打倒!破廉恥学園

旋風寺武流PLが意味もなくただ、だらだらと掻き散らかすブログです。

GS武流 ~後篇~

2009-06-12 19:07:57 | Weblog
三十分後――満身創痍の武流は、廃工場の崩れ落ちた壁の裏で息を殺し身を潜めていた。寂れた工場地帯なので鉄柱や瓦礫など隠れるための場所には事欠かない。そっと壁の向こう側を窺ってみると、二体のゾンビはうろうろと武流を捜し彷徨っていた。

袈裟は爪跡でずたぼろに裂け、魔除けの鈴も割れた。唯一の頼り、破邪の錫杖も度重なる攻防の末、でこぼこになってしまった。
この三十分の死闘でいくつかわかったことがある。ゾンビはパワーこそ常人離れしているが、動き自体は非常に緩慢なのだ。だだっぴろい場所ならおそらく子供でも逃げ切ることができるだろう。
犠牲者になった人たちはおそらく運が悪かったんだろう。生まれつき幸運・不運な人がいると信じている武流は改めて犠牲となった人たちに心の中で冥福を祈った。
そして予想通りではあったが、死体は痛みも疲労も感じてない様子だ。こちらは痛みや怪我で動きが鈍るが、どんなに打ち据えても向こうは痛みに動ずることがない。痛みを感じない相手と命をかけて闘う。これほど精神的に辛いこともない。

「さて、いつまでもこうして隠れているわけにもいかないんスが」

動きが鈍いので、二体がこちらに来たらすぐに別の場所に移ることもできるだろう。しかし、もうすぐ完全に日が落ちる。陽光がゾンビにどう影響を起こすかはわからないが、夜になって少なくともこちらが有利になる事はないだろう。死者は陰気、闇を好むものだ。
できることなら日が沈むまでに決着をつけたい。もう下半分以上が消えている夕日に目を細めていた武流は、錫杖の中心を捻る。すると錫杖は二つに分かれた。相手の意表をつくためにもともと分離可能の造りにしているのだ。柄の方の先を外せば槍の穂先が現れる。これで短い杖と短い槍を両手に持つことになる。

「頭を狙えばいい……って言っていたスよね。頭か……頭」

子猿の紋次郎が拾ってきた噂を思い返し、武流は口ごもる。ゾンビは頭部を徹底的に破壊すれば動きを止める。言葉にするのは簡単だが、実戦ですら『殺意』を込めて頭部を狙った事がない武流は躊躇していた。
もし、この槍を生きている人間の頭に叩きこめば、間違いなく死ぬ。ゾンビは既に死んでいるのだから、ためらう事もないのだろうが、見かけは生者と然程変わりはない。そこを簡単に割り切れるほどドライではなかった。

「できれば、火葬にしてやりたい所なんスけどな……あれ?」

壁の向かい側をもう一度覗きこんだ武流は驚きの声をあげる。二体いるはずのゾンビが、男の方しかいないのだ。

「おかしいスな……帰っちゃったんスかね? 女の子は飽きっぽい所があるスからな」

冗談でも言わないと心に折れてしまいそうだった。1対1ならばやりやすい。武流は男が背中をこちらに向けた隙を付いて両脚を狙うことにした。脚を動かなくさせれば一旦戻って火葬の用意もできる。
その機会が来て、壁から飛び出そうとした瞬間。ぎょっと武流は目を剥いた。陽がさらに沈み、動く自分の影が壁から大きくはみだしていることに気がついたのだ。
いつから影が出ていたのだろうか……もしや男の方は囮……なら女の方はどこに行ったのか。身を竦めたのと同時に急に後ろから首を締めあげられた。

「あ……あ……ああ…」

女の指ががっしりと首に食い込んでる。武流は機会を待っていたのが自分だけでなかったことを悟った。影が最も長くなる時間まで待ち、派手に動く影を捜す。そして片方が囮となってもう片方が影の主を背後から襲う。妖気を感じる鼻も激闘ですっかりと麻痺していたのも失態だった。

「見事なコンビネーションっス」

肺の底から絞り出すような声で武流は賞賛の声を送る。このままでは絞め殺される。必死に短槍で背後の女の頭部を狙うも、後が見えない上に頭を動かされまったく手ごたえがない。
そうしているうちに男の方も牙を剥きゆっくりと近づいてくる。もう諦めようか……そんな気持ちも心の片隅から湧いてくる。もがいても足が地に付いていないのだ。強力な力で持ち上げられ首つりのような状態になっている。鈍い金属音が聞こえた。どうやら右手の錫杖を落としてしまったようだ。脳に酸素が供給されていないのだ、手に力が入るわけもない。失禁でもしてしまったのか、心なしか股間が熱かった。

「だめだな、こりゃ」

意識が消えるその瞬間。何か湿ったものが顔面に張り付いた。

「ばなな……?」

バナナの皮だった。その南国の香りが武流の意識を呼び戻す。うっすらと目を開いて武流は驚いた。眼前まで迫っていた男ゾンビがもんどり打って転倒しているからだ。男の足元にはやはりバナナの皮が落ちていた。

「バナナの皮……なんで……まさか!?」

「キー」

紋次郎だった。バナナの詰まった唐草模様の風呂敷を背負った子猿の紋次郎が、垂直に突き立った鉄柱の上に悠然と立っていた。紋次郎は握っていたバナナを食べると、皮を武流の首を締める女の顔にも投げつける。

「好機!」

武流は最後の力を振りしぼって、短槍を背後に振りおろした。嫌な感触が左腕に伝わる。首を締める力が弱まったのを感じた武流は背後の女を蹴り飛ばした。
槍は脳天から顎の下まで見事に女の頭を貫通していた。体の操縦が利かなくなったのか、女は倒れたまま踊りでも踊っているかのように両手足をばたつかせていたが、すぐに動かなくなった。バナナの皮は最後まで女の目を覆っていた。

「南無阿弥陀仏……って! もう一体いたんス。紋次郎手伝え!」

背後から飛んできた男の爪をアクロバットな動きで回避すれば、武流は一瞬の躊躇の後に女から短槍をひきぬいた。細かな肉片を払えば、先ほど落とした錫杖も拾い上げる。紋次郎がバナナを両手に構え武流の隣に立った。

「ごめんスよ。あとで二人仲良く、火葬してあげるスからね」

完全に日が沈むまでに、すべては終わった。






数日後、廃工場付近で行方不明になっていた内、二人が同工場内で焼死体として発見された。残りの失踪者はいまだみつかっていない。