歴歩

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藤岡市・本郷塚原A遺跡 前方後円墳から埴輪棺が見つかる

2018年04月15日 | Weblog
 群馬県藤岡市教委が発掘を行った「本郷塚原A遺跡」(同市本郷)で、前方後円墳から埴輪棺が見つかったことが3日、分かった。古墳の周溝に並べることが多い埴輪を棺に転用するのは特殊という。
 同遺跡には本郷埴輪窯跡と前方後円墳1基、円墳3基がある。これまでの調査では、窯跡と4基の古墳との関連は明らかになっていない。
 埴輪棺は縦約50cm、横約20cmで、前方後円墳の下から今年2月に出土した。複数の「円筒埴輪」を組み合わせて作られ、上下は円筒埴輪の破片が詰め込まれて塞がれていた。人骨は見つからなかった。 小型のため、子ども用の棺か、1度葬った遺体を再び埋葬したものと考えられるという。前方後円墳に葬られた有力者ではなく、その近親者の可能性がある。
 埴輪棺は埴輪を作る工人集団がいた地域で出土する例が多く、市教委はこの前方後円墳が埴輪工人の墓だった可能性があるとしている。 本郷塚原A遺跡から約300m南には、日本書紀の中に死者を弔うために埴輪を作ったとの記述があり、土師氏の祖先とされる「野見宿禰」を祭る土師神社がある。
[参考:2018.4.4上毛新聞、2018.4.14毎日新聞]

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埴輪棺


<本郷塚原A遺跡>前方後円墳から埴輪棺 工人集団「土師氏」埋葬か 藤岡 /群馬

古墳から埴輪棺見つかる 群馬・藤岡市の本郷塚原A遺跡
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向日市・五塚原古墳 昨年出土の埴輪棺は異形の朝顔型円筒埴輪 丹後型円筒埴輪に似る

2017年09月07日 | Weblog
 向日市埋蔵文化財センターの調査で、同市寺戸町の五塚原古墳(3世紀半ばから後半の築造、全長約91mの前方後円墳)で見つかった埴輪が、全国の発掘例で類例のない形状をしていることが判明した。
 埴輪は昨年9~10月に古墳の裾部分から出土したが、破片約300点を接合し、高さ約66cm・口径約20cmに復元した結果、全体的に上に向かって径が大きくなるが、上部が球状で開口部の立ち上がりが低い,特異な形状の「朝顔形円筒埴輪」である。一方、上部が球状なところは丹後地方の「丹後型円筒埴輪」に似ており、外観上の共通要素があるといい、製作技術が乙訓を介して丹後地方へ伝わった可能性を示すとしている。
 80年以上後に築造された近隣の妙見山古墳(4世紀中葉築造、全長約110mの前方後円墳)から運ばれ、五塚原古墳の主の子孫を納めた埴輪棺とみられるという。
 同センターは10月9日まで向日市寺戸町の市文化資料館で開催中の成果展「先祖の記憶―古墳時代の祖霊観」で復元した埴輪などを展示する。
[参考:京都新聞]

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 五塚原古墳

 2016年10月13日 首長の4代目血縁者?埴輪棺見つかる
 向日市埋蔵文化財センターは、五塚原古墳から、埋葬された首長の4代目の血縁者を納めたとみられる埴輪棺1基が見つかったと発表した。埴輪棺は、後円部の裾部で発見。[参考:京都新聞]


上部が球状、全国初の埴輪 京都・五塚原古墳で出土


キーワード: 五塚原古墳(いつかはらこふん)


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向日市・五塚原古墳 首長の4代目後の血縁者の埴輪棺が?

2016年10月13日 | Weblog
 向日市埋蔵文化財センターは13日、「五塚原(いつかはら)古墳」(京都府向日市寺戸町)から、埋葬された首長の4代目の血縁者を納めたとみられる埴輪棺1基が見つかったと発表した。
[参考:京都新聞]

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 五塚原古墳
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大垣市・昼飯大塚古墳 3段築造の様子を広範囲で確認、葺石や埴輪列、周壕跡も

2012年01月27日 | Weblog
 大垣市教委は26日、同市昼飯町の県内最大の前方後円墳・昼飯大塚古墳(全長150m)で、古墳時代前期(3世紀)の古い特徴を残す葺石や、1段目平坦部で埴輪列などを確認したと発表した。
 同古墳は、古墳時代中期初頭(4世紀末)に築造されたが、急勾配の斜面に葺石を張り付ける古墳時代前期に似た特徴を残していた。 埴輪は60~80cmの間隔で、37mの区間で23個が見つかった。
 約13mと推測されていた墳丘の高さが実証され、3段構成の墳丘が視覚的に明らかになった。
 深さ約3m、幅4・7~8・4mに及ぶ周壕も広範囲に確認された。
 後円部が完全な円形ではなく、1.5mほど東側に膨らんでいた。
 同古墳は、来年春ごろまでに歴史公園として整備される。
 現地説明会は2月5日(日)午前10時と午後1時半。
[参考:岐阜新聞、中日新聞、朝日新聞、毎日新聞]

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 2009.11.27昼飯大塚古墳 子ども用埴輪棺出土11/28現地説明会
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白河市・大塚遺跡 前方後円墳から埴輪棺が出土、県内2例目

2010年12月27日 | Weblog
 福島県白河市板橋の大塚遺跡で、今年10月から12月21日までの発掘調査で前方後円墳1基、円墳2基と竪穴住居跡を確認した。
 前方後円墳の円墳部分の周溝から長さ30cmの円筒埴輪を組み合わせた埴輪棺が2対出土した。県内では本宮市の天王壇古墳(てんのうだんこふん)に次ぎ二例目となった。前方後円墳が造られた時代は円筒埴輪の形状などから古墳時代後期(6世紀前半)と推定され、調査で明らかになった古墳としては白河地方で最古のものという。
[参考:2010.10.26福島民法、KFB福島放送]

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 2008.8.20 本宮市 庚申壇古墳 発掘調査現地説明会
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大垣市・昼飯大塚古墳 子ども用埴輪棺出土11/28現地説明会

2009年11月27日 | Weblog
 市教育委員会は26日、今年度から4年間で行う保存整備に先立つ発掘調査で、県内最大の前方後円墳・昼飯大塚古墳(同市昼飯町)の前方部1段目平坦面で、埴輪棺が見つかったことを発表した。子供用とみられ、石で囲まれていた。前方部西側と北側では葺石や埴輪列も確認された。埴輪棺(長さ1・2m、幅50cm)は、これまでくびれ部で見つかっていたが前方部では初めて。古墳に並べられていた埴輪を抜き取るなどして棺にしたもので、築造後に作られたという。2個体見つかり、いずれも周囲には固定したり、覆うための石があった。埴輪棺は地中に埋められていたとみられる。
 前方部西側では、葺石と直径約50cmの基底石が約9mにわたり一直線に続いているのが見つかり、西側の復元ラインが確定した。
 これまで分からなかった斜面の角度も明確になった。
 埴輪列も新たに7個体が見つかった。3段築成の墳丘のうち、2段目(中段)と3段目(上段)の葺石そして2段目平坦面に並べられた埴輪列が確認できたという。
 28日午前11時から現地説明会が開かれる。
[参考:毎日新聞、大垣市HP]
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