と~ま君の団塊世代一言日記 

定年後を、いつまでも少年のような気持ちで過ごしています。九十九里浜で、年金+5つのバイトで気ままな暮らしを継続中。

さすがのボキも今日は・・・・(^0^)

2018年01月31日 18時25分42秒 | 独り言2018

昨日は終電車の1本前の電車でご帰還。

そして、今日も千葉市へ。18:25帰ってきた。

上代文学と房総という講座を聴きに行った。

クルマである。

(*_*) マイッタ。

疲れていたからである。

こんなのやっていたら、危ないですなぁ。

しかも、10時までは居住地の方の古文書講座に参加していたからで。

休憩時間中に、トンズラしてしまったけど。

センセにお断りして。

これから千葉市に出かけますのでと申し上げた。

危なかったのは、古文書講座でボキが読む番になっていたのだ。休憩時間が終わったらボキが読む番であったのだ。

敵前逃亡である(^0^)。

 

ま、こんなこともあるのだよん。

 

Bye-bye!

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1月30日(火)のつぶやき

2018年01月31日 06時44分35秒 | 独り言2018
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仮面ご隠居、千葉市に酒を呑みに出かける。ホントは行きたくねぇのだけど。アルコールと香水が大嫌いであるから(^0^)。

2018年01月30日 08時48分56秒 | 独り言2018

これから仮面をつけて、千葉市に出かける。明日もである。けっこうきついですなぁ。連続というのは。嫌になっちまう。

 

 

これから千葉市に行く。夕方の5時30分から仕事をしていた時代の方々と会う。つまり宴会である。新年会みたいなものか。。。まったく(*_*) マイッタ。

大先輩からたまには千葉市に出てこいと年賀状に書いてあった。

仕方がない。行くことにした。参加者はほとんど後輩諸君である。つまり現役組。ただし、三人ほどリタイア組がいる。

ボキは、こういう付き合いが苦手なのである。そもそも社交が下手である。あまりペラペラしゃべるのは苦手なのだ(ど~~もウソくさいけど)。文章上では、軽薄なのだがねぇ(^0^)。

それはなぜか。

使い分けているからである。仮面をである。ブログのボキは、軽薄で明るいご隠居の仮面をつけているのじゃよん。ま、根底にそういう軽い面があるのは否定しないけど。

そもそもが行動的だし。あまり考えないで行動に移す面が確かにあるから。

あまたある反省材料の一つなんだけど。

つまり、慎重さが足りない。

こんなふうになったのは、柔道のせいもあるなぁ。

巨漢と闘ってきたから。なにしろ172㎝で体重80キロ前後で試合をしてきたから、考えているヒマなんぞなかった。闘うしかない。やること、やるべきことをあらかじめ考えていたって、通用しない。背負い投げと小内刈りの連続技で果敢に攻めるしかない。玉砕覚悟である。やられたらそれまで。負け。1本負けなんか数え切れないほど経験してきたから。勝った場合も寝技である。キタネェ勝ち方だとずいぶん叱られてしまったっけ。

しかしである。

仮面をつけて生きて居るとなかなか便利なことも多い。

本音を隠せるからである。

だったら、仮面の下はどうなってるんだい?ってぇ問題になるか・・・・分からないですなぁ。

ボキだって分からないんだから。スッピンのボキなんて。もちろん、化粧なんかしていないけど。

ナニがホンモノで、ナニがウソなのかも分かっていないからである。

自分自身を知れと言った偉大な哲学者がおられたが、そんなことは出来るわけがない。一番難しいのが、自分のことを知ることである。ましてや、他人のことなんかまったく分からない。関心がないですよん。とくに美貌の女性なんか縁もゆかりもないからなぁ。顔を見ているだけでも、ぼーっとしてしまうし。

ということは、つまりボキは悪業三昧だということである。それだけは自己分析の結果?分かっているのだ。ニンゲンナンテ、ミンナ悪業三昧でございますよ。

どうせたいしたことはないのだから。どんなに立派なことを言っても。

全部ウソだらけでありまするから。

 

わははっははははっはははっははははっはははは。

 

Bye-bye!

