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TAOコンサル『市民派アートコレクターズクラブ』

「注目の現代作家と画廊散歩」
「我がルオー・サロン」
「心に響いた名画・名品」
「アート市民たち(コレクター他)」

笹木繁男氏と暫し歓談、浜田浄作品集のことなど語り合う

2014年08月12日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
ギャラリー枝香庵で笹木繁男氏とバッタリお会いし、暫しの時間喋り込んだ。笹木さんは我々コレクターの草分け的存在であるが、現代美術資料センターを主宰するなど美術の世界の有名人、私もかつて月刊ギャラリーのインタビュー企画で取材させていただいたことがある。
近年は執筆活動に取り組んでおり、何年か前には「ドキュメント、時代と刺し違えた画家中村正義の生涯」を刊行したが、展覧会評の全文や作品をドキュメントの形式で収録するなど当時の美術状況を俯瞰できる貴重な書籍として評価されている。
 笹木繁男氏

またごく最近、現代美術の浜田浄作品集を刊行したが、これは枝香庵代表荒井よし枝氏との連携により実現したもので、近々出版記念会も企画されているとのこと。
 枝香庵代表荒井よし枝さん

この日、私とビジネスサポーターのRYさんは、これら刊行物出版に伴うご苦労や思いを聞かせていただいたが、作家浜田浄の作品及び作品制作の技法や作家のことを縦だけでなく横に広がりをもたせて調べる笹木さんの執筆手法について伺い、有意義で楽しいひとときであった。
 枝香庵屋上




間島秀徳のKINESIS展・・水をテーマの群青と白の岩絵の具の世界

2014年07月30日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
 銀座彩鳳堂とSTEPギャラリーで間島秀徳のKINESIS展を開催中である。間島氏によればKINESISとは、ギリシャ語が語源で、生成と消滅を同時に含んだ言葉とのことである。その作品は岩絵の具や大理石の粒子が美しく、観る者を群青の世界にいざなう。




 作家は長く水をテーマにした作品を制作し続けているが、描こうとしているのはまさに生成と消滅を繰り返す宇宙なのであろう。私は思索の世界を漂うような絵が好きだが、間島氏の作品を観ながら暫しの時、哲学的な世界に浸ってしまった。



 

間島秀徳KINESIS展 @銀座彩鳳堂、STEPギャラリー

2014年07月28日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩

 ブルーとホワイトが飛び散り絡み合う絵。この色彩から真っ先に思い浮かぶのは、大海原や大河や銀河宇宙や、宇宙から眺めた地球。近づいて見てみると、砕かれた石の粒子ひとつひとつの繊細な存在感が感じられ、離れてみると、それらが合わさり一体となった力の流れが感じられます。
 大きなキャンバスに描かれていますが、それでも収まりきらないようなキャンバスからはみ出した流れが、間島さんの頭のどこかに映像としてあるのではないかという気がします。ひょっとすると、この流れは間島さんの頭の中にさえも収まりきっていないのでは。そういう果てない存在というものに包み込まれる感覚をおぼえます。
 ブルーとホワイトという色に囚われずに見るなら、それはさらに森や草原や砂漠や風といった、大地の広がりへをも誘(いざな)っていってくれるように思えてなりません。

不忍画廊の「駒井哲郎&山中現展」が面白い、優れた企画と佳き作品

2014年07月25日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩

 展覧会の第一印象はまず山中現の作品がとてもいいということ。作家がDMに寄せた「出会い」「遠い声」なる一文も、恩師への敬意と思いが滲んで気持ちがいい。「大切なことは、作家の精神が、何によって動かされ、どのように作品として物質化されたか、という事である」の一文も心に残る。
駒井哲郎作品

山中現作品

 作品について言うなら、「星座より、小さな星」も「足場より、街」も、考え抜かれた構図と透明感ある色彩が美しく心地いい。作家に力があることは云うまでもないが、駒井哲郎の銅版画作品「足場」「毒または魚」「星座」へのオマージュという企画に心を突き動かされてのことであったに違いない。そのことが作品に滲んでいる。そもそも、展覧会というものは画家の絵画力と画廊主の企画力の結晶であり、今回の展覧会は双方の意思によって実現したのではなかろうか。
左、荒井裕史氏

 不忍画廊は池田万寿夫や靉光など個性ある作家を扱ってきた老舗画廊だが、二代目荒井裕史氏が放つ企画が面白そうだ。私は長いことご無沙汰続きであったが、最近そんな発見があって嬉しい限りだ。
展覧会DM

