ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

”3つのイエス”・・・組織のミッションを周知させるには?

2014年03月19日 | 高等教育

 今日のブログでは、論文の話を1回休憩して、昨日3月18日の卒業式の話を挟みます。僕にとっては、この大学の学長になって初めての卒業式でした。

 式辞というと、三重大の僕の前任の学長さんの式辞について、新聞に投書が掲載されたことを思い出します。毎年、同じ話を繰り返しているという内容だったと思います。学生は1回きりしか式辞を聞かないわけですから、投書をした方は、たぶん毎年式辞を聞いている教職員なんでしょうね。それで、僕は三重大の学長時代は、まず、毎年話の内容を変えることを心がけました。でも、何回かそれをやってみて、「自分がいちばん学生さんに伝えたいことはそれほど変わるものではなく、逆に毎年ころころと式辞を変えるということは、自分に定見がないということを曝け出しているということではないか?」という思いに至りました。それで、それ以後は、時代や環境の変化などの周辺部分の話は毎回変えますが、根幹部分は毎年同じ趣旨の話をしました。、

 式辞を作るという作業は学長さんにとってけっこうたいへんな仕事なんですよ。学生さんばかりではなく、それを聞いている保護者の方々や来賓の方々、そしてお偉い教授先生方にも、また、マスコミの皆さんにも、なるほどと思っていただける話を10分間ほどでまとめないといけないわけですからね

 そして、もう一つ、せっかく一生懸命作った式辞をお話しても、学生のほとんどがそれを覚えていないという現実があります。どんなりっぱな、高尚な話をしても、それを学生たちが覚えていなければ、式辞の意味はゼロではないでしょうか?今まで、ほとんどの大学では長期間にわたって、この無意味な営みを延々と繰り返してきたのではないでしょうか?

 去年の4月に鈴鹿医療科学大学の学長に就任し、その時の入学式の式辞についてはブログに書きましたね。入学生のオリエンテーションの時に、僕が式辞で話したことを覚えていた学生さんはほとんどおらず、唯一、ご両親の勧めによって僕のブログを読んでいた学生さんだけが答えることができたというお話でした。自分が話をしたことを相手が覚えていてくれているとは限らない、ということはよく認識しておく必要があります。大学の授業でもそうですね。「講義をしたから学生が理解をして覚えているはずだ。」という先生の思い込みを「教授錯覚」と言うのでしたね。「学生にどれだけ教えたか?」ではなく、「学生がどれだけ身につけたか?」というデータにもとづく教育(outcome-based education)が、大切といわれているゆえんですね。

 なかなか覚えていただけないということでは、組織のミッションや理念などについても同じことが当てはまります。ミッションを作っても、棚の上の飾り物になってしまっていて、教職員や学生に聞いても答えが返ってこないという大学はよくあるのではないでしょうか?ミッションや理念はそれを実現するために作られるわけですが、構成員がミッションや理念を覚えていない組織では、ミッションや理念を実現できるはずはありませんね。

 ミッションや理念を作ったら、まず、構成員に徹底的に周知することがマネジメントの第一歩であり、そして次にはミッションや理念に謳われていることを文字通り実現することが最も大切であると僕は思っています。これは言うはやさしくしてなかなか難しいことであり、「理念経営」というジャンルもあるくらいです。三重大の学長時代には、三重大のミッション「地域に根差し世界に誇れる独自性豊かな教育・研究成果を生み出す。~人と自然の調和・共生の中で~」を周知徹底するために、ポスターを全教室に張り出すなど、あの手この手の努力をしました。

 去年の4月に鈴鹿医療科学大学の学長に着任し、定められている建学の精神、教育の理念、教育の目標の周知が今一つという感じを受けたので、学内で話をする機会があれば、必ず触れるようにしてきました。もちろん入学式の式辞でもお話したわけですが、今回、卒業式の式辞でもお話しすることにしようと心に決めました。高尚な難しい話ではなく、建学の精神で始まり、建学の精神で終わる。こういう式辞があってもよいのではないか、と・・・。

 そんなことで、論文数についての報告書を書くのに時間に追われつつ、夜中の2時ころから5時ころにかけて慌ただしくまとめたのが次の式辞です。

 ********************************************************************

平成25年度鈴鹿医療科学大学学位授与式式辞

本日、鈴鹿医療科学大学の学位を取得された学士420名、修士11名の皆さん、そして、ご家族並びにご関係の皆様、おめでとうございます。皆さんのお世話を一生懸命させていただきました教職員といっしょに、心よりお祝いを申し上げます。

