではないか。

ま、あせることはない。

そのうち、死んじゃうからである。100%である。放っといても、死んじゃいますからご安心を。

もっとも、ボキ如き、誰も関心はないか。

ああああああああああああ。

そんなもんである。そんなもん。

さ、今日は雨である。

図書館とgymに行ってくる。好きな本を読んで、小さいパソコン持って打鍵をしてくる。それだけである。

Gymも好きだから行ってくる。もう朝から4000歩歩いたけど。

じゃぁねぇ~。

Bye-bye!

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乳児のときに、おっぱいからいろんな生きるためのチカラをいただいたが・・・

2016年06月27日 19時27分00秒 | 悪業三昧自省録

イロイロしてもらったことは、オフクロをはじめ、幾万とあるけど、お返ししたことは殆どない・・・トホホ

 

 

これまでお世話になったこと、指導してもらったこと、愛情をかけていただいたこと、悪業三昧の生き方を修正・訂正していただいたこと・・・・・幾万とある。特にオフクロには、おっぱいをたくさん飲ませていただいたっけ。だから、ジジイになるまで、生きてこられたのだ。

乳児のときに、おっぱいからいろんな生きるためのチカラをいただいたのである。栄養だけではない。抵抗力もである。ばい菌に対する。

でもお返しをした記憶がない。

なんにもしなかった。

とうとうなんにもしないで、そのまんまあの世にオフクロは逝ってしまった。

オフクロだけではない。オヤジに対してもそうだ。

いろんな方々になんにもお返しをしていない。そしてそのまんま、お世話になった方々が死んじゃっているのだ。

愕然となったねぇ。

未練がましく、ボキはバカそのもので、そのまんまダラダラと生きているのだ。

知ったかぶりのアホ人生を。

オノレで考えたこと、マスターしたことなんかこれっぽっちもありゃしない。

全部受け売り。

本からの。

しかも、芭蕉が代表的だけど、芭蕉のことを知ったつもり、わかったようなつもりで生きてきてしまった。しかも、それでもって月給までもらっていた。一面しか知らないでいて、なにをやっていたのであろうか。芭蕉一人を語るのであっても、何万冊の書籍を読破して、それからノートを千冊くらいはとってから授業をやるべきであったのだ。

もっともそんなことをしていたら、こっちはあの世に逝ってしまうしかないけど。

あああああああああああああああああああああ。

あさましいことである。

知ったかぶりの半端人間。

アホで基地外である。

あさましや、あさましや。

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あさましい高校時代を送っていたから、いまさらである。いまさらかつての俊秀たちに会わせる顔もない。

2016年06月25日 17時35分27秒 | 悪業三昧自省録

高校同窓会の幹事から写真と参加した同級生たちのコメントがきたが。。。。

 

 

17:25。

メールのチェックをしたら、高校同窓会の幹事から写真と参加した同級生たちのコメントが書いてあった。そういうのが送られてきたのである。

全部東京近辺に住んでいる同学年の連中である。

写真を見たら、誰が誰だかまったくわからないのだよん。

ボキは欠席した。

その欠席を通知したメールが以下のとおりである。

 

>この度は、同窓会案内をいただきまことに感謝申し上げます。今朝方、大兄に電話を差し上げた***でございます。愚生のようなものにも案内をいただきましたことを、心からありがたいと思っておりました。せっかくですので、参加いたし、冥途の土産話にしてみたいと思ったのですが、興譲館の優秀な同窓生の中に入りましたら、愚生ごときみじめな思いになりますので、欠席させていただきます。啄木のような心情を味わいたくありませんので。お笑いくださいませ。参加の方々によろしくお伝えください。

 

まったく救いようのないボキである。

自己否定も甚だしい。

アホだからなぁ。

あさましい高校時代を送っていたから、いまさらである。いまさらかつての俊秀たちに会わせる顔もない。

で、今日送られてきたメールには、以下のように返事した。

 

>メールありがとうございました。

楽しい会であったようでなによりです。

また、幹事もつとめられてさすがであります。

まだまだ愚生ごとき人間では、名門興譲館の同窓会に出席させていただけるような器ではございませんが、なにかありましたらご連絡いただければと思っております。

御礼まで。

            大愚 ***

 

まったくまったく。

悪業三昧。

アホ三昧。

あさましさ三昧。

(_ _ )/ハンセイの一日でしたよん。

 

わはははははははっははははははっはははだぴょ~ん!

