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僕たちの天使

私の愛する天使たち、ネコ、山P、佐藤健君、60~80年代の音楽、バイクなどを徒然に語っていきます。

オトメちゃんが母親になっていました。

zooさん、お元気ですか。 もうご承知かもしれませんが、オトメちゃんが お母さんになっていましたね。市川動植物園のHPに 2013年、オトメちゃんがお母さんになっていたことが載っていました。赤ちゃんを抱いてカメラ目線です、オトメちゃん。こんなに嬉しいことはない。またブログを再開してくださることを願っています。 このブログの2014年8月4日の記事を読んでください。

(12/9)義母のこと(まいったなあ)

2013年12月09日 22時37分23秒 | 日常、仕事、認知症
今朝はあまりに疲れていて
寝坊してしまった。
昨日の仕事の忙しさ。
日曜はできるだけ、夫との時間を持つために
出勤は避けよう、と思っていたが
忙しそうなのが目に見えていたので出勤。
出勤して正解。

明日は休みなので
気分よく帰宅した。

そして
今夜も
義母の騒動。
今の時刻までかかった。

帰宅して
1階の雨戸の閉め方がなかなかできなくて
義母が困っていたので
コツを教えてやった。
ようやく自分でできるようになって安心したことで
私も安心したのだが(それは夕方の話)。


これで安心、と思うのがまちがい。

またも8時過ぎに
二階に上がってくる。
また、庭にいる、と。
今度は
ダイジローまで巻き込む。
「ダイちゃんも、何かに気づいて、サンルーム側を気にしている。」と。
「ダイジローまで巻き込まないで。
ネコはどんな小さな音でも敏感になるから、外の音に反応しただけ。」

そして
「トモロッシちゃんもこっちに来て、見てちょうだい。」
と真っ暗にした部屋に2人でいた。
私は
真っ暗にした部屋にいることがない。
寝るときも豆電球をつけているか
ヘタすると、大きな電灯までつけて寝てしまう始末。
それに
どの部屋も
外の灯りが入るような隙間があったり
2階は雨戸さえ、少し光が入るように5,6センチ開けてある。
とにかく真っ暗の状態はない。
玄関の廊下も、電気をつけない状態でも
摺りガラスなどの外の灯りでボーっと何かしら見える。
義母の部屋は
とにかく灯りをシャットアウト。
真っ暗である。
雨戸もキッチリ。
却って、光のない所で凝視すると
何か白いものが見えてきそうだ。
全く何も見えない、というより、目が見えるかぎり
なにか白いものが見える感じがする。
仏壇の後ろのほうが白く10センチほど見えるのである。
それを義母が
外でいたずらしてこっちを照らしている、明日、警察に言う、と言っている。

私もそのはっきりとはしないが白いものの正体を知りたく。
すると
義母の閉めた西側の雨戸がほんの数ミリ(2ミリほどか)、隙間があり
そこからマンションの灯りが漏れて
こちら側には10センチほどのかすかな光になっているのである。
義母に、
「ホラ、数ミリ、雨戸の隙間があるでしょ。見てごらん。」と
言っても
怖いから近寄れない、と言って拒否。
結局、自分で検証できないでいる。
「雨戸、きちんと閉めたんだよ。」義母。
「きっちり閉めたと思っても、こうして光が入るくらいの隙間はできるでしょ。」
と言っても納得しない。
「その人物は、何時間も庭でウロウロしているのか。」私。
「そうだ。こっちの話し声を聞いては身を隠しているんだ。うまい具合に。
とにかく、殺されたくないからね。」

これで2時間近く、時間を消耗。
埒が開かないので、途中、夫に参加してもらった。
「私も、真っ暗な所で、ホラ、見えるでしょ、ホラ、あっちが光っている、と
言われると、オカルトみたいで怖いから、あなたも来てちょうだい。」と
途中で呼び寄せた。
夫は、自分の母親に対して、短気になるので(昨日も、私の仕事で不在のとき
何かあったらしい。夫が彼女にいろいろと言ったようだ。何についてかは夫は言わなかったが。)、
「あまり短気起こさずにね。」と私は言った。
義母と私のやりとりを誰かに観察してもらいたかった。
いつもこの騒動のときは
私だけなので。
夫「幽霊かもしれない。幽霊だ。」
義母「幽霊の方がいい。殺されたくない。」