 また、本日はご多用の中、本学学位授与式にご臨席の栄を賜りましたご来賓の皆様に、厚く御礼を申し上げます。

 さて、皆さんは、この度、鈴鹿医療科学大学の所定の課程をみごとに修了され、これから、新たな職場や環境、あるいはさらに高度な教育課程において、一歩を踏み出そうとしておられます。その新たな門出に際しまして、私から皆さんにお願いしたいことが3つあります。

 実は、私が申し上げたい3つのことは、鈴鹿医療科学大学の建学の精神、教育の理念、教育目標のなかにすべて書かれています。

 もう一度、建学の理念を振り返ってみましょう。鈴鹿医療科学大学の建学の精神は「科学技術の進歩を真に 人類の福祉と健康の向上に役立たせる」であります。たいへん崇高な建学の精神です。

 教育の理念は「知性と人間性を兼ね備えた医療・福祉スペシャリストの育成」です。そして、それを具体化する教育目標は「1高度な知識と技能を修得する。2幅広い教養を身につける。3思いやりの心を育む。4高い倫理感を持つ。5チーム医療の貢献する。」の5つです。

 この建学の精神、教育の理念、教育目標は、皆さんが大学に在学している時にだけ目指せばいいというものではありません。これらは、皆さんが卒業した後も目指すべきものであると思います。

 まず、「科学技術の進歩を真に 人類の福祉と健康の向上に役立たせる」ためには、皆さんは生涯にわたって学び続ける必要があります。科学技術の進歩、特に医療・福祉の分野の進歩はたいへん目覚ましいものがあり、常に新しい知識を学び続けないことには、すぐに時代に遅れてしまいます。

 たとえば、本学の白子キャンパスの鈴鹿ロボケアセンターで、歩行に障害のある方々にロボットスーツによる治療が開始されていますが、ロボットスーツは、医療・福祉分野における代表的なイノベーションの一つであり、皆さんはこのような最新の知識や技術についても、常に学び続ける必要があります。常に学び続けて初めて、教育の理念に書かれている「医療・福祉スペシャリスト」と呼ばれる存在になります。

 二つ目のお願いは、本学の教育理念にあるように、人間性にあふれた思いやりの心を持った医療・福祉スペシャリストになっていただきたいということです。医療や福祉は、単にお客様にサービスを提供して、その対価を得るという通常のサービス業とは異なる面をもっています。人間の生死や心の奥底に深くかかわる職業であるがゆえに、患者さん、被介護者、社会的弱者に対して、真に思いやりの心をもって接する必要があります。真の思いやりとは、サービスを提供している時間だけ思いやりの態度を示せばよいということではなく、普段からの心の持ち方や人となりが問われます。そして、そのためには、自分自身の感情を常に厳しくコントロールする努力が求められます。

 三つめは、本学の教育目標にも掲げられている「チーム医療」に貢献することです。現代の医療や福祉は非常に高度化し、さまざまな専門分野のスペシャリストがチームを組んで、患者さんや被介護者に対して最善の医療・福祉サービスを提供することが求められています。そのためには、皆さんがチームや組織やネットワークの一員として、その機能が最大化するように役割を果たさなければなりません。そのためには適切なコミュニケーションをとり、スペシャリストとしての自分の専門性を生かし、周囲と協調して行動するとともに、適切なリーダーシップをとる必要があります。

 お願いをした3つのことは、intelligence(知性)、 emotional intelligence (心の知性)、social intelligence (社会的知性)と言い換えてもいいでしょう。アメリカの心理学者で著述家のダニエル・ゴールマンという人が、この3つの概念の重要性を提唱し、組織を成功に導くリーダーシップに欠かせないと主張しています。intelligence、 emotional intelligence、social intelligenceの頭文字をとるとiESとなり、日本語で読むと「イエス」と読めます。皆さんには、これからの新しい環境において、この「イエス」を常に磨き続けていただきたいと思います。「イエスを磨け」を本日の私から皆さんへの餞の言葉といたします。

 最後に、人間は社会的な存在であり、それがゆえに人と人との出会いが、その人の一生を大きく左右します。皆さんには、ぜひとも大学での良き出会いを一生大切にしていただきたいと思います。そして、大学に対しても、引き続き気軽にコミュニケーションをとっていただきたいと思います。大学が、卒業生、在学生、教職員の温かい交流の場となるように、私ども大学関係者は、今後とも努力を続けてまいります。

 皆さんが今まで大学で学んだことを最大限生かし、それぞれの環境においてりっぱに活躍されることを、大学の教職員、関係者一同とともに心より祈念し、式辞といたします。

平成26年3月18日

鈴鹿医療科学大学長   豊田長康

 ***************************************************************************

さて、話はもう少し続きます。

午前中の大学での卒業式の後は、午後3時半より鈴鹿サーキットのセンターハウスというところで、学生主催の卒業記念祝賀会が開かれました。

 

