14年前の早朝 阪神大震災に遭遇。 今朝 5時46分 武庫川河口で神戸六甲山に向かい黙祷した。 当日 出張のため ボツボツ起きようとした時 強烈な立揺れが 今でも生々しく思い出す。すぐに 隣町芦屋に住んでいた母親に電話した とりあえず無事が確認できた。直後に電話は完全に不通になった。ライフラインのなかで電気だけはOK。屋外は液化現象があるも 一応出張の用意で 最寄り駅まで行くも線路に煙突が倒れ横たわっていた。あきらめて帰宅。テレビで状況が少しずつ報道されてきた。その後いろんなことがあったが 一番の苦労は水と火 水道 ガス 復旧まで45日もかかり 有難味をよくよく味わう。
数年後 「あの時 生と死を分けたのは何だったんだろうね?」 と当時の身近な災害を振り返りながら 母からしみじみ問われ 「運だけだったのとちがう」即座に答えたヤリトリを思い出す 振り返ると大きな地震を体験している。
1968年(S43.5) 十勝沖地震(M 7.9) 札幌市にて
1983年(S58.5) 日本海中部地震(秋田沖地震)(M 7.7) 秋田市にて
1995年(H7.1) 阪神淡路大震災(M 7.3) 西宮市にて
独り言
それぞれの災害時には多くの人々に ご心配かけたり お世話をかけた。当時のいろんな人との 思い出がよみがえる。早いもの 阪神震災も14年が経過した。当時 なにかとお気使いいただいた Tさんが昨年11月お亡くなりになった。毎朝故人を偲んでいる