ギャラリーゴトウの横田海展を観て来た。
かつて私は、作家から展覧会DMの文章を頼まれ、「男のロマンが匂い立つような横田海の世界、やさしい作品が多い時代にあって稀有なことである。綿密な画面構成、重厚な色彩と激しい筆触、躊躇いのない線、・・・。円熟などとは無縁に見えるこの作家が私は好きである。男の純情という言葉がよく似合う。一見無頼に見えながら時に無垢な少年の如き生き方は、放浪の旅にあった山頭火を思わせる。・・」と書いたが、ここに書いた思いは今も変わらない。
具象なのに抽象の線と形が見える
今回の展覧会は具象と抽象それぞれの発表であったが、どの作品も円熟味を見せ嬉しい限りだ。具象作品なのに画面に走る抽象の線とかたち、大胆に見えながら細部の繊細な線、これらが混然一体となった独特の世界だ。
右、横田海氏
展覧会のあと10人くらいで居酒屋で酒酌み交わした。男は幾つまで男でいられるかなど相変わらずの男振りの話題にすっかり盛り上がってしまった。老いてなお妥協を許すことなく、渾身の力で画布に立ち向かう横田海氏にエールを送りたい。
左端作家平田達也氏、後方フリーライターのYさん
かつて私は、作家から展覧会DMの文章を頼まれ、「男のロマンが匂い立つような横田海の世界、やさしい作品が多い時代にあって稀有なことである。綿密な画面構成、重厚な色彩と激しい筆触、躊躇いのない線、・・・。円熟などとは無縁に見えるこの作家が私は好きである。男の純情という言葉がよく似合う。一見無頼に見えながら時に無垢な少年の如き生き方は、放浪の旅にあった山頭火を思わせる。・・」と書いたが、ここに書いた思いは今も変わらない。

今回の展覧会は具象と抽象それぞれの発表であったが、どの作品も円熟味を見せ嬉しい限りだ。具象作品なのに画面に走る抽象の線とかたち、大胆に見えながら細部の繊細な線、これらが混然一体となった独特の世界だ。

展覧会のあと10人くらいで居酒屋で酒酌み交わした。男は幾つまで男でいられるかなど相変わらずの男振りの話題にすっかり盛り上がってしまった。老いてなお妥協を許すことなく、渾身の力で画布に立ち向かう横田海氏にエールを送りたい。