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ちょっとでも自慢したい気持ちが起きたら

2016年06月20日 06時13分39秒 | 悪業三昧自省録

あさましや、あああああ、あさましや

ちょっとでも自慢したいという気持ちが起きたら、ボキは、もうそのことに関しては中断することにしている。

文学賞審査員になったことなんか、長女にもまったく言わなかったし。

新聞記事になったその文学賞の記事は冷蔵庫に貼ってあるけど。

忘れないように。会議日程もカレンダーには書き込んだけど。

それだけ。

それでぇぇのじゃ、それで。

自分の趣味の延長だから。

それにつけけても、俳文学を勉強し始めて、ボキの不勉強に今更ながら気がついてしまったよん。

道はまだまだ続きますなぁ・・・・・・・・・・・・トホホ。

あさまし、あさまし、あさましや。

 

 

 

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もう諦めたから(学位取得を)、自然体でできる。ボキの文化講座は。

2016年06月18日 09時24分26秒 | 悪業三昧自省録

7月9日(土)に千葉市民会館で午後1時から「今昔物語と鬼来迎」というタイトルで話をさせていただくことになっている。2時50分まで。

 

 

あさましや、あさましや。

郷土史関係のボランティアもやらせていただいているんじゃけど、facebookでその広報を担当している。で、7月9日(土)に千葉市民会館で午後1時から「今昔物語と鬼来迎」というタイトルで話をさせていただくことになっている。

広報担当だから、宣伝をせよということを事務局長から仰せつかったからである。

去年までだと、これを千載一遇のチャンスだと思っていた。だから張り切っていた。成果を残して、学位取得のポイント稼ぎにしようと思っていた。

今年は、もう諦めたから(学位取得を)、自然体でできる。内容は、ボキなりに努力した結果である。某大学大学院博士課程で書いていたゴミ論文の一部である。だから、鑑賞には堪えられるかもしれない。それなりに。

それに諦めたから、いろんな話ができる。鬼を登場させて、あるいは不動明王を登場させて、その裏に地蔵さんがいるかもしれないなんて勝手なことをくっちゃべるつもりである。しかも、動画で説明する。

ま、説明だけならバイトで慣れている。塾と二つの大学でしゃべっているからで。

パワーポイントもできるようになってきたから(^_^)。

ともかく、自然体でやることですな。

なにかの目的のために、スケベ根性で悪あがきをしているとそれこそお里が知れるっちゅうもんでしょうから。

ああああ、あさましいことに気がついただけ、幸せでございまするよん。

 

わははっはははっははっはははっはは。

 

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山頭火といふ俳人は、まさに自力の人じゃったから、ああなったのじゃ

2016年06月16日 18時56分49秒 | 悪業三昧自省録

山頭火が好きであった。

かつてのボキは。

放浪の生活と、オノレを捨ててしまったような生活に、憧憬したもんじゃった。

中学生以来である。

しかし、今は違う。

やはり山頭火はインテリであり、知識も、そのよってきたる精神生活も、自分で身につけたいわば自力の結果でしかなかった。

廃人同様の生活に、価値はなかったのかもしれない。

そのことに山頭火自身が一番気がついていたんじゃろうなぁ~。

自分で見つけたものは、滅びるしかないのかもしれない。

酒に逃避して、放浪にも逃避した。

ボキは?

逃避する場がない。

少なくとも自力で身につけたものはなんにもないからで。

山頭火を読み、我がふり直せである。

教えていただくばかりである。

それにつけても、ボキはあさましい人間である。

バカバカしいほどの。

他人のこたぁこれっぽっちも否定できませんぜ。

まったく。

あさましいかぎりであることよ。

 

 

 

 

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①貪欲(とんよく)・・②瞋恚(しんい)・・③愚痴(ぐち)

2016年06月16日 15時18分48秒 | 悪業三昧自省録

あさまし、あさまし、あさましや・・・・・。

都知事様の行動から三毒のことを教えていただきましたよん。

感謝申し上げます。

以下のとおりでございまする。

①貪欲(とんよく)・・執着、とらわれ、偏り、こだわり
②瞋恚(しんい)・・・怨み、妬み、怒り
③愚痴(ぐち)・・・・真理を知らないおろかさ

あああああああああああああああああああああああああ。

愚かなボキも気をつけたいもんでありまする。

あさまし、あさまし、あさましや。

 