松下誠子新作展 @東邦画廊

2014年07月17日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩

イエローの下地に男性や裸の女性や鳥や景色がぐちゃぐちゃに(失礼な表現ですみません)並べられたという絵がとても強烈でした。初めて見た瞬間、金縛りに遭い動けなくなった感覚に。胸打たれたためでも、深く感銘したわけでもありません。この絵をどう受け止めたらいいのか分からず動けなくなったのです。けれども「私の中の異物」というタイトルをヒントに対峙すると、少しずつ少しずつ何か伝わってくる気がしました。
 時間には、2つの概念での捉え方があるそうです。1つは「クロノス」と言い、過去から連続する客観的な時間、もう1つは「カイロス」と言い、主観が取捨選択する部分的な時間。この作品は、ご本人の頭の中に蓄積されてきた、これまでの人生におけるカイロスの記憶が断片的に浮き彫りになったものなのではないでしょうか。記憶の象形化もまさに「カイロス」。だから、男性や裸の女性や鳥や景色のどれもが完全形ではなく部分しか描かれていないのかもしれません。その、部分しかない形の隙間や順列に、なにかの「カイロス」が潜んでいる気配が……。そう感じられてくると、今度は逆に別の意味で、この絵を前に動けなくなってしまうのです。

横田海展・・・男のロマンが匂い立つ横田海の世界

2014年07月15日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
ギャラリーゴトウの横田海展を観て来た。
かつて私は、作家から展覧会DMの文章を頼まれ、「男のロマンが匂い立つような横田海の世界、やさしい作品が多い時代にあって稀有なことである。綿密な画面構成、重厚な色彩と激しい筆触、躊躇いのない線、・・・。円熟などとは無縁に見えるこの作家が私は好きである。男の純情という言葉がよく似合う。一見無頼に見えながら時に無垢な少年の如き生き方は、放浪の旅にあった山頭火を思わせる。・・」と書いたが、ここに書いた思いは今も変わらない。
 具象なのに抽象の線と形が見える

今回の展覧会は具象と抽象それぞれの発表であったが、どの作品も円熟味を見せ嬉しい限りだ。具象作品なのに画面に走る抽象の線とかたち、大胆に見えながら細部の繊細な線、これらが混然一体となった独特の世界だ。
 右、横田海氏

展覧会のあと10人くらいで居酒屋で酒酌み交わした。男は幾つまで男でいられるかなど相変わらずの男振りの話題にすっかり盛り上がってしまった。老いてなお妥協を許すことなく、渾身の力で画布に立ち向かう横田海氏にエールを送りたい。
 左端作家平田達也氏、後方フリーライターのYさん


横田海展 @ギャラリーゴトウ

2014年07月08日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
 〈今回のリーフレットの表紙に掲載された作品〉

 人物画、風景画、静物画、抽象画。さまざまなタイプの絵が並んでいたせいか、あちらを見たらこちら、こちらを見たらまたあちら、と見飽きることなく会場をウロウロしてしまいました。そんな中、個人的にいちばん惹かれたのは、暗い赤を背景に描かれた小さな静物画。じっと見ていると、ときに熟した果物、ときによく跳ねるボール、ときに難易度不明なパズルのように見えてくるのです。味わうなり戯れるなり解くなり、どうぞご自由に。重厚で泰然とした顔つきの静物の向こう側に、ふとそんな遊びをけしかけてくる好奇が見え隠れしている気がしてなりませんでした。(山本理絵)

金井訓志展・・現代の浮世絵から鮮やかな色彩のポップアート的世界へ

2014年07月05日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
ギャラリー椿の金井訓志展を観てきた。抽象作品を中心とする私のコレクションとは少し違う傾向ではあるが、惹かれるところがあり、独立展など時々拝見して来た。80年代、最初に見た作品は金箔を用いたテンペラ画であったが、顔や身体の人物表現が独特で、何処か現代の浮世絵を思わせる作品であった。
前橋での個展のカタログから

その後人物表現は次第にシンプルに、色彩はより鮮やかに、そこには現代という時代にふさわしい新しい世界が展開しつつある。敢えて情緒性を排除した作品は形と鮮やかな色彩が美しく、このアーティストのアートへの真剣な挑戦を感じる。私は時折ニューヨークに出かけるが、ふと、チェルシーのアートシーンで作品を観ているような気分になった。
椿原氏から現在前橋のヤマトで開催されている個展のカタログを頂戴したが、それぞれの作品の時代による変化が見えて楽しい。ご活躍を期待したい。
私はこの作品が好きだ