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1月29日(月)のつぶやき

2018年01月30日 06時38分13秒 | 独り言2018
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バースディである。また一つ年をとってしまった。軽薄で明朗なだけの老人ここにありである。

2018年01月29日 08時23分39秒 | 独り言2018

一つ年をとったと言ってもやることがないから、気楽なもんである。ダンダン若返っているような錯覚もしているらしいけど。

 

 

ボキは、今日で一つ年をとった。つまり誕生日である。何歳になったのかというと、それはヒミツ(^0^)。

もしかしたら、25歳?そんなことはないですなぁ。

でも、ダンダン若返っているような気がしてならない。体重も減って、血圧も正常。毎日歩いているから、東洋一の巨大病院から糖尿病も治ったと太鼓判を押されてしまった。糖尿病が治るというのはあり得るのですか?って主治医のドクターに思わず聞いてしまったよん。そういう場合もあるんだと答えてくださった主治医に感謝である。

むろん安心はできない。できないから、毎日マックスで15キロ、アベレージで10キロは歩いているけど。

なんでこんなことが続けられるのか。それは、ボキがアホだからだ。一度やると宣言したことは、止めないのである。言い出したら、途中で進路変更はしない性格だからである。でも、某大学大学院だけは進路を変更してしまったけどねぇ。残念ながら3年で中退したからである。

もう一つ理由がある。体重コントロールが実にうまくいっているからである。

そりゃカミの毛はない。年相応である。ジジイそのものである。誰に期待されているわけでもないし、成果も求められない。目は老眼だしねぇ。

孫も三人できたし。

孫たちに、ジイジ、ジイジと呼ばれて嬉しがっているだけである。

平和なもんである。

こんなジイジ生活が待っているとは思ってもみなかった。仕事の話なんかまったくしない。できない。アタリメェである。仕事がないのだから。アルバイトならやっているけど。それと、ボランティア。歴史の会で事務局員をさせていただいている。

生徒として、居住地の古文書講座に通っている。さらにある。千葉市の文化センターで古代史の講座を受けている。居住地の中国語講座も受けている。

ミンナ楽しい限りである。

このまま時間がたって欲しいものである。

再雇用をしてもらわなくて良かったとシミジミ思っている。もっとも再雇用に応募したわけではなかった。相手にされていないのは、よ~~~~~く分かっていたからである。それに某大学大学院に入学してしまったからである。定年後すぐから通学し始めたのであるから、再雇用どころではなかった。

知人で、退職後も海外で働いているのがいるが、そういうのは出来ない。もっとも、そんなオファーもあるわけない。ナイナイ尽くしである。まるでボキのアタマのようである。カミの毛がないからである。

ま、なんでも良いのだがねぇ。

 

定年後に地域のリーダーになりたいと頑張っているのもいる。そういう方々には頑張ってと応援しているしかない。どこまでいっても、鼻を高くして生きていたいのである。それに周囲が期待しているからそういう生き方をせざるを得ないのであろう。

周囲の期待がないから、ボキは気楽に生きていられるのである。

分かっているのである。

その程度のことは。

その方が気楽だからなぁ。

まるで落語のようですよん。長屋のご隠居さんである。

 

わははっはははっはははっははははっはは。

 

今日はGymも図書館も休館である。うううううううううむ。でも、寒くない。だから歩いてきましょう。その他にやることもないから。

 

Bye-bye

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1月28日(日)のつぶやき

2018年01月29日 06時53分12秒 | 独り言2018
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君は木村政彦を知っているか 8-8

2018年01月28日 23時13分46秒 | 独り言2018

見事な木村先生の生き方です。

死に方が見事であります。

柔道の大先輩でもあります。

 

 

君は木村政彦を知っているか 8-8

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いつかきっと浮上すると思っていた相撲の栃ノ心。堂々たるものである。見習いたいくらいである。

2018年01月28日 09時50分10秒 | 独り言2018

苦労人栃ノ心が優勝したから、とてつもなく嬉しい。こういうどん底から這い上がってきた人間はホンモノである。ボキは、まだ浮上していないけどねぇ。永遠に潜りっぱなしの潜水艦みたいなものだから。

 

 

相撲の栃ノ心が優勝した。

相撲ファンのボキとしては、実に嬉しいことであった。

なぜなら、彼は苦労したからである。大けがをして一時は幕下まで落ちた。幕下というと無給である。つまり、収入がない。相撲部屋にいるから、宿代と食事代はかからない。しかし、一時は関脇にまでなった男である。