義母は、隣のマンションの誰かがいたずらしている、と思っている。
そんなこと言わないで、確固とした証拠があるならまだしも、
名誉毀損になるからね、と私は言った。
例えば足跡とか、人影を肉眼で見たとか、逃げていく後姿を見たとか、
それらはこの騒動の中、全くないのである。
すばやく逃げるには不可能だ、と言ったのだが。


こうして、2,3日置きにこの騒動。

2階で寝るか、と聞いてみたが
2階に寝ても、また誰かがベランダに潜んでいる、とか
光が見えるとか言われそうだ。
どうしたらいいのだろう。





(12/7)義母のこと(あちゃ~)

2013年12月07日 12時02分55秒 | 日常、仕事、認知症
昨夜は
義母の南側の雨戸4枚、全部閉めた。
それまで1枚だけ閉めずにいたので
最後の1枚を閉めていざ鍵をかけようとしたら
なかなかかからない。
震災で歪みがあるのと(もう、直さず放ってある)、
長年かけたことがないので
なかなかうまく嵌らない。
ようやく嵌って
「これで安心だよ。」と言った。

そして念のため
他の部屋、トイレ等の窓の鍵を確認しに行った。
1階の義母のトイレは
私はほとんど見たことがない。
2階のトイレに夫が入っていて
私がどうしても行きたいときに
慌てて1階に下りて義母のトイレを借りたことがあったのは
数年前だと記憶。

トイレを開けて見た光景は。

義母はトイレ後
水を流していなかった。
2、3回分の使用後の紙が便器の中にあり
水は、ブルーレットの青と尿の色が混じっていた。
「大」のは流しているようだったが。
アンモニア臭というか饐えた臭いが漂っていた。
それを見られたことにバツが悪いと思ったようだった。
以前そのトイレを利用するときにも
「あ、トイレ流していないからね、流してね。」と言われたことがあった。
つまり、流さないという自覚はあるのである。

さすがに昨日の光景は
良くないと思った。


今朝
雨戸を開けに行ったときに
雨戸の鍵の開け方、閉め方を指導。
そして
「なぜ、トイレの水を流さないのか。」と尋ねた。
「水を流すと、止まらなくなるような気がして。」と返答。
「これでは不衛生だ。菌がいっぱいあちこちに繁殖するじゃないか。」と
ハイターを持っていって、しばらく漬けておくことにした。
「ブラシでゴシゴシしているんだけどね。」とは言っていたが
手遅れの底の汚さである。
何度か、熱い湯でハイターしなければだめだよ、と言った。
義母は
掃除用具、芳香剤、トイレットペーパーにはお金をかけている。
トイレには、新発売の芳香剤が埃をかぶって並んでいる。
トイレットペーパーも、いろんな種類の花柄の高級なものを並べている。
それも今まで見て見ぬ振りしてきた。
お互いに干渉せずの生活をしてきた。
私は別に、綺麗好きではない。
掃除に関しては
人に言える立場じゃないし、整理整頓はダメな人間である。
だから
自分の母親が
いつでも手を動かしてあちこち拭いていたのを見ていて
心の中で
(これが姑だったら、私はとんでもなくだらしない嫁、となるだろうなあ。
姑が今のお義母さんでよかった・・・)と思っていたものである。

そんな私が
昨夜のトイレの光景に驚いたのである。
2階の私たちのトイレがどれほどシンプルで綺麗であるかを
自覚した。

いずれは
下のトイレも私たちが利用する年代(義母が亡くなったら)になる。
滅多にお客が来ないので、それもあるのだろうね。
急に私が干渉するようになったら不快だろうけれど
不衛生極まりない。

義母はとにかく
昔から、機械やスイッチの苦手な人だった。
ストーブも設置してあるが
まだこの冬、使っていない。
寒いときはつけるように、と言っても
「いや、怖いから。」と言ってつけない。
電気コタツで十分だ、日中は陽が入れば暖かいから、と言ってつけない。

お風呂もそうだ。
お風呂は1階の風呂が壊れたので
2階の風呂に、夫が入ったあとに入ってもらう。
それも、スイッチをつけて、電灯をつけてから声をかけるようにしてある。
熱いから、水を足す、とか
ぬるいから、スイッチを押して温める、とか一切ない。
そのままの状態で入る。
入ったあとに、「明日から、あと一℃上げてね。」と言われる。
夫曰く
「ぬるければ、自分で上げればいいんだ。教えてやろうとしても、端から聞く耳
持たない。」と私に文句を言う。
それを夫が自分の母親に言えば、喧嘩になるので
私に言って終わり。

