ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

全国初の自治体病院と私立病院の統合プロジェクト:地方独立行政法人「桑名市総合医療センター」への期待

2012年04月02日 | 医療

 昨日の日曜日(平成24年4月1日)に、地方独立行政法人桑名市民病院と私立山本総合病院が統合され、地方独立行政法人「桑名市総合医療センター」として出発する設立式が三重県桑名市でありました。私は、現在の職に就く前の平成21年に、桑名市民病院が独立行政法人化された時から評価委員会の委員長を務めている関係で、この歴史的な設立式に招かれました。

 自治体病院と私立病院の総合は、おそらく全国で初めてのケースと思われ、成功すれば、今後の地域医療の再編統合のモデルケースになるかもしれず、また、全国的に注目されているので、ブログの読者の皆さんにもご報告しておきます。

 桑名市民病院は昭和41年4月23日に開院。平成21年10月1日に地方独立行政法人桑名市民病院となり(病床数234床)、あわせて医療法人和心会平田循環器病院(病床数79床)と再編統合を行い、桑名市民病院分院を開院しています。この時点で自治体病院と私立病院の統合がなされたことにはなりますが、それは、まだ完成形ではありませんでした。

 山本総合病院(病床数349床)は、昭和20年に前身の山本病院として開院。今回、事実上3つの病院が統合されて「桑名市総合医療センター」が設立されたことになります。平成27年に新病院が建設されて物理的に一か所になるまでは、それぞれ西医療センター、南医療センター、東医療センターと称して、現在の病院で診療を続けます。

 この歴史的な公私病院の統合案は、平成18年に「桑名市民病院あり方検討委員会」の答申に始まります。病院が、全国の多くの自治体病院と同様に、慢性的な赤字であったことや、市民の要望に応えられない機能低下を起こしていたことが、検討委員会が設置された理由です。その案では400床規模の二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の早期実現が強く望まれており、それは事実上、桑名市民病院と山本総合病院の統合を念頭においたものであったと思われます。

 両病院へは三重大から医師が供給されていましたが、三重大の方も、平成16年の卒後臨床研修制度導入等もあって研修医の確保に苦しみ、地域病院への医師供給不足が問題化しつつありました。私の専門の産婦人科についても、医師不足から十分な医師を供給できす、両病院とも分娩の取り扱いができなくなっていました。大学からの医師供給の面では、中途半端な規模の二つの病院へそれぞれ医師を供給するよりも、統合した適正規模の病院に医師を供給する方が、はるかに供給しやすいのです。2病院が統合すれば、分娩の取り扱いを再開できる可能性が出てきます。

 しかし、公私病院の統合という歴史的な病院再編の試みは、そんなに事がうまく運びませんでした。ちょっと考えただけでも、いろいろと難しいハードルがあるので、当然と言えば当然のことかも知れません。今までに、少なくとも2回、統合交渉が決裂し、白紙撤回がなされています。

 私が平成21年に桑名市民病院の独立行政法人化に際して評価委員会の委員長をお受けしたのは、2回目の白紙撤回なされた頃だったと思います。当初の評価委員会のメンバーは、桑名市医師会長、桑名市商工会議所会頭、三重大学胸部外科教授、公認会計士と、私でした。

 評価委員会の主な仕事は、独法の中期目標・中期計画の妥当性およびその達成度の評価なので、病院統合の是非を云々する権限はもとよりありません。しかし、いざ評価委員会を開催してみると、委員の皆さんから、この人口約15万人、周辺人口約25万人である桑名地域で、2つの病院が統合せずして、市民が期待する医療は提供できない、という意見がさっそく出されました。特に、前桑名医師会長の伊藤勉氏は強く統合を主張されました。

 医師会は、市民病院建設に対しては反対をしてきた歴史があります。日本の医療供給システムでは、欧米とは異なり、開業医と病院が患者を取り合って競合する仕組みになっていたので、医師会は市民病院の建設に反対するか、または、競合しない医療を要求し、立地場所も市街から離れた不便なところが多かったように思います。桑名市民病院もその例にもれず、立地場所は桑名駅から離れた、やや交通の不便なところにあります。多くの自治体病院が赤字である理由の一部は、そのような歴史の影響を引きずっている面もあるかもしれません。

 桑名医師会長が統合を強く主張されたことは、昔ならば大きなハードルであったものが今では存在しないことを意味します。私は、開業医と病院が競合関係ではなく、実質的な機能分担と連携をする時代にいよいよなってきたなと、時代の変化を感じました。

 さて、評価委員会は公開でなされており、傍聴席にはいつも一般市民や市会議員さんたちが聞いておられます。しかし、私も含めて委員の皆さんは、公開であることはまったく気にも留めず、歯に衣を着せずにどんどんと自分の意見をおっしゃいます。病院側や桑名市側からの、いわゆる形だけの言い訳的に聞こえる答弁については、委員から厳しい反応が出ることもあります。