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しがみつきたいものがボキにもありはしないか?・・・今回の都知事様のことで

2016年06月16日 07時02分13秒 | 悪業三昧自省録

今やらしていただいているバイトだっていつでもあきらめられるように覚悟しておくこと

 

 

あさやましや、あさましや。

都知事様が辞職した。とうとうである。断末魔の叫びが聞こえてきそうである。そんなにしてまで、しがみつきたいポストなんであろうか。まさに断末魔。なんだかそういう姿を見せられると、「オメェだってしがみつきたいものがあるだろう?」ってぇささやきが聞こえてくる。

だから「おめぇだって都知事様のこたぁ笑えないでしょ?」ってぇ声も聞こえてくる。

そうなのである。ボキだって、しがみつきたいものがあるからで。だから、今やらしていただいているバイトだっていつでもあきらめられるように覚悟しておくことである。

あさましや、あさましや。

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都知事様のような高収入も権力もボキにはないけれども

2016年06月15日 07時16分54秒 | 悪業三昧自省録

人のふり見て我がふり直せじゃなぁ

 

 

あさましや、あさましや。

都知事様の問題については、政治問題だからと思って我関せずと思ってきた。しかし、あの舛添氏の険しい顔を見ていればいるほど、ボキも同じような顔をしていないだろうかと思わざるを得ない。

都知事様のような高収入も権力もボキにはないけれども、そして真実がなにかもボキのような田舎ジジイにはよくわからないけれども。

それでもあの険しい顔だけは見ることができる。だったら、ボキも他人のことはあれこれ言えねぇではないか。罪業は顔に出る。だから人相というのである。人の相場である。

ボキも悪相であるからだ。

ホントに人のこたぁ言えねぇ、言えねぇ。

あさましいことである。

都知事様も、ボキも。

おしまい。

 

 

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センセェと言われるほどの河馬でなし

2016年06月14日 16時46分07秒 | 悪業三昧自省録

あさましや、あさましや。

昨日の老人大学mini旅行であじさいで有名な寺院で花を見ていたら、ご学友様たちにこの花はなんちゅう名前かと言われた。からかってきたのである。しかもセンセというのを下にくっつけて。わかるわけねぇではないか、ボキ如きが。

まともに相手にしていたら、河馬にされる(^_^)。

ボキは、とっさに後ろを振り向いて、センセなんてぇのはいませんぜと申し上げた。ボキが最後尾だったから、ホントに誰もいなかった。

次に、センセェと言われるほどの河馬でなしとつぶやいたのである。

聞こえるように。

そうしたちょっとしたことで、タメされる。ホントはどう思っているのかってぇことを。オノレを。

マジに。

こころの奥底から、オノレを基地外だ、河馬だと思っているかどうかを天からの試練としてタメされているのである。

自力で身につけたと思っているうちは、まだまだホンモンではないのである。知識も、人格も。

(^-^)/

ああああああああああああああ。

あさましや、あさましや。

 

 

 

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巡礼の旅

2016年06月05日 10時14分54秒 | 悪業三昧自省録

聖母マリア様巡礼の旅、ありがとうございました。

あさましやしか言えないボキだけど、ありがとうございましたとは言える。

今回も、自己否定と自己欺瞞、さらにボキの罪悪感でいっぱいだったけど。

ある意味、回心にはなりましたなぁ。

整理して、このバカブログにアップするけど。

それしか、できることないので。

あさましや、あさましや、あさましや。

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イタリアの

2016年06月04日 22時53分13秒 | 悪業三昧自省録

イタリア、とりわけ南部の男どもは、海の民であるから母性信仰というのがあっただろうなぁと思う。

聖母マリア信仰が、あるのもわかるように思う。航海の安全を祈り、運命をゆだねるという信仰。

そのままいっさいがっさい投げ出すことができること。

危険があるからなんだろう。

そんなことにも気がつかなかった。

知ったかぶりもはなはだし。

あさましや、あさましや、あさましや。

 

 

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マルコ

2016年06月03日 22時37分42秒 | 悪業三昧自省録

あさましや、あさましや、あさましや。

ベネチアのサンマルコ寺院なり。

バイブルのマルコ様なり。

ごみ論文書くために、かなり読み込んだつもりであった。

しかし、そんなことがなんになったろうかと慚愧の思いである。

成果を求めて、バカやっていただけ。

今日は、ベネチア泊。

あさましや、あさましや、あさましや。

 

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/