亡くなった義父が全てそれらを管理していたので
義母は
「みんな、おとうさんがやってくれたから、私は全然わからない。」と言う。
あの当時は
義父の律義さ、を自慢げに言っていたけれど
義母を世間知らずにしたのは義父、と思っている。

でも考えようによっては
次のようなことがあったので相殺。

震災のとき
電気、ガスが長く使えなかった。
うちは都市ガスだったので、かなり長かった。
それで
煮炊きは、卓上コンロと七輪でやったのだが
その七輪の使い方、コツが私はわからなかった。
そして義母は全然そういうものには抵抗なく
こうして火をつける、と教えてくれた。
スイッチ一つつけるにも怯える人が
危ない炭のほうが取り扱えるのである。
昔の人だ。
夫の昔の家の掘りごたつは、練炭だった。
それをずっと扱っていた人だ。
おっかさん、
トイレの水が止まらなくなるようだから流さない、なんて
杞憂しているよりも
そのときはそのときで、対処があるのだから
どうぞ、毎回流してください。


これから
義母とのやりとりがたくさん出てくるのでしょう。

(12/6)ザ・タイガース/そして義母のこと

2013年12月06日 22時41分08秒 | 日常、仕事、認知症

トチとトモが珍しくいっしょに寝ている。
いつもはトチとシンノスケがいっしょ。

タイガースのチケットが今日届く。
ちょうど2週間後に会える、サリーに。
この想いは、苫小牧時代の人しかわからないだろうなあ。
仙台に来て共有できたのは
あのジュリーのファンの友人。元の職場の同僚です。
全盛の頃はもちろんお互いに知らない。
たまたま
職場で、82年の再結成のコンサートの話になり、
彼女もタイガースフリークと知り
いっしょに武道館に行こう、となった。
こちらは夫といっしょなので、彼女も心強かったと思う。
当時、夜行の寝台列車で帰ってきたのよね。

人生最後の・・・と書くのがちょっと寂しいけれど
そんな年になりました。
ストーンズのように、ずっと解散せずにやってきたわけじゃないし
これから、どんな形で再結成するかわからないし、
私たちも、親のことがあったり、家庭のことがあったりと
身動き取れない年頃になったので
そんな言葉が出てきます。

若い時
どんな小さな記事、写真でも
週刊誌、月刊誌の切り抜きを集めていたっけ。
それらは皆捨ててしまったけれど
確か
1,2枚残していたものがある。
それを探したいが
震災のために、家の中のあれこれがどこに行ったのかわからない。
探せ、探せ、トモロッシ。
私の青春だったサリーのあの素敵な笑顔の写真を探しましょう。
そういえば
勤めてから
仕事で東京に出張に行ったときに
神田の古本屋街を歩くのが好きで
タイガースの載った週刊誌とかも買ったような気がする。
それも探してみましょう。



また
今日の夜(9時ごろ)
義母が二階に上がってきて
「誰かが庭で悪さをしている。」と言ってきた。
西側の雨戸のところではなく
今度は
南側の部屋の、義母の人形の飾ってある戸棚が
青く光る、とのこと。
南側の雨戸を1枚だけ開けているので、そこから光を当てている、と言う。

なぜ、一枚だけ開けておくのか、と聞くと
真っ暗より、何かあったときに光が入っていいと思って、と言う。

光に怯えているのなら
全部閉めて、雨戸の鍵もかけて
部屋は真っ暗にせず、豆電球をつけて寝たほうがいい、と私は言う。
結構、義母の言動に矛盾が見えるのである。

庭には誰もいないし、いた跡もない。
まだまだ世間、皆起きている時刻。
義母だけ、7時半ごろに寝るので、皆眠っているものと思っているようだ。
いやいや、その時刻、テレビを観たり、音楽を聴いたりしている時刻でしょ。
私たちもテレビを観ていたりしているし。
彼女だけ、別世界で怯えているのである。
その怯えを払拭するにはどうしたらいいのか。