 中期目標・計画についての議論ももちろんするわけですが、委員の皆さんからは権限を逸脱しているかもしれないと承知しつつも、統合問題についても意見が出てきます。それで、最終的な評価委員会の報告書とは別に、400床規模の2次医療を自己完結できる病院にするべきであるという主旨、つまり統合するべきであるという主旨を書いた付帯意見書を私が取りまとめて、市長に提出することにしました。

 傍聴していたある市会議員さんから、評価委員会が終わった後で、「皆さんの議論を聞いて、やっぱり統合しないといけないことがよくわかりました。議員としてもなんとかがんばります。」というご意見をいただきました。

 評価委員会の進言に対して、当時の水谷元市長は「私も統合した方が良いに決まっていると思うんですが、難しいハードルがあり、なかなかうまくいかないんです。」とこぼしておられました。

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平成21年 8月28日

桑名市長   

水谷 元 様

 

 

地方独立行政法人桑名市民病院評価委員会

委員長 豊田長康

 

付帯意見書

 

 地方独立行政法人桑名市民病院評価委員会は、桑名市民病院の地方独立行政法人化に向けて、中期目標(案)・中期計画(案)について検討してきたが、委員から、桑名市民病院の現体制の下で中期目標・中期計画を策定し、病院の改善を行ったとしても、桑名市民にとって真に必要な病院にはなりえないという、桑名市の医療供給体制そのものに対して深刻に憂慮する意見が出されたので、その要点を付帯意見書として取りまとめた。なお、本評価委員会は桑名市民病院の現体制における中期目標・中期計画の妥当性およびその達成度の可否について判断する立場であり、桑名市民病院のあり方そのものに係る意思決定の是非について判断する立場ではないが、各委員は桑名市民にとって真に必要な医療供給体制がどうあるべきかという高い見地にもとづいて真摯に審議してきたことから、あえて付帯意見を述べるものである。

 

1.桑名市民病院の地方独立行政法人化は、桑名市民病院あり方委員会の答申書(平成18年8月)の趣旨を受けて、400床前後で二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の実現を最終的な目標とし、中期目標・中期計画の策定は、その実現に向けての過程であると認識する。本評価委員会は、桑名市民病院あり方委員会の見解と同じく、桑名市民にとって、二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の実現が必要不可欠であると考える。

 

2.二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の実現は、桑名市民病院と医療法人平田循環器病院との合併だけでは不可能であり、他の医療機関との合併も含めて、実現するための方策を今後も継続的に模索するべきである。桑名市民病院の現体制のもとで中期目標・中期計画を策定し、病院の改善を行ったとしても、桑名市民にとって真に必要な二次医療が可能な自己完結型の急性期病院にはなりえないと考える。

以上

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 この後の動きについては、評価委員会は直接は関知していませんが、桑名市の市会議員の皆さんが、自治体病院の経営改革では有名な長隆(おさ たかし)氏(国の仕分け人のお一人)を呼んで勉強会を開催され、桑名市も、さまざまなハードルを乗り越え再々度統合を検討すべきという大きな流れになっていきます。国会議員の先生方、国の関係省庁、三重県、三重大学、その他多くの関係者を動かし、遂に平成23年12月に正式に桑名市民病院と山本総合病院の統合が調印され、今回の4月1日の設立式を迎えることになりました。

 水谷元市長がご挨拶の中で、「設立式冒頭で行われた除幕式で紐を引っ張ったけれども、なかなか幕を引き下ろすことができず、この統合が一筋縄でいかなかったことを象徴している。NHKのプロジェクトXでも取り上げて欲しいくらいだ。」とおっしゃったことが印象的でした。

 この公私病院統合“プロジェクトX”は、実に多くの方々の熱意、貢献、協力のもとで、数回にわたる挫折を乗り越えて実現しました。おそらく私が知らない苦労や苦渋の決断も多々あったことと思います。その“プロジェクトX”の一端に評価委員会も関わらせていただいたことを、たいへんうれしく思っています。

 公私統合した「桑名市総合医療センター」の本当の試練はこれからであり、今から統合に関わって発生する具体的な問題を一つ一つ解決していく必要があります。

 また、私の最近のブログで、大学病院についてのシリーズを12回にわたってお話しましたが、このような地域医療の問題は大学病院のあり方や機能(教育・研究面も含めて)と深く関わっており、また、私が現在所属する機関の国立大学病院貸付業務の一環として行ってきた病院経営の調査・分析が大いに役に立ちます。

 私は、この大学病院の経営を調査・分析してきた経験を生かしながら、公私統合後の自治体病院の経営がうまくいくように、評価委員会を通じて引き続き歯に衣を着せない意見を述べていきたいと思っています。

 

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