がっかりしたであろう。

ところが底辺を経験してから、立ち直ったのである。

それがボキを感動させているのである。

そういう話に弱いのだ、ボキは。

エリートがそのまま勝負事でもエリートでいたら、ボキは面白くもなんともない。一時は廃業の危機まで陥った栃ノ心が立ち直ったからファンなのである。

落ちこぼれが立ち直るには、なかなかの努力がいる。ボキもそうだったからである。ボキの愛好してきた柔道もそうだった。身長172・体重80キロ前後で、重量級としては中途半端な柔道選手であったからである。それが重量級に出されたからたまったもんじゃなかった。ありとあらゆるテクニックを駆使して闘ったのじゃ。マジに。一本背負い投げとか、体落としで対抗した。さらに寝技でも巨漢連中にかけてけっこう通じたのである。特に寝技は、工夫と知力が要る。相手の予想もしない関節技をかけては喜んでいた。講道館では叱られたけどねぇ(^0^)。講道館は、立ち技重視だから。

ま、そんなことを思い出しながら、昨日の栃ノ心の取り組みを見ていた。

優勝に素直にナミダした。感動したのである。ホントウにこういう話に弱いのである。

挫折を経験して、再起して、それから・・・という物語にである。

考えてみるに、同じような体験をしてきているからであろう。

受験戦争から挫折して、大学に進学したといっても苦学である。新聞配達してまで大学にこだわってしまった過去の思い出があるからである。苦学してまで行くような大学でもなかったし、なぜそんなにしてまでこだわったのかと今でも疑問に思うことがある。

結局亡父への反発心ではなかったのかと思う。反抗心であったのかもしれない。町役場の平凡な官吏であった亡父は、大学なんか出ていない。亡母は師範学校出身だから、大学というものに対して知識はあった。亡父には、そういう意味で大学というものにコンプレックスがあったのだろうし、大学を出ていないから出世が遅れたと常にぼやいていた。大学を出れば出世できたのか?と思うと、亡父の場合は無理だったろうと思う。なにしろ性格に問題があった。おっと、ボキも同じようなもんだけどねぇ(^0^)。

そういう固定観念があったから、ボキの受験する大学にしばりをかけてきたのである。そんなもん、どうでも良いだろうと思っていた。事実、その後のボキの人生には大学名とかはまったく関係なかった。学閥の存在が喧伝される業界にいたが、まったく無名の大学であったにもかかわらず、定年間際には**までやることができた。業界には珍しいことであったらしい。エリートでもなんでもない、ただのボンクラが定年で華々しく散ったからである。恨んでいる方々もいただろう。オレの方が当然出世できたはずなのに、どうしてあいつが・・・という恨みである。だから、ボキはそういうくだらないしがらみを持っている御仁のいる業界と関わらないことにしているのである。

しかし、30日にその以前いた業界の方々と呑むことになっている。千葉市で。正直、会いたくないというのが素直な心境である。それでも行くのは、年賀状で叱られたからだ(^0^)。先輩が書いて寄こした。忘れたのか?って。ううううううううううううううううううううううむ、そこまで書いてくださるのなら行くしか無い。

次の日に千葉市にまた行く。「上代文学から見た房総」という講座があるから生徒として参加するからである。二日連続で千葉市に出かけるのは、面倒である。泊まってきちゃおうかなと思ったけどヤメタ。帰ってこようと思っている。

世間のしがらみ?

違うなぁ。

 

ま、栃ノ心の優勝でいろいろ考えることがたくさんあったからである。

面倒くさいご隠居さんですよん。

 

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1月27日(土)のつぶやき

2018年01月28日 06時41分58秒 | 独り言2018
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72歳の博士課程在学者の物語・・・まだまだ凄い御仁がおられるのだ

2018年01月27日 07時36分39秒 | 独り言2018

下記引用↓



お手本のような御仁のことを知った。

ボキも、まだまだくたばりたくないですなぁ。

そもそも博士を取って、大学の教員を目指すのではないのだから。大学教員だって定年があって、ボキはとっくの昔に年齢オーバーだし。

それよりも、生涯学習で大学院に学ぶシニアの御仁が増えているというのは、そういうニーズがあるってぇことですよん(^0^)。



>とことん勉強をしてみたい。そんな長年の思いを実現しようと、山口県岩国市の工藤達威(たつい)さん(72)が博士号取得を目指し、今月から広島市立大学大学院国際学研究科の博士課程に進学した。若い頃は家庭の事情で大学進学がかなわず、定年退職後に研究者の道を歩き始めた。「博士号を一生の目標に頑張りたい」と意欲満々だ。