私のように
電気をつけて寝たら?と言ってみた。
私はよく、消し忘れてそのまま眠ってしまう。


うちは
ネコがたくさんいるので
この時刻でも
ニャーニャー鳴いたり
バタバタうるさくしているので
不審者はいやだと思うけどね。

誰か庭にいる、と固定されています。
警察に言ってみるか・・・

これ、記録なので
まとまった書き方になっていません。
あれやこれやと書き記しています。

(12/2)母のこと、義母のこと

2013年12月02日 23時33分18秒 | 日常、仕事、認知症
ちょっと
予想していなかったことに直面して
気分が良くない。

高齢の義母のこと。
実家の母のこと。

まず
実家の母。
明日は、母の検査の報告を聞きに行く。
昨日は
実家に、父の車のタイヤ交換に行った。
ほとんど中に入らず、作業をし終えてその後出かけたのだが
母の体調の悪さが気になった。
今日も、それについて考えていた。
来年の今頃、母は元気でいるのだろうか、と何度か浮かんできた。

いずれやってくる別れ。
それまでの過程が、どんなものなのか
それに耐え得る自分の精神力は、なんて考えていた。

そこに
義母の新たな出来事。
前のブログに書いたのだが

人が覗いている、という件。
あれから(一昨日の夜)
義母とともに検証。
義母が見た時刻に合わせて
隣のマンションの灯りと影について検証。
雨戸を閉めよ、と私は言ったけれど
閉めない、という返事だったのは書いた。

義母は普段は
夕方の4時半には夕食を摂る。
その時刻には、南側の雨戸を閉め、
外と遮断され、夜の様子は全くわからない人だ。
私といっしょに検証した時刻は
外に出たり、辺りを見回したりするということはない人なので
そのときに見えた
うちの向かいのホテルの事務所の窓の灯りにさえ
驚いて
「ああ!ホラ!あそこの灯りがおかしい。」と突然言う。
私もその恐怖の声に驚いて
見てみるが
私がいつも夜、ベランダで月を眺めたり
ネコと遊んだりするときに見ている日常の光景、灯りである。
全く、世間を知らない義母である。

義父の命日ということで一昨日
隣の奥さんが訪れた(私は会っていない)。
義母が一連のことを話すと
奥さんも、雨戸を閉めたほうがいいと言い
それに従うことにした義母。
そして
翌日(昨日)から雨戸を閉めて
外の光をシャットアウトして、
これで一件落着と思っていた。


ところが今日の夜
8時半ごろ
二階に
「トモロッシちゃん!トモロッシちゃん!また、来ている!
今すぐ、見てみて!」と
尋常じゃない声を出して上がってきた。

ちょうど夫が
私の部屋にいてネコと過ごしていたので
(私の部屋は義母の真上。窓も同じ位置についているし、私の部屋からは
隣のマンションの駐車場が見渡せ、人の動きもよく見える)
「ちょっと、窓を開けて、見て!」と私は夫に声をかける。
私もいっしょに下を見たが
全く人の気配はない。
「誰もいないよ!」と義母に言う。

仮に
本当に人がいたとして
そこから逃げるのは容易ではない塀の高さだ、と先日書いた。
何かを踏み台にしないと乗り越えられない高さなのだ。
それも先日、義母に言った。
「脚立とか持ってきて乗り越えているのかもしれない。」と
真顔で言う義母。
「じゃ、その脚立を持って、塀を乗り越えて逃げるのか。その場合、
物凄く時間がかかるはず。重いものを持ち上げて逃げるにしても高さがありすぎる。
ものの数十秒で逃げるなんて神業。音もするだろう。」と言っても
義母は納得しない。

そして義母の部屋に行き
「雨戸が閉まっているのに、なぜ人がいる、とわかったのか。」と聞いた。
「雨戸の隙間から光がもれた。雨戸の音がした。絶対誰かいた。」と
頑なに言う。
「なぜ、覗くのか。」私。
「そんなの、その人に聞かなければわからない。いつもいつも、
あ、女(83歳です、義母)がいる、と思って、覗いているかもしれないでしょ。」
と義母の返答。


これは困った。

光と影に怯えているようだったから
雨戸を閉めて安心か、と思ったら
その雨戸さえ効果なし、ということになる。
もう
義母の頭の中は、人が覗いている、と固定されている。
毎日のようにそんなに、この高い塀を越えてやってくるのか
しかも、時間はまだまだ人々が起きている時刻、
マンションの住人がようやく仕事を終えて帰宅する時刻に
脚立を抱えて、こちら側に下ろし
ほんの少し義母の部屋を覗いて(雨戸が閉まっているので、覗いても見えない)、
また重い脚立を抱えて塀をよじ登って、逃げるということか。