オーライタロー展 @ギャラリーゴトウ

2014年07月01日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩

 ほとんどの作品が、真っ正面から描いた古い建物の数々。右から左へと読む看板を掲げていたり、文字が欠落した看板がそのままになっていたり、今はほとんどないような商売の看板があったり。看板を見ているだけでも楽しくて温かい。建物には無駄な装飾や派手な色使いや風変わりなデザインはなにもなく、実直なつくり。人の往来もなく、背景もなく、両隣の建物もない。空もないし、電柱も電線もない。そのせいでしょうか、建物がぐんと存在感を増して鎮座しているように見えるのは。
 不思議なのは、ノスタルジックな建物ばかりなのに、消え行く光景を惜しんだり、過去を懐かしんだり、といった懐古を感じさせないところ。これからもこれまで通りに時をぼちぼち刻んでゆきますのでよろしくね、といったマイペースな建物たちの未来志向が伝わってきます。オーライさんご自身が、建物のポートレイトだとおっしゃいましたが、人間で言うなら、金婚式や還暦などを祝ってのポートレイトといったところでしょうか。建物たちの表情、おすまし顔がいい感じ。(山本理絵)

現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展~ヤゲオ財団コレクションより

2014年06月26日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
 
 ヤゲオ財団コレクションは、野球にたとえるなら素晴らしい投手戦では、と思いました。オーナーは、学生時代にプログラミングのアルバイトしながら購入するほどアートに造詣の深い人物だとか。いちばんリラックスできるバスルームにお気に入りの絵をかけているそうです。もちろん湿気対策は施して。そんな絵や写真や立体が75作品、展示されています。もちろん日本人の作品も。
 ところで、スティーブ・ジョブズは、リラックスした散歩や瞑想の時間にアイデアが浮かんだという話があります。何もしないぼんやりした時間に、脳内の記憶や認識が整頓されて創造性が発揮しやすくなるという脳の働き「デフォルトモードネットワーク」も取り沙汰されています。たしかに、過度な情報や義務感や目標という、言わばノイズにまみれていては、見えるものも見えないし掴めるものも掴めなさそう。ヤゲオ財団のオーナーは、バスルームでボーッとしながら好きな絵を眺めている。そういう時間があるからこそ、一代で大手企業を作り上げることができたのかもしれません。
 ヤゲオ財団コレクションは世界のコレクショントップ10にランクインしているそうです。日本人によるコレクションというのは何位ぐらいに入っているのでしょうか。(山本理絵)
※2014年6月20日~8月24日 東京国立近代美術館

三浦逸雄・・インテリオール・空間表現を追い続ける作家

2014年06月24日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
東邦画廊の記事に掲載した三浦逸雄は若い頃スペインに渡り約10年学んだ作家である。作品購入後知ったことだが、洲之内コレクションにも収蔵されている。長くお会いしていないが、現在も北海道で静かに作品制作を続けているものと思われる。

作家が長く追い続けている作品の主題はインテリオール。作家によれば、インテリオールとは閉じられた、或いは内面化された空間のこと。

これは新潟砂丘館での私のコレクション展のDMに使わせていただいた作品。

作品は人物が佇むか腰かけているといった室内風景が多い。どれも素っ気ないほど単純な構図だが、その空間表現が素晴らしい。描かれた人物は、その空間のなかでみずからの居場所を見つけ、静かに存在している。


銀座の夫婦善哉・・東邦画廊は今年50周年!

2014年06月24日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
私は6~7年前、癌を患い、主宰していた市民派アート活動の旗を降ろした。親しくしていた画廊も多かったが、その後どこもご無沙汰続きである。銀座の東邦画廊もその一つだが、オーナーの中岡氏と他の画廊でバッタリお会いしそのまま画廊を訪ねた。私はここで10年ほど前に三浦逸雄の作品を購入した。名前も経歴も知らなかったが、躊躇なく購入。いい作家である。
 銀座の夫婦善哉

そもそも日本の美術業界は閉鎖的でこの儘では縮小しかねない、海外への作家紹介やオークションなど作品流通にもっと力を入れるべきというのが持論であったが、実は画廊以外で買ったことがない。何故か。やはり、コレクターにとっての画廊訪問の醍醐味はオーナーの美術への見識や人間性について共感することにあり、そんな会話の中でふと作品が欲しくなる。これが心地いいのだ。
 三浦逸雄作品

