天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

歴代靖國宮司

2020-08-13 17:19:00 | まとめ・資料
初代 青山清

明治12年6月16日 - 明治24年2月6日(在職中に死去)

文久2年(1862)10月、京都の粟田山で吉田松陰慰霊祭を久坂玄瑞ら門下生と斎行する。幕末期においては、高杉晋作や山県有朋、伊藤博文らとかかわり、慶応元年(1865)8月に下関の桜山招魂社で招魂祭を斎行する。慶応3年(1867)11月、山口で製造した錦の御旗に祝詞をあげる。また慶応年間、下関の阿弥陀寺を天皇社(現、赤間神宮)に改め、創建に関わる。
明治になって上京し、東京招魂社の祭事掛などを務め、明治7年明治天皇の初めての御親拝に奉仕した。明治12年6月に東京招魂社が靖国神社となると、初代宮司に就任した。



2代 賀茂水穂

明治24年2月17日 - 明治42年4月28日

戊辰戦争では遠州報国隊に参加し官軍の東征に従軍。明治7年に海軍省に出仕、海軍少秘書となり佐賀の乱に従軍。海軍大秘書を経て海軍大主計


3代 賀茂百樹

明治42年3月29日 - 昭和13年4月21日

国学者の賀茂真淵の子孫で靖國神社第二代宮司の賀茂水穗の養子
長きにわたって三代目の靖国神社宮司を務めた。最後は病にて職を辞したが、在職30年。


4代 鈴木孝雄

昭和13年4月21日 - 昭和21年1月17日

中尉として日清戰争、明治37年野砲兵第8連隊附となり、同年6月に日露戦争の動員下令と共に野砲兵第8連隊補充大隊長を命ぜられる。昭和2年7月26日、陸軍大将に親任される。昭和8年3月30日、予備役。昭和39年1月29日薨去。94歳
内閣総理大臣鈴木貫太郎の弟



5代 筑波藤麿

昭和21年1月25日 - 昭和53年3月20日(在職中に死去)
元皇族であり、昭和3年7月20日願により臣籍降下が認められ、筑波の家名を賜り侯爵議員として昭和22年まで貴族院議員を務める。
いわゆるA級戦犯合祀が討議され合祀はするものの、時期については慎重に判断すると決まり、結局在任中には合祀しなかった。
昭和40年7月、鎮霊社を建立




6代 松平永芳

昭和53年7月1日 - 平成4年3月

昭和12年海軍機関学校(第45期)を経て、昭和19年10月、海軍少佐正五位に至る。 敗戦後、西貢(サイゴン)海軍部部長として終戦処理を済ませ、昭和21年7月、部員47名を率いて、最後の復員船で帰国した。戦後は陸上自衛隊に入隊し、一等陸佐で退官後福井市立郷土歴史博物館館長を務めた。
いわゆるA級戦犯を合祀。
平成4年福井市立郷土歴史博物館館長に復帰
平成17年7月10日死去 90歳


7代 大野俊康


平成4年4月1日- 平成9年5月20日
昭和18年10月、神宮皇學館大学祭祀専攻科に入学したが、学徒出陣により、同年12月1日、陸軍西部十六部隊(熊本市の陸軍歩兵連隊機関銃中隊大隊砲小隊)に入営。昭和19年6月、第三期特操として熊谷飛行学校に入校したものの、訓練未了のまま終戦を迎えた。昭和22年2月、肥後本渡諏訪神社(天草島総鎮守)宮司。昭和23年九州帝国大学(現・九州大学)文学部卒。昭和61年熊本県神社庁長。

平成25年4月16日に死去。90歳没。



8代 湯沢貞

平成9年 - 平成16年9月11日

昭和4年生まれ。國學院大學卒業。明治神宮奉職を経て靖國神社に奉職

定年により退任。靖國會総代を務め、忠霊の慰霊、顕彰、啓蒙活動を行う。
大叔父にあたる湯澤三千男は東條内閣の内務大臣を務め、明治神宮の責任役員や総代も務めた。


9代 南部利昭

平成16年9月11日-平成21年1月7日(在職中死去)
後陽成天皇の男系子孫

南部家は戊辰戦争では旧幕府方に属したが、日露戦争で南部の大叔父にあたる南部利祥が功を遂げ、靖国神社に合祀

平成16年6月5日、「霞会館創立130年記念午餐会」天皇皇后両陛下が行幸啓。この時、天皇陛下から「南部さん、靖国神社をお願いします」というお言葉に宮司就任を決意

松平永芳以来の原則的立場を堅持し、松平が合祀に踏み切った「昭和殉難者」、特に「A級戦犯」の分祀や国立追悼施設建設に反対し、首相による参拝継続を強く求めていた。宮司として、小泉純一郎首相の2度の参拝(終戦の日含む)や李登輝前台湾総統の参拝を見届けた。2006年2月には極秘裏に訪台し、李前総統との間で参拝実現のために尽力している。

平成21年1月7日執務中に倒れ虚血性心不全で死去。享年75



10代 京極高晴

平成21年6月15日 - 平成25年1月19日

昭和13年東京都渋谷区生まれ。昭和18年豊岡市に疎開。兵庫県立豊岡高等学校、東京大学法学部を卒業。日本郵船事業部長を経て、氷川丸マリンタワー社長、関東曳船社長などを歴任。

前任者の南部利昭に続いて神職経験のない宮司であった。

日本会議の代表委員も務める。


11代 徳川康久

平成25年1月19日〜平成30年2月28日

江戸幕府15代将軍・慶喜のひ孫にあたる。石油会社を退職後、東京都港区の芝東照宮に勤務し、2004年に故高松宮妃喜久子さまの葬儀で司祭副長を務めた。芝東照宮に奉職した後宮司へ

12代 小堀邦夫

平成30年3月1日〜10月31日

13代山口建史
皇学館大卒。熱田神宮などをへて、神社本庁財政部長などを歴任。2004年から15年まで靖国神社の権宮司






平成30年11月1日〜


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