 工藤さんは1938年、中国東北部(旧満州)の旧ソ連との国境近くで生まれ育った。終戦の混乱の中で父ときょうだい2人を亡くし、母と妹の3人で46年に引き揚げた。親戚を頼って岩国に移り住み、勉学を志して岩国高校へ進学したが、家計は厳しく、大学への進学はかなわなかった。

 山陽パルプ(現日本製紙)岩国工場に就職したが、進学への思いは消えなかった。「あまり言いたくないが、社会の中にある、大卒と高卒の歴然とした差が悔しかった」。30代の時に社内選考に合格し、社費で東京の短大へ入学。東京の本社で働きながら夜間に土木工学を学んだ。「専門的な授業が面白く、日々が新鮮だった。これで願いはかなった、と当時は思っていたはずなんですが……」


 定年退職後、土木技術の知識を生かして地元の建設会社へ再就職したが、再び学問への思いがよみがえった。「70歳になるまでに大学生になろう」。受験参考書を買い集め、68歳で広島修道大(広島市)人間環境学部3年への編入試験に合格。2年前には同大大学院人文科学研究科の修士課程に進んだ。

 専門は環境学。研究テーマは一貫して「棚田文化の再生」だ。大学では全く違う学問をやりたいと考えたとき、かつて見た県内の棚田の美しさを思い出した。「日本の中山間地域の衰退は、農業のあり方をどうするのかという問題と通じる。棚田の歴史や人との関わり、将来の展望を考えよう」。周南市や周防大島町などの農村を歩き、地元の人たちの声を聞いて回った。昨年末に完成した修士論文は、約140ページもの力作となった。

 4月から始まった博士課程では、海外の中山間地域の農業の研究にも取り組むつもりだ。「フィリピンなどの棚田を歩き回り、日本との共通点や違いをしっかり見つめたい」。博士号取得には最短でも3年はかかり、博士論文も高いレベルが求められるが、11歳と7歳の孫たちが「おじいちゃん、博士になってね」と励ましてくれる。  「ここまできたら体力の限り勉強を続けたい。博士号を一生の目標として、キャンパスライフを楽しみますよ」

アサヒ・コム

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1月26日(金)のつぶやき

2018年01月27日 06時45分09秒 | 独り言2018
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塾、旅の調べ物、講話資料作成・・・と悪業三昧の過ごし方を昨日はしていた。

2018年01月26日 09時29分36秒 | 独り言2018

昨晩も色々なことをやっていた。まるでビョーキですねぇ。笑っちまうですよ。業そのまんまを生きているのですなぁ。まったく。

 

 

昨日塾にバイトに行った。料理教室の後である。たった90分。楽しいものである。やらせていただけるだけで感謝である。

その後、家に帰って風呂に入った。そして、またまた旅のことで調べ物をしていた。インターネットや書籍で。行って見たいところは無限にあるからである。中国もまだまだ行っていないところがたくさんあるし。ま、中国はもっと年取ってからでもいい。近いし、時間もかからないからである。某大学大学院在学中は、論文との関係で絶体行ってみたかった。しかし、ボキの行きたいところは団体ツアーにはない。したがって、個人ツアーになってしまう。個人で行くとなると中国語は必須である。でも、中国語ができないから、それで中国語の勉強を始めたのだ。しかし、意欲と成果はリンクしているようである。マスターできない。まったくどうしようもない(^0^)。

寒くなると、南国に行きたくなる。とてもじゃぁないが、ボキが雪国の生まれだとは吹聴できないですなぁ、これじゃ。

だらしないこと限りなし。

 

それにしても寒いですなぁ。九十九里浜は冬温暖なのだが、今朝ボキンチのリビングで室温1度であった。これはこれは・・・・。エアコンはあるのだが、使っていない。灯油のストーブである。これが年金生活者には一番いい。経済的だからである。

雪国の方々には笑われてしまう。この程度で寒いだのなんだのとほざいているようでは、雪国には住めない。

よくまぁあんな寒いところで育ったものである。生きていられたものである。

でも、精神的にはありがたかった。耐えるということを知った。忍耐の耐えるである。これがあったから、苦学できたのだ。そう思っている。だいぶ人間的にはひねくれてしまったけど(^0^)。

 

