田中雄二の「映画の王様」

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『トータル・リコール』

2020-05-15 08:20:19 | 映画いろいろ
『トータル・リコール』(90)(1991.2.11.日本劇場)
 
  
 
 クエイド(アーノルド・シュワルツェネッガー)は夢の世界を実体験させる“リコール・マシン”を試したことから、自分が諜報員ハウザーだったことを知る。記憶を作り変えられていた男が、真実を追求するために奔走する。
 
 途中で筋が割れてしまうマイナスはあったものの、冒頭からの坂道を転げ落ちるようなアクションの連続はすごかった。もともとフィリップ・K・ディックの小説は、現実と非現実の狭間を舞台にして、どこか狂気を含み常識を超えたものが多いのだが、そのくせなぜか捨てがたい味がある。それを映像で表現すること自体が至難の技だとも思うので、映画としても十分に面白かったこの作品は、成功作として評価してもいいと思う。
 
 もちろん、その最たる理由は『ロボコップ』(87)に続いて荒唐無稽な話を成立させた監督ポール・バーホーベンの手腕だろうが、オリジナルのシナリオを書いたという、“ミスター・エイリアン”ことダン・オバノンのSF映画作家としての手際の良さも光る。こうしたSF映画は、どうしても特撮のすごさに目が行きがちになるが、実はしっかりとしたストーリーがなければ何も始まらないからだ。
 
 ところで、今のテクノロジーの発達の早さを考えると、この映画で描かれた記憶の消去や書き換えなどは明日にでも可能なように思える。否、マインドコントロールなんてものがすでに行われているようだから、もはや第一段階は終わっているのかもしれない。人間の根源である記憶すら、機械によって自由に変えられる未来とは果たして幸福な世界なのだろうか。確かに嫌なことは忘れてしまいたいが…。などと、柄にもなく考えさせられてしまった。
 
 強くて色っぽいシャロン・ストーンとレイチェル・ティコティンも印象に残るが、オープニングの音楽を聴いた瞬間、あーあの音だ、健在だったんだ、と思わせてくれたのがかのジェリー・ゴールドスミスだった。
 
【今の一言】淀川長治先生は「シュワルツェネッガーがオーストリア出身でバーホーベン監督がオランダ出身なので、この映画にはハリウッドというよりもヨーロッパ映画の雰囲気がある」「この映画はドイツのフリッツ・ラングの『メトロポリス』(26)を思い出させる。映画以外にはできない表現を使っている」と言っていた。また、この映画は2012年にレン・ワイズマン監督によってリメークされた。

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