西側はこれから、風が強くなると
雨戸も風で音がする。
その音に
「人がまた来た!」と言う可能性が高い。

夫に
「どう、思う?」と尋ねると
「わからない。人がいたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。」だって。
この返答をどう受け止めたらいいのかわからなかった私だ。
人がいたなら、本当に警察に言わなければならない。
だが
あまりに突飛だ。

義母の言葉を信用していないとか
頭がおかしくなったとか
そうは思ってはいない。

障子に映った影は
おそらく本当だろう。
(ただし、ジャンパー姿のようだった、というのは理屈が合わない。障子から
そんなものが見えるわけがない。
ただ、シルエットが、そのようにジャンパーのような気がするというのが、
ジャンパーが見えたになっているのだと思う。)

マンションの通路の灯りの下を通る人の頭が
ちょうど義母の部屋の障子に映るのではないか、と推理する。

向かいのホテルの庭の樹木が、庭についているライトに照らされ
その樹木の姿、枝の形、風に揺れる葉の形が
ホテルの壁に異様に大きく映っている。
それと同じ現象だと思うが、どうだろうか。

それとも
本当に毎日のように
午後の7時半ごろに
誰か、2.5メートルほどの塀を簡単に乗り越えて
義母を覗き見し(義母の部屋は真っ暗。覗いても見えない、というのを先日検証済み)、
音も立てず、靴跡も残さず、10秒ぐらいで乗り越えて逃げていくのだろうか。


義母の部屋に私が寝てみる、というのも1つの案。
義母が「来た!」というときに
私もいて、ガッと窓を開けてみる。
そこには
果たして、人はいるのか。

義母の寝床を南側に換えるというのも一案。
明日は
塀の高さを測ってみる。
脚立もあるしね。

(11/30)仕事のこと、義母のこと

2013年11月30日 12時38分00秒 | 日常、仕事、認知症
2ヵ月半ぶりに
この職場に復帰して
一週間に3回から4回出ている。
何の違和感もなく、今のところ
スムーズにこなしている。
戻ってきた、というのを驚く人がいて
顔を見て数十秒経ってから
「アレ~?」と声を出す人。
そう、「久しぶりです。」というよりも
前からいた感覚で挨拶をしてから
アレ~?が出る。

副社長にすぐに挨拶に行くべきだったが
時間が合わず
つい先日廊下でバッタリ会った。
「副社長からの直接の電話にかなり動揺しました。」と正直な気持ちを言った。
これがなければ
もっともっと逃げていた私だったと思う。
あまり逃げてばかりいるのも得策じゃないと思い直して
引き受けた。
「私(副社長)もね、トモロッシさんが辞めるときの最後の挨拶が
なかったら、あの(復帰の)電話をしなかったと思うの。」

このブログにも以前書いたが
私が6月ごろに辞める決心をしたときに
彼女に相談せずに決めたことにおそらく立腹していたと思う。
その表れが
廊下で会っても、無視される視線を感じていた。
明らかに、避けているというより、怒っているという表れだった。
しかし
けじめとして
私は最後に手土産を持って
「お世話になった。」と家庭の事情を説明しつつ挨拶。
その話の流れで
今後縁があったらまた会いましょう、という
円満退職になった。
Iさんがまさかその直後に辞めるとは想定されていなかったので
社交辞令のような挨拶が
際めて早い段階で現実になってしまった。
傍にいた総務のSさんが
「センセイ、よろしく。」と言った。
彼は震災後の私の面接をしてくれた人。
こんな冗談を言えるほどの距離だったか。
以前の職歴を知っているから言った言葉だ。
やっぱり不満があったにせよ
最後はきちんとした挨拶をして離れたほうが後々にいいね。
以前の仕事のときもそうだ。
元の職場から10年ぶりに「手伝ってくれないか」と言われて復帰したことを思い出す。
今回もそうだ。
「皆、来てくれることを望んでいたのよ。」と言われて悪い気がしない。
人手不足だから来てくれということだが
Eさんが
「トモロッシさんでなくてはダメなんです。」と強く言っていたようだ。
他の方々も、ぜひに、と言ってくれた。
だからその分、一生懸命働くつもりで。

でも
やはり自分のどこかに
「正月もない職場」がある。
辞めたときに
「来年の正月はのんびりと箱根駅伝が観られる。ゴロゴロできる。」なんて
考えていたのに
1年も経たないうちに
また
「正月もない職場」である。



今朝
義母が珍しく二階に上がって私を呼んだ。
いつもなら階段下でドアを開けて呼ぶのだが
奥の私の部屋にいたので聞こえなかった。
「ちょっと気味が悪いの、下に来て。」と言う。

