初孫も祖父の干支とや竹の春 千坊
誕生日が近づいてくるとこの句を思い出す。母方の祖父は俳句を読むのが好きで正岡子規のホトトギス派の同人に属し千坊の俳号を名乗っていたと亡母から聞いていた 小生の誕生に詠んだ句で短冊の裏面に 虎彦君の生誕を祝す 昭和戌寅八月十二日とある。俳号は出身地山口県の近郊の千坊山から採ったと推定される 同山山頂には 弘法筆架けの松の伝説あり「山頂より光市の海岸の風景の美に思わず持っていた筆を近くの松にかけたまま見とれてそのままにしてしまった」 千坊山と空海の接点につき少し調べた。千坊山の由来は、多くの宿坊を持つ寺院があったからと言われ、東千防山を伝教太師 西千坊さんを弘法大師が開山したと伝えられる旧熊毛郡南部一帯には今も当時をしのばせる地名が散在している。「千坊 ・三百坊・仁王堂・鐘突き堂等」 939年藤原純友の乱で焼失1624年蓬莱山室積院建立したとある
一枚の古い短冊より未知の故郷の歴史を知ることになった。千防爺さんは小生3歳の時に亡くなり直接の思い出はないが写真や書きものにより 親近感がある
独り言
誕生日 お盆が近づいて 今年も想い出した
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