来月の10日に千葉市で話をさせていただくのであるが、この資料も9:20完了した。合計でA3サイズ10枚ある。

原典を抜粋して印刷にかける。

房総が上代文学でどのように扱われていたかということからスタートしていくつもりである。

さらに中世、近世と広範な話になるだろう。パワーポイントで全部作っていると、原典資料の提示ができない。だから紙ベースで作ってみた。校注付きだから、聞いてくださっている方々にも参考になるだろう。さらに出典もである。

もっとも、この分野はまだまだ勉強中である。他人に上から目線で講釈たれるようなみっともないやり方はできない。そんな能力もない。そもそも学者・研究者ではないからなぁ。それくらいの恥は知っているつもりである。

なにかの参考にしてくださればいいと思っているだけである。

そして、ボキも勉強させていただく。

これがボキの「業」である。こだわっていることの一つである。

それしかやれることがないからなぁ。

 

わはははっははっはははっははははっは。

 

Bye-bye!

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1月25日(木)のつぶやき

2018年01月26日 06時43分31秒 | 独り言2018
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ボキの作品でござーる(^0^)。美味かったですなぁ~~~♬

2018年01月25日 17時45分40秒 | 独り言2018

今日のジジイの料理教室で作ったボキのオムレツ。

美味かったですよん。

また参加したいっすねぇ。

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教わる一方の最近だけと、楽しいもんですなぁ。昨日は、講座を受けたし。しかも二つ。今日はオムレツの作り方である。

2018年01月25日 08時25分23秒 | 独り言2018

千葉市に出かけていろいろ体験してきた。クレーマージジイとか、講座の受講とかである。帰ってきてから、夜には居住地の中国語講座。そして今日はこれから「ジジイの料理教室」である。オムレツを作ってくる(^0^)。

 

 

千葉市文化センターで講座を受講していた。「上代文学から見た房総」という講座である。千葉大学の准教授の先生から教えていただいていた。楽しかった。上代文学に出てくるヒーローやヒロインを扱っていた。道や地名のことから入っていただいたから、なんとかボキのようなモンでもついていけた。

そして、四月からの講座予定も配布された。二種類やっているボキの副業の予定がまだはっきりしていないが、申し込むつもりである。

千葉市はこういうことをやってくださるからありがたい。文化レベルが違う。

講師も一流、レベルも高い。こうなると、惚けているヒマがない。

しかしである。

千葉市に行く途中にチェーン店のそば店で昼食を食べたのであるが、みっともない光景を見た。ボキと同年配であろうジジイが、店員に血相を変えて文句を言っていた。「さっき、***と言っただろう!」と注文内容を繰り返した店員に何度も繰り返すんじゃねぇと言っていたのである。

笑った。ボキもかなりのアホだけど、こっちのジジイもかなりなもんじゃと思った。たかだか1000円もしないそばのことで、文句垂れていたんじゃ健康に悪い。

どーにも、ジジイやババアになるとこんなヤカラが多すぎる。ゼニさえ払えば、王様女王様になってしまっているのである。アホ丸出しである。

そりゃ店員のマナーが悪いのならば理解できる。文句垂れるのも。しかし、通常の確認をしただけの店員の態度はなんら責められるような行動ではない。

ありがたくいただくのが筋ではないか。

まったく他山の石である。こういうのがいるから、ジジイやババアがそれこそバカにされてしまうのである。

 

他山の石というと、昨日受講した講座の先生の教え方にいろいろと学んできたのである。文学部の准教授である。つまり、ちょっと全体の流れがスムースではなかった。意図していることはよくわかったが、ボキのような素人相手には難しいのではなかったかと思った。ま、教えていただいているのだから素直に聞いていれば良いのだ。アリガタヤ、アリガタヤである。

ボキなら、動画とか写真をかなり入れてそれこそ学習意欲を刺激しちゃうけど。

そういうことである。来月、ボキもちょっと千葉市で話をすることになっている。早速、昨日はその資料を訂正した。動画入りのパワーポイントである。ドローンで撮影した九十九里浜の動画から始まるのじゃ(^0^)。

ふざけているってぇ批判もいただくかもしれない。それでもいい。ボキの実力相応の話しかできないからである。

 

今日はこれからジジイの料理教室に行ってくる。オムレツの作り方である。

楽しみである。今日の午後にでも報告しますけど。

 

わははっはははっははははっはははっはは。

 

Bye-bye!

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/