国際レーシングコースの中にある建物で、すぐそばにレーシングコースが見えます。レースをしている時にはレーシングカーの走行を見ながら宴会ができるという、鈴鹿らしいセッティングですね。

祝賀会で乾杯の挨拶をすることになっていたので、式辞で話をしたことに加えて、いったい何をしゃべろうかな、と大学から鈴鹿サーキットへ向かう車内で考えていました。

学長が式辞をせっかく話しても、学生さんが覚えていない、ということをネタにしてしゃべろうかな。そのためには、会場に到着したら、学生をつかまえて、式辞の内容をどれだけ覚えているか聞いてみることにしよう・・・。

さて、会場に着いて、近くのテーブルを囲んでいた学生たちに、「僕が卒業式でどんなことを話したか覚えていますか?」と聞いてみると、「3つのイエスです。」という言葉が即座に返ってきました。そして、この答えに周りにいた数人の学生たちが「イエ~ス」と反応。これは、僕にとっては予想外の反応であり、ちょっとびっくりしました。

これでは、学長の式辞を学生が覚えていない、ということをネタにする挨拶ができないではないか・・・。でも、待てよ、この「イエ~ス」の乗りを逆手にとって挨拶してみようかな・・・。

そして、乾杯の挨拶のために登壇しました。

********************************************************************

「みなさん、ご卒業おめでとう。先ほど、卒業式で式辞を述べさせていただきましたが、覚えていますか?実は、式辞を学生さんが覚えているということはほとんどなく、僕自身も大学時代の学長さんのお話をまったく覚えていません。でも、先ほど学生さんに僕が何をしゃべったか聞いてみると、”3つのイエス”という答えがちゃんと返ってきました。これは、たいへん素晴らしいことです。3つのイエスは、intelligence, emotional intellligence, social inteligenceの頭文字のiESでしたね。今流行りのiPS細胞とは違いますよ。iESです。記憶にとどめるためには、繰り返すことが大切です。それでは皆さん、僕が何かを言ったら、それに続いて「イエ~ス」と言ってくださいね。

鈴鹿医療科学大学の卒業生は、一生勉強を続けるぞ!!(こぶしを突き上げつつ)  ⇒  「イエ~ス」 (会場全体が怒涛のように)

鈴鹿医療科学大学の卒業生は、思いやりの心をもって患者さんに接するぞ!!  ⇒ 「イエ~ス」

鈴鹿医療科学大学の卒業生は、チーム医療に貢献するぞ!! ⇒  「イエ~ス」

********************************************************************

式辞の内容がどのようなものであれ、とにかく学生が記憶にとどめてくれないことには、式辞の価値はゼロ。彼らが僕と同じ年齢になった時に、果たしてこの日の式辞を覚えてくれているかどうか、ちょっと確かめたい気もするんですが・・・。

今回の振り返り

ミッションにしろ、講義にしろ、聞き手に覚えてもらえる確率を高めるためには

1.繰り返すこと(今回は、卒業式だけではなく祝賀会でも繰り返した。)

2.単純化すること(今回は、建学の精神、教育の理念、教育目標という数の多い項目を3つに集約して記憶しやすいようにした。)

3.関連づけること(今回は、「イエス」という誰でも知っている言葉と関連づけて記憶しやすいようにした。)

4.具体的な事例と結びつけること(今回は、ミッションの話をする時にロボットスーツを例にあげるなど、できるだけ具体的に話すことを心がけた。)

5.印象づけること(画像や映像を併用した方が記憶に残るとされているが、今回は、豊田のパフォーマンスで印象づけようとした。)

6.参加・行動してもらうこと(一方的な伝達方式では記憶に残りにくく、聞き手に参加・行動してもらうことが効果的とされ、その中でも他人に教える行為が最も記憶に残りやすいとされている。今回は学生に「イエ~ス」と答えさせた。)

こう考えてみると、式辞という極めて制約された伝達方式の中では、1~6をすべて実行することはなかなか難しいと思われ、学生が式辞を覚えていないことも、当然なのかもしれません。今回は、式辞で2と3と4の工夫をし、祝賀会と合わせて1~6のすべてを実行したことになると思います。

なお、ある教員から、学長の式辞は、ゆっくりと明確に話されたのでよくわかった、というコメントをいただきました。1~6の工夫の前に、「0.聞き手に理解できるように、明確な発音で適切な速度で話す。」ことが前提ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする