佐藤匠(tek310)の贅沢音楽貧乏生活

新潟在住の合唱指揮者・佐藤匠のブログです。

歌劇場

2011年09月17日 22時07分44秒 | クラシック
 
 バイエルン州立歌劇場、
400名中100名が来日拒否って。。。
 
 
 何でこういうことになるのか。。。
 
 
 音楽が仕事、とは思うのですが、
来ない人は4週間の”無給休暇”を取るらしい。
そうまでして来ないのか。。。
情報は正しく伝わっていないのか。。。哀しいですね。
神奈川と東京でしか公演無いんだけど。
 


実は昔(パート2)

2011年09月17日 01時55分27秒 | スポーツ
 
 高跳びやってました
 
 
 小学4年の9月から、
体育部というのに入ったんですね。
 
 
 春と秋は陸上、夏は水泳、
冬はスキーとバスケに分かれて、
という感じだったと思います。
 
 
 小5の陸上の時に、
自ら「高跳びをやりたい」と志願しました。
ちょっとした勘違いがきっかけだったんですが。
 
 
 ジャンプ力があると思っていた
 
 
 のですね。
 
 
 根拠は、縄跳び。
こちらも意外かもしれませんが、
小4で三重跳びを9回跳べました。
 
 
 三重跳びを跳べる理由を、
ジャンプ力があるからと思っていたんです。
これが勘違いなのですが。。。
 
 
 高跳び始めて、小6までやりましたが、
結局、あまり記録がのびませんでした。
勿論基本背面跳びです。
でも陸上の大会で、
一度も最初の基準の記録を跳べませんでした。
 
 
 原因を考えると、
「片足か両足か」、という部分に行き着きました。
 
 
 その後、体力測定等で分かったんですが、
両足でのジャンプ力は、平均より上だったんですが、
片足でのジャンプ力が大したこと無かったんですね。
高跳びは片足で踏み切るので、
どうもその辺の勘違いがあったようで。。。
 
 
 あと、身体が硬かったりして、
姿勢の悪さも災いし、高跳びで腰を悪くしたり(苦笑)。
 
 
 まあ、要は運動向きの身体ではなかった、
ということです。。。
でも運動は好きで、これが中学校まで尾を引くことになります。
 
 
 ちなみにですが、
縄跳びが上手かったのは、今考えると
おそらくジャンプ力よりリズム感の賜物かと。
 
 
 まあ自分はともかく、
高跳びの選手の背面跳びは本当に美しいですね。
 


実は昔(パート1)

2011年09月16日 01時43分05秒 | スポーツ
 
 「♪~子供の頃はエースで4番」
 
 
 なんて曲がありましたが、
 
 
 小学生の時、野球やってました。
 
 
 エース
 
 
 本当ですよ(笑)。
と言っても本当に大したことは無いのですが、
 
 
 今は知りませんが、
小学生の時、学区の中で対抗みたいな感じで
少年野球があったんですね。
町内ごとにチームがあって、
困ったことに4年生以上が半強制参加だったんです。
土曜とか日曜の朝に練習して、
公式の試合というのが、自分の学区内での対抗戦と、
市内のそういうチーム同士での対抗戦がありました。
学区内のやつはうちの学校のグラウンドで、
トーナメント戦だった気がします。
市内のやつは規模が少し大きいので、
市民球場とか使ってやっていました。
 
 
 で、町内ということは、
そんなに人材がいないわけですね。
特に、半強制なのでやりたくない人もやっていた。
 
 で、僕はそっち側の人間に思われるかもですが、
その反対で、
 
 僕は下手なりに同級生とか親とかと野球をしていて、
町内の中では出来る方だったんですね。
だから、確か小5くらいから、ピッチャーをすることになったんです。
といっても運動神経に優れていた訳じゃないので、
まあ困りながら投げていたんです。
 
 
 結果、本当に弱小チームで、
公式戦はおろか、記憶の限りでは練習試合も含めて
一度も勝つことが出来なかった、という話。。。
 
 
 だからエースではあった。
4番だったかな。。。?
どちらかというと打つ方が苦手だったので多分違うはず。
 
 
 文化系の引き出しだけじゃないのです