東邦画廊の扱い作家は山口長男や難波田龍起などレベルが高い。中岡氏はかつて文学青年であったのだろうか。その美術論や作家評は聞いているだけで時間を忘れる。ご出身は私の母方と同じ愛媛。俳句やお華も楽しむ風流人、奥様はお茶の達人。そう、ご夫妻は銀座の夫婦善哉だ。
この日ご夫妻は、三浦逸雄作品を次々壁に並べてくれた。それらをながめながらご夫妻と美術談義。こんな贅沢な作品鑑賞はなかなか経験できない。これも画廊ならではの醍醐味である。

脇田和展・・鳥をテーマにした詩情豊かな作品たち

2014年06月22日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
 銀座のギャラリー繭を数年ぶりに訪ねた。オーナーの梅田さんとは30年来のお付き合いである。かつて他の友人も含め4人で香港の骨董街を徘徊した仲だ。懐かしい。その後も東南アジアの古裂などを中心に扱っているのかと思ったら、絵画もやっているとのこと。偶々数日後も脇田和展を開催するという。ええっと驚いた。脇田和といえば、絵画コレクションを始めた30年前に、一点欲しいと思いながら叶わなかった作家だ。


 という訳で会期初日に出かけたら、質の高い油彩作品や味わい深い素描や版画が並んでいる。嬉しいね。しかも会場にはお一人の紳士がおられ、早速、梅田さんからご紹介いただいたのだが、作家のご子息で軽井沢脇田美術館の館長であるとのこと。お父上の思い出話や美術館のことなど暫し歓談。脇田和の作品のテーマは鳥や少年だが、その少年のモデルはこの館長なのだそうだ。
脇田和美術館館長

 脇田和は若い頃ベルリンに渡って修行した正統派の画家である。作品のテーマは少年や花、鳥たちであるが、象徴的なモチーフはやはり鳥。しかも単なる写実の鳥ではなくそのデフォルメされた作品は優しさと詩情に溢れ、観るものを魅了する。


川島清新作版画展「埠頭茎」@ギャルリー東京ユマニテ

2014年06月20日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩

 川島清さんは、彫刻作品をずっと発表されてきたそうですが、今回展示されているのは、硫黄を使っての銅版画。版画とはグッと版を抑えて紙に色や形を移すものだという単純な知識しか私は持ち合わせていません。ですから、グッと押え込んだぶん、静動でいうなら「動」の部分は抑制され、泰然自若とした「静」の部分が表出しやすいものなのでは。そんなイメージを持っていました。ところが、白色の紙に一色だけ、墨色だけが覆う作品からは、「動」が強く伝わってきます。瞬間的だけれども力強い、ほとばしりや勢い、というものを受け止めずにはいられません。とはいっても単に力任せな「動」ではなく、ある抑制の効いた「動」です。「静」と「動」が同居した間(ま)を、時間の一瞬として真っ白な紙に捉えさせているように感じました。
(ギャルリー東京ユマニテ 東京都中央区京橋2-8-18 昭和ビルB2F)

武田洲左展「褻にも晴れにも」@井上画廊

2014年06月20日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩


 極彩色の色々を目の前にしたとき、しばらくたじろいでしまいました。なぜか。日常生活の中ではおよそ目にすることのない極彩色の世界というものに、身体と頭がどう対処していいか戸惑ってしまうせいではないでしょうか。たじろぎを覚えても、静かに通り越させて目を伏せずに正視。じっと作品の前に立ち続けると、どうなるか。極彩色たちが見せる繊細な蠢きの多様さに目が奪われます。流れたり、うねったり、跳ねたり、跳ね返ったり、飛び散ったり、逆流したり、干渉したり、離れたり、合流したり。自由自在に空間の中で形を変えることが可能な液体の蠢きの豊かさ、これは液体だけに限ったものではないのでは。そんなことを感じさせてくれた気がしました。非日常の色彩と、それらが為す静止を知らない蠢きは、頭や身体にザワザワと適度な揺さぶりを与えて、そして何らかの快適な刺激を確かに送ってくれるのです。
※菊地武彦さんとの同時開催の個展ですが、今回は武田洲左さんの作品について記しました。(山本理絵)
(井上画廊 東京都中央区銀座3-5-6 井上商会3F)