昨夜
母が寝るころ(7時半ごろ)

ベッドのある部屋で電灯を暗くして横になったら
その部屋の窓の外で
カチカチと何かをつける音(義母は懐中電灯のようだと言う)と
パッパッと灯りがつく、窓の向こう側に人影のようなものが見える、
以前もそんなことがあって、隣の奥さんに相談した、
警察に言おうかと思う、とのことだった。

義母の部屋は西側。
西側は隣のマンションの駐車場がある。
マンションが建ったときに
目隠し、防犯を兼ねて
2メートル強の塀をつけた。
隣とうちの地面の高さは段差があり、こちらからは更に高さが増す。

義母の窓の内側の半分は
義父の仏壇(あ、今日命日だ!)があり
片側から光が入るようにしている。
窓ガラスは二重、障子の三重になっている。
外側の雨戸を閉めれば四重である。
しかし雨戸を閉めずに
義父のかつて作った防犯用の金網を固定してつけている。
金網や簾(これも固定)などをはずすのに容易でない。
その他にレースのカーテン等を取り付けて
光は入るけれど、中は覗かれないような状況。
駐車場の灯りをバックに人影が見える、ということで
以前は
おそらく駐車した人がちょっと覗いたのだろう、という見解で収まった。
しかし
今回は
塀の内側に来て、窓のすぐ傍で覗きをしている、ということだった。


で、それは大変だ、警察だ、というふうになるか。
まず検証。

塀を乗り越えて、音も立てずに
こちらの敷地に入るということが可能かどうか。
塀の高さは
こちらからすると3メートル近い。
背伸びして手を伸ばしても塀の上に届かない。

私は自転車に乗って
隣のマンションに行き
実際に塀を手をかけてみた。
こんなことしていたら通報されそうだが
近所の人や隣のマンションのオーナーは知っている人たちなので
何かうちとトラブルがあったに違いないと見るくらいだ。

仮に塀を乗り越えたとして
この塀を乗り越えるには
白い壁に靴跡が残っていなければならない。
簡単によじ登れる塀じゃない。
うちの壁側にも靴跡がない。
それでも靴跡を残さず乗り越えようとするなら
何か踏み台のなるもの(それもかなり高いもの)が必要となる。

しかし場所を見ると
そんなものを用意して塀をまたがっていれば
駐車場なので
誰かに見られる可能性あり。
人に見られないように侵入するなら
マンションの陰になるようなところを選ばなければならない。
そこから入ったとすると
うちの方は樹木があり
ガサッガサッ、バリッバリッと音がするはず。

駐車場を眺めると
義母の部屋に向けた車が止まっている。
塀の隙間がないので(昔の塀と二重になっているので)灯りが入ることはない。
ただし、横の方には古い塀がなく今の2メートル強の塀の下は隙間がある。
その辺りにバイクが止まっている。
カチッカチッという音はバイクの灯りの消したりつけたりの音か。
それがパッパッと灯りが見えたということか。
しかし
もう一つの
人影が見えた、というのは解決になっていない。

よって
今夜
私が検証することにした。

そして
私は言った。
「お義母さん、私、時々夜に
懐中電灯を持って、このカエルの寝床を見に来ているの知っている?」と。
あの傷カエルのことは義母にも話していたし
冬眠に向けて北西側のカエルの寝床の補強をしていたのも知っている。
そしてよく夜に
義母の部屋の外側を通って懐中電灯を持って見に行っていた。
夜といっても
8時前だから、義母が寝付くころ。
義母は
「知らない。」と答える。
「私、しょっちゅう見に行っているのよ。でも昨日の夜は見ていないけれど。
それにその時刻、私まだ下にいたでしょ。不審者が高い塀の危険を冒して
その時刻に来るかどうかを考えてみて。」と言った。

カチッカチッ
パッパッ
人影

この3つが義母のキーワード。
何回も言っていた。

義母はまもなく84歳になる。

不審者の心理になってみること、忖度してみること。
結構、こういうの、好きな私である。

雨戸を閉めなさい、と言っても
防犯の金網のほうがいいから、と言う。


ところで
あの傷カエル
姿を消していました。
いったんは冬眠に入ったのですが
あのあと
暖かい夜に雨が降り
これはうちのカエルたち起きるな、と思っていたら
あの傷カエルも移動したのでしょう。
数日前に見たらいませんでした。
元気になったようです。
移動できるということはそういうことね。